放送現場の疑問・視聴者の疑問

[ゼッタイゼツメイ]は、なぜ○「絶絶命」? ×「絶~」

「ぜったいぜつめい」のピンチ・苦境などと言う場合の「ぜったい」について、「絶体~」ではなく「絶対~」という表記をたまに見かけます。この場合は、「絶体~」でなければならないと思うのですが…。

ご指摘のとおり「絶絶命」です。

解説

日本語の中には同じ音でも、その場面や意味・ニュアンスの違いなどによって違う書き方・表記を必要とするものがあります。「ぜったい」を表す「絶対」と「絶体」も、その一つです。

このうち「絶対」は、「対立するものが無いこと」「ほかに並ぶものが無いこと」を言います。対語は「相対」です。

一方「絶体」「絶命」は、ともに九星術(きゅうせいじゅつ)という運勢判断・占いに用いる星のうちの「凶」(わるいこと・わざわい)を示す星の名とされ、これが転じて現在のような意味をもつようになったと言われます。つまり「どうしても逃れようのない窮地・立場に追い込まれること」「生きる道が残されていないピンチ。進退窮まること」「体・命が尽きるような(せっぱ詰まった)局面・境地」を言います。このため、「ぜったいぜつめい」を「絶体~」ではなく、「絶対~」と書いた場合は、ことばの本来の使い方・意味からみて誤りということになります。

「絶対」を辞書でひくと、「絶対安静」「絶対音感」「絶対温度」「絶対価格」「絶対敬語」「絶対視」「絶対多数」「絶対値」など、「絶対」を使った見出し語が数多く並んでいます。これに対し、「絶体」は「絶体絶命」の略語としての「絶体」のほかは、「絶体絶命」のみが出ているだけです。このように、「絶体絶命」の「絶体~」にくらべて「絶対」「絶対~」という語を見たり書いたりすることが日常的にもそれこそ「絶対」的に多いため、書き間違うことが多いのでしょう。

「危機一髪」の「~一髪」も「~一発」という誤った表記を見かけます。

「危機一髪」は、「髪の毛1本ほどのごく近くまで危険が迫っている状態・きわめて危ない状態」「今にも危険なことが起こりそうな瀬戸際」のことを言います。「もう少しのところで助かった」「危ういところを救出された」など危険な状態 や窮地を脱した場合に使われるのが一般的です。これは「危機一髪」でなければ意味をなしませんが、「危機一発」の誤記がなくならない背景には映画の題名などで「危機一髪」ではなく「危機一発」の表記が使われたこともあるのでしょうか。1960年代に日本で公開されたショーン・コネリー主演の映画"007"シリーズの中の作品の原題「From Russia With Love」が、日本では「007/ 危機一発」の題で公開されて大ヒットしました。この映画が封切られたとき私は大学生。主人公ジェームズ・ボンドの活躍に胸躍らせ、映画館を出た後も「危機一発」の文字が久しく頭に焼き付いて離れませんでした。映画の配給会社は、このような影響にも配慮したのでしょうか。その後、この映画が日本で再び公開されたときの日本語の題は、原題に即して「ロシアより愛をこめて」になっていました。

(『NHK漢字表記辞典』p.303ほか参照)

 

このような四字熟語で、一般に書き誤りやすい例として文化庁の『言葉に関する問答集 総集編』は「絶体絶命」や「危機一髪」のほかに、次の語をあげています。

  • ×一陽来→○一陽来  ×五里中→○五里
  • ×大義文→○大義分  ×言語断→○言語
  • ×思想堅固→○志操堅固  ×心一転→○心一転
  • ×天白日→○天白日  ×刀直入→○刀直入
  • ×同異曲→○同異曲  ×場一致→○場一致
  • ×無我中→○無我

(メディア研究部・放送用語 豊島秀雄)