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ライブドア,ニッポン放送株の過半数を確保

関東の中波放送(AMラジオ)局でラジオネットワーク「NRN」のキー局,ニッポン放送(東京証券取引所2部上場)の株式(発行済み株式総数3,280万株)に関し,インターネット関連事業を展開しているライブドア(東証マザーズ上場)が,1,640万10株を取得して持ち株比率50.00003%と過半数に達したことが,同社が3月31日に関東財務局に提出した大量保有報告書(3月25日現在)で明らかになった。この中には名義を書き換えていない株式が含まれており,ライブドアは,株式名義を書き換えて議決権の過半数を占めることで,ニッポン放送を商法上の子会社(第211条の2第1項)とすることも可能となった。

ニッポン放送株を巡るライブドアと民放キー局のフジテレビジョン(東証1部上場)の対立は,既存放送メディアと新興IT(通信)企業の争いととらえられる面がある。しかし,放送が不特定多数の視聴者に情報を一方的に伝達するのに対し,通信は特定の1対1,双方向の情報交換が可能なように役割が根本的 に異なり,日本では別ものとして規定されている。特に,社会的影響力が大きい地上放送の事業者は,免許事業の言論・報道機関として,公序良俗を害しない,政治的に公平など,放送内容に責任を負わされている。社会の公器としての役割を担う地上放送の事業運営に際しては,市場の論理ではなく,より高い経営理念やビジョンが求められるといえよう。

ニッポン放送の6月開催予定の株主総会に向け,う余曲折が想定されることから,これまでの経緯についてまとめておくこととする。

1. すべての始まり

ライブドアは2月8日,ニッポン放送の発行済み株式の29.63%(972万270株)を子会社のライブドア・パートナーズが取得し,ライブドアが先に取得してある5.36%(175万6,760株)と合わせて34.99%となり,ニッポン放送の筆頭株主になったと発表した。

ライブドアの堀江貴文社長は,同日の記者会見で,ニッポン放送株を東証の電子システム ToSTNeT-1を使った売買立会時間外の市場内取引を通じて約700億円で取得したこと,フジサンケイグループの実質的な中核企業であるニッポン放送株の取得によって同グループとの相乗効果が期待でき,ユーザー層を拡大させる狙いがあること,ニッポン放送への役員派遣など経営参画も考えていることなどを明らかにした。ライブドアは,ニッポン放送の発行済み株式の3分の1超を取得したことにより,同放送の株主総会で重要事項に関する特別決議(商法第 343条)を否決することができる。商法では,取締役の解任(第257条)や定款変更(第342条),減資(第375条)などの重要事項については,株主総会に発行済み株式の議決権の過半数を有する株主が出席し,議決権の3分の2以上の賛成(特別決議)を要すると規定されている。ライブドアは,議決権の3 分の1以上を確保したことで特別決議を阻止,いわば拒否権を手に入れ,経営に影響を及ぼせることになる。

株式取得資金としてライブドアは,2010年満期のユーロ円建て「転換価額(下方)修正条項付き転換社債型新株予約権付き社債」を2月24日に発行して調達した800億円の大部分を充当した。社債は,外資系投資銀行のリーマン・ブラザーズ 1社が全額を引き受けた。

2.ニッポン放送株を巡る話題の背景

ニッポン放送は,フジテレビの発行済み株式の22.51%(57万3,704株)を保有する筆頭株主(2月8日現在)としてフジテレビに大きな影響力を行使できる存在である。一方フジテレビは,ニッポン放送の第2位の株主(1月5日現在,406万4,660株で12.39%)にすぎない。さらに,フジテレビとニッポン放送を会社の規模,例えば1年間の売上高(単体)や発行済み株式の時価総額で比較すると,2003年度の売上高はニッポン放送の約308億円に対してフジテレビは12倍近い約3,581億円,株式時価総額もフジテレビはニッポン放送のおよそ3倍,すなわち,規模の小さいラジオ局が大きなテレビ局の経営に影響力をもつ,いわゆる小が大を制する状況となっている。

フジテレビは,名実ともにフジサンケイグループの中核企業としてグループの経営を推進できる体制へ転換するため,ニッポン放送の経営権取得を狙いとして,こうしたねじれを解消する同社株の公開買付け(TOB)を1月18日に開始した。フジテレビは,最低目標を1,233万5,341株とし,既保有株も含め,資本関係を逆転してニッポン放送を子会社化できる1,640万1株の保有を目指すとした。

3.ライブドアのニッポン放送株取得の動き

ライブドアの堀江社長は,2月12日から出演した民放各局のテレビ番組で,今回のニッポン放送株の取得は,フジテレビによるTOBが契機となったことと,電波法や放送法などによって放送事業に課せられている外資規制が影響していることを示し,株式の購入先が外国人等株主などであることを示唆した。

まず,フジテレビのTOBが成功した場合には,ニッポン放送がフジテレビの子会社となることから,その前に行動を起こしたと考えられる。放送メディアへの興味を示していた堀江社長は,フジテレビとニッポン放送が置かれた会社の規模などの状況判断を基に,株式を上場しているニッポン放送を通じて放送事業への参入を模索していたが,ニッポン放送がフジテレビの子会社化することは,その道が閉ざされてしまうことを意味する。

次に,外資規制は,放送が国民共有の財産である有限希少な電波を使用し,社会的にも大きな影響を及ぼすものであることから,国民の利益を確保する目的で,電波法第5条などによって定められている。放送事業者は,外国人などの取得した株式が議決権の20%以上になると免許を取り消される(電波法第75条)ため,外国人等株主の株主名簿への記載を拒否できる(放送法第52条の8第1項)。名簿に記載されない株式は失念株となり,外国人等株主は議決権など株主としての権利を行使できない。こうした失念株の存在(233万3,790株,2004年9月末現在)が,ライブドアのニッポン放送株取得に影響したといえる。

外資規制に関しては現在,外国企業の日本法人や外国人等が大株主の日本企業などからの放送事業者への投資,間接出資に制限は設けられていない。ライブドアがニッポン放送株の取得資金用に発行した新株予約権付き社債(CB)を引き受けたリーマン・ブラザーズ(リ社)が,CBから転換した株式を保有する場合はライブドアの大株主になる。その際には,リ社がライブドアを通じて間接的にニッポン放送を支配でき,さらにフジテレビにも影響の及ぶことが考えられ,外資規制の趣旨に反することになる。麻生太郎総務大臣は,2月18日の記者会見で,アメリカやフランスなど海外の事例を参考に,外国企業等が間接的にでも日本の放送事業者を支配できない規制のあり方について検討する必要性を示した。外資の間接出資規制について総務省は,直接と間接を合算した仕組みであるNTT 法等を踏まえ,電波法などの改正案を今国会(第162通常国会)に提出する準備を進めている。

4.フジテレビのニッポン放送株TOB

フジテレビは2月10日,ライブドアの動きを受け,ニッポン放送株のTOBについて取得目標を変更,413万5,341株に引き下げてニッポン放送の子会社化を事実上断念し,既保有株も含めて25%超を目指すとともに,買い付け期間を2月21日から3月2日までに延長した。TOB条件の変更についてフジテレビは,ライブドアがニッポン放送の筆頭株主としてフジテレビに業務提携を迫っており,その影響力を排除する狙いだとした。フジテレビのニッポン放送株の 25%超確保により,ニッポン放送はフジテレビの議決権が無くなり(商法第241条第3項),議決権を行使できなくなる。なお,TOBの価格は,ニッポン放送株の1月14日までの3か月間の終値平均4,937円に約21%のプレミアムを加算した1株5,950円で,その後変更はされなかった。

フジテレビは,TOBの期間を再度変更し,3月7日までに延長,次項のニッポン放送による新株予約権の発行がフジテレビを対象に決定され,ニッポン放送の株主へ周知徹底する期間を確保する必要があるためとした。

ニッポン放送株のTOBは3月7日に締め切られ,その結果に関してフジテレビは,翌3月8日に記者会見を開いた。日枝久会長は,TOBへの応募が789万 6,354株あり,フジテレビのニッポン放送株の保有が,既保有株も含めて1,196万1,014株(36.47%)となって3分の1を超えたこと,これにより,商法上,ニッポン放送のフジテレビに対する議決権が消滅しただけでなく,フジテレビがニッポン放送の株主総会で重要事項に関して否決できる立場を確保できたことを明らかにした。

5.フジテレビに対する新株予約権付与

ニッポン放送は,2月23日に記者会見を開き,第三者割当による新株予約権を発行し,そのすべての引受先をフジテレビとすることを取締役会で決議したと発表した。

新株予約権の内容は,ニッポン放送が4,720万株を発行し,TOB価格と同額の1株5,950円でフジテレビに割り当てるというもので,発行日は3月 24日となっている。この4,720万株は,ニッポン放送の現在の発行済み株式総数3,280万株の1.44倍,授権資本8,000万株の6割に達する膨大な数である。全部がフジテレビの保有株となった場合には,ニッポン放送は,TOBの結果いかんにかかわらずフジテレビの子会社化することになる。

ニッポン放送は,新株予約権を発行する理由として「企業価値の維持・向上」と「高い公共性の確保」をあげた。前者については,ニッポン放送の事業運営に関し,ラジオ部門はもとより,映像音楽事業やイベント関連事業などフジテレビに大きく依存しており,ライブドアの支配化に入った場合,フジテレビが一切の取引を中止する意向を申し入れてきており企業価値に極めて重大な悪影響を及ぼすことになるとした。また,後者については,ライブドアによるニッポン放送株の大量取得の取引が公開買付規制の趣旨に明確に反し,違法の疑いもある手段を躊ちゅうちょ躇なく用いるライブドアが支配株主となることは,マスコミとして担う高い公共性と相容れないとした。ニッポン放送は,フジテレビの子会社となるTOBに賛同していることから,その目的を達成する手段として新株予約権の付与を決定したとしている。

6.司法の判断は新株予約権の発行を認めず

ライブドアは2月24日,商法第280条の10の規定に基づき,ニッポン放送のフジテレビに対する新株予約権の発行の差し止めを求める仮処分を東京地方裁判所に申請した。同規定は,著しく不公正な方法による株式の発行で株主が不利益をこうむる可能性がある場合,株主は発行差止を請求できるとしている。

東京地裁は,3月11日,新株予約権の発行の主たる目的が「フジサンケイグループおよび現経営陣の支配権の維持」であり,ライブドア傘下でニッポン放送の企業価値が著しく損なわれることが明らかとは認められず,「著しく不公正な方法」による発行にあたるとして,新株予約権の発行を差し止める仮処分の決定を行った。ニッポン放送は,「フジサンケイグループ離脱により企業価値は著しく棄損する。グループにとどまることが株主利益にかなう」と主張したが,認められなかった。

ニッポン放送は同11日,決定を不服として,東京地裁に決定の取り消しを求める「異議申立て」を行ったが,東京地裁は同16日,ニッポン放送の異議申し立てを却下した。東京地裁は,新株予約権の発行は,主な目的が現経営者と友好的な特定株主の支配権の維持であり,「著しく不公正な方法」と認めざるを得ないとして,従前の判断を追認した。

ニッポン放送は,この決定を不服として,即日,直ちに東京高等裁判所に保全抗告を行った。東京高裁は3月23日,ライブドアの申請を認めた東京地裁の仮処分決定を支持し,ニッポン放送の抗告を棄却した。なお,争点の1つとなった企業価値について東京高裁は,「株主や市場の判断,評価に委ねざるを得ず,裁判所が判断するのには適さない」とした。

ニッポン放送は同23日,東京高裁の抗告棄却を受け,新株予約権の発行を中止することを表明した。また,同社は最高裁判所への特別抗告を行わず,司法の判断が確定した。

7. ニッポン放送の保有するフジテレビ株

ニッポン放送は,2月25日,同社の保有するフジテレビ株(57万3,704株)のうち22万株(8.63%)について,大和証券SMBCとの間で,期間中は返還請求ができないとする株券消費貸借契約を結び,同日から2007年3月15日までの約2年間の貸し出しを行い,議決権が大和証券SMBCに移転した。さらに,ニッポン放送は,3月24日,フジテレビ株の残り35万3,704株(13.88%)を,同様の株券消費貸借契約によって投資会社のソフトバンク・インベストメント(SBI)へ,2010年4月1日まで約5年間の貸し出しを行った。これにより,商法の規定上,ニッポン放送株のTOBの結果消滅したフジテレビに対する議決権が復活,SBIがフジテレビの筆頭株主となった。

このように,ニッポン放送がフジテレビの筆頭株主であることの影響力によってフジテレビとの業務提携を求めていたライブドアの狙いに反し,ニッポン放送が保有していたフジテレビ株は,一時的にすべてが転出,返却されるまでの間はゼロとなる。

東郷 荘司