ことばウラ・オモテ

早口ことば

一般の人によく聞かれることの一つに、「アナウンサーになるのに早口ことばの試験があるのですか?」ということがあります。

実際には、いわゆる「早口ことば」の試験などはありませんが、その人の発音がどうなっているかは、見ます。普通の話し方でも発音はわかりますから、無理に早口ことばを試験に使う必要はありません。

「早口ことば」で誰でも知っているものに「東京特許許可局」というのがあります。「東京特許許可局特許許可局長」と長いバージョンもあります。もちろん、「東京特許許可局」という役所は存在しません。「早口ことば」の世界のお役所です。

このような「早口ことば」はどうしてしゃべりにくいのでしょうか?同じ音や、同じ種類の音が連続するとしゃべりにくくなります。
 「生麦生米生卵」というのもあります。「ナマムギ・ナマゴメ・ナマタマゴ」ですが、「ナマ」が連続して繰り返され、後ろのほうにはガ行の濁音が並びます。

アナウンサーが使うべきだとされている「ガ行音」は2つあります。閉鎖・破裂音といわれる鋭いガ行音と、鼻にかかったガ行鼻音の2種類です。「生麦生米生卵」は単語の途中にあるガ行音ですから、後者のガ行鼻音になります。「ナ・マ」も鼻音の一種ですから、「ナマムギ」などはすべて鼻音の連続です。同じ系統の音が「タ」まで10音連続するのですから発音は大変になり、途中でつまずくことが起きがちです。これが、早口ことばが難しい原因の一つです。

いわゆる「滑舌」のよしあしということになるわけですが、「ナ行・マ行」の同じ音を10回続けて発音するのも結構難しいものです。

「いや簡単だよ!」という方には少々条件を付けます。「一つずつの音をきちんと分けて発音すること(「ナー」のように長くしないこと)」「一つずつの音の長さを均等にすること」「一つの音と次の音の間を音が出ている時間以上取らないこと(「ナ  ナ  ナ」ではなく「ナ ナ ナ」というように間を詰めて発音すること)」です。この条件を付けると、かなり難しくなります。

子音は、瞬間的にしか発音できない「カ行、タ行、パ行、ダ行、チャ行、ジャ行」などと、ある程度の時間連続して発音できる、「サ行、ナ行、マ行」があります。連続して発音できる子音を、決められた時間で切って発音するコントロールは結構難しいものです。

似た音を別の音として発音するためには、口や舌、あごなどの微妙な違いを作らなければなりません。これがうまくいかないと思っていた音と違う音になったり、舌をかんだりすることになります。

初めにあげた「東京特許許可局」は「キャ・キュ・キョ」という「よう音(拗音)」の連続です。よう音は、半母音と言われることもある、舌が前のほうに移動した発音です。ふだんあまり使わない位置に舌がありますから、かなり難しい部類に入るでしょう。似た例としては、カ行とキャ行が入り交じる「隣の客はよく柿食う客だ」があります。気をつけないと「隣の柿はよく客食う柿だ」とホラーになってしまいます。

このような類似音の連続は単語にも見られます。何気ないことばがそのようになっていて、アナウンサー泣かせの落とし穴になります。「こまごめ(駒込)」「おあわれみ(お哀れみ)」「カやハエ」「座談会」などがその例です。落ち着いて発音すれば何の問題もなく発音できるのですが、心理的に少し緊張したり動揺したりすると、とたんに簡単な発音がなめらかにできなくなります。「カンボジア難民」「カリフォルニア丸」で苦労した大アナウンサーもいます。それぞれ「ナンボジアカンミン」「カリフォルマルニア」と音の順番が入れ代わってしまうトラブルです。

「瞬間最大風速」のように、正しい「最大瞬間風速」を構成している2字の漢字熟語が入れ代わってしまう言い間違えもよく見られます。

それでは、早口ことばをうまく言うこつはあるのでしょうか。

私たちが音を発するときには、音の出る前にはその音に見合った口の構え(舌の位置も含みます)があり、発音したあとにもいわば「名残の形」があるものです。急いで発音しようとすると、前の音の「名残の形」を次の音の構えにしてしまうことが起きます。そうすると次の音は正しい構えとは言えないので、思っていない音が出てしまったり、発音できなかったりということになるのです。

「ゆっくり、はっきり」だけでなく、100分の数秒という間の「緊張の緩め」と「次のための緊張」をいかに早くできるかというのが「早口ことば」のこつと言えるでしょうか。

多くの人は、音を出し終わったあとの「緊張の緩め」が十分でないことが見られます。いわゆる「上がった状態」になると、特にこの「緩め」ができなくなります。「肩の力を抜く」だけでなく、口の中を適切に素早く「緩め」すぐに「次の用意」をする。この練習に早口ことばは適しています。音が出ている間の時間や口の動きだけでなく、音が出ていない間がじつはきちんとした発音のために重要だと言うことができます。

舌やあごの力が弱いと、もとの「ニュートラルな位置」に戻すことが難しく、あいまいな発音になりがちです。口の中を舌が動く距離はたいしてありませんが、速さは必要になります。「舌が長い」「舌が短い」と言われるのは多くの場合、きちんとした位置に舌が行っていない、速度が遅いということが原因だと思われます。日常のトレーニングのため、「早口ことば」を「遅口ことば」できちんと練習してみてはいかがでしょう。老化防止のためにも役立つこと請け合いです。
<参考>
一度声に出して試して下さい(表外字を使っています)。
・青は藍より出でて藍より青し
・青巻紙赤巻紙黄巻紙
・阿波へ、藍買い、甲斐へ繭買い
・歌唄いが来て、歌唄えと言うが、歌唄いぐらい歌唄えれば歌唄うが、歌唄いぐらい唄えぬから歌唄わぬ
・馬屋の前の濡れ生麦わら
・瓜売りが瓜売りに来て売り残し、売り売り帰る瓜売りの声
・お綾や母親にお謝りなさい
・おまえの前髪、下げ前髪
・親亀の上に子亀、子亀の上に孫亀、孫亀の上にひ孫亀
・親鴨・子鴨・大鴨・小鴨
・かえるピョコピョコ、三ピョコピョコ、あわせてピョコピョコ六ピョコピョコ
・上加茂の傘屋が紙屋に傘借りて、加茂の帰りに返す唐傘
・鴨が米噛む、小鴨が小米噛む
・菊桐菊桐三菊桐、あわせて菊桐六菊桐。
・京の生鱈、奈良の生まな鰹
・久留米の潜り戸は、栗の木の潜り戸、潜りつけりゃ潜りいいが、潜りつけなきゃ潜りにくい潜り戸
・この杭の釘は引抜きにくい
・この竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけた
・質屋の主人は寿司の好きな主人
・繻子(しゅす)・緋繻子・緋紗綾(ひざや)・繻珍・緋縮緬
・巣鴨駒込駒込巣鴨
・その数珠は増上寺の僧正の数珠
・竹屋に高い竹立てかけた
・狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本
・東京特許許可局長
・隣の客はよく柿食う客だ
・長町の長巻紙
・長町の七曲りは長い七曲り
・長持ちの上に生米七粒
・生麦生米生卵
・坊主が屏風に坊主の絵を上手に描いた
・向こうの長押(なげし)の長薙刀は誰が(たが)薙刀ぞ
・六曲がり曲がってまた三曲がり
・椰子の実を狒々(ひひ)が食い、菱の実を獅子が食う

(メディア研究部・放送用語 柴田実)