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2019年05月30日 (木)

「ドーナツ経済学」から考える地域のくらし――ケイト・ラワースさんインタビュー【後編】

kate545-8030.jpg人形を使って「合理的経済人」を説明するラワースさん

 

【前編】はこちら

限界こそが創造性をもたらす

以上お話したように、ドーナツの図が意味しているのは、限られた地球資源の範囲内ですべての人々のニーズを満たせるよう追求することであり、それこそが人類の幸福の根幹だとわたしは考えています。

これまで人々は、より多くの収入を得ることが幸福であるという考えに囚われてきました。しかし実際には人々は、他人を助けたり、新たな技術を学んだり、地域社会に関わっているときに、はるかに大きな幸福を感じることが、研究から明らかになっています。つまり、より社会的な幸福の形があるということですね。

私は、人類の繁栄を可能にする基盤としてドーナツを捉えています。つまり、わたしたちがより創造的になり、人々が協力して知恵を与え合い、エネルギーや食糧を生産するコミュニティが独創的になり、すべての人が自由と参加を手にする基盤となるものです。ときどきドーナツの図を見て、「境界線があると限界を感じるから嫌だ」と言う人もいます。しかし、わたしは「世界で最も創意に満ちた人々は、創造性の源として境界線を用いていますよ」と答えるようにしています。

たとえばモーツァルトは、たった5オクターブのピアノで素晴らしい曲を生み出しました。ジミ・ヘンドリクスはたった6弦のギターで驚くべきソロを奏で、セレナ・ウィリアムズはテニスコートという境界線の内で驚異的なテニスをしてみせます。境界線こそが創造力を解き放つのです。ひとたび社会と地球の境界線を認識できれば、人類はまだ見ぬ創造性で輝くことができるとわたしは信じています。わたしたちは、繁栄とは何かについて、もっと豊かな解釈ができるようになり、それを実現すべくさまざまな方法を見出すでしょう。

「ドーナツの図」に従って、地球環境の範囲内で暮らしてゆくのならば、わたしたちは資源消費のあり方を見直す必要があります。つまり、大量生産、大量消費、大量廃棄の直線型の経済から、リサイクルやリユースを組み込んだ循環型の経済へ転換しなくてはなりません。また、政府は労働力の利用に対してではなく資源の利用に対して課税し、プラスチックやゴミを埋めることを禁じるべきです。金属やプラスチックなどの資源が持続可能な方法でくりかえし再利用されるようなエコシステムを形成すべきです。

しかし、それだけでは十分ではありません。社会における所有の考え方そのものを変えていく必要があります。

私たちの暮らす土地や住居を誰が所有するのか? 企業は誰が所有するべきなのか? 大企業か、それともその従業員が所有することがあり得るのでしょうか? アイデアは誰の所有物なのか? 著作権で保護されるべきなのか、それともコモンズとして、無料のオープンソースで共有されるべきなのか? 政策においてもビジネスにおいても、一代限りで終わるのでない、広く共有されうるようなデザインが必要なのです。10歳になるわたしの双子の子どもたちが50歳になる頃までに、今日の経済とは全く違う経済が実現していてほしいと心から願っています。これほど不平等で遅れた経済社会がかつて存在し、それを転換させるのにとてつもない時間を要したという事実が信じられないくらいになっていてほしいものです。

さらに、「進歩」についての考え方も、根本的に変えてゆく必要があります。進歩とは国内総生産(GDP)や国民所得が上昇し続けることだという考えにとりつかれた結果、各国は、より早い成長をめぐって、競争してきました。そうして石油や石炭、天然ガスなどの安価なエネルギー資源に依存してきたのです。本当の進歩とは何か?経済の考え方を転換させる必要があります。

経済における人間とは

現在の主流派の経済学では、「合理的経済人」と呼ばれる人間像が強力なモデルとなってきました。この人間像は、心を配るべき子どもも、面倒を見る両親もいない人物で、手にはお金を、心にはエゴを、頭には計算機を持ち合わせ、自然を足元にひざまずかせています。労働を嫌い、贅沢を好み、あらゆるものの価格を把握しているような人間像です。こうした人間像を元に、現代のグローバル経済は築かれてきました。

このキャラクターの問題点は、バカバカしいほど視野が狭いというだけでなく、人間とはこのようなものだと言われることによって、私たちが実際にこのキャラクターのようになっていくという点にあります。学生たちが、このような人間のモデルにもとづく経済学を学んでゆくと、競争や利己主義を重視して、協力や利他主義を大切だと考えないようになってしまうのです。

自分たちはこのような存在だと考え続ける限り、わたしたち人類が21世紀に共に繁栄する見込みはありません。経済の中心に新しい人類の肖像画を描く必要があるのです。

新しく描かれるべき人間像とはどのようなものでしょうか。第1に、「合理的経済人」はひとりの個人として描かれていましたが、人間は、集団の中で互いに依存して生きる社会的な動物です。ひとりで成長できる人間などいません。人間が利己心や競争をもっているのは事実ですが、相互に助け合う側面もあります。あなたが協力してくれるなら私もあなたに協力しましょう。これが社会の基本であり、わたしたちのもっとも基本的な性質なのです。

第2に、人間は、お金だけを大事に思うわけではありません。正義や公正、文化や伝統などの価値は、お金よりもはるかに大事です。私たちはつねに合理的な判断を下せるわけではありません。未来のことは分からないし、判断の元となる情報をすべて知っているわけでもないからです。ですから、文化や経験則に従うのです。

第3に、人間は、自然界のピラミッドの頂点に立って、地球の全資源を自由にしていいわけではありません。わたしたちが地球の生態系に依存し多様な生命の網に組み込まれていることを認識すべきです。

「合理的経済人」はまた、労働を嫌う存在として描かれています。しかしより正確な人間像とは、生きる目的を追い求めるものではないでしょうか。仕事に生きがいを見出す人もいますが、たいていの人は、仕事以外に生きがいを求めるでしょう。そして、私たちは利己的というより社会的で、人と協力し合い生きがいを見出す人もいるでしょう。人間を、利己主義や富によって動かされるものとして考える経済学は、良い結果をもたらしません。より豊かな人間像を経済理論に組み込み、豊かな人間性あふれる経済社会の実現に取り組んでゆくべきです。

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地域の暮らしからドーナツ経済を実現する

私はドーナツの図を世界全体を表すものとして描きました。しかし実際の世界は、多様な資源をもつ無数のローカルな生態系からできています。そして漁業、農業、林業などに、数百年、数千年にわたって地域で従事してきた人々こそ、自分たちがその一部であるこのローカルな生態系のことをよく知っています。世界の大都市や産業は、こうした地域社会から、地域の生態系を尊重しながらその一部として栄えていく方法について、多くを学ぶことができます。

地域の生態系を守っている地域のコミュニティがともに手を携えることによって、わたしたちはこの地球全体を守ることができることを認識しなくてはなりません。重要な変化はトップダウンではなく、ボトムアップによって、つまり、地域の人々が自分たちが生きている場所を大切に思うところから始まるのです。グローバルなスケールで人類がともに生き延びるために、数百年にわたって地域の資源を管理してきた伝統的な地域社会から学ぶべきです。

環境の保護や再生に関するさまざまな地域社会の取り組みと知恵が、インターネットやグローバル・コモンズを通じて共有されれば、ネットワークはその真の威力を発揮し、この豊かな「生きている地球」をともに育むグローバル・コミュニティが生まれることになるでしょう。

気候変動などのグローバルな課題はとても巨大で、自分の暮らしとはかけ離れたものに感じられるかもしれません。しかし、変化を起こすために私たち一人ひとりが日々実践できることもあります。たとえば、わたしの食生活は地球にどんな影響を及ぼすだろう、と問うてみてはどうでしょう。毎回肉を食べるか、野菜が多い食事にするのかで、地球に与える影響は変わります。肉を生産するには、多くの水と、家畜の餌となる穀物などが必要となるからです。移動のしかたはどうでしょう?つねに飛行機や自動車を使うか、できるだけ自転車や徒歩、電車などを利用するかによっても変わります。

食事や移動、買い物、どこに貯金をするか、さらに、よりよい未来のために活動している企業に投資したり、よくない企業から資金を引き上げる方法、選挙やボランティア活動への参加、子どもをどう育てるかを考えてみることも大事です。もしもわたしが企業の取締役だったら、会社の目的をどうやってよりよいものに転換できるだろう? 学生なら、経済理論における人間像について、どのように教授に質問しようか? 教授なら、学生が学ぶべき大切な思想をどのように伝えたらいいだろう? こんなふうに、私たちは一人ひとりが、コミュニティや職業生活、政治を通じて互いに影響を与えあうネットワークの一部であり、深い変化をうながす力をもっていることを認識すべきです。

なぜなら、最も重要な変化とは、幸福や進歩のあり方に対する私たち自身の発想の転換なのですから。わたしたちは互いに変化をもたらしあうことができます。その力が自分にあることを自覚し、できるだけ実践していくべきなのです。

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『ドーナツ経済学が地球を救う』ケイト・ラワース(著)河出書房新社

 

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ケイト・ラワースさん

経済学者。オックスフォード大学環境変動研究所の講師兼上級客員研究員。またケンブリッジ大学持続可能性リーダーシップ研究所の上級客員研究員。20年以上前にアフリカのザンジバルの農村でマイクロ起業家と仕事をともにしたことから始まり、国連の持続可能な開発計画の報告書作成に携わった。提言したドーナッツ経済学は国際的に高く評価され、専門家や企業、政治活動家に広い支持を得る。自身もこれまで国連総会やウォール街占拠運動といった様々な場所でプレゼンテーションを行っている。

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