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2019年05月30日 (木)

「ドーナツ経済学」から考える地域のくらし――ケイト・ラワースさんインタビュー【前編】

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ケイト・ラワースさん

 

昨年から相次いで発生した西日本豪雨、酷暑、大型台風、さらに今年5月には北海道で39.5度を記録するなど、地球の温暖化による気候変動を肌身で感じさせられることが続いています。こうした異常気象を食い止めるにはどうしたら良いのか、その見事な回答を、斬新でトータルな視点から提示する世界的なベストセラーがあります。イギリスの経済学者、ケイト・ラワースさんの書いた『ドーナツ経済学が地球を救う』です。

地球を気候変動から守りながら、人間の生活に必要なエネルギーや食糧も確保していく。この難しい挑戦を、新しい経済活動のモデル「ドーナツの図」で示しています。ラワースさんが提唱する「ドーナツ経済学」は、わたしたちにどのような発想の転換を迫っているのでしょうか。そして、地域の経済や私たちの生活は、どのように変わっていかなくてはならないのでしょうか。来日されたラワースさんに、ドーナツの意味についてうかがいました。

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ドーナツの外縁――環境の上限

まず、ドーナツの外側の縁は、環境の上限、例えば、人間はどこまで二酸化炭素を排出して良いのか、どれだけ水を使って良いか、どれだけ森を耕地に変えて良いかなどを表しています。つまり地球環境のバランスを崩さずに人間の活動が可能な範囲、その限界を示しているのです。約30人の科学者たちが集まって、地球環境が安定した均衡を保つための、いくつかの要因を研究したことから、この惑星の環境上の限界が明らかになってきました。

これまで1万1千年もの間、地球は安定した状態を維持し続けてきました。しかし、人間の活動が、地球の許容範囲を超えてしまえば、安定は崩れてしまいます。地球環境を安定させる要因として、9つの生命維持システムがあると考えられています。安定した気候、豊かな森、健全な海、オゾン保護層、川の淡水、清浄な大気、生物多様性などです。人間の暮らしは、これらの生命維持システムに守られているのです。

この事実を前提に、健全な経済とは何かを考えたならば、今の経済のあり方を転換させなければならないことがすぐにわかるはずです。人類は自らのニーズを満たそうとするがままに地球資源を利用してきました。化石燃料を使うことが最終的に何をもたらすのか、長いこと理解しなかったのです。石油や石炭、ガスの燃焼によって大気に放出される二酸化炭素が、地球の温暖化を招いており、海面上昇や台風、ハリケーンの激化、干ばつや洪水を引き起こしています。

20世紀の文明を支えてきた化石燃料、石油や石炭などの安価なエネルギーは、私たちの生活に広く組み込まれています。電気を生み出し、ガソリンなどの燃料を作りだしているのは化石燃料です。 朝、電気のスイッチを入れるとき、エアコンの電源を入れるとき、車に乗り込み暖房を付けるとき、海外から輸入された食品を摂取するとき、私たちは日常のあらゆる段階で化石燃料に依存しています。その結果、温室効果ガスを増やして自分たちの幸福と健康を蝕んでいるのです。

どうすれば化石燃料に依存することなく、幸せな暮らしを営むことができるのかという難題に私たちは直面しています。今こそ変革の時です。私たちみんなの命の源である、この素晴らしい、唯一無二の地球を破壊することなく日々のエネルギー需要を満たすことができるように、化石燃料依存と決別し、再生可能エネルギーへとシフトしていかなければなりません。

私たちは、生物界の循環の範囲内で機能する経済を生み出す必要があります。つまり、木が育つよりも速いペースで伐採してはならないし、木々が吸収できるより速いペースで二酸化炭素を排出してはならないのです。生命体としての地球が許す範囲内で機能する健全な経済を創出しなければなりません。これこそ21世紀の経済がなしとげなければならないことです。

良い知らせもあります。いまでは、世界の100もの都市が、70%以上の電力を再生可能エネルギー源から作り出しています。この流れは急速に拡大していますが、まだ十分ではありません。再生エネルギーに投資すれば、都市は、より信頼でき、安価で長持ちするエネルギー源を得ることができます。気候変動の悪影響を避け、より豊かな未来を実現するためには、化石燃料から早急に脱却し、再生可能な未来に投資することがきわめて重要です。

ドーナツの内側:すべての人のニーズを平等に満たす

一方、ドーナツの中心の輪の中には、必要最低限の生活の糧を十分に得られていない人びとがいます。人間の最も基本的欲求である食料、水、医療、教育、健康が満たされない人々が何十億人もいるのです。これは人類が投資すべき最優先課題です。貧困から脱却できさえすれば、人びとはより良く生きようとする勇気を取り戻し、子どもたちが尊厳をもって生きられるように出産数を抑制して教育を与えることができます。

先進国に暮らす私たちはすでに何十年も前から、基礎的医療や教育、きれいな水、輸送や通信に投資するために必要な技術や資源を持ち合わせています。ところがグローバル経済はあまりにも不平等で、人びとを分断するものとなっています。わずか一握りの人びとが、世界の人口の半数が所有するのと同量の富を手にしているのです。この状況はきわめて異常です。富が一極に集中するような経済から脱却して、多くの人びとに分配されるような経済へ移行しなければなりません。

エネルギーの例をあげて説明してみましょう。20世紀には、石油を掘削するために大規模な投資が集中して行われ、そのために化石燃料によってもたらされる富が一部の人びとに集中することになりました。しかし21世紀には、全家庭の屋上パネルから太陽光エネルギーを得ることができます。地上や海上のあちこちに風力タービンを設置することもできます。大企業ではなく、家庭や地域社会、小企業が所有する再生可能エネルギーのネットワークを作り出すことができるのです。つまり、20世紀型の一極集中システムよりも、はるかに分散的なやりかたでエネルギーを創出し分配することができるわけです。

通信もそうです。20世紀には、電話一本かけるのにも中央集権型のオペレーターを通さなければなりませんでした。21世紀には、世界中のほぼすべての人のポケットに電話があり、インターネットを介した通信網が存在しています。そのインターネットを使って、新しい時代の知識やアイデアを共有する、かつてない機会が生まれています。

過去500年にわたり、知識は、特許や著作権を関する厳格な法律によって管理されてきました。しかし今日では、「クリエイティブ・コモンズ」と呼ばれるオープンソースのシステムによって、アイデアを共有財産として世界中で利用することができるようになっています。ですから21世紀は、気候変動や生態系のリスクなど多くの課題もある一方で、これまでよりはるかに知識やアイデアを共有し、公正な富の分配という前代未聞のことが実現する可能性も生まれてくるでしょう。不平等の拡大を転換し、「ドーナツの図」に示されているように、環境が許す範囲内ですべての人々のニーズを満たすことができるよう、この機会を生かさなければなりません。

【後半につづく】

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ケイト・ラワースさん

経済学者。オックスフォード大学環境変動研究所の講師兼上級客員研究員。またケンブリッジ大学持続可能性リーダーシップ研究所の上級客員研究員。20年以上前にアフリカのザンジバルの農村でマイクロ起業家と仕事をともにしたことから始まり、国連の持続可能な開発計画の報告書作成に携わった。提言したドーナッツ経済学は国際的に高く評価され、専門家や企業、政治活動家に広い支持を得る。自身もこれまで国連総会やウォール街占拠運動といった様々な場所でプレゼンテーションを行っている。

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