新型コロナウイルス対策でマスクをする機会が増えたことで、聴覚に障害のある子どもたちが学ぶ「ろう学校」では、口元の動きが見えず、授業がわかりにくいという問題が起きています。
これを解決しようと新たな取り組みを始めた名古屋市内のろう学校を取材しました。
(2020年12月取材)
マスクで口元が見えない! コロナ禍の悩み
名古屋市にある愛知県立名古屋聾学校。この学校には、聴覚に障害のある中学生から20歳まで95人が学んでいます。
ろう学校の生徒の多くは、口元の動きと手話から言葉を読み取っていますが、新型コロナウイルスが広がってからマスクを着用するようになり、互いの口元が見えなくなりました。
高校2年生(当時)の竹元愛梨さんです。マスクで周りの生徒の口元が見えません。授業中、先生と他の生徒とのやりとりがわかりにくくなったそうです。
Q「授業でついていけないときはどうしますか?」
竹元さん「先生に、今なんとおっしゃったか聞き直したり、近くの友達に聞いたり、時間がないときはあきらめることもあります」
こうした中、新型コロナウイルス対策としてろう学校が導入したのが音声認識システム。このシステムをきっかけに、授業が変わり始めています。
音声認識システムで会話の流れを“見える化”
学校に導入した音声認識システムです。これを使うと、話した言葉が直後に文字となってモニターに表示されます。
視覚に訴えることで学びの質を高めることが、導入のねらいです。
システムを本格的に授業に取り入れる前に、先生たちが実際に使って模擬授業をしてみたところ、機械にも得意・不得意があることもわかってきました。
まず試したのが数学です。
「X-1 カッコ綴じて二乗…」などと読み上げても、難しい数式は正しく表示されませんでした。
一方で、教科によっては、
「今日は細胞について話をしたいと思います」のように、通常の言葉づかいであれば誤変換が少ないことがわかりました。
この音声認識システムは授業科目を限定して使うことに決めました。
しかし、機材だけでは解決できない課題もあるようです。
加藤 淳先生です。モニターで自分の言葉が伝わったとしても、生徒同士のやりとりがうまくいかなければ授業が深まらないのではと感じています。
加藤先生「みんなでコミュニケーションを取り合ったり、友達の意見を聞いて自分の意見を深めたりする授業を考えていますので、システムを使うにあたって何らかの工夫や上手な使い方が必要だなと感じました」
そこで加藤先生が考えついたのは、クラス全体の会話の流れを「見える化」することでした。生徒の考えや意見を先生が言葉に出して文字化し、生徒どうしをつながりやすくしたいと考えたのだそうです。
2020年12月、初めて音声認識システムを授業で使用しました。
卒業後の進路について考える授業です。
「働く理由。なぜ働きますか?」という質問に対する各生徒の意見を聞いて、先生がひとつひとつ言葉に出すことで、授業の流れを見えるようにしていきます。
先端技術+教える技術で、よりわかりやすく
この授業を受けた竹元さんには、意見が目に見える形になったことで他の生徒の意見もスムーズに伝わってきたそうです。さらに、モニターに発言が残ることで見逃した情報も確認しやすくなったといいます。
竹元さん「先生がお話ししている途中にわからないことがある時もモニターを見ればすぐにわかるし、さっきの話なんだっけ? となっても見ればすぐにわかるところがいいと思いました。嬉しかったです」
加藤先生は、目線がモニターに向かう生徒が多い時には、黒板を力強く指さして先生の方に注目させます。
加藤先生「生徒たちはモニターで文字を見て情報を得たり、場合によっては自分の方を見たり、というような使い分けをしっかりしていると感じました。この音声認識システムのようにいろいろなモノを活用しながら生徒たちにとって一番わかりやすく伝わりやすい授業を展開していきたいと思います」
取材後記(NHK名古屋アナウンサー・越塚優)
このシステムについて何か新しい発見はありましたかと竹元さんに伺ったところ、加藤先生の言葉づかいの語尾は、これまで「~じゃないか」だと思っていたのが、「~じゃんか」と方言でお話しされていることがわかってイメージが変わったと教えてくれました。
こうした言葉の細かいニュアンスまで正確に伝わるのは機械の強みだと感じます。そして、先生が教壇で身振り手振りを交えて熱く語る。だからこそ伝わる情報もあるのではないかとも感じました。人と機械が一緒になって、生徒の理解が深まる効果的な授業ができるといいですね。
NHK名古屋は、子どもを取り巻く課題と解決のため継続的に取材しています。
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