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ことばウラ・オモテ

言語道断と報道

何とも表現できないことを表す「言語道断」を「げんごどうだん」と言っているのを耳にしました。もちろん「ごんごどうだん」が正しい読みです。

「言」を「げん」と読むのは漢音、「ごん」と読むのは呉音で、呉音は仏教系のことばに多く見られます。このことばは仏教由来のことばなのです。

「言語道断、横断歩道」というしゃれも聞いたことがあります。ここに出てくる「道断」「歩道」の「道」という漢字は同じ意味なのでしょうか?

NHKには多くの方から投書が寄せられますが、中に「報導」担当という宛て名を見ることがあります。

「知らせ、導く」という意味を与えたかったのでしょうか。同情できる誤字と思われます。

「報道」の倫理が問題になるので「道」は「人の道」の意味があるとも思えます。「報道」はどの「道」でしょうか?

「報道」の意味として辞書では「告げ知らせる、ニュース」とあります。いわゆる「みち」の意味ではなさそうです。

「道・みち」には、通路、道程、専門の仕事・分野、どんな順序・方法で進めばどんなところに到達するかという見通し、と小型辞書の説明にあります。

「報道」は「知らせる専門の分野」とも理解できそうです。

「道」は常用漢字表では「ドウ・トウ、みち」という音訓があります。

しかし、大きな漢和辞書を見ると、音としては漢音が「トウ」、呉音が「ドウ」、字の意味は、(1)みち。よるところ、経るところ、むき、みちのり、すじ、したがう。(2)言う、依る、修める、導く、てびき。とあります。

また、「報導」という誤字の「導く」意味も「道」にはありますが、どんな辞書でも「報導」を記載していないので、「導く」意味はないと見て良さそうです。

これらを考え合わせると、「報道」の「道」は、(2)の「言う」が最も近いようですが、『漢語林』(大修館書店)や『大字源』(角川書店)は明確に「道は『言う』意味」としています。

「報道」の古い用例としては、中国の李渉の山居に僧を送る詩に「若逢城邑人相問、報道花時也不閑」(『漢和大辞典』)という叙述があります。1741年の蛻厳先生文集に「白髪漁人来報道、梅花開在釣磯西」(『日本国語大辞典』)という漢詩の用例があります。いずれも風雅に「花が咲いた」と知らせる文脈です。現在使われている「新聞ラジオなどで一般に伝えること」の意味では、1899年(明治32年)の「尚ほ新聞紙上に同盟罷工の報道は見えたり」(横山源之助)が最初の例であるようです。

「道」の持っていた「言う」の意味を示す音訓が常用漢字表になかったためにわかりにくくなったことばなのでしょう。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)