疑問文でないのに"?"を付けてもよいか?

公開:2017年4月1日

Q
「もう終わったかもしれない」という自分の考えを相手に伝える場合、「終わったのかもしれませんよ?」のように“?”を付けるのは、おかしいのでしょうか。
A
このような場合に“?”を付けるのは、一般的な書き方ではありません。しかし、このところ急速に増えています。

<解説>

まず、“?”や“!”といった感嘆符は、今のところ公文書では使わないことになっています。小学校で使う国語の教科書にも、用いられていないようです。

その一方、“?”や“!”は「疑問」そして「驚き」を表すものとして一般的に広く使われています。テレビの字幕スーパーでも、よく見かけます。このような感嘆符の使用は、使い過ぎでなければ特に差し支えはありません。

さて、ここで問題になるのが、近年増えている「『疑問』ではない“?”」です。

「疑問」とは要するに何かと言うと、「自分よりも、相手のほうが確かな情報を持っている・確かな判断ができそうだ」と思われるときに、相手に尋ねるものです。このようなときに、「疑問」を表すものとして“?”が用いられてきています。

一方、ご質問の「終わったのかもしれませんよ」については、おそらく「自分のほうが、相手よりも確かな情報を持っている・確かな判断ができそうだ」と思われる状況下で、発話されるものです。これは「疑問」には当たらず、そのため“?”を付けるのは一般的ではありません。

このことについて、ウェブ上でアンケートを実施してみました。メールで「終わったのかもしれませんよ」と書くときに、最後に“。”と“?”のどちらを使うか、というものです。その結果、30代以上では「“。”のみ(“?”は使わない)」という人が大半でしたが、20代では「“。”と“?”の両方とも使う」という答えが主流でした。この世代では、SNSなどでよく使うのでしょうか、「終わったのかもしれませんよ?」という書き方も、きわめて普通なのです。

おそらく現代日本語では、“?”の指し示す意味が、「疑問」から「文末の音が上昇すること」へと変化しつつあるのではないかと予想されます。でも、多くの人にとっては、こういうのはどうでもいい問題なのかもしれませんね?

(NHK放送文化研究所ウェブアンケート、2016年12月~2017年1月実施、669人回答)

メディア研究部・放送用語 塩田雄大

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