ことばウラ・オモテ

屋と店

師走になると、気が落ち着かず、年賀状の用意や、歳暮、新年の準備に忘年会と、計画を立てて進めないと、あっという間に大みそかが近づいてしまいます。

正月に食べる餅は、スーパーやコンビニで袋入りのものを売っていますから、わざわざ準備する家庭は少なくなってきたと思われます。工場で作る餅が出る前は、多くの場合、米屋さんや和菓子屋さんが注文を受けて、必要な量を必要な形でオーダーメードしていました。「形」というのは、鏡餅か、丸餅か、のし餅かの別があり、鏡餅だけは直径を「寸(約3センチ)」で表していました。

家によっては、自宅でもち米を蒸し、臼ときねでついて餅を作ります。この風習も一時は「家庭用自動餅つき器」で危うくなりましたが、最近は地域の活性化のために、小さな集会所などで年末に餅つき大会を催すことが増え、臼ときねを知らないという子が増えることは食い止められているようです。もっとも、臼やきねを手に入れるのが大変なことと、木でできたこれらの道具を1年間しまって置く場所に困っているところがあると聞いています。

この、餅をつく商売は、「餅は餅屋」ということばのとおり、「餅屋]という専門職があったようですが、今はもう見かけなくなりました。今と言っても、50年ぐらい前にはもう見かけなくなっていましたから、そもそもそんなに数が多い専門店ではなかったのでしょう。

専門の商いをする店を呼ぶときに、「○○屋」という言い方と「○○店」「○○商」があります。放送で店の業種を言う場合は、ほとんどが「○○店」となっています。一般に言うのと違うので、少しおかしな感じを受けることもあります。このおかしさは個人によっても違いますが、「そば店、パン店、酒店、肉店」など食品関係は多くの人が「?」と思うかも知れません。食品関係は「○○屋」が日常的に使われていて、「店」は別の分野に多く見られます。もちろん、両方OKということもあります。文房具屋-文房具店、呉服屋-呉服店、金物屋-金物店、かばん屋-かばん店、ガラス屋-ガラス店、クリーニング屋-クリーニング店などは両方ありそうです。

これらは、生活の中での慣用と言うことができますが、素材を売っている商売は「米屋、豆腐屋、魚屋、八百屋」など「屋」が多いように見えます。加工度が高くなるにつれ、「店」になじみが出てくるようです。「コーヒー」の豆を売っている店は、「コーヒー屋」、客に飲ませる店は「コーヒー店」となるようなものでしょう。この違いも、人によって感じ方が違います。「屋」と「店」を全く区別しない人もいますし、個人の頭の中できちんと区別することもあります。「きちんと」というのも、「△△という店は『コーヒー屋』、××は『コーヒー店』」などという個別の店による区別もありそうです。

放送で「○○屋」が少ないのは、決まりがあるわけではなく、ある商売は「屋」、また、ある商売は「店」とすると、放送を見ている人、聞いている人に、どこに違いがあるか、「屋」と「店」では規模が違うのかという疑問が生じるのを防ごうという考えです。違いを説明することは難しいですし、どこから変えるのかという基準も作れそうにありません。辞書を見ても、「屋」のほうは「ある職業の家や人」、「店(てん)」は「みせ」「たな」、と説明しているだけのことが多く、それぞれの使用例をあげているだけです。

「屋」は、一般的には「よく使う、小規模、家族経営、独立店舗、近所のコミュニティーに含まれる」というイメージがあり、「店」は「あまり利用回数が多くない、新しい業種、規模がやや大きい、ちょっとよそよそしい、チェーン店」などのイメージがあります。また、「屋」は商売を表すだけでなく、「気分屋、気取り屋、寂しがり屋、がんばり屋、気むずかしがり屋」など、その人の気性を表し、それもややマイナスイメージのあるもののほうが多い表現としても使われます。さらに、自分の職種を自嘲的に言う場合にも使われます。商売の種類を示す「屋」の別の顔としては、ややマイナスイメージで使われることもあるのに対し、「店」は単純に「みせ」を表すだけの単純な語と言えます。「屋」は「鉄道屋魂、技術屋冥利(みょうり)」などプラスのイメージでも使われますが、「店」に比べ陰影に富んだ表現であることは間違いなさそうです。

「ことばの陰影」はことばの解釈や理解、イメージにより、微妙に使い分けることが可能だという長所を持っていますが、ことばを使う側と受け取る側との理解の隔たりがないということが前提になります。「屋」の語感は人によりかなり差があることばなので、さまざまな考えを持つ受け手に対しては使いにくいことになります。そうなると、単純な「店」のほうが少々違和感があっても、使いやすいということになります。

また、「商売」と言っても、「○○屋」の伝統を持たない職種が増えてきたことも、「店」の増加に拍車をかけています。「百貨店、喫茶店、宝飾店、新古書店、鮮魚店、ブランド店、ディスカウント店」などは「屋」と言えません。

一方で、「お茶屋、鍛冶屋、仕立て屋、悉皆(しっかい)屋(和服の細々したことを請け負う業者)、地上げ屋、ダフ屋、テキ屋、闇屋」なども「店」に言いかえが難しいかもしれません。

日常生活では、「屋」と「店」を何となく使い分けているのですが、ちょっと改まった場合にどうするか、「○○屋さん」とするのか「○○店」にするのか、「さん」を付けるのは敬称かなどを考えると、かなり複雑な方程式になりそうです。この使い分けの技術は、生活のコミュニケーションの技術でもあるので、思い悩みながら、場合による適切な使い分けをするのが、楽しいことばづかいかもしれません。

(メディア研究部・放送用語 柴田実)