ことばウラ・オモテ

気になる表現 2つ

先日、NHKのアナウンサーをしていた人と会ったときに、「最近気になる言い方があるのだが」と声をかけられました。

天気についての話の中で、「曇り空が広がる」というのが気になる。「雲が広がって曇り空になるので、別に曇り空そのものが広がるのではないと思うのだが」ということでした。

そういわれればそうだなとも思い、「少し考えさせてください」と答えました。

確かに、この指摘はもっともな面があります。「だんだん雲が広がってきた」「厚い雲に覆われた」「入道雲が湧いてきた」などという言い方はよく使われます。

この「雲」を「曇り空」に置き換えるとどうなるでしょう。
「だんだん曇り空が広がってきた」「厚い曇り空に覆われた」となります。とくに「厚い曇り空に覆われた」はおかしな感じが強いですね。

「曇り空」というのが、もともとは雲に覆われた空の状態を表すので、「状態が広がる」ということにおかしさを感じるのでしょう。

それでは、間違った表現だと決めつけていいかと考えると、ことはそう簡単ではないようです。

反対の状態「青空」ですと、「青空が広がる」というのはよく使われる表現ですし、間違ってはいません。 「青空」というのはもともと「空に何もない状態」です。「あるはずの雲がない」というのですから、青い空がどこまでもある表現として「青空が広がる」は少しロマンチックな表現ではありますが、正しい言い方でしょう。

「曇り空が広がる」という表現が出てきて、多くの人が使うようになった理由の1つに、人工衛星、気象衛星から私たちが住んでいる地面(地表)を写した画像が見られるようになったことも影響していると思われます。

普通の生活をしていると、自分の頭の上に広がる空だけしか見られないのですが、衛星からの写真では、日本全体や、世界地図のように見ることができます。
そうすると、東京にいても九州が写っている衛星写真を見ると、九州のほうは曇り空だろうな、と九州の空を思い浮かべることができます。
それがだんだん東へ移ってくるというようなことまで見えますから、「九州地方から四国地方にも曇り空が広がる」という表現につながるのかもしれません。
これも、「九州地方に雲がかかっている」というのが普通かもしれませんが、感情を入れると「曇り空が移動する」という感覚になるのでしょう。

ことばについて、こういう感覚的なずれはよくあることですが、それでは新しい表現だと言えるかはことばにより違います。

そのことばが、どの程度使われているかということと、その表現をおかしいと思う人が少ないかどうかということにかかると思われます。

インターネットで使われている度合いを見ると、「青空が広がる」は約30万件。「曇り空が広がる」は7万件弱と4分の1程度です。まだ、一般的とは言えないかもしれません。
また、私に問いかけた人のように、「おかしい、耳慣れない」という人もいますので、新しい表現であることは間違いなさそうですが、まだ、定着した言い方とは言えないでしょう。
「夏空が広がる」などほかの「空が広がる」という言い方がある以上、広がるのは防げないと思います。

もうひとつの表現は、テレビを見ている方からの指摘です。

「過半数を超える」という表現です。選挙の時に、ある党派の当選者が議席の半数を超えるかどうかが注目されているときに、放送ではよく使われます。しかし、聞いたり見たりしている方からは、「半数を超える」が正しい言い方ではないかと電話をいただくことがあります。

「過半数」というのは「全体の半数を超える数」という状態を表すことばだと考えられるので、重複した言い方であると同時に、状態を超えるという変な表現だということになります。

ところが、選挙の開票速報の時などは「議席数の半数を1つでも上回るかどうか」ということが一番大きな関心です。

「半数より1だけ多い数」というある数が問題になるので、それをどのくらい上回った状態かは次の関心事になります。

そこで、「半数を超えました」より強い意味を出すために、ある種の強調という意味で、「過半数を超える」という表現が使われます。また、場合によっては、「過半数割れ」とか「過半数を割る」という表現も使われます。

しかし、「過半数以上」という言い方はしないことになっていますので、「おかしいけれどもっとふさわしい表現がないためにやむなく使う」といったニュースに特有の表現とも言えます。

「曇り空」や「過半数」など状態を表す表現が、変化を表す表現に取り込まれてきているという大きな流れはあると思います。

私たちの生活が、あまり変わらない状態を表して済んでいたものから、変化に注目する生活に変わってきたことも背景にあるのではないかと考えています。

似たような表現はこれからも出てくるでしょうが、みんなに受け入れられるようなものであれば早く定着するでしょうし、そうでなければ、特定のグループの人たちの「方言」で終わるでしょう。

気象予報やニュースなどは、ある面そういう「方言」を徐々に日本語に広げている途中かもしれません。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)