メディアフォーカス

アルマナールが欧州向け配信自粛 表現の自由に波紋

フランス国家評議会は,2004年12月13日,レバノンの衛星放送アルマナールを中継しているユーテルサットに対し,アルマナールがユダヤ差別と憎悪を扇動したとして48時間以内に放送を停止するよう命令した。アルマナールは自主的にユーテルサットへの配信を停止し当面の混乱は避けられる形となったが,この停止命令は,表現の自由に絡んでヨーロッパのメディア界に波紋を広げている。

アルマナールはレバノンのテレビ局で,1991年に開局,2000年からは衛星放送も開始し,汎アラブ衛星局の一つとなっている。局はアメリカ政府が国際テロ組織に指定しているイスラム・シーア派民兵組織ヒズボラの傘下にあるが,放送局自体は,レバノン政府の認可を受けアラブ放送連盟の加盟局でもある。放送内容は他の汎アラブ衛星局と違って,反イスラエル闘争を支援するなど旗幟を鮮明にしていることから,イスラエルは敵視するもののアラブ系の人々の人気を集めている。

今回の問題は,アルマナールが2003年11月,シリアのプロダクション制作のドラマ『シオニズムの犯罪史』を26回シリーズで放送したことに始まる。このドラマは偽文書とされる「ユダヤの議定書」などユダヤへの偏見に基づくとしてイスラエルが強く抗議し,アラブ各国の放送局は放送を差し控えていた。しかしアルマナールが放送に踏み切り,フランスに本部を置く衛星会社ユーテルサットを通じてヨーロッパにも放送された。このためフランス在住のユダヤ市民がアルマナールの日頃の報道姿勢に加え,民族差別や憎悪を扇動する放送を行ったとして,フランス視聴覚最高評議会(CSA)に放送停止を訴えていた。CSAは 2004年11月,今後憎悪や差別を扇動する放送はしないとする誓約書をアルマナールに提出させ,これで一件落着したかに見えた。

ところがこの直後,アルマナールの討論番組でコメンテイターが「シオニストがエイズをアラブに伝染させている」と発言したことから再びユダヤ系市民が反発した。CSAはアルマナールが誓約書に違反したとして最終判断を国家評議会に委ね,前述の停止命令となった。フランスではこのところ,ユダヤ人墓地荒らしなどが社会問題となっており,政治的判断があったものと見られる。アメリカ政府はフランス政府の決定をうけ,アルマナール自体を国際テロ組織に指定する措置をとった。これによりアルマナールはアメリカでの取材活動は不可能になる。こうした仏・米の対応をめぐって波紋が広がっている。

パリに本部を置く国境なき記者団(RSF)は,「確かにアルマナールは反シオニズムの姿勢をとっているが,だからといってこうした放送局をテロリスト・グループと同じ分類にすることは,メディアを排斥する口実になりかねない」と懸念を表明している。またブリュッセルを拠点とする国際ジャーナリスト連盟(IFJ)は,一体誰が放送に適切な発言,意見であるとか判断するのかと疑問を投げかける。「番組のなかの発言を一つひとつ問題にしていたら,世界にテレビ局は存在しなくなるだろう。今回のアルマナールのケースは政治的検閲の悪例だ」と非難する。レバノン政府もフランスがユダヤ人の圧力に屈したとしておりアルマナール問題は当面くすぶり続けることになりそうだ。

太田 昌宏