ことばウラ・オモテ

発音の変化

日常使っていることばの中には、発音が2通り以上あってどれが正しいか迷うものがあります。

これからの季節にうるさい「蝿」は「ハエ」「ハイ」どちらを使いますか。

かぜをひいたときに「かぜひき」「かぜっぴき」、はなを垂らした状態の形容「青ばな」「青っぱな」、「行く」は「イク」「ユク」、「男ぶり」「男っぷり」、「憂い」「憂え」など枚挙にいとまがありません。

また、「○○所」については「ショ」か「ジョ」か迷うことが多いものです。

なぜこういう発音の違いが出てくるのでしょうか。

「っ」が入るとことばに勢いがつきます。これは江戸方言に特に多く見られます。共通語が、東京山の手ことばに範をとり形成された歴史的な事情が反映しているとも考えられます。

「い」と「え」のゆれは、東北地方から、関東の方言の特徴でもあり、影響が考えられます。

「○○所」については、慣用として定まったものがあります。

「ショ」としか発音しないものは、区役所、刑務所、工事所、裁判所、碁会所、駐在所、商工会議所などがあります。

「ジョ」は、試験所、出張所、洗面所、授産所などがあります。「ショ」か「ジョ」かでゆれているものが多く、職業安定所、印刷所、休憩所、訓練所、精算所、手形交換所、発電所、保険所、連絡所、精米所、造船所、保育所、製作所などがあります。

これらの「所」は、東日本では「ジョ」が多く聞かれ、西日本では「ショ」という清音が好まれているようです。

阪神大震災の時の「避難所」は現地のかたからの要望で清音で発音することとしました。どうも「便所」からの連想で「ジョ」は汚く聞こえるという感覚があったようです。

では、発音のゆれは、地域のことばの影響だけかというとそうでもないようです。冒頭にあげた「蝿」は、一見「はえ」が東京方言で「はい」になって伝わってきたと考えられそうですが、室町時代以後、当時の都、京都でも「はい」の発音が多くなってきたとありますから、江戸ことばの音の変化ではなさそうです。

一方、「蝿」の熟語を見ますと「はい帳」「はいたたき」は伝統的に「はい」の発音です。昨年の調査によると、「はえ」という人が全国で83%と多数を占め、学術名(和名)も「はえ」になっています。「はい帳」「はいたたき」も身の回りから姿を消している状況では、「はえ」の天下になりそうです。

これらの発音のゆれは同じ人の話しでも、状況に応じて使い分けられていることもあります。あらたまっては「ゆく」ふだんは「いく」ということもあります。「どちらが正しい」というのではないと思われますので、どうぞご自分の発音をもう一度点検なさってください。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)