ことばウラ・オモテ

防犯・監視と保護・拘束

同じ内容を意味することばでも、意味合いや受け取りかたに違いがあることばがあります。

酒の瓶に半分入っている状態を、飲んべえは「まだ半分ある」、倹約家は「もう半分飲んでしまった」と思うそうです。

物事には裏表がありますが、「融通を利かせる」のは度が過ぎれば「専横」「規則不履行」になります。

程度の問題ということもできますが、中間的なものの言い方もあります。

「可能性」は「あたうべき」という意味で、できる見込みをあらわします。
ですから、悪いものが予想される場合には使わないのが普通です。
放送では、悪い結果が予想される場合は「おそれ」を使います。
中立的な見込みの場合は「蓋(がい)然性」ということばがありますが「蓋」という漢字が常用漢字に含まれていないためと、日常生活ではなじみが薄いために、言いかえをしています。
中立的なことばがないのは、やや不自由なことですが厳密に言う必要がなければ問題は起きにくいものです。

先日、「監視カメラ」と「防犯カメラ」の違いを聞かれました。
町なかに設置されているテレビカメラで、どこかとつながり、常時映像を利用しているものです。放送に出る「お天気カメラ・街頭カメラ・ロボットカメラ」などと言われているものとは違い、街頭で事故や犯罪が起きたときに役立つものです。
また、「監視カメラ」は工場などで、製品ができあがるときにその工程を離れたところで見守ることができる便利さがあります。自分の子どもが今どこにいるかを見られるとするならそれは「監視」ではなく「見守り」「保護」と言いたいものです。

「全員が異議を唱えないものはうさんくさい」という人もいます。そこまで懐疑的にならずとも、一歩引いて考えることも場合により必要かもしれません。

「監視カメラ」と言われると「自分もどこかで誰かに監視されているのか」と思い、「防犯カメラ」と言われると「町の治安対策としては必要だろう」と考えます。

東京のある葬儀社の広告に「世の中になくてはならない、あなたの家にあってはならない○○葬儀社」というキャッチフレーズがありました。

同じものごとも、自分の身に引き寄せて考える場合と、ちょっと距離を置いて考える場合とでは違った感じを受けます。

たとえば、「監視(防犯)カメラ」の場合は、「町の安全を守るために防犯カメラを設置することは好ましいことでしょうか、それとも好ましくないでしょうか」と聞かれた場合と、全く同じものを「町なかで皆さんがどのような行動をしているかを監視して、社会の安全を高めるために監視カメラを設置することは好ましいことでしょうか、それとも好ましくないでしょうか」と聞かれた場合、前者はおそらく高率で「好ましい」という答えが返ってきて、後者はさほど賛同を得られないかもしれません。

「監視」と言われると自分も監視される対象となるのはごめんだが、自分のためになる「防犯」は賛成できるということでしょう。

似たような例として、治安状態が悪い外国に行ったときに軍や警察に身柄を拘束された場合に次のようなことばがありそうです。

外国の軍または警察は「日本人の身柄を保護している」と発表するかもしれませんが、「保護されている日本人」は「逮捕・拘束・監禁」されていると感じるかもしれません。都合のいいことばにすり替えられることもあり得ます。

極端なことを言うと、「自分が被害者になるか」「自分が加害者になるか」あるいは、「自分の身にかかわることか」「自分とは関係ない一般社会の問題か」という違いでしょう。

医療、病院にかかわることばを検討していいたときに問題になったことばの一つに、「終末期医療」ということばがありました。

ガンなどにかかり、治療して改善できない患者に苦痛なく過ごしてもらうために「治療」ではなく「緩和」を目的にした医療を施すことです。

もし自分についてこのことばを言われたら「私はもう先がないのか」と絶望するでしょう。たとえそれが事実であろうと、なかろうと、「人に優しい」などということではなく「私にやさしいことばを使って欲しい」というのが個人の願いです。

「片親」「生活保護家庭」「里子」「被災者」「患者」「ホームレス」「老人」など自分自身についてなら他人に言われたくないことばでも、社会一般としては使わざるを得ないことばというものもたくさんあります。

コミュニケーションが“1対1”だけでなく“1対多” になった現在、中立的な表現はどうすれば可能か?「二枚舌」と言われないダブルスタンダードはあるのでしょうか?

こういう微妙な問題では、ことばという言語表現だけでなく、話し方、声質など非言語の部分の表現方法も大切になります。

「地球に優しい」というのも結構ですが「他人に優しい」ことばを優先させたいものです。正確に表現することは大切ですが、正確だけでいいかどうか、ことば選びはほんとうに難しいと思います。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)