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総務大臣が「拉致問題」で NHK国際放送に「命令放送」

菅義偉総務大臣は2006年11月10日,総務省にNHKの橋本元一会長を呼び,北朝鮮による日本人拉致問題をNHKの短波ラジオの国際放送で「特に留意」して放送するよう命じた。

NHKの国際放送については,放送法33条で,総務大臣が「放送区域,放送事項その他の必要な事項を指定して放送を行うべきこと」を命じることができるようになっている。さらに35 条1項で,このために要する費用は国が負担することを定めている。

この規定に基づき総務大臣は,2006年4月の命令書でも,①時事,②国の重要な政策,③国際問題に関する政府の見解,の3 項について命令し,そのための経費として政府は22億5,000万円をNHKに交付している。

今回の命令では,この3項の放送にあたり,「北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること」との具体的な指示が追加された。

今回,異例の追加命令を行った理由として菅総務大臣は,

  • ①北朝鮮に対して『拉致問題が日朝間の最重要課題』という日本政府の毅然とした姿勢を示す
  • ②北朝鮮にいる拉致被害者に日本政府等が全力で救出活動をしている事実を伝える
  • ③拉致被害の家族会等からも命令放送を求められていた

をあげている。

NHKラジオ国際放送に対する総務大臣の「命令放送」は,放送法に定められているが,これまでは抽象的な表現にとどまり,具体的な事項を指定しての「命令」は今回が初めてであった。

このため,放送の自由への介入につながるとして,メディア界やメディア研究者等から反対の声が上がっていた。

菅総務大臣は11月8日に電波監理審議会に「命令放送」を諮問した。審議会は適当とする即日答申を行ったが,「NHKの編集の自由に配慮した制度の運用が適当である」と実際の運用にあたって,NHKの編集権を尊重するよう総務大臣に求めた。

菅総務大臣は命令にあたっての談話のなかで,「表現の自由,報道の自由が極めて重要であることは私も認識しております。番組内容などには踏み込むつもりはありません」と述べた。

NHKも加盟している日本新聞協会は,この問題に関して11月10日,編集委員会代表幹事の白石興二郎氏が次のような談話を発表した。

「菅義偉総務大臣によるNHKへの放送実施命令は,放送法に基づくものとはいえ,報道の自由の観点から看過できない。もとより,拉致被害者を励まし,国際的な理解を深めるなど拉致問題の早期解決に国際放送が果たす役割は重要である。しかし,今回の『命令』が従来の枠を超えて具体的に放送内容を指示している点は,報道・放送の自由を侵す恐れがあり,重大な懸念を表明せざるを得ない。政府には,報道機関に対する介入を繰り返さないよう自制を求めるとともに,『命令放送』のあり方を見直すよう求める」

NHKの橋本会長は「報道機関として国際放送においても自主的に放送してきており,今後とも,自主自律を堅持し,自主的な編集を貫いていく」と述べた。

奥田良胤