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2019年07月24日 (水)
「地域共生社会って何?」を演劇で伝える
地域の劇団が誕生
今年1月12日、全国の地域でサロンや見守り活動など、様々な福祉活動をしている人たち2,200人が豊中に集まりました。それぞれの取り組みを報告しあい、学びあう「全国校区・小地域福祉活動サミットin豊中」です。その最後に、いま国がすすめている「地域共生社会」とは何かをみんなで考えていこうという演劇の公演をしました。
公演のようす
いま、「地域共生社会の実現」ということが言われていますが、地域共生ってどういうことなのか、何をめざしているのか、なかなか市民には伝わりにくいのが現実です。
そこで、住民と行政、そして社会福祉協議会などの多くの機関が連携して、地域の課題を解決するとはどういうことか、地域共生社会を「見える化」しようと、劇団を作ることにしました。劇団員は、民生委員や校区福祉委員、ボランティア、そして「あぐり」のメンバー、高校生、市役所の職員など。名前は「丸ごと劇団」にしました。
伝えたかったのは4つ。1つめは「ひとりも取りこぼさない」。見て見ぬふりをせずに早期発見につなげるということです。
2つめは「排除ではなく包摂」。問題を抱えている人たちを「ひとごと」にせず、もしかしたら自分も、同じような問題に陥るかも知れないと思えるかどうか。自分ごととして、みんなが課題解決に取り組んでいけるか。
3つめは「支えられる人たちも支える側に」。たとえば、引きこもりの若者たちが買い物困難地域でお店を開くなど、支えられていた側が支える側に変わっていけるということ。
そして4つめに「すべての人に居場所と役割を」ということです。
地域共生社会というと、よく「昔に戻ればいい、昔は良かった」と言う人がいるんですが、障害がある人たちや認知症の人たちにとって昔の地域が良かったかというと、差別や偏見によって、家の中に隠されていたり病院に入れられたり、地域の中で見えないようにされていました。そういう問題もきちんと学習しながら、ひとりひとりの課題に向き合い解決していく過程を描いていくことが重要だと思って、劇のストーリーを考えてみました。
「ひとりの問題」に取り組むことから地域づくり
ストーリーは、子どもの貧困をテーマにしました。お弁当の時間になると、いつも廊下に出て行く女子中学生のことを学校の先生が気にして、声をかける。本人は「ダイエット中だから、食べない」というけれど、先生は家庭で問題を抱えているかもしれないと気づく。学校がコミュニティソーシャルワーカーにつなぐと、お母さんがお弁当を作ってくれないことが分かる。女子中学生は、そんなお母さんをかばって「お母さんを責めないで!お母さんは、がんばってる!」と叫ぶ。母子家庭で経済的な課題を抱えて、頑張っているお母さん。お弁当が作れないくらい疲れ果てている。こうした現実があることを、コミュニティソーシャルワーカーが地域の人たちに伝えます。そこから、それまで地域になかった、子ども食堂や学習支援の場所を、地域を挙げて作ろうということになるお話です。
子どもの貧困というのは、経済的貧困だけでなく、人間関係の貧困でもあります。たとえばコンビニ弁当をチンして食べることしか知らずに育つと、それしか知らない大人になる。いろんな大人と出会うことで、いろんな経験をして、自分の力を引き出してくれる人に出会えたり、そこから目標をもてるようになったりするんです。そういう出会いや関係を作ることの大切さを地域の大人たちに考えていただかないと、貧困家庭が自助努力と自己責任だけで状況を打破するのは難しい。
演劇の中では、ソーシャルワーカーが地域の人たちに、なかなか見えづらい子供の貧困の現実を訴えかけたり、住民の側からは、「ひとりの子どものためにそこまでやる必要があるのか」と反対意見が出て、葛藤するシーンもあります。ひとりのためにやっているようだけど、その結果として、子どもが元気になったり自信をつけていくだけでなく、まわりの大人たちも子どもたちも、その子を通じて優しくつながっていける。実は地域のみんなにとって大事な場所になるんじゃないか、そうした思いを、みんながだんだん抱くようになっていく。
劇の最後で、支えられた女子中学生は、学習意欲も高まって高校受験に受かり、ボランティアとして地域にかかわっていくようになる。人は、たくさん愛されたり大切にされる経験を通じて、人を愛せる人大切にする人になっていけるんだというストーリーになりました。いくつかの事例をあわせて作ったストーリーですが、実際にそういうことが豊中の町のあちこちで起きています。
演劇を通して広がった共感
秋田の「わらび座」という劇団が、われわれの素人芝居を応援してくださって、みんなで厳しい練習を一生懸命やりました。
練習風景
市役所の人が住民の役をして、子ども食堂づくりへの支援を求めるコミュニティソーシャルワーカーに「地域にはそんなに人材はおらんねんで」と言ってみたり、民生委員をしている人が、住民の役で、子ども食堂を作ることに反対する意見を言ってみたり。いつもと違う、様々な人の立場や考え方をセリフとして言うのも、楽しい経験でした。地域のいろんなひとたちの思いに想像力をはたらかせながら作っていきました。
演じながら、これまで支援してきたいろんな子どもたちの様子を思い浮かべて、何度も泣きながら練習していたんですが、劇をご覧になった全国の方々も、感情移入しながら見てくださいました。地域が違ったり、人口規模が違っても、共感できるものはあるんですね。いろんな感想をいただきました。
たとえば劇を見た学校の先生たちは、ちゃんと解決につなげることを考えると、ふだんから問題を見過ごしてはいけないんだ、と思われたようです。保育園の先生たちからは「人権教育でこのDVDを使いたい」とおしゃっていました。地域の方々からは、「地域でみんなと一緒に子どもを支える場を作れたことを、改めて誇りに思った」、役所の人たちからは、「地域福祉と簡単に言うけど、地域の人たちに地域の課題について考えてもらい、動いてもらうにはものすごくエネルギーや労力がいるとわかった」といった感想をいただきました。
演劇を通していろんなひとの立場を疑似体験することで、ひとりの子のために力を合わせる地域の大事さを感じていただけたのではないでしょうか。プロの劇団の力を借りて、住民の皆さんと演劇で地域共生を訴えるのは大変でしたが、なかなか面白い取り組みになりました。さらに今、かつて家にひきこもっていた子たちがこのストーリーを、特技を生かしてマンガにしようとしています。地域づくりには、本当にいろんな方法論があるなあと思っています。