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地域づくり情報局

一人も取りこぼさない社会をめざして

大阪府豊中市のコミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子さん。地域や家族から孤立する人々に寄り添い支える日々を綴ります。

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2016年04月25日 (月)

社会とのつながりを育てる仕組みづくりへ。

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今回は、勝部麗子さんに、日本の大きな課題の一つになっている“ひきこもり”について、お話を伺いました。勝部さん達は、阪神淡路大震災の後、当時、問題となった孤独死を防ごうと、小学校区単位で高齢者を中心とした見守り活動を始めました。すると、見守りを進める中で、高齢者に限らず色々な地域の課題が出てきました。その中の一つが“ひきこもり”でした。その頃の活動の様子を再現したリポートが地域づくりアーカイブスに収められています。ある女性が元気をなくしていることに気付いた住民ボランティアが、その人に声をかける。すると、息子の引きこもりに悩んでいることを打ち明ける。その話は、勝部さん達コミュニティー・ソーシャルワーカー(通称CSW)に伝えられ、地域で対策づくりが動き始める。そして、「びーのびーの」という、いわゆる居場所が作られ、就労までの道筋が作られました。地域の課題の一つである“ひきこもり”について、その発見から解決に至るまでを、勝部さんに聞きました。


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ボランティアのみなさんが運営するサロン

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宅配弁当による見守り

私たちは、阪神淡路大震災の後から、孤独死を出さないことをめざして、地域の中での見守り活動を始めました。1人暮らしの高齢者のサロンをやったり、お弁当をボランティアが作って配食をしたり、地域の人々が集まれるような場作りや相談窓口作りなど、本当に様々なことに取組みました。それでも、SOSを出せない人はやっぱり出せない。色々なことをやっても、なかなかつながることのできない人たちが必ずいたのです。そうした“ひきこもり”の問題を解決しなければ、地域づくりは先に進むことはできないのではないか。とても大きな課題だと気付いていきました。

“ひきこもり”状態の方の中には、高齢者でも障害者でも子どもでもないという方がたくさんいます。高齢者ならば、高齢者福祉の対象になりますし、障害者なら障害者福祉。子どもには様々な制度があります。しかし、そのどれにも当てはまらなければ、いわゆる“制度の狭間”に置かれ、セーフティネットから、こぼれ落ちてしまいます。

 

もう少し具体的にご紹介しましょう。引きこもり状態だった本人が働きたいと思って、ハローワークに行ったとします。職歴も学歴もずっとなかったりすると、仕事に就くことはなかなか難しい。病気や障害があるというわけではなく、高齢でもなければ社会保障の制度につながることも難しい。そのままチャンスを見つけられず、ずっと家の中に閉じこもる状態が続いてしまう。長期化する中、昼夜逆転の生活になるようなことも起き、ますます社会から遠ざかってしまう。そんなふうにして月日が重なり、10年、20年と経ち、親の方でももうどうしようもなくなって、場合によっては30年ぐらいひきこもりが続いているケースもあります。

こうしたことって、その人だけの問題なのでしょうか?育てた親の責任でしょうか?そうではないと思います。豊中市内だけでも、あっちにもこっちにもいます。育て方の問題とか、そういったことでは決してなくて、何らかの共通する問題が必ずあるはずです。その中で最も大きな問題の一つが、今ある制度の中ではそうした人たちが取りこぼされてしまっているということです。解決の難しさもあって、具体的な解決策をはっきり示した制度がありません。先への一歩を踏み出す機会をつかめないままでいるから、引きこもりが続いているのです。

 

では、どうしたらいいのか。私たちは、地域ごとに開かれている「地域福祉ネットワーク会議」や市役所の課長級がそろう「ライフセーフティーネット総合調整会議」で話し合い、解決のための仕組みを作っていくことにしました。

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地域福祉ネットワーク会議の様子

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ライフセーフティネット調整会議の様子

まず取り組んだのは、その人たちが仕事をしていけるようになるための、いわゆるトレーニング、ちょっとしたプチバイトのようなものに出ていける場をつくることでした。そうしたアイディアを実現させていくには、予算的な措置がいりますし、実際に運営していくための運営委員会を作ったり、出ていける場を探したりすることも必要となります。では事業計画を作ってしっかりやっていこうということで、具体的な提案を出し、市も巻き込んだ取り組みとしてスタートしていくことになりました。

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“びーのびーの”の仲間で農作業

引きこもり状態だった人が、一方的に何かの支援を受けるのではなく、働いて自分でお金を稼ぐ経験ができるというのは、すごく大事なことです。私たちの所では、農業に取り組んだり、パソコンでチラシやパンフレットを作ったり、手作りで仕上げたものを販売したりしています。自分達たちでものを作り、売ってお金を得て、それを分配するという形です。ただ、それだけでは、限られた居場所の中で限られた人と関わるだけになり、いわば保護された空間の中での活動にとどまります。


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そこからもう一歩先に踏み出し、実際に社会に出て、社会の中の色々な人たちと関わりながらお金を得る。そういう“就労体験”の場を設けていくことも大切だと、私たちは考え、取り組んできました。例えば商店街の小売店で配達業務をちょっと手伝わせてもらったり、高齢化が進む集合住宅で草とりを手伝わせてもらったり。ユニークなところでは、電気店での靴下の分別という仕事もあります。電気店ではご家庭に商品を配送するとき、担当者が玄関できれいな靴下に履き替えます。その使用済みの靴下を洗濯してまた使うのですが、まだ使えるものと使えないものとに分別する仕事ですね。

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新聞販売店での中間的就労

また、新聞配達の仕事もしています。実は、新聞販売店とは以前からお付き合いがありました。地域の高齢者などの見守りで、非常に重要な役割を担って頂いています。配達する方が、玄関に新聞が溜まっているのを見つけると、家の中で倒れているのではないかとか、早期に異変に気付き発見することにつながります。その新聞販売店の方に聞いてみると、配達を担う人材が募集しても集まりにくく、困っていることが分かりました。そういう部分を引きこもり状態だった人が担っていけたら、どちらにとってもWIN-WINの関係になれます。世の中にはそうした、大きなお金にはならないけれども、誰かが担っていかければならない、でも担い手が探せない仕事が実はたくさんあって、そこに若い人がいてくれたら非常に助かると、力を求められていたりするわけです。最初は一人前の仕事がなかなかできなくても、2~3人で分担したりしながら、少しずつ一人分の仕事ができるようになっていく。そんなことを経験させてもらいながら、外で仕事ができる機会をつくっていきました。

若さや真面目さといったひとりひとりの長所を生かし、担い手があまりいない仕事を担わせてもらうことで、実際に社会の役に立ったり、他人から褒められるという経験ができていきます。そういう経験を積み重ねていくと、だんだん本人たちも、仕事というものをそれぞれのイメージとして捉えられるようになっていきます。さらに仕事を通じて他人と関わっていく中で、コミュニケーションも取れるようになっていきます。そして、やがては就労準備、いよいよ就職活動を目指すところまで自信を取り戻すことができるのです。ひきこもりが長期にわたる場合、社会とのつながりが消えている期間が長いので、自分への肯定感や有用感(=役に立てるという気持ち)が弱くなっています。他人から褒められたり、他人に頼りにされたり、感謝されたりする中で、本人の力がだんだん蘇っていけるようエンパワーメントしていく。そういうことが自信につながり、世の中にもう一歩出て行こうという気持ちを培っていくことになるのだと思います。一人前の仕事ができるようになったら、そのままそこで雇用してもらう場合もありますし、同じような仕事を自分で探して就労する場合もあります。

 

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家族交流会

実はそうした仕組み作るために、前段として大切になるのが「家族の会」です。引きこもりの人たちの「家族の会」。家族会を作って、親たちに就職した先輩たちの経験をたくさん聞いてもらい、もう一度子どもを世の中に戻していきたいという願いを持ってもらう。そして、その次には子供と一緒に「実際にやってみよう」と思えるようになっていってもらう。そういうことができて初めて、次の居場所を見つけることにつながるのではと思います。

 

豊中市は集合住宅が多い大阪のベッドタウンですが、ひきこもりのような課題抱えている人たちは、マンションの中に隠され見えなくなっていました。阪神・淡路大震災の後、孤独死をなくそうと始まった地域の活動が、今では大きく広がっています。豊中市で地域の活動に関わるボランティアの数は8000人。孤独死やひきこもりだけでなく、ゴミ屋敷、認知症高齢者の徘徊、高次脳機能障害の方の支援など、これまで35の地域の課題に取り組み、解決のためのプロジェクトを組んできました。

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認知症による徘徊SOSメール

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福祉ゴミ処理プロジェクト

ひきこもりの家族会に参加してくれた親たちは、意を決して悩んでいる他の親たちにも声をかけてくれるようになりました。すると「あの時、私が声をかけたことで解決に向かった」とか、「支援の仕組みを作れた」ということが成功体験となってつながり、地域の課題解決への意欲が高まってきたように思えます。いま、まちの中には、「さらに問題を発見していこう」、「声を上げられずにいる人たちを探していこう」という課題を発見する意欲と、行政とも協働して解決をはかっていこうという意思が根付き始めています。個々の課題をその人だけの問題としてとらえるのではなく、地域の課題としてみんなで取り組み解決していく。そんな仕組みづくりを、これからもどんどん進めていきたいと考えています。

 

勝部さんたちの様々な取り組みは、「NHK地域づくりアーカイブス」で動画でご覧いただくことができます。

一人も取りこぼさない社会をめざして

勝部麗子さん(コミュニティソーシャルワーカー)

10年前、大阪府で初導入された地域福祉の専門職=コミュニティソーシャルワーカーの第一人者。大阪府豊中市社会福祉協議会・事務局長として、様々な地域福祉計画・活動計画に携わる。2006年から始まった「福祉ゴミ処理プロジェクト」では、孤立する高齢者に寄り添い、数多くのゴミ屋敷を解決に導いた。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員。信条は「道がなければ作ればいい」。

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