放送文化研究所 島田敏男
見通しのよくない山道を車で走る時は、早めの減速が鉄則であるのは言うまでもありません。まして初めてのルートを走る時は、「平坦な直線道路の先に、突然こう配のきつい降り急カーブが現れるかもしれない」と考えるべき。従って、すぐに減速できるように、早めのシフトダウンを心掛け、安定したブレーキ操作につなげるのが普通でしょう。
ところが、これと全く逆の姿に見えたのが「Go Toトラベルを年末28日から年明け11日まで全国一斉に一時停止する」という12月14日の決定までの菅総理大臣の2週間でした。
元々菅総理は、二階幹事長と並ぶ自民党きっての観光業界の理解者として知られてきました。官房長官当時には、赤坂迎賓館や京都迎賓館を観光の目玉になる見学場所として活用しようと尽力し、インバウンドの観光誘客に拍車をかけてきました。
12月初旬にまとめた総合経済対策には「Go Toトラベル事業の来年6月末までの延長と予備費活用」を盛り込み、経済活動を支える菅内閣を印象付けました。まさに「アクセルを踏み込む運転」に他なりませんでした。
しかしそれとは裏腹に、新型コロナウイルスの感染者数は全国的に拡大傾向が続き、12日には東京都内でそれまでで最多の621人の感染者が報告されました。大阪や北海道でも医療崩壊の一歩手前の地域が出はじめ、自衛隊の看護師らが災害派遣される事態が生じました。
感染拡大防止か経済か。難しい判断を伴う二律背反の問題ですが、国民の間では大型の感染第3波が押し寄せているにもかかわらず、菅内閣の対応が経済優先に傾きすぎているのではないかという受け止めが一気に広まりました。

毎日新聞と社会調査研究センターが12月12日に行った世論調査で「菅内閣を支持する」40%、「支持しない」49%で、不支持が支持を上回り、政権内に動揺が走りました。
そして11日から13日にかけてNHKが行った月例世論調査は、「菅内閣を支持する」42%、「支持しない」36%という結果でした。逆転こそしませんでしたが、菅内閣発足直後の62%の支持率が、わずか3か月で42%へと20ポイント下落しました。支持が3分の2に縮んだわけです。
このNHK調査を詳しく見ると、「新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか?」という質問に対し、答えは「評価する」41%、「評価しない」56%という結果でした。菅内閣が9月に発足して以来、この質問で「評価しない」が「評価する」を上回ったのは初めてです。
これを11月の調査と比べてみると、「評価する」が19ポイント減り、「評価しない」が逆に21ポイント増えています。この1か月で国民の受け止め方が急激に変化したことが分かります。
そして菅総理が経済の下支えとして強くこだわるGo Toトラベルについては、極めて厳しい眼が向けられました。「政府はGo Toトラベルを延長する方針です。あなたは、このまま続けるべきだと思いますか。それともいったん停止すべきだと思いますか」と聞きました。
結果は「続けるべき」12%、「いったん停止すべき」79%でした。実に国民の8割が「いけない、急ブレーキが必要だ!」と感じたということです。まさに菅官邸の“未熟運転”ぶりが見えてしまった出来事です。

もちろん菅総理周辺が発している「Go Toを来年6月末まで延長したのは、旅館業、観光業の人たちが金融機関から事業継続の融資を受け易くするための環境整備だ」という説明には一理あります。
確かに旅館業、観光業に従事する人たちは、関係者の間では900万人とも言われ、決して少ない数ではありません。しかし、その10倍以上になる国民の多くが、「行動範囲の拡大を奨励するような誤ったメッセージを送り続けるのはいかがなものか」と感じる間は、慎重に対処した方が良いでしょう。
新型コロナウイルスを抑えるワクチンの開発・製造の知らせが続々と世界各地から伝わり始めました。これがどういうスピードで接種され、感染拡大にブレーキをかけてくれるのか。
学術会議をめぐる問題でも指摘されたように、様々な局面で国民への説明不足が目立つ菅総理。今回の支持率急落を挽回するには、コロナ禍を乗り越えるための政策展開について、これまで以上に説明の努力を重ねるしかありません。
安倍前総理大臣が8月に退陣の決断をした背景の一つに、コロナ禍対応で泥にまみれて終わるのは避けたいという思いがあったのは透けて見えました。それほど困難な情勢です。これを乗り越えるには、国民の納得を得ることが一番の力となるのではないでしょうか。
メディア研究部(番組研究) 谷 正名
それは、かなり唐突な印象を受けるニュースでした。今年2月27日,安倍首相(当時)が、新型コロナウイルス感染症対策本部において,全国すべての小学校,中学校,高等学校,特別支援学校に臨時休校・休園を要請したのです。休校・休園という大枠だけが頭ごなしに決まったこのニュースを聞き、あとの諸々の具体的なことへの「対応」は、学校や家庭など、現場や子どもの周囲の人々に「丸投げ」になりそうだな、と直感した記憶があります。
私事ですが、我が家には、高校3年と中学1年(当時)の子どもがおります。また、妻は非常勤とはいえ仕事を持っています。まず頭をよぎったのは、自分たち家族のくらしが、この休校・休園宣言によってどうなるのだろう、というさまざまな「不安」でした。勉強はどうなるのか、部活はどうなるのか、上の子の卒業式やその関連行事はどうなるのか、そして家にいて子どもたちはどう過ごすのか、昼の食事はどうするのか……、不安要素を数え上げれば、きりがありません。そもそも当の親も、この先まともに仕事場に行けるかすら、定かではないのです。
実際、自分の子どもたちの休校が始まると、空間的には家に閉じこもるしかなく、一方で時間だけはありあまるほど自由にある、そして学校からの指示は皆無に等しい、という、かなり「非日常的」な状況が現出しました。その結果、上の子はスマートフォンに、下の子はテレビゲームの「フォートナイト」に、どっぷりとはまっていきました。親が家庭学習などをやってほしいと思っても、宿題が出ていない以上やる気配はありません。さらに(意外と大きかったなと思うのが)保護者同士の井戸端会議的なものもなくなり、他の家庭の情報もあまり入ってこないのです。夫婦ともに在宅勤務が増えると、その状況をずっと目の当たりにすることになります。不安はさらに募っていきます。親子とも機嫌の悪い日が増え、どうにも家庭内がギスギスします。そして、これがいつ終わるか、誰からも全く見通しが示されないのです。
そんなタイミングで、局内で、新型コロナによる休校・休園で親子のメディア行動やデジタル教材の認知・利用動向はどうなっているのか、緊急に調べてみたらどうか、という声が上がりました。自分の実体験から、実態やその背景にある意識など、調べて記録すべきことは山ほどあると思いました。また、「子どもも保護者も相当なストレスを抱えていて、そのことがメディアをめぐる意識や行動に影響を与えているのでは」という仮説が、すんなりと頭に浮かびました。
「放送研究と調査」11月号、12月号の2号にわたって結果・分析を報告した調査は、こうしてスタートしました。不安・ストレスとメディア利用の関係についても、当初の私の想像以上に明確な結果が現れました。アップ・トゥ・デートな報告・論考になっていると思います。ぜひご一読ください。
世論調査部(社会調査) 村田ひろ子
突然ですが、下のグラフ、なんの結果だかわかりますか? 日本は57%で過半数ですが、それでも最下位です。

答えは、「仕事に満足している」男性の割合です。日本の結果だけをみれば、仕事に満足している人は6割近くいて、それなりに多いようにもみえますが、諸外国と比べると、かなり少ないことがわかります。
このように、調査データの国際比較を行うことで、国内の調査だけでは把握できない、日本の国際的な立ち位置を知ることができます。
冒頭で紹介したグラフは、国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)が2015年に実施した「仕事と生活(職業意識)」調査の結果です。
ISSPは1984年に発足し、約40の国と地域の研究機関が加盟して、毎年、共通のテーマで世論調査を実施しています。
ISSPに加盟している国・地域(2020年11月現在)
日本の調査は、NHK放送文化研究所が担当していて、1993年以降、毎年欠かさず調査を実施しています。これまでに、「政府の役割」「家庭と男女の役割」「環境」「宗教」など多岐に渡るテーマで調査を行ってきました。そうした調査からは、政治や社会、家庭生活、働き方などに対する日本と世界の人々の意識の違いをみることができます。
ISSPのデータは、各国の研究者に高く評価されています。世界中で様々な調査が行われているなかで、ISSPが評価されるのはなぜでしょう。理由の 1つには、ISSPの加盟国が、科学的な手法に基づいて国民を代表するサンプル(調査相手)を選び、精度の高い調査を実施していることが挙げられます。また、毎年1つのテーマで調査を行い、特定の領域に対する人々の意識を詳細に把握できることや、10年ごとに同じテーマの調査を繰り返し実施することで、10年前、20年前の結果と比較した時系列の変化をとらえることもできます。
そんなISSPも新型コロナウイルスの世界的な流行により、大きな影響を受けています。今年4月下旬にアイスランドで開催される予定だった年に一度の総会は、ISSPの発足以来、初めて中止されました。しかし、各国間のやりとりは、メールやオンライン会議で活発に行われ、来年(2021年)実施する調査には、コロナ関連の質問を盛り込むことになりました。人類が直面している課題について、世界規模での世論調査を実施し、各国の人々が感染症の脅威にどう立ち向かっているのかを把握することの意義は大きいと言えるでしょう。
「放送研究と調査」2020年11月号では、英文を翻訳して3年がかりでつくる調査票作成の裏話など、担当者しか知らないISSP調査の舞台裏を惜しみなく(?)紹介しています。ぜひご一読ください!!
メディア研究部 (海外メディア) 青木紀美子
「数えるべきではない票を数えている」「票の有効無効の判断に信頼がおけない」
アメリカ大統領選挙の開票・集計作業に対するこうした批判を筆者が初めて耳にしたのは、2020年ではなく、20年前のことです。2000年11月、ブッシュ対ゴアの選挙直後、南部フロリダ州パームビーチ郡で始まった票の手作業による数え直しの最中でした。選挙の勝敗を決めるフロリダ州の得票を数百票差でリードしていた共和党ブッシュ陣営は数え直しに反対の立場。全米各地から共和党議員や知事、法律顧問たちが選挙委員会の拠点、郡の緊急事態センターを訪れ、駐車場に中継車やテントを並べて待機する報道陣を前に、数え直しの作業への疑念を表明しました。理由のひとつは票の有効無効を判断する選挙委員会委員長の判事が民主党支持者だということでした。
筆者は「民主主義の先進国」と当時は考えられていたアメリカで、選挙の運営と管理を託された公の組織に不信の念を示す政治家の発言に少なからず衝撃を受けました。有権者を味方につける戦略として公的な機関への信頼を損なうことも厭わぬ言動に危うさを感じたためです。連邦最高裁で決着をみるまで1か月以上かかったこの選挙、現地のテレビは入れ替わり立ち替わり現れる政治家の発言を長時間の生放送のコンテンツとして歓迎していました。ジャーナリストの多くは経験したことのない事態を追いかけることに忙しく、筆者も抱いた違和感を整理して伝えるにはいたりませんでした。
「違法な票を数えている。選挙が盗まれるかもしれない」
あれから5回目の大統領選挙となったこの11月。候補者である現職の大統領自身が、選挙の結果とプロセスに激しく異議を唱える異例の事態になっています。トランプ氏は選挙前から郵便投票が不正の温床だという主張を繰り返してきました。選挙直後の4日未明には、ホワイトハウスでの会合で「私に投票した多くの人々の選挙権を情けない人たちの集団が奪おうとしている」と発言。5日には、アメリカ東部時間の夜のニュースの時間帯にあわせてホワイトハウスで記者会見を開き、法的に有効な票の集計では自らが余裕をもって勝利したと表明。開票が進むに連れてバイデン氏との票差が縮まっているのは、民主党が「どこからか票を見つけてきた」からだと非難しました。アメリカのテレビ3大ネットワークは、この日も大統領の発言を生中継で伝えていましたが、いずれも途中でキャスターが割って入るかたちで生中継をそのまま放送にのせることをやめました。NBCのキャスター、レスター・ホルト氏は「大統領がいくつもの虚偽の申し立てをしたため、ここで遮らざるをえない」と述べるなど、各社とも会見が終わるのを待たずに映像をスタジオに戻し、大規模な不正が行われている証拠はなく、大統領の発言は事実に反していると指摘しました。
「郵便投票への不信を広げることを大手メディアが助けていた」
メリーランド大学のサラ・オーツ教授は3大ネットワークが会見の中継を打ち切ったことについてホワイトハウスが発信するプロパガンダがニュースではないことをメディアがようやく受け止め、方向を転換する画期的な判断をしたと評価しました。それまで、市民に情報を伝える媒体としての責任を果たそうとしたメディアが、大統領の発言をまずは真偽にかかわらず報道し、そのうえで問題を指摘してきたことが、かえって大統領に「メディアは偏っている」と批判する口実を与え、偽情報の拡散に利用されてきたというのです。 1) その一端をうかがわせる調査の結果をハーバード大学のヨハイ・ベンクラー教授のチームが発表しています。調査では2020年の3月から8月の半年間に「郵便投票による不正」を取り上げたオンライン記事、TwitterやFacebookへの投稿とその情報の源や流れを分析。この結果、トランプ大統領とその側近による「不正」の主張を初期の段階で幅広い層に拡散させる中核的な役割を果たしたのはこれをニュースとして取り上げた大手メディアだったと結論づけています。 2)
「メディアはトランプをどう伝えればよいか学びきれなかった」
トランプ大統領の発言をどう伝えるかは4年前の就任以来、多くのメディアが日々、直面してきた難題でした。大統領の発言に含まれた誤・偽情報は、就任を祝いに首都に集まった人の数に始まり、2020年9月までに2万件を超えたとWashington Postのファクトチェック・チームは報じています。 3) それでもジャーナリストは大統領という職位への敬意を持ち続け、「大統領の発言はニュース」というそれまでの常識に従い、意見の対立があれば両論を併記するというメディアの原則のもとに報道を続けてきました。また、大統領の言動が、常識や事実を逸脱するほど記事の扱いは大きくなり、それに対する憤りが大きいほど反響は大きく、さらに、その内容をめぐって激しい意見を戦わせるほどテレビは視聴率を伸ばすといった具合に、ビジネスとしてのメディアを潤わせてきたという側面もありました。こうした要素が重なった結果、間違いや嘘を指摘されても認めず、逆に事実を伝えるメディアを「フェイク・ニュース」「人民の敵」と攻撃する大統領にメディアはどう対応すべきか学習しきれないまま、振り回されてきたとWashington Postのメディア・コラムニスト、マーガレット・サリバン氏は述べています。 4)
「異なる現実の中で生きてきたアメリカ人」
大統領選挙から4日目の11月7日、アメリカの大手メディア各社はバイデン氏の勝利が確実になったと報じました。一部の州ではまだ集計作業が続いていましたが、残る票で結果は覆らないとの読みに基づくものでした。「大規模な選挙不正」の証拠は示されず、各地の裁判所はトランプ陣営の訴えを相次いで退けています。しかし、YouGovとEconomistが11月15日から17日にかけて行った調査では、トランプ氏に投票したという回答者の91%が、郵便投票は「おそらく」または「間違いなく」バイデン氏に有利になるように操作されていると回答し、88%がバイデン氏の勝利は法的に正当なものではなかったと回答しました。 5) 政党支持による社会の分断は政策についての考えや価値観だけでなく、現実認識の違いを生み、事実の積み重ねでは超えられない壁になりつつあることはこれまでの調査でも示唆されていましたが、今回の選挙でより明確になりました。トランプ氏に投票した有権者は前回4年前の選挙を上回り、7000万人を超えています。ペンシルベニア大学のマイケル・デリ・カルピーニ教授は、「アメリカ人は異なる現実の中で生きてきた」と社会の分断への危機感を表明しています。選挙が公共の利益がどこにあるかを決する民主主義のシステムとして機能するには、事実の共有と、選挙プロセスへの信頼とが必要になるためです。 6)
「大統領選挙はメディアの報道にとっても分岐点」
大統領選挙で際立った「異なる現実」。その種は20年前のフロリダの数え直しのときにはすでに蒔かれ、長い時間をかけて育てられてきたといえるのかもしれません。政治の取材を政治家ではなく、市民の側の視点から行うよう呼びかけてきたニューヨーク大学のジェイ・ローゼン教授は、10年近く前からメディアが政治の動きを政党や政治家の戦略や駆け引きとして解説するインサイダー的な視点に重点を置いていることの危険性を指摘してきました。そして、「一方がこう主張したのに対し、他方はこう述べた」という双方の主張を並べるだけの両論併記は、何が事実かを検証して伝えるジャーナリストの役割を放棄するものではないかと疑問を投げかけてきました。 7) ローゼン氏は、そうした報道が、トランプ流政治に翻弄されることにもつながったとしたうえで、今回の選挙では、何が起きるかをメディアが予想して備え、根拠のない主張を退けたと評価しました。そのうえで、今後、メディアは従来の報道に戻るか、これを機に変わるか、分岐点に立っているとしています。 8)
「虚偽と真実の両論併記をやめる」
前出、サリバン氏も偽情報が蔓延して社会の基盤を揺るがす現状はトランプ大統領が生み出したものではなく、加速度的に悪化させたものであり、陰謀論を拡散するオンラインのニュースチャンネルやソーシャルメディアの存在もあって、これからも続くと警鐘を鳴らしています。将来に向け、事実にもとづく報道をするメディア(reality-based press)の役割は、まず、公平という名のもとに根拠を欠く虚偽と、事実にもとづく真実とを同等に扱う誤った両論併記をやめること。次に「真実を守り(pro-truth)、有権者の権利を守り(pro-voting)、民主主義を守る(pro-democracy)」など拠って立つところを明らかにすること。3つ目に、市民が情報の真偽を見分ける能力、メディア・リテラシーを高めることに貢献することだと提言しています。 9) また、ウィスコンシン・マディソン大学のスー・ロビンソン教授らは、メディアは今、事実よりも帰属意識、情報よりもアイデンティティーを拠りどころにする人々にどう向き合い、ジャーナリズムを担うものとしての役割をどう果たせるのかを試されているのだと述べています。 10)
アメリカのジャーナリストたちは2020年の大統領選挙の取材で期日前投票から開票・集計作業まで、現場の動きを記録し、伝えることで、「大規模な不正」という主張を退ける一助になってきました。また、この4年間、その調査報道やファクトチェックの活動によって、トランプ大統領や側近の言動に含まれるさまざまな虚偽や矛盾にも光をあててきました。しかし、選挙を通し、それが多くの有権者に届いていないという現実を改めてつきつけられたことで、これまでの報道を検証し、メディアの責任と役割を考える動きはアメリカで今後も続いていくでしょう。メディアとジャーナリズムの課題を考えるうえで学ぶところは多く、引き続き注視し、報告していきたいと思います。
1) The day the music died: turning off the cameras on President Trump(Sarah Oates-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/the-day-the-music-died-turning-off-the-cameras-on-president-trump/
2) Mail-In Voter Fraud: Anatomy of a Disinformation Campaign (Yochai Benkler ほか-Berkman Klein Center for Internet and Society at Harvard University)
https://cyber.harvard.edu/publication/2020/Mail-in-Voter-Fraud-Disinformation-2020
3) In 1,323 days, President Trump has made 22,510 false or misleading claims
(Fact Checker-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-claims-database/?itid=lk_inline_manual_3
4) The media never fully learned how to cover Trump. But they still might have saved democracy. (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/media-cover-trump-save-democracy/2020/11/08/e23fc35e-21c1-11eb-952e-0c475972cfc0_story.html
5) The Economist/YouGov Poll November 15 - 17, 2020
https://docs.cdn.yougov.com/02yn0jg6d7/econTabReport.pdf
6) When worlds collide: contentious politics in a fragmented media regime(Michael X Delli Carpini-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-worlds-collide-contentious-politics-in-a-fragmented-media-regime/
7) Why Political Coverage is Broken (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2011/08/why-political-coverage-is-broken/
8) Two paths forward for the American press (Jay Rosen-Pressthink)
https://pressthink.org/2020/11/two-paths-forward-for-the-american-press/
9) The disinformation system that Trump unleashed will outlast him. Here’s what reality-based journalists must do about it. (Margaret Sullivan-Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/trump-disinformation-journalism-next-steps/2020/11/20/6a634378-2ac8-11eb-92b7-6ef17b3fe3b4_story.html
10) When journalism’s relevance is also on the ballot (Sue Robinsonほか-U.S. Election Analysis 2020)
https://www.electionanalysis.ws/us/president2020/section-4-news-and-journalism/when-journalisms-relevance-is-also-on-the-ballot/
メディア研究部(メディア動向) 大髙 崇
1970年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に立てこもり、バルコニーから檄文を撒き、自衛隊員に決起を促す演説をした直後、作家・三島由紀夫は自ら命を絶ちました。
世界中を震撼させたその日から、今日で50年。
三島をこの行動に駆り立てたものは何だったのか、三島文学とは何か、彼が憂いた日本と日本人は今、どこにいるのか。
50年間、三島は、多くの人々を悩ませ、語らせ続けています。

現在、NHKアーカイブスポータルサイト「NHK人物録」では、死の4年前の三島のインタビュー映像を公開しています。彼はこう語っています。
「人間の生命というものは不思議なもので、自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くないんです。すると、死ぬのも何かの為、というのが必ず出てくる。それが、むかし言われた大義というものです」
既に自らの最期を決定しているかのようです。しかし同時に、「そういうことを思い暮らしながら畳の上で死ぬことになるだろう」とも漏らしています。自らが抱く大義に突き動かされながらも果たしてそれを実行できるか、ためらう様子が垣間見えます。
NHKでは、没後50年に合わせて、三島由紀夫とは何者だったのかを考える番組をいくつか放送します。
きょう25日深夜は、NHKスペシャル「三島由紀夫〜50年目の素顔〜」(21日放送の再放送)。
27日(金)、映像ファイルあの人に会いたい「アンコール 三島由紀夫」(2004年10月放送の再放送)。
28日(土)、ETV特集「転生する三島由紀夫」(新作)。
いずれも異なる角度から、小説家、思想家、そして1人の人間としての三島像に迫ろうとしたものです。
番組アーカイブを研究する中で、他にもたくさんの三島由紀夫関連番組と出会います。いくつかご紹介しましょう。
1995年放送、ETV特集「三島由紀夫 二つの仮面」。
作家の猪瀬直樹さんの取材記録を基に、平岡公威(三島の本名)の成長過程にスポットを当て、高級官僚だった祖父の存在と、その時代を背負って、公私ともに厚い「仮面」をまとってゆく男の精神を探る番組です。撮影担当の新沼隆朗カメラマンの荒々しいカメラワークは、まるで仮面を剥ぎ取ろうとするかのようです。
もう一本。2015年放送、日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち「第7回 昭和の虚無を駆けぬける 三島由紀夫」。
三島と親交が深かったドナルド・キーンさんや、楯の会の会員、死の前年に討論した東大全共闘のメンバーたちの証言を織り交ぜながら、戦後の日本に絶望を深めてゆく三島の心模様を浮き彫りにしています。遺作『豊饒の海』のラストシーンは、当初はなんとも不気味で虚無的だった事実も示されます。
まだまだあるのですが、字数の都合もありこのへんで。
実はこの秋、「テレビ番組の再放送に関する意識調査」を実施しました。現在鋭意分析中ですが、NHKの視聴者のみなさんは過去の優れた番組を再放送することに対して概ね好意的な様子です。
三島由紀夫の数々の番組はもちろん、たくさんある保存番組をみなさんに再び見ていただくためには、権利処理などの課題があります。どうすれば課題を乗り越えられるのか、研究者として、一層励まねばと思うこの頃です。
メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基
公共放送に警察が踏み込んだ
2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。
なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。
リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
“機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。
この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。
捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。
日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。
「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」
「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」
事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

ABC(オーストラリア放送協会)
“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…
今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。
ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。
加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。
彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?
また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。
オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。
つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。
事態はいまも動いています。
そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。
“知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。