
- Q
- 「とんでもありません(とんでもございません)」という言い方は、おかしいのでしょうか。
- A
- 「間違い」だという人と、「必ずしも間違いではない」という人がいます。少なくとも、単純に「誤用」として言い切ってしまえるようなものではないことは、確かだと思います。
これは、とても複雑な問題です。文法に関心のある方だけお読みください、とでも言いたくなるところですが、がんばって解説してみます。
「…ない」を「ありません(ございません)」に置き換えることができるかどうか、というところに注意して読み進めてください。
まず、「間違い」だとする立場について説明します。
「とんでもない」は1語の形容詞なのですが、同じく1語の形容詞である「せつない」「あぶない」などを「せつありません(せつございません)」「あぶありません(あぶございません)」とは言えないのと同じように、「とんでもありません(とんでもございません)」も文法的におかしいものなのだ(「とんでもないことです(とんでもないことでございます)」などと言うべきだ)、という考え方です。
ですが、この論法はいささか乱暴であるように感じられます。
「1語の形容詞」であると認定されているのは、あくまで、「(その語は)現代語では1語として扱ったほうが、文法解釈上、都合がいい」からそのようになっているだけのことで、それぞれの語源や語構成は考慮されていません。
たとえば、「申し訳ない」ということばは、多くの辞書で1語の形容詞として認定されています。それでは、「申し訳ありません(申し訳ございません)」というのは「誤用」にあたるのでしょうか。ふつうはそうは考えませんよね(先日、「申し訳ありません」が誤用であると書いてある本があるのを目にして少々びっくりしましたが)。
これは、「申し訳ない」が現代語としては1語の形容詞でありながら、「申し訳[名詞](+が)+ない[否定・非存在の意]」という語構成でとらえてもじゅうぶん解釈ができる(意味が大きくは変わらない)もので、この場合「ない」を「ありません(ございません)」に置き換えることが可能だからです。
このほか、現代語では1語の形容詞として認定されている「差し支えない」「しかたない」「違いない」「何でもない」なども、同じように置き換えることができます(なお、「せつない」「あぶない」などの「…ない」は、「否定・非存在」を表わす「…ない」とはまったく別のものです)。
ただし、同じような背景のことばでも、この考え方に当てはまらないものもあります。
同じく1語の形容詞である「情けない」「もったいない」「ろくでもない」などは、語源としては「情け[名詞](+が)+ない」「勿体[名詞](+が)+ない」「碌[名詞]+で+も+ない」なのですが、現代語としては、この個々の要素の意味を足し合わせても、「情けない」「もったいない」「ろくでもない」などの語全体の意味にはなかなかたどりつけないでしょう。
そのため、(人にもよりますが)「情けありません(情けございません)」「もったいありません(もったいございません)」「ろくでもありません(ろくでもございません)」という言いかえは、成立しにくいのです。「1語としての完成度」が、あまりにも高いからです。
ここで「とんでもない」の語源についてですが、これには諸説あってはっきりしたことはわかっていないものの、「…ない」の部分が何らかの「否定」を表わしていることは間違いないようです。つまり、「ない[否定・非存在の意]」を「ありません(ございません)」に置き換える候補には該当します。
ですが、これを「とん+で+も+ない」のように分解して考えてみても、現代語としては全体の意味がわかりません(また「とん」が何なのかも最終的には決着がついていません(「途〔=物事の道理〕」あるいは「途方」「途轍」が変化したという説、副詞「と」に由来するという説など))。そのため、さきほどの「ろくでもありません(ろくでもございません)」が一般的ではないのと同じように「とんでもありません(とんでもございません)」もよくない、という考えにつながりうるのです。
一方、国の機関である文化庁の示した答申「敬語の指針」(2007年)では「とんでもございません」を認める立場を示していて、「「とんでもございません」(「とんでもありません」)は、相手からの褒めや賞賛などを軽く打ち消すときの表現であり、現在では、こうした状況で使うことは問題がないと考えられる」と書かれているんです。
さて、ずいぶん長くなってしまいましたが、調査をおこなった結果を記します。2種類の使用場面について尋ねてみました。

まず、「未成年がお酒を飲むなんて、…」のように、一般的に許されない行動について言うような場面では、「とんでもありません」「とんでもございません」に対しては違和感がある程度大きく(それぞれ31%と53%)、「とんでもないことです」については小さくなっていました(20%)。
それに対して、相手からのお礼のことばを儀礼的に打ち消すような場面では、「とんでもありません」「とんでもございません」への違和感は小さい(それぞれ19%と20%)のに対して、「とんでもないことです」に対してはかなり大きい(47%)ことがわかりました。
つまり、このような場面〔=儀礼的な打ち消しの用法〕では、「とんでもありません」「とんでもございません」が現実にかなり広く受け入れられていると言えます。一方、「正しい」とされている「とんでもないことです」は、必ずしも評判がよくありません。
以上、ほかでもない愛読者のみなさんに向けて必死に書いたのですが、言うまでもない内容だったでしょうか。