
「発災時 データで命は守れるか」検討会まとめ
発災時、リアルタイムでデータを利活用し、より多くの人の命や生活を守れるか。その可能性や課題を自治体や救助組織、有識者、データを扱う企業の担当者など20名を超える方々にオンラインで集っていただき、5回に渡って検討会を実施しました。議論し、交わされた意見をまとめました。
発災時リアルタイムデータ利活用検討会 委員名簿 ※()内は参加回
〇熊本県知事公室 危機管理防災課 企画監 三家本 勝志 (1~5)
〇人吉下球磨消防組合消防本部 警防課 課長 早田 和彦 (1~2)
〇熊本市消防局 東消防署 警防課長代理 消防司令 小山 幸治 (1~3)
〇一般社団法人 球磨川ラフティング協会 代表理事 渕田 拓巳 (1、3、4)
〇人吉市総務部防災課 課長 鳥越 輝喜(1、4)
◎東京大学空間情報科学研究センター 教授 関本 義秀 (1~5)
〇東京理科大学理工学部土木工学科 教授 二瓶 泰雄(1~5)
〇京都大学防災研究所 教授 畑山 満則(1~5)
〇京都大学防災研究所 准教授 廣井 慧(1、2、4)
〇熊本学園大学経済学部 教授 溝上 章志(1~4)
〇熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター 助教 安藤 宏恵(1、3)
〇国立研究開発法人 防災科学技術研究所 総合防災情報センター長 臼田 裕一郎(1~5)
〇一般社団法人 社会基盤情報流通推進協議会(AIGID) 大伴 真吾(1~5)
〇本田技研工業株式会社 コネクテッドソリューション開発部 福森 穣、杉本 佳昭(1~5)
〇(公財)日本道路交通情報センター デジタル事業推進部 杉田 正俊、小野 史織(1~4)
〇特定非営利活動法人 ITS Japan 地域ITSグループ 理事 森田 淳士、部長 石毛 政男、部長 齋藤 祐司(1~5)
〇(株)ドコモ・インサイトマーケティング エリアマーケティング部部長 鈴木 俊博、副部長 森 亮太(1~5)
〇(株)Agoop 代表取締役社長 柴山 和久、社長室 室長 佐伯 直美(1~5)
〇(株)ゼンリン東京営業部官公庁担当 青柳 京一(1、3)
〇TomTom Japan 交通情報サービス事業開発シニアマネジャー 水野真由己
交通情報サービスシニアセールスエンジニア 西弘二(2~5)
〇(株)レスキューナウ 代表取締役 朝倉一昌(2~5)
〇損害保険ジャパン(株) 執行役員CDO DX推進部長 村上明子(2~5)
◎は座長、敬称略
(事務局)NHK
検討会の開催目的
人や車の位置情報や道路状況、世帯・事業所ごとの停電情報、衛星やセンサーによる浸水把握・土砂移動検知など、発災前後にリアルタイムで状況を把握する技術は年々進化を遂げている。河川の水位や洪水、人流などの予測技術の開発も進む。一方で、発災前後での各種リアルタイムデータ利活用の可能性や課題の洗い出しが不十分なこともあり、実際の現場で発災時に生かしきれているという状況にはない。リアルタイムデータを利活用することで、早期避難や、より迅速な救助・救援が可能となり、発災時により多くの人の命・生活を守ることができるのであれば、データを生かしきる努力を社会全体で重ねる必要があるのではないか。
本検討会では、<令和2年7月豪雨時の熊本県の各種リアルタイムデータをWeb地図上に重畳し導き出した検証結果>をベースに、発災時により多くの人の命・生活を守るために、自治体や救助組織、市民などデータを活用する現場目線で、「どんな情報が発災前後に必要なのか」「データで何がリアルタイムでわかり、どんな判断・初動対応改善が可能なのか」「どんな課題があり、克服する手はあるのか」「実際にデータがリアルタイムで生かされる社会にするには何をすべきなのか(提言・働きかけ・連携など)」などを忌憚なく議論する。それにより得られた知見を一般に広く共有することで、発災前後でのリアルタイムデータ利活用の理解・機運醸成、並びに社会実装の迅速化に貢献する。
検討会開催日時(オンライン)
■2022年3月8日(火)「人流・車両通行データ活用で人命を救えるか」
※議事録 発災時 データで命は守れるか|NHK全国ハザードマップ
■2022年6月28日(火)「車両通行データ活用で人命を守れるか」
※議事録 【第2回】発災時 データで命は守れるか ~車データ編~|NHK全国ハザードマップ
■2022年9月2日(金)「電力データ活用で命を守れるか」
※議事録 【第3回】発災時 データで命は守れるか ~電力データ編~|NHK全国ハザードマップ
■2022年11月17日(木)「自治体が求める発災時リアルタイムデータとは」
※議事録 【第4回】発災時 データで命は守れるか ~自治体編~|NHK全国ハザードマップ
<要旨>洪水浸水想定区域図(想定最大)と、人流や車両通行実績等のリアルタイムデータを組み合わせることで、発災前・発災時により多くの命や生活を守れる可能性が見い出せた。今後、実際に発災時利用を想定した検証を精緻に行うことで、大規模災害発生時に【データで命が救われる社会】実現が可能になると考え得る。発災時リアルタイムデータ利活用の技術は、国外へも転用し、気候変動の影響等により災害に見舞われる各国の大きな一助になることも期待される。
<利活用案>
【ケース1 / 人流メッシュ × 洪水浸水想定区域図(想定最大)】
早期避難誘導の根拠に
〇洪水のおそれがある段階で、特に人が多く滞在するエリアを中心に、早期避難の呼びかけを実施することが可能。
救援・救助部隊の派遣判断の根拠に
〇自治体としては、住民の動きや逃げ遅れ、密集エリアをリアルタイムで把握できることにより、「救援・救助部隊をどれほどの規模やタイミングで派遣すべきか」の判断ができ、先手の対応が取り得る。
応援要請判断の根拠に
〇被害予測に生かすことで、現状の救助部隊数の過不足の把握にも繋がり、早期の応援要請や住民への早期避難行動誘導への強い動機づけ(「このままでは手が足りなく恐れがあり、救助されない可能性がある」など)となり得る。
<図1:2020年6月土曜午前0時台、熊本・球磨川周辺の推定滞在人数4週平均と洪水浸水想定区域を重畳>
【データソース】人流データ:モバイル空間統計 洪水浸水想定区域:国土数値情報
2020年7月4日(土)の未明から朝にかけて、時間雨量30mmを超える激しい雨が、球磨川流域に8時間にわたって降り続いた。その結果、広いエリアで浸水し、多くの逃げ遅れ者が発生した。
基地局のエリア毎に所在する携帯電話を把握することで算出した、2020年6月の土曜午前0時台の4週平均推定滞在人数を図1に表す(平時の人流の指標として)。すると、赤枠で囲われた500mメッシュのエリアが、洪水浸水想定区域エリア内で特に推定滞在人数が多いことがわかった。ここは熊本県人吉市紺屋町エリアで、飲食店も建ち並び、令和2年7月豪雨の際、写真1のように特に多くの逃げ遅れ者が発生した。
[写真1:紺屋町エリアでの救助の様子]
令和2年7月豪雨で、人吉市や球磨村など広域で100名を超える救助を行った人吉下球磨消防組合は、「こうした人流データが当時あれば、紺屋町など洪水浸水想定区域内で特に滞在人数が多いと考えられるエリアで、重点的に広報車両による早期避難呼びかけ・誘導を行い、逃げ遅れを防げた可能性がある」と考えている。
今回、平時から人が多くいるエリアを抽出する狙いで、同曜日・同時間帯の4週平均の推定滞在人数を例示したが、発災直前である2020年7月4日(土)午前0時台も、4週平均と近似した推定滞在人数であった。現状は、リアルタイムで推定滞在人数を把握したい場合、データ抽出のため数十分のタイムラグが想定されるが、今後技術改良によってより短時間での把握が可能となれば、リアルタイムで現状の推定滞在人数を可視化し、早期避難誘導等に生かせる可能性があると考えられる。
【ケース2 / 人流ヒートマップ × 洪水浸水想定区域図(想定最大) × 避難所位置情報】
適切で迅速な支援に直結
〇発災後、人が避難所に集中する状況を捉えることで、医療チームの派遣や物資輸送など、適切で迅速な支援に繋げることが可能となる。
[図2:2020年7月4日(土)午前9時台の球磨川周辺の人の密集傾向(スマホアプリから取得したGPSなどの1分ごとの位置情報を1時間分集計/密集具合を可視化)]
【データソース】人流データ:Agoop流動人口データ 洪水浸水想定区域:国土数値情報 避難所:熊本県
2020年7月4日(土)、朝方には球磨川周辺で浸水エリアが広がり、多くの住民が避難所などへ水平避難をした。図2では、7月4日(土)午前9時台の人の密集傾向(人流ヒートマップ)を示した。赤丸の避難所や、消防署付近に人が密集する傾向が見てとれる。洪水浸水想定区域内、または区域付近で、避難所や救助組織の建物に平時より人が密集している場合、洪水・浸水被害発生のリスクを察知することができる。実際、当時、熊本市にある熊本赤十字病院では2020年7月4日(土)、まだ被害の全容が捉え切れていない段階で、人流ヒートマップから人吉市の異常を察知し、早期の救援物資・救援チーム派遣を決定。被災地の大きな力となった。リアルタイムに人の密集具合を把握し、平時の傾向と比較することで、早期の異変察知や救命・救助判断の材料になり得る。
【ケース3 / 車両通行実績 × 洪水浸水想定区域図(想定最大) × 道路規制情報】
リアルタイムでの浸水エリア把握に貢献
〇洪水発生時、通行実績を見ることで、「どのエリアが浸水しているか」の推測に繋がる可能性がある。
救助・救援に最適なルート選択に寄与
〇通行可・不可の道路推定、並びに渋滞度合いの推定ができることで、救助・救援に最適なルート選択がとれる可能性がある。
[図3:2020年7月4日(土)午前8時台の球磨川流域 車両通行実績と浸水深シミュレーション結果]
【データソース】車両通行実績:TomTom Traffic Stats 浸水推定区域:東京理科大学理工学部土木工学科水理研究室
[図4:2020年7月4日(土)午後6時台の球磨川流域の車両通行実績]
【データソース】車両通行実績:TomTom Traffic Stats
2020年7月4日(土)、洪水によって熊本県球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」で多くの犠牲者・被災者が発生し、人吉下球磨消防組合では人吉医療センターへ救急車による搬送を行った。そのうちの1台は搬送途中、図4の緑矢印で示す通り、通行止めになっていた橋や、がれきで通行不能となっていた道に阻まれ、迂回を余儀なくされた。幸い、迂回による患者への影響は少なかったが、状況によっては命に関わるリスクがある。
当時から、スマートフォンや車両に搭載されたプローブカーシステムによって、車両通行実績を把握ことは可能であった。図4のように車両通行実績がわかれば、通行可能性が高く渋滞度合いも小さい青矢印のルートを選択し、迂回なく、より安全に短時間で病院へと搬送できた可能性がある。
[図5:2020年7月4日(土)午前9時台の車両通行実績 黒塗り道路は通行不可推定]
【データソース】車両通行実績:Honda フローティングカーデータ 洪水浸水想定区域:国土数値情報
発災時と、発災時の過去4週平均の車両通行実績(平時とする)を比較し、「平時は車両通行実績があるが、発災時は通行実績がゼロの区間」を黒塗りし、被災等で通行ができなくなっている可能性が高い道路を推定する手法もある。発災時、リスクの高い道路を避ける判断材料になり得る。
<課題>
情報の確度判断
⇒(解決案) 「15分あたり7台以上車両が通過」など、基準数を定め、基準数を超えないリンクは非表示にする等で改善可能。
個人レベルの位置・安否判断
データ取得・活用のタイムラグ フェーズ毎の必要情報の精査
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リアルタイムで必要な情報 |
超急性期(災害発生後3日以内) |
人流・車両通行実績・通行規制・停電・浸水情報…など |
急性期(3日~1週間以内) |
車両通行実績・通行規制・断水・物資供給・浸水情報…など |
亜急性期(1週間~1か月以内) |
車両通行実績・通行規制・断水・避難所情報…など |
慢性期(災害発生1か月後以降) |
車両通行実績・通行規制…など |