ことばの研究

津波避難呼びかけ表現の課題

~関連性理論を中心とした分析~

東日本大震災では、巨大津波が到達するまである程度の時間があったにもかかわらず、避難が十分に行われなかったという問題が指摘された。放送では「6mの津波が予想されます」「海岸付近の人は早く安全な高台に避難して下さい」といった呼びかけをしたが、それが避難につながらないとしたら、どこに問題があるのか。大津波警報時の従来の定型的な呼びかけ文について、話し手が伝えたいと意図する文の意味を聞き手はどうやって解釈するのかという関連性理論の視点から分析することで、今後避難の呼びかけ表現を検討する際に考慮すべき課題を示す。

コミュニケーションにおいて、聞き手は発話の意味を、自分にとって関連性を持つものと仮定し、コンテクスト(文脈や状況)に応じた推論によって解釈する。関連性とは、認知効果(自分の想定への影響)に比例し、解釈にかかる処理労力に反比例する。解釈は聞き手のコンテクストによって異なり、処理労力が認知効果を上回る場合、話し手の意図した方向に聞き手の推論が向かわない場合もある。一見意味が自明と思われるような避難呼びかけ文についても、実際には大きな処理労力を求める要素がある。例えば意味の幅が広い「予想」「付近」「安全」などの語の「曖昧性の除去」や、6mの津波と避難の必要性を結びつけるための「津波は防波堤を乗り越え建物を破壊する」といった「橋渡し推意」の呼び出し、さらには津波の高さや避難の必要性についての伝え手の確信度や切迫感などを含む「高次表意」の推測などである。不特定多数への伝達である放送では、伝え手は聞き手の個々のコンテクストを100%理解することは不可能である。この限界を自覚した上で、避難が必要な聞き手に迷わず避難の判断をしてもらえるような、明示性の高い表現の検討が課題である。

メディア研究部(放送用語) 杉原 満