ことばウラ・オモテ

ICカードは「つける」「かざす」?

大都市圏で利用されている鉄道の自動改札機は進化を続けています。
大阪から全国に広がった自動改札も、切符から、磁気カード、ICカードと範囲が広がっています。
今ではおなじみの自動改札ですが、東京や大阪ではICカードと切符を扱うようになっています。
乗車しようとして改札を通るときは、切符は磁気カードと同じように機械の中を通って手もとに戻ります。
ICカードは、「読み取り部分」といわれる場所にカードがのると、「ピッ」という音がして、情報を読み取りゲートが開いて通れるようになります。

ICカードは機械の中を通らなくても情報がやりとりできる方法です。これは入館証などにも応用されています。

1997年ごろから鉄道会社で採用され初め、2001年のJR東日本の「スイカカード」が大手での採用第1弾です。その後、2003年のJR西日本の「イコカカード」、2007年の「パスモ」などが続き、最近では2008年10月28日からJR北海道「キタカ」が使えるようになりました。
JRの各会社では「行こか?」「来たか!」とうまくつながったようです。

ICカードが導入され始めたころ、どのようにして自動改札を通るかという説明で、駅員から「改札機のマークのある場所でカードをかざせば、ピッと音がして通れます」という説明を聞いたことがあります。

鉄道乗車用のICカードは「非接触型ICカード」と呼ばれていて、機械のごく近くにカードが位置すると情報のやりとりができるようになっています。
専門用語の「非接触型」を知っている人は「触れて」という類義語を避けるようですが、普通の人は改札を通るときカードをどのようにしていると自分で考えているかが気になりました。

ある女子大学で1年生を対象に、「自動改札を知らない人に、ICカードを渡して、うまく通過できるように教えてください」という質問をしました。
178人に聞いたところ、13種類のことばが集まりました。

「タッチする、あてる、触れる、かざす、近づける、押し当てる、のせる、つける、置く、くっつける、密着させる、接触させる、重ねる」ということばで、あの行動を説明していました。(回答数順)
一番多い「タッチする」は28%の人、「触れる」が16%「あてる」が14%あとは1割以下でした。

気になる回答は「かざす(10%)、近づける(8%)」です。
「かざす」は「手をかざして遠くの風景を見る」「火にかざして乾燥させる」という使い方が普通で、高く振り上げたり、ものの上にさしかける行為を言います。「近づける」も程度の問題がありますが、読み取り部分の上に重ねるように置くことは必ずしも意味しません。「かざす」だと、機械の上でひらひらとさせてもいいですし、「近づける」は「ピッ」と音がするまでゆっくりとねらい定めて・・・となると改札口は混乱しそうです。
(実際は約10センチの範囲で読み取れるそうです)

最近、自動改札をどのように通るか、JRの人に聞きました。以前とは違う説明を詳しくしてくれました。 「カードはそのまま手に持っても、薄い定期入れのようなケースに入れてもいいですが、水平に持ってください。カードや定期入れを青や緑の色に光っている部分に1秒置くようにあててください。ピッと音がしてゲートが開いて通れます。」という説明でした。

なかなかうまい説明だと思いました。人間の機微をわかっているように感じたからです。

まず、「水平に持ってください」です。厳密な意味で「水平」でなくてもいいのですが、「おおむね水平」な状態が望ましいのです。次に、「青や緑に光っている部分」ですが、探しているのは「水平な部分」で垂直な部分ではないことが予想されます。自動改札機の入り口側の垂直部分には緑色の矢印がランプで表示されていることがありますが、ここにカードを水平に当てることは排除するように誘導しているように思えます。
「1秒置く」も人間的な説明です。ちょうど1秒でなくても機械にとっては十分なのですが、通常の感覚では1秒は「ごく短い時間」と考えます。しかも、ある程度の長さのある時間で短い時間ということになります。「置く」というのも情報のやりとりを機械が行うために「動かさない」という条件を自然につけているように思えます。

公式な説明では次のように書いてあります(いずれも各社ホームページ)。
パスモ(株)「改札を通過する時は、読み取り口に着実に触れるようにしましょう。PASMOを読み取り口にかざすだけでは、きちんと読み取りの処理ができない場合があります。」
スイカ(JR東日本)「パスケースに入れたまま、読み取り部にタッチするだけで自動的に精算。」
イコカ(JR西日本)「自動改札機・簡易型自動改札機のカード読み取り部にイコカを水平にして確実にタッチしてください。」
JRは「タッチ」、パスモは「触れる」を使っています。パスモはていねいに「かざすだけでは処理ができない」と「かざす」を使わないようにしています。

大学生は「タッチ」を多く使っていましたが、これはJRの広報を覚えていてのことでしょうか?

もしそうだとしても、日常のささいな動きに外来語の「タッチ」が使われることは、「ふれる」「つける」などの和語の代わりに外来語が侵入してきたと考えられ、外来語の流行が、かなり深い部分にも影響してきていると思わせられます。
公式な広報と、大学生の日常語両方で確認できて、おもしろいことだと感じました。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)