「敷居が高い」と「敷居が低い」

公開:2018年12月1日

Q
「伝統芸能は難しくて敷居が高い」「伝統芸能の敷居を低くして見に行きやすくする」などの表現を使ったところ、おかしいと言われた。どのような問題があるのだろうか。
A
「敷居が高い」は、現代では「気軽には行きにくい」などの意味で使われることが多くなっていますが、伝統的には「不義理・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい」(『大辞林第3版』)という意味で使われる語です。放送で使う場合には、伝統的な意味と新しい意味とがある語であることを認識したうえで、使う場面を考える必要があります。また、「伝統芸能は、難しそうで見に行くのに勇気がいる」などと言えば「敷居が高い」よりも意味がはっきりします。
一方、「敷居が低い」は新たに使われるようになった語と言えそうです。「伝統芸能の垣根を取り払って見に行きやすくする」などと言いかえるなどの工夫をすると、より適切に、多くの人に伝わりやすくなります。

<解説>

「敷居が高い」については、 文化庁が「平成20年度国語に関する世論調査」で調査をしています。その結果、「相手に不義理などをしてしまい、行きにくい」という伝統的な意味で使うと答えた人は42%、「高級すぎたり、上品過ぎたりして、入りにくい」という意味で使うと答えた人は46%、両方の意味で使うと答えた人は10%という結果でした。年代差が大きく、16歳~19歳、20歳代、30歳代では、7割以上が新しい意味で答えている一方で、50歳代、60歳以上では、5割以上が伝統的な意味で答えています。

辞書でも解釈が異なっています。『三省堂国語辞典第7版』(以下『三国』)には、「敷居が高い」に「近寄りにくい」「気軽に経験できない」という意味をのせていますが、『明鏡国語辞典第2版』では「程度や難度が高い意で使うのは誤り。×高級すぎて僕らには敷居が高い店。×初心者には敷居が高いゴルフコース」と説明されています。

新しい意味と言われている「近寄りにくい」「入りにくい」などの意味で「敷居が高い」を使っている例を「国立国会図書館デジタルコレクション」と新聞のデータベースで調べたところ、古いものでは1960年代に「近寄りにくい」という意味で使っている用例が見られました。

  1. 『化学と工業』(1961)
    「どうもお役所はサービスがわるい」、「何んとなく敷居が高い」ということが聴こえてくる。
  2. 『預金セールス応酬話法全集』(1966)
    銀行は敷居が高くて入りにくい。
  3. 朝日新聞(1964年2月8日・朝刊)
    「敷居が高い都の窓口」

一方、「敷居が低い」は、国語辞典では、『三国』が「敷居が高い」の項目に対義語として掲載しているだけで、そのほかの辞書には見られません。「敷居が高い」と同様に、「国立国会図書館デジタルコレクション」と新聞のデータベースで調べたところ、古いものでは1970年代の用例が見られます。

  1. 『週刊日本経済』(1971)(ホテル経営について述べた記事)
    敷居を低く気品を高く
  2. 『週刊ポスト』(1972)
    敷居が低くなったと評判の官邸の中
  3. 読売新聞(1979年6月21日)
    「銀行の敷居が低くなるか」

上記の用例から見ても「敷居が低い」は古くからある慣用的な表現とは言えません。「ハードルが低い」「垣根がない」などとの混交表現、あるいは、「敷居が高い」からの類推で、古くても戦後に作られたことばのようです。

「敷居が高い」の新しい意味は、若い世代を中心にすでに定着してきており、放送で使ってはいけないとは言えません。ただし、伝統的な使い方ではないこと、また年代によってとらえる意味が違う場合があることを踏まえて、使う場面を選ぶ必要があります。例えば、時代劇で「近寄りにくい」の意味で「敷居が高い」を使うのはおかしく感じられそうです。また、新聞のデータベースで調べると、戦前の記事では「敷居が高い」を「不義理をして帰りにくい、行きにくい」といった伝統的な意味で使う例しか見られません。第二次世界大戦よりも前の時代を描くようなドラマでは、伝統的な意味で「敷居が高い」を使ったほうがよさそうです。

「敷居が低い」も同様です。新しく使われるようになった表現で、この表現自体の使用が1970年以前には見当たりません。使うときには時代設定や人物設定などを考える必要があります。

なお、このことばについては、『放送研究と調査』2007年11月号「ことば・言葉・コトバ」にもまとめています。合わせてご覧ください。

メディア研究部・放送用語 山下洋子

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