
予測技術で早期避難は果たせるか
8. 早めの避難情報 どうしたらアクションに繋がる?
牛山(静岡大学):立木先生、非常に的確なご指摘をいただいたと思います。ご紹介ありました、内閣府の避難情報に関するガイドライン。この中で、警戒レベル3を出す発令の基準がいろいろ示されています。球磨川の場合だと洪水予報河川になりますので、一番ベーシックなのは、避難判断水位到達や、あるいは「氾濫危険水位に達しそうだ」という予測が出た。そういう場合が1つの発令基準になるということになっています。
小さい河川だと、洪水警報の発表や「洪水警報の危険度分布」などを参考に、警戒レベル3を「発令することが考えられる」というのは書いてあります。洪水予報河川の場合も、いくつか基準が例示してあって、「警戒レベル3、高齢者等避難の発令が必要となるような、強い降雨を伴う前線や台風等が夜間から明け方に接近・通過することが予想される場合」のように、早い段階で危険が予想される場合には高齢者等避難を「発令することが考えられる」と書いてありますので、比較的柔軟に高齢者等避難を運用することは可能になっていると思います。
立木先生がご指摘の通りでありまして、警戒レベル3をかなり積極的に活用していただくことは大変重要なことだと思います。昨年のガイドラインの改訂で、避難勧告と避難指示が一本化されて、「避難に関する情報が避難指示だけになってしまった」という声を聞くことがあるんですが、それはちょっと違うんじゃないのかなと。その前段階の情報としての警戒レベル3を大いに活用していただくということがとても重要だと思うんです。今、立木先生が要支援者・高齢者の方に早く届けるというお話をされました。もちろんそこも重要でありますし、今回のガイドラインの改訂で、警戒レベル3については名称が、高齢者等避難というものに単純化されましたが、「避難指示の前段階の情報ですよ」ということも是非、よく認知していただきたいなと。
ガイドラインでは、警戒レベル3は「高齢者等以外の人も必要に応じ、普段の行動を見合わせ始めたり危険を感じたら自主的に避難するタイミングである」ということが説明文として明示されています。その意味でも人吉市さんのご説明ですと、かなり早い段階から対応を始められていたということですが、役所として早い段階で対応を始めていたとしても、警戒レベルが上がっていないというふうに外から見えてしまうと、「まだ大丈夫なのかな」、そんな風に思われてしまいかねないわけですよね。そういうときにこそ、「警戒レベル3になりましたよ」と。皆さんそろそろちょっと、避難準備をした方がいいですね。今日・明日の予定を見直しましょうね。そのような呼びかけをしていくのも大変重要かなと。ただ令和2年7月豪雨の事例で言うと、早い段階で避難情報を発令するのは結構難しい雨の降り方だったかなと、先ほど佐山先生のご指摘にもありましたけれども、そういう面もあったかなというふうに思いました。
立木(同志社大学):「高齢者等避難」という名前に絞ってしまったことによって、「みんなが準備を始めてください」という意味合いがですね、言葉からは抜け落ちかねない。高齢者等避難の時にはもう「皆さんスタンバイしてください」という、そういう意味合いがある。
牛山(静岡大学):スタンバイ、いいですね。非常にわかりやすいと思います。
立木(同志社大学):人吉下球磨消防組合が、今から振り返ってみると、警戒レベル3ということで、7月3日18時に消防団に情報を回すというのは、次の災害リスクを軽減する上でとっても重要な決定だったのだなということが改めて見えてきたように思います。
9. 避難情報 そもそもちゃんと届いている?
関本(東京大学):2020年7月3日の夜に、特に被害がひどかった地域の住民に対して、避難の呼びかけなどがどの程度ちゃんと伝わったのかということと、伝わった後に、重要度を認知して避難したかどうかなど、統計的な調査を、市として聞き取り調査などまとめられたりした実績はあるんでしょうか。
鳥越(人吉市防災課):発災後から調査等をしています。いろんな研究所、あとは大学の先生方、いろんな方々で各方面からアンケートを取ったりしていただいております。人吉市においても、人吉と研究所の方とで共同してアンケートを取った状況です。それを踏まえた上で、その後の災害対策・行動をどうするかということを、体制を作りだしているところです。
関本(東京大学):何か具体的に数字が、外向けの報告書などは出ているのでしょうか。
鳥越(人吉市防災課):はい、発災当時にアンケートをとったものを、市のホームページに掲載しておりますので、そちらを見ていただけたらと思います。
関本(東京大学):具体的には何割くらいの方が、「情報が伝わっていた」と答えたんでしょうか。
鳥越(人吉市防災課):当時は雨が降り、ほとんど聞こえないという状況で。夜なので家の窓も閉めていらっしゃるので、その中で避難を促しても「聞こえなかった」という意見がありました。それを踏まえて昨年、全戸に対して室内で聞ける防災ラジオを配布しました。
今年3月に、事業所・要配慮者の施設関係、小中学校・幼稚園・保育園、それと介護施設の方にも防災ラジオを配布したところです。
関本(東京大学):ありがとうございます。我々の立場からすると、7割8割くらい伝わっていれば十分責務は果たしていると感じます。それが1割2割って言われると、確かにまだ不十分かなという感じもするので、数値的なエビデンスもみんなで共有していけると具体的な議論がもう少し進められるかなと思いました。
牛山(静岡大学):私、今回の球磨川は調査に関わっていないのでわからないですけど、これまでそういう調査は本当に無数に行われています。私の印象でいうと、例えば避難勧告等が出てですね、その対象地域の認知した比率が1割、2割程度で、「ほとんどの人に伝わらなかった」ということは最近ではあまりないようです。場所・事例によって幅はあるんですが、比較的多くの方には伝わっていることが最近では多いようです。
「何らかの行動を起こしたかどうか」となるとちょっと比率が下がってくるわけですが、避難っていうのも、立ち退き避難、特に避難所への避難に限定してイメージされることが多いんですが、近年特に強調されているのは決して「決められた避難所にいくことだけが避難行動ではない」と。要は安全が確保できればそれで目的は達成できるわけです。だから場合によっては「無理に動かない方がいい」人たちというのも相当数いらっしゃる。指定された避難場所への避難率みたいなので「高い低い」っていう議論はちょっとナンセンスだなあと思っています。情報が伝わって、何かしらの行動を起こしている人、その行動の強弱はあるにしても、何かしらの行動を起こしている人というのはなかなか具体的には把握が難しいですが、一定程度いるのではないかなというイメージがあります。
「100パーセント伝える」「100パーセントの人がみんな的確に行動をとる」というのを目指していくとなかなか難しい面はあるかなと。そうするとじゃあ弱いところはどこなのかなって、立木先生がずっと取り組んでおられるところだと思いますけれども、弱いところにどう伝えていくか。どう弱いところを支援するかというあたりが重要になってくる。
10. ただ「伝える」だけではダメ 伝わるには
立木(同志社大学):誰が命を落とすかというと、ご高齢の方だったり障害をお持ちの方が命を落とすんですよ。この方々にはただ一方通行で伝えるだけではダメで、情報がちゃんと届いてアクションとつながるようにするところまで、配慮しなければならないというのが、昨年5月の災害対策基本法の改正で大きく変わったところなんですね。これを「真に支援が必要な方」、つまり「危険なところにお住まい」で、「心身に課題」があり、かつ「孤立していて、周りの支援が見込めない」方については、ただ「危険です」という情報を一方通行で提供するだけではダメで、命を守るためには事前にこういった方々については、その人に直接に情報を個別的に提供し、脅威の理解を共有化する必要がある。その時の一番信頼できるメディア(情報伝達の媒体)は、「普段、当事者を支援されている方」なのです。その方々を通じて情報が伝わり、脅威の理解が共有化されるようにしてください、ということをすごく強調しています。
情報というのは、ただ送れば届いて、アクションにつながるものではない。受け取る側に、「この情報はどういう意味があるのか」ということを理解する枠組みが備わっている必要がある。たとえば、交通信号のようなものです、赤・青・黄色です。その信号のそれぞれの段階で自分は何をするのかということが、受け取る側に備わっていないと、いくら輝度の高い赤色の信号を発してもですね、受け手側のアクションにつながらない。お一人ではアクションが取れない方々については個別避難計画を作ってください。これが2021年5月の災害対策基本法の改正により、行政には努力義務化されたわけですね。全員に対して広報車や防災無線などの一方通行による面的情報を流すだけではなくて、ピンポイントで情報が届いてアクションを取っていただく。そういう検討を進めていっていただきたい。
牛山(静岡大学):自分が住んでいる場所、あるいは自分が今いるところが災害の危険性があるかどうかということは、いろいろ調査結果を見ても、あまり認知が進んでいないのが現状だと思います。私の研究室で数年前に静岡県内で調べた結果ですと、洪水の浸水想定区域にいる方を対象として調べても、自宅が浸水する危険性があると思う方は2割とか4割とか,少数派にとどまるといった調査結果がある。今回球磨川の場合はどうか分りません、球磨川の場合は過去に洪水を繰り返した経験もありますから、もう少し高いかもしれませんが、「自分がいる場所がどういう危険性があるのか」ということを理解しないと何も始まらない。避難の情報が呼びかけられても、自分が当事者かどうかということが十分に認識されていない。そうすると、いくら高度な予測情報を出しても、それは「自分には関係ないことなんじゃないか」というふうに、本当は関係がある人が誤解してしまう。そういった問題もあるように思いますので、どう伝えたらよく伝わるかということ。その工夫は当然重要ですが、それだけではなく、「どこが危ないところなのか」という情報も、即効性のある伝え方はないと思いますが、いろんな工夫を重ねていかなければいけないところと思っております。
11. 要支援者の個別避難計画 命を救うツールに
捧(NHK):個別避難計画で当時、人吉市ではどういった課題があったか、少し教えていただけますでしょうか。
古賀(人吉市福祉課):災害時要支援者の個別避難計画は福祉課で整理して、ご本人の同意をもとに必要な部署あるいは消防・警察に配付させてもらっています。当然その計画通りに避難が進めば何も問題はないと思いますが、計画通りにいかないことも考えられますし、実効性を出すためには、支援をする側がその通りに動かなければ生かされませんので、いかに支援される側と支援する側とが計画通りに動けるかどうかだと思います。令和2年7月豪雨の際は、残念ながら全ての要支援者の方にそういった支援が届いていないということが結果として出ています。支援しなければならない側も被災しているという実態が浮き彫りになっています。支援しなければならないけれども時間的に間に合わない。あるいはもうすでに避難してしまっているかどうかの確認もうまくいかなかったところもあったと聞いています。災害が起きて、避難につながるかどうかというところのスイッチの入り方が人それぞれというところもあるとは思いますが、いかにそれを避難につなげていくかというのは、普段からのコミュニティをうまく作っておくというところが肝心なのかなという気がしています。町内会長、あるいは民生委員さんの声かけによって一緒に避難しましょうというのがうまく機能すれば、多くの方が自分の命を守る行動に移ったんだろうというふうに思います。一方で、過去の経験が邪魔をして、「これくらいなら大丈夫だろう」という自分の中の経験値でですね、「まだ避難しなくてもいい」という判断で、声掛けにも応じられなかったという方も一定数いらっしゃるので、その辺りをどう危険性を訴えて、避難につなげていくのかというところは、今日ご紹介のあったような予測システム、そういった視覚聴覚に強く訴えられるような根拠となるような情報・データがあると、避難が必要な多くの方々に届くのかなと感じています。
立木(同志社大学):ありがとうございます、今お聞かせ頂いた取り組みなのですが、これは、2005年3月に災害時要援護者避難支援ガイドラインを公開したことから始まります。要援護者リストを作り、それを地域の方々にお渡しし、地域で民生委員さんも一緒になって、「配慮の必要な人たちの命を守ってください」という取り組みを15、16年やってきました。けれども、このような取り組みは、ほとんど効果がなかったんです。
この間、災害で誰が命を落としてきたのかというと、ご高齢の方々、とりわけ75歳以上の方々、あるいは障害をお持ちの方々がずっと被害にあってきたのです。それは決して地域の力が弱いからではない。また、地域の力を高めるだけでは根本的な解決が望めない。それでは、なぜこのような要配慮者に被害が集中してきたのかというと、この20年以上にわたって日本は介護保険制度を整えてきました。また障害のある人に対しては、障害者総合支援法によるサービスを使って、在宅で暮らせる社会を作ってきたのですね。で、在宅で暮らせる仕組みがあるから、地域でお暮らしになられている。でもいざというときはどうするのだというと、平時に生活を支えているヘルパーさん・ケアマネージャーさんは駆けつけることができません。
十数年にわたって、要援護(支援)者リストを作り、地域の自治会長さん、民生委員さんにお渡しして地域でなんとかしてくださいという取り組みをしてきた。けれでも、これでは命が救えないということで、根本的な解決をめざして2021年5月に災害対策基本法が改正された。この改正では、避難勧告がなくなっただけではなく、自分の命を自分で守ることができない、本当に支援が必要な方々については、行政が責任をとって行政主導で、「個別避難計画を作ってください」ということが新しい法律のもとで努力義務として定められました。そして、そこで考えられている行政主導の個別避難計画づくりというのは、リストを地域にお渡しして、地域で助けてくださいというものではありません。平時に在宅で暮らせる仕組み、ケアマネージャーさんがサービス利用計画(ケアプラン)を作っています。そういった福祉専門職の方々が、「いざという時の個別避難計画作りにも関わってください」と位置づけられました。例えば一人暮らしのご高齢で、あるいは障害区分もあるような方がですね、いざという時に命を守るためには「ただ地域にだけお願いする」だけではダメなのです。新しい仕組みでは、行政が主導し、福祉の専門職も交え、地域の方々ともスクラムを組み個別避難計画づくりに関わるというというのが、改正災対法のもとで行政に求められていることなんですね。
これは、大変なことだと思います。これまでの個別避難計画とはまるで行政に求められる業務量が違います。本当に大変な人たち—災害が起こったときに、ご自身の判断だけでは逃げることができない、自力では逃げることができない方々—について地域と併せて、ケアマネージャーさん、介護保険の事業所さん、こういった方々も一緒になって取り組んでください。そういった方向にですね、是非力を入れていってほしいなあと今の話を聞いていて思いました。
古賀(人吉市福祉課):個別避難計画に関しては、1人の民生委員が複数人の要支援者に関わるというケースが当然ございます。民生委員はそんなに人数はいらっしゃいませんので、複数のケースに関わっている方が多いです。ですので、民生委員頼みにはせずに、同じ町内会の構成員ですね、隣近所に住む方を含めて関わっていただく必要があるというので、個別避難計画を以前から作ってはおりますけれども、その見直しをしてより実効性の高いものにしていくというところで今、更新作業中です。
立木(同志社大学):真に支援が必要な人に関しては、まずは行政主導で、地域の方々のお力に加えて、福祉の専門職の方々に仕事として関わっていただく。これが新しい制度が行政に求めている取り組みです。
ケアマネージャーさんは、自分の利用者さんって37、38人位いるわけです。で、災害が起こったときにケアマネージャーさんがその37、38人の自分の利用者さんのところに駆け付けることはできません。真に支援が必要な方の優先度を決めるのは行政の責任です。これまでのように地域任せにせずに、行政が今まで以上に汗をかいてくださいということなんです。
立木(同志社大学):個別避難計画で今一番肝なのは、支援関係者は地域の方でしょうけど、お一人お一人について、「この方はどんな状況にあって、どんな支援が必要なのか」ということを、その時点でケアマネージャーさんが地域の方と一緒に話し合って個別の計画を作ってくださいという考え方になりました。これが改正災対法のもとでの個別避難計画づくりなんですよ。そういった、福祉専門職を交えた地域での話し合いっていうのはどれくらい人吉市はサポートされているんですか。
鳥越(人吉市防災課):そこまでのことはまだできておりません。
立木(同志社大学):「個別避難計画を5年間で作ってください」というのが努力義務化されたわけです。
鳥越(人吉市防災課):令和2年7月豪雨の被害復旧も進める中で、個別避難計画を見直しながら進めております。
立木(同志社大学):被災地の自治体は本当に大変な中ですけど、被害が特定の方に集中するのはなぜかっていうと、地域が努力してないからではなく、制度として、保健・福祉・医療サービスが充実して、在宅でみなさんが暮らせるようになった。一方、このような在宅サービスを利用して地域で暮らしている方々をいざという時にどのように支援するのか、というと防災ラインの側でリストを作り、地域にお願いするという形、つまり平時の福祉と災時の防災というのはタテ割りで別々に切り分けて取り組んできた。これからは、防災・危機管理課だけでは人手が当然足りないじゃないですか。そのときに、「介護保険、障害者福祉、あるいは難病の保健師さんたち、そういった方々も仕事として一緒にスクラムを組んで個別避難計画作りに関わってください」というのが、新しい災害対策基本法上で、自治体の皆さんに求められていることなんです。
個別避難計画作りに専門職の方々が関わっていただいたら、1件あたりちゃんと地方交付税措置で7,000円が報酬としてお支払いできる仕組みになっています。ぜひそういった制度も各自治体で活用していただきたいと思っています。