生きていくときにね,どんなに妥協しても,ここだけは絶対に譲れない,譲ったら自分が自分でなくなっちゃう,っていうのがあるはずだよ。それさえしっかり守ってれば,きっとうまくいく。
「あー,課題提出,だっる。ネットに転がってる記事でもコピペっておくかな」
立ち寄ったコンビニの,おでんの香り。「ちょっと待って,今の『コピペって』,それ,何活用の動詞か分かってる?」
また始まった。
「話すときにいちいち何活用かなんて考えねえだろ普通」
「それはシンキチくんだけだと思うよ」
いや,ぜってえそんなことはない。
「『コピペって』みたいに『っ』が入ってる時点で,五段活用だって分かるんだよ」
昔から,しっかり者キャラ。いつもおだやかだけども,ほんとうにダメなことをしたときにはダメだと叱ってくれる。手に取るジャムパンと,熱い缶コーヒー。
「終止形は『コピペる』でしょ。この形のままだと,五段活用なのか一段活用なのか,最終的には確定できないんだよ。ちょっと活用させてみて」
「コピペらない,コピペります,コピペる,コピペるとき,コピペれば,コピペれ,コピペろう」
青いベンチ。甘酸っぱいジャムと,耳に届く声。頰をなでる風。
「ほらね,『ら・り・る・れ・ろ』って,五段に活用してる,だからラ行五段活用。で,『~て』を付けると『コピペって』みたいに『っ』が入るよね」
どうでもいい会話,だけど,このまま,ずっと続いてくれたら。
「この『っ』が重要なの。たとえば,同じ[きる]でも,『着ない,着ます,…』の一段活用『着る』は『着て』になるでしょ。だけども,『切らない,切ります,…』の五段活用『切る』は『切て』じゃなくて『切って』になるよね。だから,『コピペて』じゃなくて『コピペって』になるこの動詞は,五段活用なんだよ」
やっぱり,なに言ってんだかさっぱり分かんないや。けど,最高に心地の良い外国語の歌を聴いてるみたい。
「わたしは,こんな日本語が大好きでしかたがないの。これだけは譲れない。シンキチくんも,自分にとって大切なものを探すんだよ。生きていくときにね,…」
ぼくにとって,大切なものはさ。