文研ブログ

メディアの動き 2020年12月18日 (金)

#290 見えてしまった菅首相の"未熟運転" ~Go Toこだわりのつけ~

放送文化研究所 島田敏男


 見通しのよくない山道を車で走る時は、早めの減速が鉄則であるのは言うまでもありません。まして初めてのルートを走る時は、「平坦な直線道路の先に、突然こう配のきつい降り急カーブが現れるかもしれない」と考えるべき。従って、すぐに減速できるように、早めのシフトダウンを心掛け、安定したブレーキ操作につなげるのが普通でしょう。

 ところが、これと全く逆の姿に見えたのが「Go Toトラベルを年末28日から年明け11日まで全国一斉に一時停止する」という12月14日の決定までの菅総理大臣の2週間でした。

 元々菅総理は、二階幹事長と並ぶ自民党きっての観光業界の理解者として知られてきました。官房長官当時には、赤坂迎賓館や京都迎賓館を観光の目玉になる見学場所として活用しようと尽力し、インバウンドの観光誘客に拍車をかけてきました。

 12月初旬にまとめた総合経済対策には「Go Toトラベル事業の来年6月末までの延長と予備費活用」を盛り込み、経済活動を支える菅内閣を印象付けました。まさに「アクセルを踏み込む運転」に他なりませんでした。

 しかしそれとは裏腹に、新型コロナウイルスの感染者数は全国的に拡大傾向が続き、12日には東京都内でそれまでで最多の621人の感染者が報告されました。大阪や北海道でも医療崩壊の一歩手前の地域が出はじめ、自衛隊の看護師らが災害派遣される事態が生じました。

 感染拡大防止か経済か。難しい判断を伴う二律背反の問題ですが、国民の間では大型の感染第3波が押し寄せているにもかかわらず、菅内閣の対応が経済優先に傾きすぎているのではないかという受け止めが一気に広まりました。

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 毎日新聞と社会調査研究センターが12月12日に行った世論調査で「菅内閣を支持する」40%、「支持しない」49%で、不支持が支持を上回り、政権内に動揺が走りました。

 そして11日から13日にかけてNHKが行った月例世論調査は、「菅内閣を支持する」42%、「支持しない」36%という結果でした。逆転こそしませんでしたが、菅内閣発足直後の62%の支持率が、わずか3か月で42%へと20ポイント下落しました。支持が3分の2に縮んだわけです。

 このNHK調査を詳しく見ると、「新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか?」という質問に対し、答えは「評価する」41%、「評価しない」56%という結果でした。菅内閣が9月に発足して以来、この質問で「評価しない」が「評価する」を上回ったのは初めてです。

 これを11月の調査と比べてみると、「評価する」が19ポイント減り、「評価しない」が逆に21ポイント増えています。この1か月で国民の受け止め方が急激に変化したことが分かります。

 そして菅総理が経済の下支えとして強くこだわるGo Toトラベルについては、極めて厳しい眼が向けられました。「政府はGo Toトラベルを延長する方針です。あなたは、このまま続けるべきだと思いますか。それともいったん停止すべきだと思いますか」と聞きました。

 結果は「続けるべき」12%、「いったん停止すべき」79%でした。実に国民の8割が「いけない、急ブレーキが必要だ!」と感じたということです。まさに菅官邸の“未熟運転”ぶりが見えてしまった出来事です。

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 もちろん菅総理周辺が発している「Go Toを来年6月末まで延長したのは、旅館業、観光業の人たちが金融機関から事業継続の融資を受け易くするための環境整備だ」という説明には一理あります。

 確かに旅館業、観光業に従事する人たちは、関係者の間では900万人とも言われ、決して少ない数ではありません。しかし、その10倍以上になる国民の多くが、「行動範囲の拡大を奨励するような誤ったメッセージを送り続けるのはいかがなものか」と感じる間は、慎重に対処した方が良いでしょう。

 新型コロナウイルスを抑えるワクチンの開発・製造の知らせが続々と世界各地から伝わり始めました。これがどういうスピードで接種され、感染拡大にブレーキをかけてくれるのか。

 学術会議をめぐる問題でも指摘されたように、様々な局面で国民への説明不足が目立つ菅総理。今回の支持率急落を挽回するには、コロナ禍を乗り越えるための政策展開について、これまで以上に説明の努力を重ねるしかありません。

 安倍前総理大臣が8月に退陣の決断をした背景の一つに、コロナ禍対応で泥にまみれて終わるのは避けたいという思いがあったのは透けて見えました。それほど困難な情勢です。これを乗り越えるには、国民の納得を得ることが一番の力となるのではないでしょうか。

調査あれこれ 2020年12月11日 (金)

#289 新型コロナ・休校・休園で家庭とメディア利用に何が起きたのか?~「新型コロナウイルス臨時休校・休園時と再開後の,子どもと保護者のメディア行動調査」から~

メディア研究部(番組研究) 谷 正名


 それは、かなり唐突な印象を受けるニュースでした。今年2月27日,安倍首相(当時)が、新型コロナウイルス感染症対策本部において,全国すべての小学校,中学校,高等学校,特別支援学校に臨時休校・休園を要請したのです。休校・休園という大枠だけが頭ごなしに決まったこのニュースを聞き、あとの諸々の具体的なことへの「対応」は、学校や家庭など、現場や子どもの周囲の人々に「丸投げ」になりそうだな、と直感した記憶があります。

 私事ですが、我が家には、高校3年と中学1年(当時)の子どもがおります。また、妻は非常勤とはいえ仕事を持っています。まず頭をよぎったのは、自分たち家族のくらしが、この休校・休園宣言によってどうなるのだろう、というさまざまな「不安」でした。勉強はどうなるのか、部活はどうなるのか、上の子の卒業式やその関連行事はどうなるのか、そして家にいて子どもたちはどう過ごすのか、昼の食事はどうするのか……、不安要素を数え上げれば、きりがありません。そもそも当の親も、この先まともに仕事場に行けるかすら、定かではないのです。

 実際、自分の子どもたちの休校が始まると、空間的には家に閉じこもるしかなく、一方で時間だけはありあまるほど自由にある、そして学校からの指示は皆無に等しい、という、かなり「非日常的」な状況が現出しました。その結果、上の子はスマートフォンに、下の子はテレビゲームの「フォートナイト」に、どっぷりとはまっていきました。親が家庭学習などをやってほしいと思っても、宿題が出ていない以上やる気配はありません。さらに(意外と大きかったなと思うのが)保護者同士の井戸端会議的なものもなくなり、他の家庭の情報もあまり入ってこないのです。夫婦ともに在宅勤務が増えると、その状況をずっと目の当たりにすることになります。不安はさらに募っていきます。親子とも機嫌の悪い日が増え、どうにも家庭内がギスギスします。そして、これがいつ終わるか、誰からも全く見通しが示されないのです。

 そんなタイミングで、局内で、新型コロナによる休校・休園で親子のメディア行動やデジタル教材の認知・利用動向はどうなっているのか、緊急に調べてみたらどうか、という声が上がりました。自分の実体験から、実態やその背景にある意識など、調べて記録すべきことは山ほどあると思いました。また、「子どもも保護者も相当なストレスを抱えていて、そのことがメディアをめぐる意識や行動に影響を与えているのでは」という仮説が、すんなりと頭に浮かびました。

 「放送研究と調査」11月号12月号の2号にわたって結果・分析を報告した調査は、こうしてスタートしました。不安・ストレスとメディア利用の関係についても、当初の私の想像以上に明確な結果が現れました。アップ・トゥ・デートな報告・論考になっていると思います。ぜひご一読ください。

調査あれこれ 2020年12月04日 (金)

#288 日本は世界で何番目? 文研が担う国際比較調査「ISSP」

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子


突然ですが、下のグラフ、なんの結果だかわかりますか? 日本は57%で過半数ですが、それでも最下位です。

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 答えは、「仕事に満足している」男性の割合です。日本の結果だけをみれば、仕事に満足している人は6割近くいて、それなりに多いようにもみえますが、諸外国と比べると、かなり少ないことがわかります。
 このように、調査データの国際比較を行うことで、国内の調査だけでは把握できない、日本の国際的な立ち位置を知ることができます。
 冒頭で紹介したグラフは、国際比較調査グループISSPInternational Social Survey Programme)が2015年に実施した「仕事と生活(職業意識)」調査の結果です。
 ISSP1984年に発足し、約40の国と地域の研究機関が加盟して、毎年、共通のテーマで世論調査を実施しています。

12042.png                  ISSPに加盟している国・地域(202011月現在)

 日本の調査は、NHK放送文化研究所が担当していて、1993年以降、毎年欠かさず調査を実施しています。これまでに、「政府の役割」「家庭と男女の役割」「環境」「宗教」など多岐に渡るテーマで調査を行ってきました。そうした調査からは、政治や社会、家庭生活、働き方などに対する日本と世界の人々の意識の違いをみることができます。
 ISSPのデータは、各国の研究者に高く評価されています。世界中で様々な調査が行われているなかで、ISSPが評価されるのはなぜでしょう。理由の 1つには、ISSPの加盟国が、科学的な手法に基づいて国民を代表するサンプル(調査相手)を選び、精度の高い調査を実施していることが挙げられます。また、毎年1つのテーマで調査を行い、特定の領域に対する人々の意識を詳細に把握できることや、10年ごとに同じテーマの調査を繰り返し実施することで、10年前、20年前の結果と比較した時系列の変化をとらえることもできます。

 そんなISSPも新型コロナウイルスの世界的な流行により、大きな影響を受けています。今年4月下旬にアイスランドで開催される予定だった年に一度の総会は、ISSPの発足以来、初めて中止されました。しかし、各国間のやりとりは、メールやオンライン会議で活発に行われ、来年(2021年)実施する調査には、コロナ関連の質問を盛り込むことになりました。人類が直面している課題について、世界規模での世論調査を実施し、各国の人々が感染症の脅威にどう立ち向かっているのかを把握することの意義は大きいと言えるでしょう。

 「放送研究と調査」2020年11月号では、英文を翻訳して3年がかりでつくる調査票作成の裏話など、担当者しか知らないISSP調査の舞台裏を惜しみなく(?)紹介しています。ぜひご一読ください!!


メディアの動き 2020年12月01日 (火)

#287 米大統領選挙で際立った「異なる現実」を生きるアメリカ社会~メディアの責任と役割は

メディア研究部 (海外メディア) 青木紀美子


「数えるべきではない票を数えている」「票の有効無効の判断に信頼がおけない」

アメリカ大統領選挙の開票・集計作業に対するこうした批判を筆者が初めて耳にしたのは、2020年ではなく、20年前のことです。2000年11月、ブッシュ対ゴアの選挙直後、南部フロリダ州パームビーチ郡で始まった票の手作業による数え直しの最中でした。選挙の勝敗を決めるフロリダ州の得票を数百票差でリードしていた共和党ブッシュ陣営は数え直しに反対の立場。全米各地から共和党議員や知事、法律顧問たちが選挙委員会の拠点、郡の緊急事態センターを訪れ、駐車場に中継車やテントを並べて待機する報道陣を前に、数え直しの作業への疑念を表明しました。理由のひとつは票の有効無効を判断する選挙委員会委員長の判事が民主党支持者だということでした。

筆者は「民主主義の先進国」と当時は考えられていたアメリカで、選挙の運営と管理を託された公の組織に不信の念を示す政治家の発言に少なからず衝撃を受けました。有権者を味方につける戦略として公的な機関への信頼を損なうことも厭わぬ言動に危うさを感じたためです。連邦最高裁で決着をみるまで1か月以上かかったこの選挙、現地のテレビは入れ替わり立ち替わり現れる政治家の発言を長時間の生放送のコンテンツとして歓迎していました。ジャーナリストの多くは経験したことのない事態を追いかけることに忙しく、筆者も抱いた違和感を整理して伝えるにはいたりませんでした。

「違法な票を数えている。選挙が盗まれるかもしれない」

あれから5回目の大統領選挙となったこの11月。候補者である現職の大統領自身が、選挙の結果とプロセスに激しく異議を唱える異例の事態になっています。トランプ氏は選挙前から郵便投票が不正の温床だという主張を繰り返してきました。選挙直後の4日未明には、ホワイトハウスでの会合で「私に投票した多くの人々の選挙権を情けない人たちの集団が奪おうとしている」と発言。5日には、アメリカ東部時間の夜のニュースの時間帯にあわせてホワイトハウスで記者会見を開き、法的に有効な票の集計では自らが余裕をもって勝利したと表明。開票が進むに連れてバイデン氏との票差が縮まっているのは、民主党が「どこからか票を見つけてきた」からだと非難しました。アメリカのテレビ3大ネットワークは、この日も大統領の発言を生中継で伝えていましたが、いずれも途中でキャスターが割って入るかたちで生中継をそのまま放送にのせることをやめました。NBCのキャスター、レスター・ホルト氏は「大統領がいくつもの虚偽の申し立てをしたため、ここで遮らざるをえない」と述べるなど、各社とも会見が終わるのを待たずに映像をスタジオに戻し、大規模な不正が行われている証拠はなく、大統領の発言は事実に反していると指摘しました。

「郵便投票への不信を広げることを大手メディアが助けていた」

メリーランド大学のサラ・オーツ教授は3大ネットワークが会見の中継を打ち切ったことについてホワイトハウスが発信するプロパガンダがニュースではないことをメディアがようやく受け止め、方向を転換する画期的な判断をしたと評価しました。それまで、市民に情報を伝える媒体としての責任を果たそうとしたメディアが、大統領の発言をまずは真偽にかかわらず報道し、そのうえで問題を指摘してきたことが、かえって大統領に「メディアは偏っている」と批判する口実を与え、偽情報の拡散に利用されてきたというのです。 1) その一端をうかがわせる調査の結果をハーバード大学のヨハイ・ベンクラー教授のチームが発表しています。調査では2020年の3月から8月の半年間に「郵便投票による不正」を取り上げたオンライン記事、TwitterやFacebookへの投稿とその情報の源や流れを分析。この結果、トランプ大統領とその側近による「不正」の主張を初期の段階で幅広い層に拡散させる中核的な役割を果たしたのはこれをニュースとして取り上げた大手メディアだったと結論づけています。 2) 

「メディアはトランプをどう伝えればよいか学びきれなかった」

トランプ大統領の発言をどう伝えるかは4年前の就任以来、多くのメディアが日々、直面してきた難題でした。大統領の発言に含まれた誤・偽情報は、就任を祝いに首都に集まった人の数に始まり、2020年9月までに2万件を超えたとWashington Postのファクトチェック・チームは報じています。 3) それでもジャーナリストは大統領という職位への敬意を持ち続け、「大統領の発言はニュース」というそれまでの常識に従い、意見の対立があれば両論を併記するというメディアの原則のもとに報道を続けてきました。また、大統領の言動が、常識や事実を逸脱するほど記事の扱いは大きくなり、それに対する憤りが大きいほど反響は大きく、さらに、その内容をめぐって激しい意見を戦わせるほどテレビは視聴率を伸ばすといった具合に、ビジネスとしてのメディアを潤わせてきたという側面もありました。こうした要素が重なった結果、間違いや嘘を指摘されても認めず、逆に事実を伝えるメディアを「フェイク・ニュース」「人民の敵」と攻撃する大統領にメディアはどう対応すべきか学習しきれないまま、振り回されてきたとWashington Postのメディア・コラムニスト、マーガレット・サリバン氏は述べています。 4)

「異なる現実の中で生きてきたアメリカ人」

大統領選挙から4日目の11月7日、アメリカの大手メディア各社はバイデン氏の勝利が確実になったと報じました。一部の州ではまだ集計作業が続いていましたが、残る票で結果は覆らないとの読みに基づくものでした。「大規模な選挙不正」の証拠は示されず、各地の裁判所はトランプ陣営の訴えを相次いで退けています。しかし、YouGovとEconomistが11月15日から17日にかけて行った調査では、トランプ氏に投票したという回答者の91%が、郵便投票は「おそらく」または「間違いなく」バイデン氏に有利になるように操作されていると回答し、88%がバイデン氏の勝利は法的に正当なものではなかったと回答しました。 5) 政党支持による社会の分断は政策についての考えや価値観だけでなく、現実認識の違いを生み、事実の積み重ねでは超えられない壁になりつつあることはこれまでの調査でも示唆されていましたが、今回の選挙でより明確になりました。トランプ氏に投票した有権者は前回4年前の選挙を上回り、7000万人を超えています。ペンシルベニア大学のマイケル・デリ・カルピーニ教授は、「アメリカ人は異なる現実の中で生きてきた」と社会の分断への危機感を表明しています。選挙が公共の利益がどこにあるかを決する民主主義のシステムとして機能するには、事実の共有と、選挙プロセスへの信頼とが必要になるためです。 6) 

「大統領選挙はメディアの報道にとっても分岐点」

大統領選挙で際立った「異なる現実」。その種は20年前のフロリダの数え直しのときにはすでに蒔かれ、長い時間をかけて育てられてきたといえるのかもしれません。政治の取材を政治家ではなく、市民の側の視点から行うよう呼びかけてきたニューヨーク大学のジェイ・ローゼン教授は、10年近く前からメディアが政治の動きを政党や政治家の戦略や駆け引きとして解説するインサイダー的な視点に重点を置いていることの危険性を指摘してきました。そして、「一方がこう主張したのに対し、他方はこう述べた」という双方の主張を並べるだけの両論併記は、何が事実かを検証して伝えるジャーナリストの役割を放棄するものではないかと疑問を投げかけてきました。 7) ローゼン氏は、そうした報道が、トランプ流政治に翻弄されることにもつながったとしたうえで、今回の選挙では、何が起きるかをメディアが予想して備え、根拠のない主張を退けたと評価しました。そのうえで、今後、メディアは従来の報道に戻るか、これを機に変わるか、分岐点に立っているとしています。 8)

「虚偽と真実の両論併記をやめる」

前出、サリバン氏も偽情報が蔓延して社会の基盤を揺るがす現状はトランプ大統領が生み出したものではなく、加速度的に悪化させたものであり、陰謀論を拡散するオンラインのニュースチャンネルやソーシャルメディアの存在もあって、これからも続くと警鐘を鳴らしています。将来に向け、事実にもとづく報道をするメディア(reality-based press)の役割は、まず、公平という名のもとに根拠を欠く虚偽と、事実にもとづく真実とを同等に扱う誤った両論併記をやめること。次に「真実を守り(pro-truth)、有権者の権利を守り(pro-voting)、民主主義を守る(pro-democracy)」など拠って立つところを明らかにすること。3つ目に、市民が情報の真偽を見分ける能力、メディア・リテラシーを高めることに貢献することだと提言しています。 9) また、ウィスコンシン・マディソン大学のスー・ロビンソン教授らは、メディアは今、事実よりも帰属意識、情報よりもアイデンティティーを拠りどころにする人々にどう向き合い、ジャーナリズムを担うものとしての役割をどう果たせるのかを試されているのだと述べています。 10)

アメリカのジャーナリストたちは2020年の大統領選挙の取材で期日前投票から開票・集計作業まで、現場の動きを記録し、伝えることで、「大規模な不正」という主張を退ける一助になってきました。また、この4年間、その調査報道やファクトチェックの活動によって、トランプ大統領や側近の言動に含まれるさまざまな虚偽や矛盾にも光をあててきました。しかし、選挙を通し、それが多くの有権者に届いていないという現実を改めてつきつけられたことで、これまでの報道を検証し、メディアの責任と役割を考える動きはアメリカで今後も続いていくでしょう。メディアとジャーナリズムの課題を考えるうえで学ぶところは多く、引き続き注視し、報告していきたいと思います。



1) The day the music died: turning off the cameras on President Trump(Sarah Oates-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/the-day-the-music-died-turning-off-the-cameras-on-president-trump/
2) Mail-In Voter Fraud: Anatomy of a Disinformation Campaign (Yochai Benkler ほか-Berkman Klein Center for Internet and Society at Harvard University)
https://cyber.harvard.edu/publication/2020/Mail-in-Voter-Fraud-Disinformation-2020
3) In 1,323 days, President Trump has made 22,510 false or misleading claims
(Fact Checker-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-claims-database/?itid=lk_inline_manual_3
4) The media never fully learned how to cover Trump. But they still might have saved democracy. (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/media-cover-trump-save-democracy/2020/11/08/e23fc35e-21c1-11eb-952e-0c475972cfc0_story.html
5) The Economist/YouGov Poll November 15 - 17, 2020
https://docs.cdn.yougov.com/02yn0jg6d7/econTabReport.pdf
6) When worlds collide: contentious politics in a fragmented media regime(Michael X Delli Carpini-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-worlds-collide-contentious-politics-in-a-fragmented-media-regime/
7) Why Political Coverage is Broken (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2011/08/why-political-coverage-is-broken/
8) Two paths forward for the American press (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2020/11/two-paths-forward-for-the-american-press/
9) The disinformation system that Trump unleashed will outlast him. Here’s what reality-based journalists must do about it.  (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/trump-disinformation-journalism-next-steps/2020/11/20/6a634378-2ac8-11eb-92b7-6ef17b3fe3b4_story.html
10) When journalism’s relevance is also on the ballot (Sue Robinsonほか-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-journalisms-relevance-is-also-on-the-ballot/


メディアの動き 2020年11月25日 (水)

#286 没後50年 テレビが伝えた三島由紀夫

メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇


1970年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に立てこもり、バルコニーから檄文を撒き、自衛隊員に決起を促す演説をした直後、作家・三島由紀夫は自ら命を絶ちました。

世界中を震撼させたその日から、今日で50年。

三島をこの行動に駆り立てたものは何だったのか、三島文学とは何か、彼が憂いた日本と日本人は今、どこにいるのか。
50年間、三島は、多くの人々を悩ませ、語らせ続けています。

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現在、NHKアーカイブスポータルサイト「NHK人物録」では、死の4年前の三島のインタビュー映像を公開しています。彼はこう語っています。

「人間の生命というものは不思議なもので、自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くないんです。すると、死ぬのも何かの為、というのが必ず出てくる。それが、むかし言われた大義というものです」

既に自らの最期を決定しているかのようです。しかし同時に、「そういうことを思い暮らしながら畳の上で死ぬことになるだろう」とも漏らしています。自らが抱く大義に突き動かされながらも果たしてそれを実行できるか、ためらう様子が垣間見えます。

NHKでは、没後50年に合わせて、三島由紀夫とは何者だったのかを考える番組をいくつか放送します。
きょう25日深夜は、NHKスペシャル「三島由紀夫〜50年目の素顔〜」(21日放送の再放送)。
27日(金)、映像ファイルあの人に会いたい「アンコール 三島由紀夫」(2004年10月放送の再放送)。
28日(土)、ETV特集「転生する三島由紀夫」(新作)。

いずれも異なる角度から、小説家、思想家、そして1人の人間としての三島像に迫ろうとしたものです。

番組アーカイブを研究する中で、他にもたくさんの三島由紀夫関連番組と出会います。いくつかご紹介しましょう。

1995年放送、ETV特集「三島由紀夫 二つの仮面」
作家の猪瀬直樹さんの取材記録を基に、平岡公威(三島の本名)の成長過程にスポットを当て、高級官僚だった祖父の存在と、その時代を背負って、公私ともに厚い「仮面」をまとってゆく男の精神を探る番組です。撮影担当の新沼隆朗カメラマンの荒々しいカメラワークは、まるで仮面を剥ぎ取ろうとするかのようです。

もう一本。2015年放送、日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち「第7回 昭和の虚無を駆けぬける 三島由紀夫」
三島と親交が深かったドナルド・キーンさんや、楯の会の会員、死の前年に討論した東大全共闘のメンバーたちの証言を織り交ぜながら、戦後の日本に絶望を深めてゆく三島の心模様を浮き彫りにしています。遺作『豊饒の海』のラストシーンは、当初はなんとも不気味で虚無的だった事実も示されます。

まだまだあるのですが、字数の都合もありこのへんで。

実はこの秋、「テレビ番組の再放送に関する意識調査」を実施しました。現在鋭意分析中ですが、NHKの視聴者のみなさんは過去の優れた番組を再放送することに対して概ね好意的な様子です。

三島由紀夫の数々の番組はもちろん、たくさんある保存番組をみなさんに再び見ていただくためには、権利処理などの課題があります。どうすれば課題を乗り越えられるのか、研究者として、一層励まねばと思うこの頃です。


メディアの動き 2020年11月20日 (金)

#285 公共放送に家宅捜索が入った! ~オーストラリアの気になる事件~

メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基


公共放送に警察が踏み込んだ

 2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。

 なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。

 リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
 “機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。

 この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。

 捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
 捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。

 日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。

 「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」

 「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」

 事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

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ABC(オーストラリア放送協会)


“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…


 今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。

 ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
 彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。

 加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。

 彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?

 また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
 「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。

 オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
 「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。

 つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。

 事態はいまも動いています。

 そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。

 “知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。


メディアの動き 2020年11月11日 (水)

#284 "菅首相の説明は不十分" ~学術会議問題から見えるもの~

放送文化研究所 島田敏男


 9月16日の菅内閣発足以来、「菅さんって苦労人だそうだから安倍さんとは違うんじゃないの?」「いやいや、しょせん番頭役を務めてきたんだから安倍亜流さ」などといったやり取りをした日本人が、いかに多かったことか。

 10月26日、臨時国会が召集され、菅総理大臣は就任後初めての所信表明演説に臨みました。毎年1月にスタートする通常国会での施政方針演説が向こう1年間を展望するのに対し、臨時国会で行う所信表明演説は当面の考えを示すものです。

 とはいえ安倍前総理の急な退陣でバタバタと就任した後、初めてまとまった考えを示す機会です。NHKが欠かさず放送する所信表明の国会中継にも、冒頭のような素朴な興味を湛えた視線が向けられていました。

1111-11.png 所信表明演説には二つの柱がありました。一つは新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぐと同時に、経済を回復させる姿勢を強調したこと。もう一つは脱炭素社会の実現に向けて「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したことです。

 新型コロナウイルスとの戦いでは、日本は欧米の国々と比べ感染者数も死亡した人の数も比較的低い水準です。最大の問題は経済活動の活発化が感染拡大を招かないかという点です。政府も手探りの状態ですので、演説は決意表明と言わざるを得ません。

 もう一つの「2050年温室効果ガスゼロ宣言」は、パリ協定の枠組みに沿って全力投球しようという国際的なトレンドに乗ったものです。ただ、具体的にどういう方法で実現するかが説得力を持って示されたわけではないので、これも一種の決意表明でしょう。

 前の安倍総理は、どちらかと言えば選挙に役立つ足元のテーマに拘っていた面があります。それを一番近くで見守っていた菅総理が「ここは一つ30年先に話を膨らませて、自分の色を出したい」と考えても不思議ではありません。

 とはいえ敢えて2050年に言及するならば、是非継続的に人口減少に歯止めをかける対策、税と社会保障の新たな一体改革などにも踏み込んでいただきたい。国民が切望しているのは「将来に備える安心づくり」なのですから。

1111-21.png さて、所信表明に対する衆参両院での各党の代表質問、そして予算委員会での一問一答の論戦へと進むにつれ、学術会議が推薦した105人のうち、政府が6人を会員に任命しなかった問題が次第に焦点になってきました。

 菅総理は与党議員の質問を受けて、以前は正式な推薦名簿が提出される前に内閣府の事務局などと学術会議の会長との間で、一定の調整が行われていたことを認めました。しかし、今回は推薦前の調整が働かなかったため、一部が任命に至らなかったのだとして問題は無いという考えを強調しました。

 これに対し野党側は、「なぜ6人だけを任命しなかったのか理由を明らかにすべきだ」と攻め立てましたが、菅総理は「総合的、俯瞰的に判断した」と繰り返し、突っぱねました。

1111-31.png この予算委員会の論戦を受け、11月6日からの3日間、NHK世論調査が行われました。電話による月例世論調査です。

 菅内閣を「支持する」と答えた人が56%、「支持しない」が19%でした。内閣発足直後の9月調査は支持する62%でしたが、10月調査は55%に下がり、今月の数字はこれとほぼ横ばいです。

 支持率を下支えしている要素として見えたのは、新型コロナウイルスを巡る政府の対応への評価です。「評価する」が60%、「評価しない」が35%で、安倍内閣の末期よりも評価する数字が上向いています。

 急速な感染の拡大や重症者の増加が、今のところ何とか抑えられていることが、こうした評価に繋がっていると考えられます。

 では、学術会議問題での菅総理の説明は、どう受け止められているのか?説明は「十分だ」と答えた人が17%にとどまったのに対し、「十分ではない」と答えた人は62%に上りました。

 菅総理は「学術会議の会員任命は公務員人事であり、人事の理由は明らかにしない」と繰り返していますが、これが説明不十分と受け止められているわけです。

 企業や組織で人事権を行使する側の人にとっては菅総理の姿勢は当たり前かもしれませんが、行使される側の人には不透明さを感じさせる面が強いのでしょう。安定した政権運営に欠かせない「総理大臣の持つ説得力」に対する評価が定まっていないのが現状です。

1111-41.png 野党は引き続き学術会議の問題を追及する構えで、自民党のベテラン議員の間からも「長引くと政権の傷になりかねない」と心配するつぶやきが聞こえてきます。

 政府・自民党は会員任命方法の見直しなど、いわゆる学術会議のあり方の検証を進めることにしています。

 ただ、今回の6人の問題が不透明なまま残るとするならば、検証の結果として示される提言などの説得力を損なうことにもなりかねません。

 “より十分な説明を”ーこれが多数の声として続くならば、菅総理はこの声に応えていけるのか。それとも、冷めた眼差しが向けられていく結果になるのでしょうか。


メディアの動き 2020年11月09日 (月)

#283 バーチャル空間で、ハッピー・ハロウィーン!

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生


 今年のハロウィーン(10月31日)、どう過ごしましたか?
 ぼく自身は、正直言えば、これまではあまり関心を持っていたわけではなく、渋谷などの繁華街で仮装して楽しんでいる人たちを通りすがりに見かけるぐらいのものでした。

 でも、今年は、大いにハロウィーンを楽しみました!
 コロナ禍で“密”を避けるために、リアルのハロウィーンパーティやイベントが開きづらいなか注目を集めた「バーチャルハロウィーン」に行ってきたんです。
 「バーチャルハロウィーン」というのは、インターネット上のバーチャルの空間で開催されたハロウィーンのイベントです。

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「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」会場を、アバターで散歩

 まず、テレビなどでも話題になった「バーチャル渋谷」のイベントから話しましょう。「バーチャル渋谷」は、バーチャルリアリティー(VR)1)の技術を使ったイベントなどを開催するためのプラットフォーム「cluster」(日本企業cluster社の運営)上に、CGで作られた“第2の渋谷”(渋谷区公認)。現在、公開されているのは、スクランブル交差点周辺のエリアだけですが、ここが、10月26日から31日までの6日間、ハロウィーンのために飾り付けされてバーチャルハロウィーンの会場になりました(「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」)。
 パソコンやスマートフォンを使って、clusterのアプリを立ち上げて、インターネットでバーチャル渋谷に入ります2)。アバターに着替えて街を歩き回ると、渋谷に行ったことがある人なら見覚えがある建物などをいくつも発見できるはず。バーチャル・ハチ公もいましたよ!このバーチャル渋谷で、連日、イベントが開かれ、ぼくは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのライブ(28日)やハロウィーン当日の31日にはDJイベントなどに参加しました。

 さて、どんな体験だったのか?
 イベントの参加者は、上の画像のようなハロウィーン仕様のアバター姿でライブ会場へワープします。

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きゃりーぱみゅぱみゅのライブ(10月28日)

 目の前に現れたのは、「Halloween Fes」という大きな看板を掲げたステージがある空間。そこは、さっきいた空間の、いわば“パラレルワールド”で、バーチャルのスクランブル交差点の上にステージが建っています。PCのキーボードを使ってアバターをステージの近く、好きな場所に移動させ開演を待ちます。夜8時、きゃりーぱみゅぱみゅさんなどの出演者は、モニターに映像が映し出される形ではなく、ホログラムのような映像で現れました。参加者は、clusterの画面に仕込まれたボタンを押して拍手をしたり、ペンライトを振ったり、コメントを送るなどのリアクションをしてライブを盛り上げました。ライブ中も自由に移動してステージをいろんな場所や角度から見ることができたんですよ。
 きゃりーさんのライブは、初日に予定されていましたが、アクセスが殺到して不具合が生じ延期されたほどです。ただアバターの数からは、あまり参加者が多いようには見えないため、少し盛り上がりにかける気がしたのは残念でした。
 イベントを主催した「バーチャルハロウィーン実行委員会」3)は、会期中に、約40万人がバーチャル渋谷を訪れたとしています。


 次に、VRを使ったSNS、「VRChat」の中で行われたバーチャルハロウィーンのイベントについて見ていきましょう。VRChatは、アメリカのVRChat社が、2017年からインターネット上で運営しているVRプラットフォーム。そこでは、利用者はみんなアバターを身につけて、自分の声で、コミュニケーションを楽しむことができます。インターネットにつながり、VRを楽しめる機材(ゲーミングPCやHMDなど)を持っていれば、誰でも無料で利用できるんです。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 これは、ぼくが参加したハロウィーン当日に行われたイベントで撮られた写真です。ユーザーは、思い思いのアバターを身につけています。写真をよく見てもらうと手を振ったり、体を傾けたりしているアバターがいるのがわかると思いますが、このとき、現実世界にいるユーザーも同じような動きや姿勢をしています。アバターと自分の動きが連動すると、「一心同体」になる。こればかりは、体験しないとなかなかわかってもらえないと思いますが、この城のある空間に、自分が入り込み、目の前に、こうしたアバターたち(もちろん3D)がいる世界を想像してみてほしい!ここで、アバター(をまとったユーザー)たちは、城の中や周囲の庭で、飛んだり、はねたり、走りまわったりなどして、いっしょに遊びます。VRChatで利用するアバターは、ユーザーの自作のものや販売されているもの、無料で使えるものがありますが、こうした分野に詳しいユーザーは、ハロウィーン向けに、自分のアバターを“仮装”して(=改変して)いるので、「かわいい!」「すごい!」などと互いのアバターをほめあったり、作り方について教え合ったりしている光景が見られました。去年までは、渋谷などのリアルの街頭で大勢の人たちが仮装を楽しんでいましたが、それと同様のことが、バーチャル空間でも行われたというわけです。アバターを身にまとうことを、一種の“仮装”と考えるなら、VRChatでは、“毎日がハロウィーン”と言えなくもないですね。
 ちなみに、この空間(VRChatでは「ワールド」と呼ばれる)も、ハロウィーンのイベントのために、ユーザーが自作したもの。こうしたイベントは、他にも数多く行われていて、VRChatならイベントのはしごも簡単にできるので、ぼくもいくつかのイベントに参加しました。そうそう、イベントの開催・運営自体も、ユーザーによる自主的なものなんですよ。
 今年のハロウィーンは、直前に、PCがなくてもそれだけでVRを楽しめる機器(Oculus Quest2)が4万円弱という低価格で発売されたため、それを使って初めてVRChatを始め、バーチャルハロウィーンに参加した人も多くいました。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 コロナ禍がいつまで続くのかは、誰にもわかりません。
 来年のハロウィーンは、“密”になる心配が全くないVR空間でお目にかかりましょう。っていうか、ハロウィーン翌日には、VRChatでは早くも「クリスマスのアバターどうする?」という話で盛り上がっていたので、みなさんも“バーチャルクリスマス”を楽しんでみるのはいかがでしょうか?

(追伸)
 VRChatでは、こうした季節のイベントの他にも、ゲームやコンサートを楽しめるワールドやクラブ・バー・居酒屋、学校、そして、まじめなテーマで話し合えるワールドなど、現実世界にあるものはなんでもというと言い過ぎですが、かなり幅広い種類のワールドが揃っているので、今後ますます、その可能性は広がっていくと思います。


1) VRに「仮想現実」という訳語を使わない理由について、以前、論考にまとめたので、そちらをご覧ください。
「VR=バーチャルリアリティーは、“仮想”現実か」(『放送研究と調査』2020年1月号)

2) PCにHMD(頭部搭載型ディスプレイ)をつなげば、3Dで見ることもできる。しかし、ぼくが使っているOculus Quest2は、clusterに対応していないので、PCの画面で体験した。

3) KDDI株式会社、一般社団法人渋谷未来デザイン、一般財団法人渋谷区観光協会などから構成されている。



メディアの動き 2020年11月06日 (金)

#282 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性②~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 前回のブログに引き続き、今回も10月に実施された日本マス・コミュニケーション学会秋季大会「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」の報告について紹介します。
下記の4項目の報告のうち、今回は③④です。
①厳しさ増す経営環境
②ローカル局改革議論の方向性
③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 下記は、コロナ禍における全国のローカル局の取り組みの一例です。通常の情報番組だけでなく、サブチャンネルやウェブサイトを活用し、ステイホーム下での人々の暮らしや教育を支援したり、地元の飲食店を応援したりする姿が印象的でした。

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 このように、地域住民を支え地域経済を盛り上げていく機能を、私は「地域のハブ・プロデューサー・デザイナー」と名付け、かねてから注目してきました。今後、ローカル局においては、放送法によって定められてきた「放送の公共性」とその帰結としての「地域の民主主義の基盤」「ライフライン」という機能に加え、3つ目の柱となっていくのではないかと考えています。

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 では、なぜローカル局はこうした機能に傾斜しているのでしょうか。それは、キー局からの配分金やナショナルスポンサーによる広告費の減少という“局の事情”と、課題の増大という“地域社会の事情”の2つが重なりあってきているからだと思います。ローカル局は今後一層、地上波放送の「リーチ」や「局ブランド」を生かしつつ、放送以外のコンテンツ関連事業やイベント等の非コンテンツ事業の担い手として、新たな地域ビジネスを創造していく方向に向かうでしょうし、地域の多様なアクターからもその姿が期待されていると思います。

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 こうした機能は、情報を伝え番組を届けるこれまでの機能とは異なる取り組みで、“広義”のメディア機能と私は捉えています。数年前から、地域のベンチャー支援や特産物の海外販売などに取り組む局が増えてきましたが、今年はこうした事業を専門とする会社を興す事例が増えている気がします。

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<小まとめ>
 ローカル局は今後、より地域に密着し、地域ビジネスを創造する“広義のメディア機能”を拡張していくと思われます。ただ、番組ファーストから地域ファーストへ、と言えなくもないこうした動きには懸念もあります。それは、地域の企業や自治体、つまりローカル局にとっての広告主でもある存在と接近しすぎることが、局が本来実現すべき報道・ジャーナリズム機能をゆがめてしまうことはないのかというものです。学会のワークショップのタイトルにも、そのことを想起する「ビジネスと公共的事業の両立は可能か?」というサブタイトルがつけられました。
 前回のブログで示した通り、広告主のネットシフトとコロナ禍で、今年度のローカル局の広告収入は前年比20%強の減少が見込まれています。そうした中、もともと広告収入につながりにくい報道・ジャーナリズム機能を弱体化させることを厭わない経営者も出てきかねないのではという不安もあります。

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④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保
 こうした事態が起きないようにするには、経営者の意識や局自身の気概が大事なことは言うまでもありません。先にも触れたように、報道・ジャーナリズム機能は、放送法で規定された放送局の「一丁目一番地」で、メディアの使命とも言えるものだからです。しかし、最近の取材では、報道部署に対して経営サイドや営業部署からの風当りが強まっているという声も聞くようになってきました。使命だから稼がなくてもいいという考え方が通用しなくなっている中、報道部署であっても“一円でもいいから稼ぐこと”を模索するマインドが求められているのではないかと思います。
 報告ではまず、テレビ宮崎(UMK)が行う、ネットへのニュース展開の事例を紹介しました。UMKではローカルニュースのオンエア後、速やかに、そしてできるだけ手間と人手をかけずに多様なネットプラットフォームに自動展開できるシステムを導入しています。検索でユーザーの目につきやすいよう、ニュースタイトルの頭を「宮崎」にする工夫をしたところ、PV数が大幅に上がったそうです。収益は、自社・他社プラットフォームで得られる広告収入を合わせて月額約30万円程度。広域局や大都市部に拠点を置くローカル局では100万円近くあるということも聞きますが、多くのローカル局ではこのくらいの額が相場なのではないかと思います。

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 こうした広告収入のほか、UMKのニュースのネット展開ではもう1つの収益があります。それが「FNNプライムオンライン」からの配分です。FNNプライムオンラインとは、フジテレビのニュースネットワークによるネットサービスで、2018年4月に開始し、現在は月間で8000万を超えるPV数を稼ぐニュースプラットフォームに成長しています。私も時々活用していますが、他の系列のネットニュースサービスに比べ、ローカルニュース、特に「FNNピックアップ」という深堀り記事の中に地域をテーマにした興味深い内容が多いと感じています。この10月からはBSフジで放送が開始されるという、 “ネットから放送へ”という新たな流れも生まれています。これらのFNNプライムオンラインの収益が、ローカル局各局に配分される仕組みになっているそうです。

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 もう1つの報道・ジャーナリズム機能で稼ぐ取り組みとして紹介したのが、テレビドキュメンタリー映画というジャンルです。このジャンルを切り拓いたのは、なんといっても東海テレビ(在名広域局)でしょう。下記は有料多チャンネルの1つ「日本映画専門チャンネル(日映)」にラインアップされている地上波ローカル局制作のドキュメンタリー及び映画ですが、30作のうち27作を東海テレビ制作作品が占めています。このチャンネルには日本映画もたくさんありますが、日映によると、特に50代以上の世代にはドキュメンタリー視聴が加入動機になっている人が多いそうです。

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 東海テレビに取材すると、ローカル局が映画製作に取り組むということは、少なくても費用的にはそこまでハードルは高くないことがわかりました。東海テレビに限らず、これまでローカル局が制作しているドキュメンタリー映画のほとんどすべてが先に地上波で番組として放送しているものであるため、それをリメイクする費用と、映画の広報・宣伝を担当する配給会社(東海テレビの場合は配給協力会社)に支払う費用があれば映画化は可能だといいます。加えて豊富な映像アーカイブも活用できることも大きな強みだそうです。
 東海テレビがこれまで制作した映画のうち、最もヒットした「人生フルーツ」は3億を超える興行収入をあげています。ただドキュメンタリー映画の世界は、1万人が来場すれば大ヒットといわれる市場のため、その来場者数を超えてコンスタントに稼いでいくことができるほど甘くはないそうです。東海テレビの取材で印象的だったのは、ビジネスありきでこの事業を行っているわけではないけれど、制作費くらいはきちんと稼いで局内でドキュメンタリー制作の持続可能なモデルを構築していくことが大事だ、という言葉でした。

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  また、このジャンルで今年大きな話題を集めているのが、チューリップテレビ(富山)が制作した「はりぼて」です。10月初旬現在で、ドキュメンタリー映画の“1万人”の壁を超える大ヒットを記録しつつあります。この映画については、先日、地元の富山県で映画が公開されるタイミングで現地取材をしてきたので、次回のブログでその様子も含めて触れたいと思います。

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<小まとめ>
 報道・ジャーナリズムで稼ぐ事例として、ネット展開とドキュメンタリー映画化という2つを紹介しました。取り組む局にそれぞれお話を伺いましたが、PV数稼ぎに陥らない、商業主義に走らない、ということを意識しながら慎重に模索をしている姿勢が印象的でした。この分野はテレビの広告収入に比べて収益はまだまだ小さく、学会のワークショップでは、先に触れたキー局の役割のほか、地方紙と連携してローカルコンテンツの課金化を模索したらどうか、ケーブルテレビと連携したビジネスに可能性はないのか、などのアイデアが出されました。引き続き取材を深めていきたいと思っています。

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 最後に私からは、下記の問題提起を行いました。日本のジャーナリズムや地域メディア、放送の将来像に関する議論を取材していていつも気になるのは、これらの議論に国民・住民視点での検討、もしくは参加の場がないということです。少しでもそうした機会を増やしていけるよう、これからもブログなどでこのテーマについて発信し続けていきたいと思います。

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放送博物館 2020年11月04日 (水)

#281 NHK放送博物館で「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」の展示を開催中です

放送博物館 山本さぎり


 NHK放送博物館では、10月24日から企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」を開催しています。

 この企画展は、2019年に国宝指定されたキトラ古墳の壁画をはじめて映し出したのがNHKのカメラであること、2020年が文化財保護法制定70年にあたることから、キトラ古墳の壁画調査の内容を中心に、NHKがこれまで数多く文化財の調査・保護や活用に関わっていることを映像や資料をもとに紹介しています。ここでは展示のテーマと概要を紹介します。

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1. キトラ古墳の石室内に描かれた壁画とNHKのカメラ
 1983年、奈良県明日香村にあるキトラ古墳の本格的な調査がはじまりました。11月7日に行った第1次探査で、石室内に入ったのがNHKのファイバースコープカメラです。この時、北壁に四神の「玄武」が映し出されました。この映像はテレビを通じて世間の注目を大いに集めました。
 その後1998年3月5日と6日に第2次探査が行われました。この時はNHKが古墳探査用に開発したロボットカメラが使われ、四神の「白虎」と「青龍」、そして天井に天文図があることがわかりました。この<古墳探査用ロボットカメラ>は放送博物館が所蔵しています。
 展示では、入口で第1次・第2次探査でカメラが石室に入り壁画を見つける映像をご覧いただけます。会場に入ると、1/2サイズの古墳石室模型と古墳探査用ロボットカメラが並ぶとともに、実物のおよそ2倍の大きさで再現した石室内部の壁画の様子を体験できるコーナーもあります。

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企画展示室入口


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キトラ古墳石室模型(1/2サイズ)と1998年の探査で使用した古墳探査用ロボットカメラ

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石室内体験コーナー ※石室画像は、国(文部科学省所管)、奈良文化財研究所提供

2. NHKと文化財
 NHKはこれまで内外の貴重な文化財について、研究者とともに調査や追跡取材を重ね記録し、番組を制作・放送しています。それだけでなく、ドラマや教養番組での再現シーン、学校教育用としても多く活用しています。
 展示では、文化財の復元・再現の記録、歴史ドラマや教養番組での再現方法、そして8Kカメラで撮影した文化財の高精細画像の活用などを、番組と参考にした資料などから紹介します。
 また当館では、昭和天皇が戦争の終結を伝えた「終戦の詔」の玉音盤を保存しながら展示しています。この復元から展示への経緯を解説しています。
 玉音盤は当館3階「ヒストリーゾーン」で、8Kスーパーハイビジョンの番組は中2階「愛宕山8Kシアター」でぜひご覧ください。

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NHKと文化財コーナー展示風景

 紹介した内容は、NHKが文化財と関わった取り組みのごく一部にすぎませんが、ぜひお越しいただき展示を通じて番組を作る人々に思いをはせてみてください。


NHK放送博物館 企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」
会期  :2020年10月24日(土)~12月25日(金)
会場  :3階 企画展示室
休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前10時~午後4時
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1
TEL  : 03-5400-6900