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「デジタルテレビ移行法」草案で論争

5月23日,ジョー・バートン米下院商務委員長は,「デジタルテレビ移行法2005」の草案を討議資料として委員会に提出した。その骨子は,

  • 地上アナログテレビ放送を2008年12月31日 に停波する
  • FCCは,デジタルチャンネルの最終割り当て(2~51チャンネル)を2006年12月末までに発表する。政府に返還される52~69チャンネルについては,2008年4月1日までに競売を行う
  • メーカーは,予定を1年早めて,2006年7月1日から,13インチ以上の全てのテレビにアナログ,デジタル双方のチューナーを搭載する。この法の施行後45日までに,アナログテレビに,「2009年からは,デジタルチューナー,あるいはケーブルテレビや衛星放送に接続しなければ使用できない」というラベルを張る
  • ケーブル事業者は,デジタル放送の主要1チャンネルを再送信する。これに加えて,義務ではないが,この主要1 チャンネルをアナログ放送に変換し,アナログテレビ視聴者の便宜をはかることができる。ただしこうした変換サービスを行う場合は,該当市場の全てのテレビ局に対して行う

となっている。

この草案の最大の特徴は,1997年に法律で定められた,2006年末というアナログ停波期限を2年間遅らせるかわりに,停波条件とされた「市場のテレビ視聴世帯の85%以上が(デジタル)放送を受けられる」という文言を撤廃したことである。一方で,バートン氏が強調していた貧困層に補助金を出してデジタル化促進を早めるというプログラムは草案には含まれなかった。3日後の5月26日,この草案をもとに各界の意見を求めた公聴会が開かれた。そこでの主要論点を紹介する。

ハード・デイト(明確な期日)と補助金

公聴会でバートン議長は85%という遅延条件があるためにデジタル化の移行は混乱し不確実なものになっている,と述べ,「草案にはいろいろ検討の余地があるが,アナログ停波期日は動かしがたい」とした。しかし,限定された確実な方法で低所得者層への補助金を実施することは支持する,とつけ加えた。ここ 2か月間の話し合いで,デジタル化のためにアナログ停波期日を明確化することは,時期を別にして,議員たちの間でほぼ合意を得ている。しかし補助金の問題では意見が対立し,共和党ができるだけ補助金を支出したくないとしているのに対し,民主党議員はできるだけ補助の幅をひろげようとしている。たとえば,バージニア州選出のリック・バウチャー議員は,ケーブルテレビや衛星放送に加入している世帯の,第二,第三のテレビをも含めると地上波視聴のアナログテレビは7,300万台に上ると推定し,それぞれに 50ドルとしておよそ37億ドルを拠出すべきだと述べた。氏は,回収されるアナログ周波数帯の使用権を入札にかければ200億ドルにはなるはずで政府は十分まかなえる,とした。しかしこれは,補助金支給世帯を1,000万世帯程度に限定し5億ドル程度ですませたいとしてきたバートン議長の発言とは大きくかけ離れている。また,公聴会では,4つのテレビ局を所有するバリントン・ブロードキャスティングのジェームズ・イェガー氏が,NABを代表し,アンテナで地上テレビだけを見ている視聴者を切り捨てるような期日設定をしないよう要請した。

デジタル・マストキャリー

草案では,ケーブル事業者にデジタル放送の主要1チャンネルの再送信を義務づけ,そのうえでケーブル事業者はそのチャンネルをアナログにダウンコンバートしてもよい,ただしそうするなら1市場の放送局の全てに同じ対応をするように,と求めている。FCCは2005年2月に,アナログかデジタルどちらかの主要1チャンネルのみの再送信をケーブル事業者に義務づけている。これに比べると草案は,移行期にデジタルとアナログの双方の再送信を求めていた放送事業者の考えにやや似たものとなっている。

これに対して前述のイェガー氏は,アナログテレビしか持たないケーブルテレビ加入者を救済するうえで賛成できる措置だとした。しかし,放送事業者が HD(ハイビジョン)で放送すれば,ケーブル事業者は結局デジタルの全帯域(6MHz)を再送信することになると述べ,ケーブル事業者に全デジタル帯域の再送信を義務づけ,放送事業者の多チャンネル戦略を可能にするよう求めた。(氏によれば,公共放送を中心に540の地上局が何らかの多チャンネル放送をしている。)

一方,ケーブルテレビ業界にとっては2月のFCC決定で,この問題は解決済みのはずであった。公聴会で,事業者団体であるNCTAのカイル・マックスラロウ会長は,草案はバランスを欠いている,と述べ,主要デジタルチャンネルかそれをアナログにダウンコンバートしたチャンネルか,ケーブル事業者の選択に任せるべきだ,と述べ書き換えを主張した。

デジタル受信機普及

メーカーを代表してCEA(消費家電協会)のゲーリー・シャピロ会長は,草案が2002年にFCCが発表した地上デジタル放送促進計画をさらに1年早めて,13インチ以上のテレビにデジタルチューナー搭載を義務づけたことに反対した。製造コストがかさみ小売店に余分な負担を押しつけることになる,という。シャピロ氏はCEAがデジタル受信機普及を遅らせているというNABの批判に対し,放送事業者こそデジタル化移行に向けた消費者啓発をほとんど行っていない,放送事業者はデジタル化移行期日設定に賛成すべきだ,放送事業者は(多チャンネルにこだわらず)HD番組に専念せよ,などと主張し,双方の対立はさらに高まっている。

消費者団体からの批判

消費者団体である「コンシューマーズ・ユニオン」のジーン・キンメルマン代表は,単に今までのテレビが使えるようにするために,多大な税金を支出することは認めがたいとし,コストは業界が背負うよう求めた。また一定時間をローカルのニュースや情報,さらに公共の利益のための番組に割くことを義務づけるよう求めた。議員の中には,消費者団体に同調し,放送事業者がニュースや公共的な番組にもっと時間を割くならデジタル・マストキャリーを認めても良いとする声も出ている。 バートン委員長は下院の法案を9月までにまとめたいとしている。上院の商務委員会関係者も草案作りを急いでいるが,補助金の有り様を中心に,上下両院が諸論点でどう合意にこぎ着けるか注目される。

池田 正之