最近気になる放送用語

「知れて」? 「知ることができて」?

「事実を知れてよかった」という言い方は、おかしいのでしょうか。

少なくとも、「事実を知ることができてよかった」と比べると、これまで広く用いられてきた言い方ではありません。しかし調査をしてみたところ、特に若い人たちの間では「両方とも言う」という意見がかなり多いことがわかりました。

解説

日本語には、「可能動詞」というものがあります。たとえば「行ける」や「書ける」というのは、「行く」「書く」を可能動詞の形にしたものです。

お尋ねの「知る」という動詞は、周りの状況や情報などをきっかけにして、(自分の意思とは関係なく)ある知識が頭の中に入ってくることを表します。このように個人の意思では制御できない動作を表す動詞の場合、形の上で可能動詞を作ることはできても、「自発(=自然とそうなる)」の意味になることがあります。たとえば「笑える」「泣ける」というのは、「笑う能力がある・笑ってもいい状況だ」「泣く能力がある・泣いてもいい状況だ」ということよりも、多くの場合には「自然と笑ってしまう」「自然と涙が出てしまう」ということを示します。

「知れる」もこれと同じで、本来は「自発」として使われます。たとえば「お里が知れる」というのは、ふるまいやことばづかいから育った環境などが自然とわかってしまうということです。「知れる」が「可能」としても使われるようになってきたのは、比較的最近のことです。

インターネット上でのアンケートの結果では、「事実を知れてよかった」と(も)言うという人は、若い年代になるほど多くなっていることがわかりました。今後は、このような「可能」の意味での使い方が一般的になっていくかもしれません。

もっと上手に説明したいのですが、私の能力など「たかが知れて」いるので、今回はこの程度でご勘弁ください。

「事実を『○○』よかった」は…
(NHK放送文化研究所ウェブアンケート、2012年4月~5月実施、385人回答)

(メディア研究部・放送用語 塩田雄大)