発災時 データで命は守れるか
2020年7月4日、球磨川流域では未明から朝にかけて時間雨量30ミリを超える激しい雨が8時間にわたって降り続きました。
浸水した人吉市街地
熊本県内では65名の方が亡くなりました。そのうち、65歳以上の高齢者が86パーセントを占めています。
人吉下球磨消防組合の管内でも45名の方が亡くなり、そのうち8割以上が高齢の方でした。溺死した方の中には「認知症」「足腰が悪い」「知的障害がある」「介護度が高い」「片足を失っている」「高齢で一人暮らし」の方など、避難に支援を必要とする方が多くいらっしゃいました。人吉下球磨消防組合では令和2年7月中に、194名の方を救助していますが、高齢者・要支援者の方の救助において難しく感じた点もあったと伺っています。
人吉下球磨消防組合 早田さん(左)、岩本さん(右)
早田(人吉下球磨消防組合):救助活動は、同時多発で入ってきた場合、どうしても消防力の限界があり、私たちは消防本部110名の小規模消防本部でありまして、その中で対応・編成しながらの現場活動となった場合に、「どの場所にどの方がいる」、そういうことは、全てを把握してから現場に行くわけではなくて、119番救助要請があった順番に順次出動させていった現状であります。
あらかじめ要支援者からの情報というのは、通信情報課の通信指令システムの情報の中に入っていますので、要支援者からの通報であればですね、しっかりわかります。そうではない場合、通報される方の危険度、どれくらいの危険が差し迫っているのかというのがわからないので、救助要請が入ってきた順に、次々出動隊を送り込んでいった状況です。ですので細かく、要支援者のところに出動したというイメージではないです。ただ、わかっている場合にはあらかじめ人数を増やすなりして、対応していったというところでございます。
捧(NHK):事前の早期避難ということで、警戒広報もされる中で少し気になる状況の方は、近隣の方にお声がけをお願いしたりという状況なんでしょうか。
早田(人吉下球磨消防組合):2020年7月3日の夕方くらい、18時くらいからですね、雨足がどんどん強くなってきたと思いますけれども、その中で、早期の避難広報活動をやっていました。その中で、川沿いであったり、土砂災害を警戒しての山沿いの地区を中心に広報はしているんですけれども、「ピンポイントでこの住宅」ということはなかったです。
捧(NHK):要支援の方の住所などはある程度把握している中で、どこまでそういった方のケアができるかというのが難しい点であったりするのでしょうか。
早田(人吉下球磨消防組合):119で、通信情報課の方に情報が入ってきますが、地図が表示されるわけですけれども、地図上に「要支援」と出るわけではなくて、入電した時点で情報を開いていく中で、要支援者の住宅だということがわかっていくわけでありまして、その聞き取りの中からわかった範囲で、今度は指令をかける。その時に、通信指令システムの情報支援データから要支援者であることが判明している状況なので、本部から出動していく場合には分かりますが、次々出動していった中で、出動先から転戦をしていった状況ですよね、災害中というのが。一つの事案が終わって次の事案に行く、また次の事案にいく。もしくは自分で覚知して、活動を行なったという場合もありますので、なかなか正確な要支援者の情報を取れなかったというのはあります。
捧(NHK):人吉市総務部防災安全課の鳥越様、当時、市としての対応の中で、高齢の方・要支援の方への対応や課題など教えていただけますでしょうか。
鳥越(人吉市防災安全課):2020年7月3日、夕方の5時30分には、災害本部会議を開催しまして、「大雨になるだろう」ということで、その時には、雨量的には200ミリくらいかなという予報だったんです。一応待機はして、情報収集はしていました。広報活動等もですね、消防団も含めて行いまして、夜中23時ですね、避難所等開設して、朝方もまた、市内全域に避難指示を出しました。
防災行政無線も消防団の広報もなんですが、プラス町内会長さんには「災害対策支部を設置します」と連絡を入れています。そのあと民生委員、児童委員さんの方々にも、要支援者の方々の把握をしていただいておりますので、回っていただいた。人吉・球磨という地域が毎年のように、避難勧告が何回か出ている状況で、「まさか」という状況だったんですね、令和2年7月の豪雨災害というのが。昭和40年にも被災しておりまして、「その時を超える状況はないだろう」と。「あってほしくない」という思いと、そういう思い込みがあって、なかなか状況を受け止めることができない、読めなかったというのが現状です。
で、その中で亡くなった方々がほとんど高齢の方々なんですが、朝方になって民生委員・児童委員さん、それと隣近所の方々も、消防団もですが、声かけをして回ってもらっている状況だったんですね。それでもどうしても「自宅から避難しない」「2階に上がるから」というようなことを言われて亡くなられた方もおりますし、車で移動中に流された方もおられますけど、昭和40年の水害、これがどうしても頭から離れなかったというのが高齢の方々の記憶として残っていて、それが「仇になっとった」ということを、避難された方々からの言葉を聞いたところです。
私自身もそういうふうな感覚があったので、「そうないだろう」と、「あってほしくない」というような状況で思っていたんですが、声かけはしたものの、どうしても水が来て逃げる、自分自身も逃げないといけない、命が危ないということで、実際救うことができなかったというような状況があったというところです。そういう方々を、強引に、本当は引きずり出してでも避難させるべきところだったかなというところですが、行政としては事前に情報を流したんですけれども、市長自らも朝方にはマイクを持って「避難をしてくれ」とアナウンスをしたんですけれども、それでも20名の方々の命を救うことができなかったという状況でございます。
発災したあと、消防・消防団・警察と、今日一緒に参加していただいておりますラフティング協会代表の渕田会長たちの協力を得て対応したのですが、どうしても共助の部分が発災したあと、間に合わなかったというのが現状です。
捧(NHK):昨今の水害では高齢の方、要支援者の方が亡くなるケースが多くを占めている現状です。こうした方の命を守るために、人流や車両通行データ、そのほかのデータを含め、リアルタイムにどんな情報があればいいのか。是非ご意見を参加者の皆さんにいただけれたらと思います。
畑山(京都大学):一つ、人吉市さんに質問があるんですけれども、要支援者リストの例外適用、あるいは「例外じゃない適用」かもしれないですが、どういう感じで行われていたんでしょうか。
鳥越(人吉市防災安全課):人吉市で、要支援者のリストですけれども、個別のリスト、本人承諾を得た状態のものなんですが、1100人を超えてあります。その1100人の方々それぞれの分を町内会長さん、あと民生・児童委員さん等とは情報共有していた。要支援者の方にはそれぞれ回ってもらっている状態でした。避難を促していたところです。
畑山(京都大学):ありがとうございます。私自身はですね、この問題ですね、行政の、「公助ではやりきれない問題」というふうに捉えておりまして、一概に行政の責任という話ではないと思っています。一方で、ラフティング協会さんが救助の活動を手伝われているということは非常に素晴らしいことだと思っておりまして。ただ、情報がもうちょっと共有されればという話があるんだと思うんですね。防災の研究って避難のことばかり取り上げることが多いんですが、現実的には「避難しない人の方が多い」ので、やはり、救助というのもその先を必ず見据えた形でやるべきではないかと。あるいは救助の戦略を、戦略的なシミュレーションをした上で、先ほど、リソースの問題を消防の方も言われていたと思うんですが、これ以上の要救助者数になってしまうと、効率を優先するか順番を優先するかせざるを得なくなって、取り残される人が出てしまうというような境界値をお示しして、その上で、本来なら、優先順位つけるとすればですね、要支援者、あるいは障がいのある方が中心で、優先的に救助されるべきであるところを、今は順番でしかやりようがないということをですね、市民の皆さんと共有してですね、言ってみれば「健常者の方が避難せずに残るということ自体に、災害対応で大きな問題が残るんだ」ということを共有していくべきではないのかなと思っています。
避難だけじゃなくて、救助というのも一体化したシミュレーションをしないといけないんじゃないかというのが、最近考えているところです。
まだうまくいった事例があるわけではないですが、大量に救助しなきゃならないとなると、救助の人的リソースの問題から割と簡単に、「これ以上は無理です」くらいは出せるんですよ。もっと細かくやれば、「効率的にやればもうちょっと助けられる」くらいの数字は出せます。「避難せずに救助の対象になる人」の人数を調べて、できるだけ、優先して救助すべき人を絞っていけるような話もですね、一緒に検討していくべきではないかなというふうに思っています。
捧(NHK):救助の人数を絞るためには、例えば人流データか他のデータで貢献できることはあるんでしょうか。
畑山(京都大学):救助の対象、消防のリソースの問題から、「何時間で何人くらい救うのが限界です」っていうのは、大体出るんじゃないかと。地区を指定してもいいですし、ハザードマップと重ねてもらって、「こういうところに救助に行くとしたら」という話でシナリオ作ってもいいんですけど、それで上限決めてもらって、できるだけその内側になってもらうというのが重要かと。
おそらく今の要支援者リストからですね、時間が遅れてしまうともう、避難できないという人はわかると思うんですね。道路が冠水してしまった状態で「避難してくれ」っていう話は、最近はあまり推奨されなくなりましたし、今回も移動中に流されたケース、そのリスクがあるので、できるだけ避けていただくようなことを言っていると思うんですよ。さらに、要支援者という人はそういうところに行ってしまうと、ちょっとしたトラブルで命を落としてしまう可能性も高くなりますから、どちらかというと、避難遅れで、「救助を待つ」選択をした方がいいと思われる人も出てくるわけですよね。そういう人の数は最初に割り出しておいて、その人数を助けるので消防のリソースはもういっぱいですっていう話だったら、もう全員避難してくれないと。「健常な方は、生きるか死ぬかの段階になるまで、助けに行けない可能性があります」っていう話はできるんじゃないかと。
逆に、戦略的に、要支援者を助けた後にどれくらいのリソースが残るかっていう話は把握しておいてですね、それ以下に、救助対象が抑えられているかっていうのを見るには、リアルタイムのデータを活用することができると良いんではないかと思います。
捧(NHK):リアルタイムで「どれだけ救助をまだしなければいけない」とか、マンパワーのところが可視化されれば、っていうことでしょうか。
畑山(京都大学):リアルタイムに、どこにどのくらいの人が残っているということがわかると。うちでも令和2年7月豪雨時の人流、モバイル空間統計データの情報を使って、避難指示が出て、川が決壊した時間帯にどれくらいの人が冠水したメッシュの中にいたのかのグラフを作ってみたが、「ほぼ平常時と変わらない」という結果が出てくるんですよ。つまり、「普通に生活していたらこういう人の動きになります」っていう状態が再現されてしまって、それが崩れるのはですね、もう災害が発生してから「『被害が出た』というのをテレビで見た」とか、命のための避難というより、浸かってしまったので避難所に行こうっていう形で人が動き始めたところで、平常時との乖離が出てくるという分析結果になってるんです。
行政の方はそういう人をなくすために情報も出してるし、警戒レベル5というですね、災害被害発生っていう情報も言っていたりするわけですけど、そんな状態になっても人は動かない。避難指示ではもう、「必ず動いてください」っていう話だと思うのですけど、令和2年7月豪雨の熊本県の時にはあまり動いていなかったっていうのはわかっています。
「逃げない人がどれくらいいるのか」を推計する方が、研究として正しいというか、役に立つんじゃないかっていう気もしていまして。で、いろんな避難モデルを使ってですね、いってみれば人の行動を災害時ではありますけどある程度モデル化できないか、そうすると、「避難したかったが避難できなかった人の割合」ですとか、「健常で、『避難なんて』と思って軽くみて逃げなかった人の割合」とかですね、そういうのが、シミュレーションで割り出せるんじゃないかなとは思ってます。今リアルタイムデータで、ちょっと物足りないと思ってるのは、「ある時にどこに人がいた」っていう情報しかなくて、「どこに動いて行った」とか、「どこに留まっている」っていう情報じゃないんですよね。その情報が本当はあればいいなと思っているところで、Agoopさんなんかは、そういう情報提供されているので、みんながこういう情報をオープンにしてくれる時代になるとその情報を使ってですね、今のような推計じゃなくて、リアルタイムの情報として扱うこともできるかなと思っています。