放送史への新たなアプローチ③

「実感放送」 伝説の背景

~日本初のオリンピック"実況"を再検証する~

公開:2017年5月1日

日本で初めて本格的にオリンピックの模様が放送された1932年(昭和7年)のロサンゼルス大会では、放送権料をめぐるトラブルから競技を実況することができずに、アナウンサーが疑似的に実況した。これは「実感放送」と呼ばれている。

先行研究では、それが苦肉の策としてこの時初めて生まれたように記述しているものが多いが、本稿では、「実感放送」はそれ以前に行われていた擬似的な実況に関する様々な工夫の上に成り立ったもので、それまでの試行錯誤の一つの結実点として捉えるべきではないかと提案する。そしてその根拠として、①1927年大正天皇大喪(28年昭和天皇即位式)、②ロス五輪の派遣員も関わっていた1927年甲子園の全国中等学校優勝野球大会の東京での放送、③派遣員の証言の中の「初めてではない」という暗示、などを挙げる。さらに本稿では、「実感放送」がその後、戦後の自主取材の機運を高めるきっかけになったり、災害報道の一形態として応用されたりしていることを紹介する。

これまでロス五輪の「実感放送」については、実況することができなくなった“経緯”の解説が中心となり、それが生まれた“背景”や“その後”にはあまり触れられてこなかったと思われる。これは、スポーツ放送史やアナウンサー史といった大きな流れの中の一つの出来事として取り上げられることが多かったためであろう。これに対して本稿では、「実感放送」の伝え方そのものに着目して、“それ以前”と“それ以後”という別の流れで読み取ることを試みた。

メディア研究部 小林利行

※NHKサイトを離れます

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