「私情」で欠席?

公開:2021年2月1日

Q
私情により欠席します」というのは、言い方としておかしいのでしょうか。
A
こうした言い方は近年になってよく使われるようになっています。これを認める立場もありますが、全体からすると違和感を覚える人が相当いることに注意が必要です。

<解説>

まず、「情」という漢字に着目してみます。この「情」が「純情・愛情」のように後ろにつくことばとして、たとえばこんなものがあります。

「愛情、哀情、温情、恩情、感情、激情、厚情、懇情、私情、純情、抒情、心情、多情、同情、人情、熱情、薄情、非情、表情、慕情、無情、友情、余情、旅情、…」

このように、「~情」には、広い意味での人間の感情や気持ちを表すことばが多くあります。こちらを「第1のグループ」としておきましょう。

一方これらとは別に、「情況(状況)」を表すことばもあります。たとえばこのようなものです。こちらを「第2のグループ」とします。

「国情、事情、実情、政情、敵情、内情、…」

さて、今回の「私情」ついて考えてみます。これは「個人的な感情」というのが本来の意味です。辞書では「①個人の立場に立っての感情。個人的な感情。〔用例略〕②自分の欲望を満たしたいと思う感情。自分につごうのいい感情。私心。〔用例略〕」(『日本国語大辞典 第二版』)と示されています。やはり「第1のグループ」のことばです。

ところが最近、この「私情」を、「個人的な感情」ではなく「個人的な情況・個人的な事情」という意味で使うような新しい用法が、増えつつあるように感じられます。「私情により欠席します」「私情によるキャンセルはご遠慮ください」などの言い方です。こうした「私情」は、これまでであれば「私事」「個人的な事情」「都合」とか、「私用により欠席します」などと表現されていたところに用いられているようです。

つまり、もともと「第1のグループ」である「私情」が、「第2のグループ」の用法も獲得しつつあるというわけです。

この「私情」について、調査をしてみました。「A 仕事に私情を差しはさんではいけない。」「B 私情により、本日は出席することができません。」という2文を提示して、正しいと思うかどうかについて尋ねたところ、「Aは正しいが、Bはおかしい」という回答〔=新用法に違和感を覚えるという回答〕が、全体の約6割を占めました。

ただし20代では、この「Aは正しいが、Bはおかしい」と答えた人は決して多くはありませんでした(38%)。つまり20代では、「B 私情により、本日は出席することができません」を「おかしい」とする考え方は、それほど一般的ではないのです。調査結果から、こうした新しい用法が20代にはおそらく広く受け入れられていることがうかがわれます。

よい文章の書き方を学ぶための解説情報の中には、欠席の連絡をするときのモデルの一例に「私情により欠席させて頂きたいと思います」などを例示しているものも見られます。ですがこれは現時点ではまだ一般的な用法ではないので、「私情」だけに「シジョーシキな使い方だ」と受け止められてしまわないような注意も必要かもしれません。

塩田雄大(2020)「“9時10分前”は、何時何分?」『放送研究と調査』70-12)

メディア研究部・放送用語 塩田雄大

※NHKサイトを離れます