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ドイツPC 受信料の波紋

~行政裁判決と徴収方式変更論議の背景~

否定された,全PCからの受信料徴収

10月6日,ミュンスター行政裁判所は,インターネット接続可能なパソコンを所有しているだけでは,受信料(Rundfunkgebuhr)の支払いを義務づけられないという判決を下した。ドイツでは2007年1月から,世帯として受信料の基本料金(ラジオ受信料)もしくはテレビ料金を支払っていない場合に限り,パソコンや携帯電話の使用者からも上記の基本料金に相当する月額5.52ユーロを徴収するようになった。この裁判ではインターネット接続の可能なパソコンだけを所有する学生が,ARD加盟局の1つであるWDRの受信料支払い請求は無効であると主張して裁判を起こしていた。裁判では,この種のパソコンを「所有」していたら直ちに「ラジオを聴いている」と見なしうるかが争われ,公共放送ARDとZDFがドイツ人の視聴行動について行った調査のデータが検討された。その結果,15歳以上のドイツ人のうちネット・ラジオを聴いているのは2.1%に過ぎず,オンライン・パソコンの使用者における割合でも 3.4%というレベルだったため,インターネット接続の可能なパソコンの所持から自動的にラジオおよびテレビの受信に結びつけるには無理があるという判断に至った。

その後WDRは控訴しているが,それだけでなく,これでPC受信料についての最終的な決着が付くわけではない。というのは,PCを含めた受信機所有の有無にかかわらず受信料を徴収する可能性も含めて,行政が新たな受信料徴収方式に向けて議論を続けているからである。

PC受信料実施までの経緯

ドイツにおける公共放送の財源は,NHKやBBCと異なって,若干ながら広告収入(2006年度には総収入のうちARDが2.3%,ZDFが5.2%)を併用しているため,財源が不足した場合,公共放送は,節約に努めたり,受信料を値上げしたりしたほかに,広告収入を増やそうとしたこともある。1997年に至ってもう1つの選択肢が加わり,ARDとZDFは,インターネットに接続可能なパソコンからも,将来,受信料を徴収することを提案した。

公共放送がPC受信料徴収を提案したのは,第一に,技術的な変化による。当初,専用の受信機がなければ視聴できなかったラジオ・テレビをPCで受信することが可能になり,その数が増えてゆけば,大勢のラジオ・テレビ受信者から受信料を徴収できないという事態が拡大されてゆくことになる。

第二には,これを将来における受信料制度の危機と見たことによる。PCは若年層ほど使用者が多い。しかも,ARDもZDFも全年層を通じた視聴シェアでは依然としてそれぞれ4強の一角に踏みとどまっているが,若年層だけを見れば,商業放送に遠く及ばなくなっている。若年層は,将来における中核的受信料支払者層であるから,公共放送としてはその若年層との距離が広がってゆくことを放置するわけにはゆかない。

PC受信料への反発と新たな徴収方式の摸索

しかし,97年においては,経済界だけでなくデジタル化・情報化を進めたい政府からも反対を受け,実際にパソコンからの受信料が実施されたのは,前に触れたように,最初の提案から10年を経過した2007年1月だった。

実施に当たっては,制度の複雑さや負担の公平をめぐって業界およびPCユーザーから反発のあることが予想された。そこで受信料制度について決定権を有する,各州の首相たちは,2006年10月の州首相会議で受信料徴収のより合理的な方式を検討することで合意し,それ以来,2013年までに成案を得るべく議論を続けている。

ドイツにおけるこれまでの受信料は,基本(ラジオ)料金とテレビ料金とに分かれ,受信機の所有に基づいて世帯ごとに徴収されている。ただし,同一世帯に複数の受信機があっても加算はされない。これに対して,昨年来検討されてきた主要な代替案は4つある。

  • (1) 頭割り(Kopfpauschale) 方式:これは機器所有とは無関係に,成人1人につき9~11 ユーロを徴収するというものである。この方式は独身者と,新たにPC 受信料を支払わねばならなくなった企業の負担を軽減するが,夫婦や成人した子供のいる家庭では現行方式より負担が増えるため,国民政党は歓迎していない。この方式は収入の多少に関わりなく同額を徴収するため,“人頭税”方式としてその逆累進性を批判されることが多い。
  • (2) 世帯徴収方式: 世帯もしくは住居単位で徴収する方式だが,世帯内の誰が払うのか,また,受信機がなくても支払わねばならないのかなどの問題がある。
  • (3) 州税化もしくは付加価値税化:現行の受料は公共放送の利用料金ないしは放送サービスに対する出資負担金という性格のものであるが,これを税金に変更する。これについては,政治によって料額を押さえ込まれるおそれがあるなど,国家からの距離を確保することに対する懸念があるが,各州首相下で放送政策の実務に当たっている放送担当官の間では支持者が多いと伝えられている。
  • (4) 放送税:世帯および事業所単位で徴収する目的税であるが,ここでも国家からの距離をどう確保できるかが問題とされている。

会議での議論の詳細は報じられていないが,有力とされているのは,世帯単位で料金を徴収する方式と,現行方式の改訂版である。世帯方式は世帯員数とは無関係に世帯ごとに月額15ないし16ユーロを徴収するもので,受信機を所有しない世帯からも徴収する方向。現行方式を発展させた案では,モバイルであろうとカーラジオであろうと,何らかの受信機所有を基礎とし,別荘を含む複数住居からは重複して徴収しないというものである。

どうなる公共メディア機関の財源

イギリスBBCニュース・ウェブサイト(Business Editor)のTim Weberは,かなり以前から,オンライン・サービスを単にラジオやテレビ放送を補完するものとだけ考えていたら,インターネット分野における熾烈な競争には勝てない,と主張してきた。彼はまた,2007年7月11・12日にハルベルクで開催された9つのドイツ公共放送首脳の集まりで「放送局はもう死んでいる(“Der Sender ist tot”)」 とも発言している。放送だけでなく,オンライン・サービスにも相当のウエイトを置かなければその基本的使命を達成できなくなった時代に,多様な公共メディア・サービスを支える財源制度を,ドイツはどのような論理で構成してゆくことになるのか。この論議からは目が離せない。

横山 滋