発災時 データで命は守れるか
臼田(防災科学技術研究所):ひとつ気になるのは、今回のテーマは人流・車両通行データを対象としてやっていくわけですが、その大元は、人流や車両通行ではなく、人や車両の位置な訳ですよね。「人や車両の位置の共有は自由にできない」という前提で、人流・車両通行データの活用を考えていくのか、それとも「今後は人や車両の位置は共有できる」という前提で人流や車両通行データも考えていくのかで、使い方が変わってくるかな、という印象を持っています。先ほど、消防の方のご意見を聞いているとやはり、人流や車両通行というよりも、ポイントデータが相当重要になってくるし、Agoopさんのものも、今は人流でもちろんやっておられるんですけれども、これがポイントデータになったらまた、変わってくる部分もあるんじゃないかと、考えるとちょっと幅が広がってしまうので、今回それをどこまでの範囲とするのかなというのはちょっと気になりました。
柴山(Agoop):そうですね。ピンポイントの位置情報はAgoopも取得していますがプライバシーに関する対応として、個人を特定出来ないようにメッシュ単位に統計化しています。
Agoopではピンポイントデータはありますが、ただどこまで共有するかとなるとプライバシーへの配慮というものが必要であり、例えば災害時は消防署さん、警察署さんには共有してもいいけれども、一般には共有しないとかそういうところのプライバシー保護のあり方はかなり議論しなきゃいけない部分があります。
臼田(防災科学技術研究所):この辺りはこの検討会としてきちんと仕分けておいた方がいいんじゃないかと思います。個人情報の問題であるとか、技術的にそのデータの共有をどこまでスピーディにかつ、全量を渡せるのかとか。まず現実問題として、いわゆる人の位置情報、車の位置情報という共有を行う手前で、人流、交通流の活用を考えるというところであれば、まずそこを絞って議論するといいのかなと思いました。
捧(NHK):そうですね、検討会の趣旨としては「命を守るために何ができるか」というところで、現状の制約がもしあるのであれば、それを浮き彫りにできればと思っております。ポイントデータがあった方が人命を救えるのであれば、そのために何ができるかっていう観点でいうと、位置データ・ポイントデータを共有する、活用するというのはいろいろ壁もあったりするんでしょうか。
柴山(Agoop):私がプライバシーに関する配慮は2013 年からやっていますからちょっと説明しますと、実は住宅にいる場合のピンポイントデータというのはかなりプライバシーに近い情報になる可能性があります。住宅が少ない場所などになるとピンポイント位置情報から個人が特定される可能性があります。
Agoop は氏名とか住所とか電話番号は持っていませんが、位置情報自体が欧州のGDPRでは個人であるという見解もありますので。住宅に近いところは統計化して、秘匿化しています。
ただ、災害時は避難所に逃げている情報や逃げ遅れている情報をピンポイントで提供する必要性は人命救助の観点ではでてくると思います。
位置情報におけるプライバシー保護に関して、法制度の専門家と通常時の提供に関して話した時は、まずは住宅街の場合はピンポイントでの提供はせずメッシュや町丁目字単位に統計化して提供することになりました。
ただし、災害時においては住宅街においてもピンポイント情報を活用できるように承諾を得ることの検討は必要と考えています。
ここはプライバシー保護と有事の際の活用に関してきちんと検討・議論する必要があると思います。
また災害時のピンポイント位置情報の重要性はありますが、全員がピンポイント位置データを提供してくれるわけではありません。
特に高齢者はスマホを持っていない方も多いです。
今後、高齢者にいかにスマホを利用していただくか、また災害時にGPSデータを提供して頂くかというのも実は大きな課題です。
何かしらの方法で高齢者、要救助者の位置情報をピンポイントで集める方法はないかということはAgoop の中でも研究をしております。
臼田(防災科学技術研究所):私からも、参考情報としてなんですけれども、今回は人流、交通流ということなので、スコープ外だと思っているんですが、やはり本当に「犠牲者ゼロ」を目指すのであれば、最終的には個人の位置情報がある方が望ましいことは技術的には言えると思っています。一方で今、いろんな提供や共有において問題があるのは柴山さんがおっしゃった通りですが、その「個人の情報を提供してでも救助してほしい」人に対して、どんな対策が取れるかという実証実験をやっています。私は今、AI防災協議会というものを民間の皆さんと一緒に取り組んでいるんですけれども、実証実験支援という形で、大阪の伊丹市で、避難行動要支援者の安否確認モデル事業というものをやりまして、その中では避難行動要支援者の中で、「救助という目的においては個人情報の提供に関して同意をする」と言った方に関しては、アプリケーションを介することで、今自分がどこにいて、助けてほしい状況なのかということを行政や消防と共有をするという方法をとっています。そうするとこれは完全にピンポイントですし、限られた範囲で限られた目的で使われているので、確実な救助につなげるための一つの方法としてやっています。こういうものと人流とをどう使い分けていくかということも、重要な課題かなと思っています。
捧(NHK):人吉市の鳥越さん、位置情報がわかることで、できることは増えていくと感じますでしょうか。
鳥越(人吉市防災安全課):GPSですね。個人の特定ですね。これについては確かに災害時であれば非常に有効的かなと。ある程度限られた行政、消防警察などは救急の出動もありますので、そこである程度共有ができるのであれば、「逃げ遅れゼロ」ができるんじゃないかとは思います。個人情報の取り扱いがどういうふうになるかというところが行政としても気になるところ、大きな壁になるところかと思います。
捧(NHK):私も伊丹市の担当者の方に、電話取材でお話を伺ったら、「要支援者の方が個人情報を提供することに前向きだった」と伺ったんですが、実際に今後どうやったらそういった位置情報、要支援の方、高齢の方の犠牲者をゼロにするために、どういった克服をする手があるのか、何かご意見があればいただきたいです。
臼田(防災科学技術研究所):広く考えると非常に難しい問題なので、そんなに簡単な特効薬がある世界ではないと思っています。一方で、「情報提供するとどんな助けられ方をされるのか」というイメージがまだなく、だから「よくわからないからできない」という人たちは結構おられるという印象です。そういう意味で、あまり一般論で個人情報、という大きな枠組みで話をするよりも、要支援者にとって、自分だけでは避難ができないという状況下において、自分も救助してほしいけれども、「救助する側に救助しやすいような形で自分もそこに協力をしていく」仕掛けなんだってわかっていただくと、なるほどね、と納得が得られるのではないかと思っています。その辺りがまだ、どういう方法で説明をしていって納得していただけるかっていうことは、コミュニケーションの課題でもあると思いますので、まだまだこれから色々な実証実験を繰り返していく必要のある分野ではないかなと思っています。
二瓶(東京理科大学):今までの議論とちょっとずれることを言うかもしれませんが、まずこういうデータを誰のために整備しようとして、誰のために提供しようとしているかの話がちょっと今の話を聞いているだけだと、偏りが大きいかなと思っています。
避難の話だけからしますと、もちろん公助があるでしょうけど、自助・公助がもちろん基本です。そう思うと住民の一人一人の方もこういうデータをうまく活用できるような話もすべきなんだろうなって思っていますし、こういうデータが避難行動につながるような情報になっていくといいんだろうなと思っています。
「今避難所にいっぱい避難しているよ」が分かれば、「これだけ避難している人がいるんだ」って分かれば、避難する人が増えると思います。個人向けの情報になります.私の専門の話になりますけれども、やっぱりいざ避難するかしないかって、雨の降り方や川の水位だけだとやっぱりなかなかわからないです。「あそこも水に浸かっているんだ」とか、「こんな家の近くまで氾濫が起こってるんだ」や、もしくは「氾濫が起こりそうだ」という情報が直接避難に繋がるんだろうと思う。そう思うと、こういう人流や車両通行データは、「いつもは人が全然通っていないところにいっぱい人が通っているよ」とか、「いつも車がいっぱい通っているところが今全然通っていないぞ」という条件が、洪水氾濫、いわゆる災害発生状況と関係していると考えられます。これは球磨川に限りません。私たちもそういう研究をしています。実際の災害の発生状況や洪水氾濫発生状況がこういう車両通行データとかから見えてくるというのが,次の避難行動に繋がってくるのかなって思います。
そういう意味でいうと、こういったデータを誰目的、誰のために見せようとしているのか、っていう話は最初に整理しておいた方がいい。私の理解では、やはり自助が大事である中で、住民の方にもこういうデータを使ってもらえるようになるには長くかかるかもしれないが、最初からそういう目的で検討会をやっていくべきではと思います。
畑山(京都大学):私が知っている限り、災害対策本部でですね、現在どこが浸水しているかを、正確に把握して活動はできていないんじゃないかと。少なくとも私が過去に聞いた災害対策本部の人は「わからなかった」と皆さん言われているんですね。だから、ハザードマップを見ながら皆さん対策しているのと、まあ土地勘からですね、「ここが浸かっているならあっちも浸かっているだろう」っていう形でやられているのが現状なのかなと。ある程度浸水がリアルタイムに分かれば、あるいは1時間先予測、短時間でも先の予測ができればですね、例えば、「もう避難行動は諦めて垂直避難をしてくれ」というような、行政としては言いにくいですが、「下手に動く方が命のリスクに関わる」というメッセージも出せるようになるんじゃないかと思っている。ひょっとしたら今回の人吉市のケースはそういうメッセージを出した方がよかった地域もあるんじゃないかなというふうに思っています。最近できるようになってきたリアルタイムの浸水シミュレーションみたいな話と、この人流のリアルタイムのデータの重畳っていうのは、かなり、将来期待されるツールじゃないかと思っています。
捧(NHK):事務局で試みている範囲ですが、人流であったり、通行実績を見ると、浸水しているエリアにあまり通行がない様子がわかる。衛星利用もあるかもしれません。浸水把握も、ある程度予測・リアルタイムでわかればというところですね。
二瓶(東京理科大学):リアルタイムでどこが浸水しているかっていう情報は非常に重要にも関わらず、なかなかそれが現段階でできていない。国の方でもコイン型センサーという、浸水情報をすごく簡単に集められるようなモニタリングも試行的にされていますので、だんだんそういうものが広がってくるのかと思いますが、一方、例えば「車が普段通ってるのに全然通っていない」、そういう情報から、浸水範囲がある程度予測はできるんだろうとは思っていまして、私たちもそういう研究自体はしています。2020年の熊本の球磨川でそういう検証をしたんですけど、ETC2.0の車両通行情報があまりなかったので、氾濫域とは比べられませんでした。2015年の関東東北豪雨の鬼怒川の例ですと氾濫域と「車の通行がある・ない」というのはかなり一致していましたので、本当はいろんなこういう情報が集まってくると、リアルタイムに氾濫域がわかったり、ここは車が通れる・通れないっていう状況が分かって、いろんな活用の仕方につながってくるんだろうと思います。