新型コロナウイルスの影響で学校行事が中止あるいは縮小される中、愛知県で最も人口の少ない村にある全校生徒24人の豊根村立豊根中学校は昨年11月、3時間半にわたるプログラムを生配信する「オンライン文化祭」を開催しました。わずかな準備期間で実現できた背景には、都市部との教育格差の是正を目指し、早くからICT(情報通信技術)を活用した学習環境の整備を進めてきた地域ぐるみの取り組みがありました。
(2020年12月取材)
ICTで、都市部との「教育格差」をなくしたい
豊根中学校のある豊根村は、愛知県最高峰の茶臼山のふもとに広がる自然豊かな村です。人口は1,000人ほど。実はこの村は、ICT(情報通信技術)をいち早く導入し、地域を挙げてデジタルやオンラインを活用した教育に力を入れてきた「ICT先進村」なのです。
豊根中学校の授業の様子です。すべての教室に電子黒板が整備され、生徒たちはタブレットで資料を読み、自分の意見を書いて送信するなど、デジタルを活用した学習に日常的に親しんでいます。タブレットは全国に先がけて2016年から生徒1人に1台ずつ配布され、校内の全教室にLANの通信環境を完備。プログラミング学習や情報モラル教育を実施するなど、充実したICT教育を行っています。
豊根村がICT教育に取り組むきっかけは、過疎の村ならではの理由です。都市部との「教育格差」に対する危機感から、村では教育への投資を決意。限りある税収にもかかわらず、教育予算は全体の1割に及ぶこともあります。
また、この地域は豪雨のためスクールバスが運行できず休校になることも多く、学校に行けない日にも自宅で教育を受けられる環境づくりが求められていました。
こうしてICT教育に積極的に取り組んできた豊根中学校では昨年、新型コロナウイルスの影響で休校になった時にも、オンライン授業に切り替えることができました。
一番の課題はWi-Fi環境の確保でした。以前はインターネット環境が整っていない家庭が多く、オンラインで授業を受けられる場所を手配していました。しかし、休校時も地域の観光協会や事業者などの協力を得ながら整備を進めた結果、現在では全生徒の家庭にWi-Fiの環境を確保。豪雨警報発令時も自宅で授業を受けられるようになりました。
改革の立て役者は、元エンジニアの教師
豊根中学校のICT教育改革には、立て役者となる先生の存在もありました。佐々木裕直先生(当時)です。佐々木先生は、この中学校の卒業生。エンジニアとして7年間一般企業に勤めたあと、大学で取得した教員免許を生かそうと、村に戻ってきました。
学校が文化祭の開催にこだわったのには理由があります。高校進学で村を離れる生徒が多いため、3年生にとっては下級生と共につくるイベントは文化祭が最後になるからです。
佐々木先生「3年生にとって思い出の行事がことごとく中止、もしくは短縮になってしまっていたので、なんとか文化祭だけはやらせてあげたいというのが、職員みんなの考えでした」
初挑戦から得た生徒たちの学びとは
文化祭がオンラインでの開催になったことで、生徒たちは演目の準備に加えて、配信の準備も進めることになりました。背景を合成して配信するための会場設営、PR映像の制作なども行いました。初めての挑戦の連続にプレッシャーを感じることも多かったようです。
そして迎えた本番当日。「5、4、3、2,1」のカウントの後、生配信が始まりました。生徒たちは、この日のために特訓してきたダンスパフォーマンスや、配信準備の合間を縫って練習してきたバンド演奏、オリジナルドラマなどで盛り上げました。
文化祭がオンライン開催になったことは、村の人たちにとってもメリットがありました。自宅にいながら孫の活躍を画面で見て楽しむことができたのです。
文化祭を終えた生徒たちは、
「自分たちでつくり上げたという気持ちになったので、今までで一番楽しい文化祭でした」と話していました。
先端の教育環境を村ぐるみで整え、自ら学び、情報化社会で生き抜く力を身につける生徒を育てていく。豊根村が力を入れてきたICT教育が、生徒たちの中学校最後の思い出づくりにつながりました。
取材後記(NHK名古屋 ディレクター・浅野玲子)
この文化祭をきっかけに、映像制作の仕事に興味を持った生徒もいるそうです。新型コロナウイルスの影響を受けながらも、ICTを活用して新しい挑戦に踏み出したことが、子どもの将来の選択肢を広げることにもつながっています。この取材を通して、自分が “これまで通り” に執着していることに気づかされました。新しい生活様式を実践しようとしても、経験してきたことや身につけてきた基準をもとによしあしを判断しがちです。
一方、子どもたちは、コロナ禍という今までにない状況のもとで、最大限できることを考えて行動に移していました。豊根中学校のオンライン文化祭は、子どもたちだからこそつくれる “これからの学校と教育の姿” を提示してくれていると思いました。
NHK名古屋は、子どもを取り巻く課題と解決のため継続的に取材しています。
新型コロナウイルス対策でマスクをする機会が増えたことで、聴覚に障害のある子どもたちが学ぶ「ろう学校」では、口元の動きが見えず、授業がわかりにくいという問題が起きています。
「自ら学ぶ力」をどう育む?~コロナで問われる子どもの学び(前編)~
新型コロナウイルスは、子どもたちの学びにも大きな変化をもたらしています。専門家が行った調査によると、2020年春の一斉休校期間中に高校生が学習した時間は、1日わずか2時間。さらに、62%の生徒が、「何をして過ごせばよいのかよくわからない」と答えました。
「自ら学ぶ力」をどう育む?~コロナで問われる子どもの学び(後編)~
中国地方の教育現場の例からポストコロナの新たな“教育像”を考える2回シリーズ。オンラインと学校(対面授業)で学ぶ「ハイブリッド型授業」を取材した前編に引き続き、後編では広島県の小学校で進む、「自ら学ぶ力」を育むための先進的な取り組みをお伝えします。
大阪府立西成高等学校。この高校のユニークな取り組みが、大きな注目を集めています。その名も「反貧困学習」。格差と貧困の連鎖を断ち切るために始まった、先生と生徒たちの挑戦を取材しました。
新型コロナの感染拡大が続き、大学では教育への影響が長引いています。いま、大学ではどのように学びの場を確保しているのでしょうか。対面とオンライン、それぞれメリットやデメリットがある中、大学側と学生側の声を取材。学びの多様性を模索する大学の今を取材しました。