米,警官による黒人射殺事件と警官殺害事件,背景にSNSやアプリの拡大する影響力

アメリカで7月初め,警官が黒人男性を銃で撃って死亡させる事件が2日続けて起こり,翌日これに抗議する行進が行われていた最中に,今度は黒人男性が警備にあたっていた警官を銃撃して5人を殺害する事件が発生。人種間の緊張が高まるアメリカ社会に大きな衝撃を与えた。2件の黒人男性射殺事件では,いずれも現場の様子がスマートフォンのカメラで撮影され,SNSで拡散されたことで全米に抗議行動が広がったとみられ,進化するSNSやスマートフォン・アプリの影響力が大きくなっていることを示している。

最初の事件は,7月5日に南部ルイジアナ州バトンルージュで起きた。コンビニ店の外でCDを売っていた黒人のアルトン・スターリング氏(37歳)を,2人の白人警官が,銃を所持している疑いで羽交い締めにして地面に押しつけて発砲,射殺した。その様子をその場に居合わせた2人がスマートフォンで撮影しており,映像がネット上に投稿された。発砲の瞬間の映像は不鮮明だが,複数の銃声が聞きとれる。

翌7月6日には,中西部ミネソタ州ファルコンハイツで,車のテールランプが切れていることを理由に停車を命じられた黒人のフィランド・カスティール氏(32歳)が,運転席で警官に撃たれた。この事件の特異性は,助手席に座っていた恋人のダイヤモンド・レイノルズさんが,銃撃の直後からSNSのFacebookで"中継"を始めたことだった。同社は2016年2月から「Facebook Live」というサービスを始めており,撮影中の映像をそのままFacebook上にライブ配信できる。レイノルズさんは,恋人が銃撃されたことに大きなショックを受けながらも,状況を正確に伝えようとした。

「映像を切らないで(Stay with me.)。警官が私のボーイフレンドを撃ちました。彼は銃の所持許可証を持っていると言いました。ID(身分証明書)と一緒にポケットの財布に入っていると言いました。銃も車の中にあると言いました。財布を出そうとしたら,警官が彼の腕に向けて撃ったのです」

映像には,レイノルズさんの顔と,隣で白いTシャツを血に染めて呻くカスティール氏が交互に映る。警官が「手を伸ばすなと言ったのに!そのままにしていろと言ったのに!」と興奮して怒鳴る声が入る。するとレイノルズさんが「あなたがID,免許証を出すように言ったのですよ」と理性を保ったまま言い返す。彼女は,発言のたびに"sir"をつけ,礼節を失わない。スマートフォンのカメラは,警官が窓から銃を中に突きつけたままであるのも映し出している。2~3分後には,カスティール氏が動かなくなる。レイノルズさんは「神様,彼が死ぬなんて言わないで!」と叫ぶ。

その後,レイノルズさんは別の警官に車外に出され,スマートフォンは取り上げられ,地面に放り出される。映像には青い空だけが映っているが,手錠をかける音,興奮して悪態をつく警官の声,遠くからレイノルズさんが「死なないで!彼はギャングなんかじゃない!」と泣き叫ぶ声が聞こえる。

やがて,スマートフォンが返され,手錠をかけられたレイノルズさんが警察車両の後部座席に座っている映像が映し出される。隣には,同乗していて銃撃の模様を目撃した4歳の娘もいる。レイノルズさんは,再び状況を説明し始める。「警官は何の理由もなく,4~5発,彼を撃ちました。彼が今どうなっているかわかりません」。そして,現在いる場所を告げ,誰か来てほしいと頼む。最初は理性的に話そうとしていたレイノルズさんだが,気持ちが昂ぶって大声で泣き叫び始め,隣にいた娘が「大丈夫,ママ,私が一緒にいるよ」と声をかける。そこで映像は終わる。銃撃されたカスティール氏は,運ばれた病院で死亡が確認された。

ネット上には様々な動画が流れているが,この10分足らずの映像は全米に衝撃を与えた。人の「生き死に」を映し出したことが大きな理由だが,それをSNSやアプリを使って誰でも発信・受信し,それも「ライブ」で伝えることができる時代になったということが衝撃的だった。恋人が撃たれるという極限の状況の中で,動揺しながらも起こったことを伝え続けたレイノルズさんにも驚嘆するが,彼女はその後メディアに対して「世界の人に,警察が我々をどのように扱うかを知ってもらいたかった」と涙ながらに話した。この映像は1日で400万回以上視聴された。

2つの事件がSNSで広く拡散されたことから全米各地で抗議行動が起こり,翌日の7月7日には南部テキサス州ダラスで,抗議の行進を警備していた警官が黒人男性に狙撃され,5人が死亡,7人が負傷する事態が発生した。

一連の事件に象徴されるように,テクノロジーの進化に伴いメディアのあり方が変わり,社会に与える影響も大きくなっている。かつて事件や事故を伝えるのはプロの仕事だったが,今ではスマートフォンを持つ人は誰でも一種の"ジャーナリスト"になりうることを示している。そうした一例として,2015年4月,サウスカロライナ州で白人の警官が黒人男性を撃って死亡させた事件では,警官はもみ合いになって身の危険を感じたため撃ったと供述し,地元紙もそう報じた。しかしその後,逃げる男性の背後から至近距離で8発続けて銃撃した模様を通行人がスマートフォンで撮影した映像が公開されたことで,警官は殺人罪で起訴された。この事件以降,状況を記録し警察の過剰な対応を抑止するため,警官に小型カメラを着用させる動きが広がった。

その一方で,同年8月にバージニア州でニュースの中継中に記者とカメラマンが銃撃されて死亡した事件では,以前この放送局で働いていた容疑者の男が,自分で撮影した殺害の映像を逃走中にSNSで拡散させるなど,ネット時代の事件の異様さも浮き彫りになった。

ライブ配信機能を提供するFacebookは世界で利用者が16億人を超え,今や"世界で最も影響力を持つメディア"と呼ばれることもある。しかし,報道機関でない同社は,投稿された映像の公開を自社の判断で差し控えることもあり,前述のレイノルズさんの映像も"技術的問題"を理由に一時閲覧できなくなったが,その後再び見られるようになった。そうした一方で,ユーザーの投稿は,出来事の全てを物語るわけではなく,断片的な映像やインパクトの大きさだけで判断することの危険性もはらんでいる。進化するSNSの機能や様々なアプリは,メディアの利便性を高め,これまでにない役割や効果を提供する一方で,テロや凶悪事件などに利用される懸念もあり,提供する側,利用する側の双方に,新たな"規範とリテラシー"が求められている。

柴田 厚

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