文研ブログ

調査あれこれ 2023年03月07日 (火)

#459 WBC直前企画② 侍ジャパンと視聴率

計画管理部(計画) 斉藤孝信

 3月9日(木)に日本が「ワールドベースボールクラシック」の初戦を迎えるのに合わせてお届けしている「視聴率からみるプロ野球平成史」の第2弾です!

 前回のブログでは、関東地方での6月調査週のプロ野球中継の視聴率が、セ・パ交流戦の開始や球団再編のあった"平成17年"を境に減少したことをお話ししました。 では、WBCのように、日本代表が世界に挑んだ試合の視聴率はどうだったのでしょうか。 まずは、前回お見せした6月視聴率調査のグラフに、同じ年の11月調査週に行われた国際試合の視聴率(各年で最も高かった試合)を重ねてみます。
※視聴率は他のチャンネルで放送されている番組の影響も受けるので、両調査の結果を単純に比較できるわけではありません。

プロ野球視聴率の平成史

 6月、すなわち国内のレギュラーシーズン中の中継の視聴率が平成17年を境に減少したのに比べ、11月に行われた国際試合は、平成24年にも9.2%、平成27年には10.1%と、よく見られていました。
 ふた桁となった平成27年は、「世界野球プレミア12」のベネズエラ戦。日本は、日本ハムの大谷、巨人の澤村、菅野、坂本、ヤクルトの山田、横浜の筒香、西武の秋山などの豪華メンバー。特にこの試合は、8回の裏から9回裏まで3度の逆転が起きる名勝負となりました。
 この試合の男女年層別の視聴率を、参考として同年6月に最もよく見られた「日本ハム対巨人」のデータと見比べてみます。前提として、ベネズエラ戦がよく見られたのは、日曜日の夜だったという要素もあるかもしれません。
 男女年層別にみると、いずれも男性60歳以上が15%超で全体より高く、女性20代以下が2~3%程度で全体より低いという傾向は同じです。一方で、男性50代以下と女性30~50代では、日米野球のほうが格段によく見られていました。

平成27年 世界野球プレミア12の男女年層別視聴率(関東)

 平成の国際試合で最も高かった平成14年「日米野球第2戦」についてもみてみましょう。
 このシリーズには、前年にMLBでMVPと新人王に輝いたイチロー選手がMLB代表の一員として凱旋。そのほかにもジャイアンツのホームラン王バリー・ボンズや、ヤンキースの看板選手・バーニー・ウイリアムズ、ドジャースの抑えの切り札ガニエなど、スター選手が名を連ね、イチロー選手を通じてMLBを見るようになったファンにとっては「そんな大物が来るの!?」と驚きと喜びの絶頂でした。迎え撃つ日本代表も、のちにアメリカに渡ることになる"W松井(秀喜、稼頭央)、岩隈、上原、福留など、各球団のトップ選手ぞろい。第2戦では日本が8対2で勝ちました。
 この試合の男女年層別の視聴率も、参考として同年6月に最もよく見られた「ヤクルト対巨人」のデータと見比べてみます。
 どちらも全体では10%を超えてよく見られ、男性60歳以上が20%超で全体より高く、女性20代以下が5~6%程度で全体より低いという傾向は同じですが、男性20代以下と女性30~50代では、日米野球のほうがよく見られていました。
 若い男性や、女性が、「日本が世界を相手に挑む国際的な試合をよく見る」というのは、以前、サッカーW杯について考えたブログで紹介しましたが、ここでも共通した傾向が浮かび上がってきます。

平成14年 日米野球第2戦の男女年層別視聴率(関東)

 今回のWBCも、まさに「日本が世界を相手に挑む国際的な試合」です。これまでの大会ではなかなかMLBのトップ選手が参加できなかった各国代表も、今回はそうそうたる顔ぶれがそろい、"本気勝負"のムードが満ち満ちています。そして日本代表は、平成14年のイチロー選手と同じように、いまやMLBの看板選手になった大谷選手の凱旋大会でもあるわけですから、これは、いやが応にも盛り上がるのではないでしょうか!?
 プレーボールが楽しみで仕方ありません!


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#435 視聴率でみる"大河ドラマ平成史"

調査あれこれ 2023年03月06日 (月)

#458 WBC直前企画① 視聴率でみる日本プロ野球平成史

計画管理部(計画) 斉藤孝信

 3月9日(木)、野球の世界大会「ワールドベースボールクラシック」で日本が初戦を迎えます。過去2度優勝の日本は、今回、MLBで活躍中の大谷選手やダルビッシュ選手、去年史上最年少で打撃三冠王に輝いたヤクルトの村上選手も参加し、非常に楽しみですね!

 選手たちへのエールの意味も込めまして、今回は、文研の過去の視聴率調査の結果から、「プロ野球」に注目して、①「国内のプロ野球平成史」、②「国際試合の平成史」の2回シリーズでお届けします。
 まずは、毎年6月第1週に実施している「全国個人視聴率調査」の関東地方のデータから、その週の夜間(18時以降)に地上波テレビで生中継された中で、各年最も視聴率の高かった試合をピックアップしてグラフにしてみます。

【プロ野球平成史】6月第1週に最もよく見られたプロ野球中継(関東)

 ご覧のように、大づかみに言うと、"右肩下がり"。平成16年までは10%を超えていましたが、その後は5%前後となる年が多くなりました。
 最も高かったのは平成2年の「巨人対中日」の16.9%です。
 この年は、前年の日本シリーズで近鉄を相手に3連敗からの4連勝で日本一に輝いた巨人が、開幕ダッシュに成功。5月8日以降は一度も首位の座を明け渡さずに独走し、優勝。つまり6月調査週にはすでに「巨人がぶっちぎりの好調」だったのです。
 ちなみに、この年の巨人の開幕戦オーダーは、1番ショート川相、2番セカンド篠塚、3番センタークロマティー、4番レフト原、5番サード岡崎、6番ライトブラウン、7番ファースト駒田、8番キャッチャー中尾、9番ピッチャー斎藤。当時野球少年だった筆者には、涙がでるほどに懐かしい顔ぶれです...。
 次いで、「阪神対巨人」が16.8%だった平成11年は、中日が開幕11連勝でスタートダッシュ。出遅れた巨人が、ルーキーの上原投手の活躍もあり、夏場に猛追するシーズンでした。すなわち6月は「巨人がここから巻き返すぞ」という時点でした(結果的には、首位中日に1.5ゲーム差まで迫りましたが、あと一歩届かず2位)。
 平成12年は、前年に熾烈な優勝争いを繰り広げた「巨人対中日」の15.6%。そこまで3年連続で優勝を逃していた巨人はシーズンオフに大補強を行い、ダイエーから工藤、広島から江藤を、それぞれFAで獲得。松井、江藤、清原、仁志、清水などの大物選手がずらりと並んだ打線は、西暦2000年にちなんで"ミレニアム打線"とも呼ばれました。6月はこの大補強が功を奏して、「巨人が混戦から頭ひとつ抜け出した」時期でした。
 このように、トップ3はいずれも「巨人が好調な6月」の巨人戦です。
 初めて視聴率が10%を割り込んだ平成17年。巨人は開幕4連敗でつまずき、主力選手の故障も相次いで、4月21日から6月2日までは最下位に低迷し続けました。つまり、前述の3年とは対照的に「巨人が絶不調の6月」だったわけです。
 そもそも地上波では巨人戦の中継が圧倒的に多かったですし、巨人が本拠地を置く関東のデータでは、"平成のプロ野球史"と言っても、どうしても"平成の巨人戦史"をみているようなものなので、「巨人が強ければ高くなるし、弱ければ低くなる」という平成前半の傾向は、ある意味で、当然なのかもしれません。
 しかし、平成17年以降の巨人は、14年間のうち11年はAクラス(3位以上)で、6度も優勝したにもかかわらず、視聴率がふたたび10%を超えることはありませんでした。もちろん、平成の前半に比べて、地上波での中継自体が減ったり、BSやCS、ネット動画サービスなど、視聴手段が多様化したりした影響もあるかもしれませんが、ここまでのデータでは、平成17年をひとつの大きな転換点として、"プロ野球テレビ観戦離れ"が進んだようにみえます。

 ではその"平成17年"、プロ野球にいったい何があったのでしょうか。
 まさにその年、セ・パ交流戦が始まっています。これまで(関東の巨人戦視聴者の目線で言えば)オールスター戦や日本シリーズくらいでしか見ることのできなかった、パ・リーグのチームや選手を目にする機会が一気に増えました。また、球団再編によって、宮城に新球団・楽天が誕生したのもこの年です。
 さらに、時は少し前後しますが、平成4年にはロッテが千葉に、平成5年に当時のダイエー(現ソフトバンク)が福岡に、平成16年には日本ハムが北海道に、それぞれ本拠地を移転。さらに、広島では平成21年に新球場がオープンしました。平成17年に生まれた楽天も含め、これらの球団が地元で多くのファンを獲得し、好成績も相まって、各地で応援熱が高まったことは皆様ご存じの通りです。
 すなわち、セ・パ交流戦開始や球団再編のあった"平成17年"を境に、パ・リーグや地方の球団の試合を見る機会が格段に増え、それによって、プロ野球の視聴や応援も、それまでの「野球といえば巨人」という状況から、大きく多様化を遂げたと言えるのではないでしょうか。
 そうした変化、とくに地方の盛り上がりが感じられるデータを、同じく6月の「全国個人視聴率調査」からご紹介します。まずは総合テレビ木曜日19:30~20:43の地方別視聴率です。平成29年と30年、総合テレビでは、木曜は19:30まで『ニュース7』を放送した後、各地域局のニュース前の20:43まで、北海道と中国地方では、他の地域とは別編成で、地元球団である広島と日本ハムの試合を中継しました。この時間帯の視聴率について、平成最後の5年間と、参考まで平成元年と15年のデータも合わせて表にしました。

総合テレビ 木曜19:30~20:43の地方別視聴率

 北海道では、平成30年は13%、平成29年は11%で、いずれも全体より高く、それまでの3年間よりも上昇しました。中国地方は、もともとこの時間帯の視聴率が比較的高めなので目立った上昇とまでは言えませんが、平成29年の11%は北海道同様に全体よりも高くなりました。

 総合テレビでは同様に、平成28年~30年の金曜も、20:00から、各地域局のニュース前の20:42まで、独自にプロ野球中継を放送していた地域がありますので、その時間帯の地方別視聴率もお示しします。

総合テレビ 金曜20:00~20:42の地方別視聴率

 この枠では、平成30年には北海道と中国地方で「広島対日本ハム」、平成29年には北海道で「日本ハム対巨人」、東北と中国地方で「楽天対広島」、九州地方で「ソフトバンク対阪神」、平成28年にも東北で「楽天対広島」が放送されました。
 平成29年の北海道と中国地方の11%は、とくに目を引きますね。日本ハムと広島はともに前年にリーグ優勝。まさに黄金期にあった広島では若い女性ファンも増え、"カープ女子"という流行語も生まれましたし、日本ハムはこの年が大谷選手の日本でのラストシーズンということにもなり、もともと巨人ファンも多いという土地柄もあって、多くの人が視聴したのではないでしょうか。
 なかなか10%に届かなくなった関東とは対照的に、ここ数年、地方によっては、地元球団の試合中継で視聴率が10%超となるというこの現象は、プロ野球の愛され方が多様化した平成を物語っているようにも思えます。
 そして今度のWBCには、そうした地方の球団からも多くの選手が日本代表に選ばれています。ソフトバンクの甲斐・近藤・周東選手には九州から、日本ハムの伊藤選手や、MLBからの凱旋となる大谷・ダルビッシュ選手には北海道から、広島の栗林選手には中国地方から、楽天の松井選手には東北から......、ひときわ大きな声援が送られるのではないかと、このデータをみていると感じます。
 次回は野球日本代表(侍ジャパン)の平成史を振り返ろうと思います。


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#429 大谷翔平選手、2年連続MVP受賞なるか!?

メディアの動き 2023年02月28日 (火)

#457 北欧メディアに学ぶジェンダー格差解消のヒント

メディア研究部(メディア動向)熊谷百合子

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 2月1日、北欧5か国の政府系プラットホームが主催するパネルディスカッションが東京都内で開かれました。議論のテーマは「ジェンダー平等とメディア~報道と編集室における女性~」。北欧の国々ではジェンダー平等をどのように進めたのか、メディアはどんな役割を果たしてきたのか、北欧と日本の3人の女性ジャーナリストが語り合いました。
 ジェンダー平等とは、国連が定めた2030年までの開発目標「SDGs」の17目標にも盛り込まれている指標です。発展途上国だけでなく先進国も取り組むべき普遍的な国際目標として、日本も積極的に取り組んでいますが、「ジェンダーギャップ指数」に着目すると、世界の中での日本の現在地がわかります。「ジェンダーギャップ指数」は、政財界のリーダーが集まるダボス会議を主催する世界経済フォーラムが、男女の平等の度合いを数値化した指標です。男女格差の解消を目的に2006年から毎年発表していて、「政治参加」、「経済」、「教育」、「健康」の4つの分野について、世界各国の男女の格差を数値化してきました。


世界経済フォーラム「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」(2022年版)
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 去年(2022年)7月に公表された報告書では、日本は調査対象の146か国のうち116位でした。「教育」と「健康」は評価が高かったものの、「政治参加」と「経済」の分野での評価が極めて低い結果となりました。

「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」(2022年版)
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 一方でジェンダー平等の上位の国を見てみると、北欧の国々が目立ちます。アイスランドは13年連続での1位。2位のフィンランド、3位のノルウェーも毎回、上位に名を連ねる、いわばジェンダー平等の優等生です。例えば「経済」の指標は、日本は121位ですが、アイスランドは11位、フィンランドは18位、ノルウェーは27位です。「政治参加」に至っては、日本は139位ですが、アイスランドは1位、フィンランドは2位、ノルウェーは3位という高い水準でした。
 なぜ、北欧の国々は「ジェンダー平等」がこれほどまでに進んでいるのでしょうか?今回のパネルディスカッションでは、ジェンダーギャップ指数1位のアイスランドと2位のフィンランドから2人の女性ジャーナリストが来日しました。ソーラ・アルノルスドッティルさんはアイスランド国営放送の編集長で、アヌ・ウバウドさんは北欧最大の日刊紙として知られるヘルシンギン・サノマットの元編集長です。日本のメディアからは、NHK解説委員でジェンダーや男女共同参画を担当する、NHK名古屋拠点放送局の山本恵子さんが登壇しました。司会は朝日新聞の元記者で、バズフィードジャパンの初代編集長を務めた古田大輔さんです。都内の会場には大学生や報道関係者など50人が集まり、オンラインでも約200人が参加しました。
 議論は冒頭から、なぜ北欧の国々はジェンダー平等の推進に成功し、メディアはどのような役割を果たしてきたのか、という核心を突いたところから始まりました。ソーラ・アルノルスドッティルさんは、ジェンダー平等に向けた動きは、長い歴史のなかで少しずつ進んできたことを教えてくれました。

アイスランド国営放送 編集長 ソーラ・アルノルスドッティルさん

panel2_1.jpg「ジェンダー平等を推進するための青写真があったわけではありません。アイスランドでは100年以上の時間をかけて、小さな前進を重ねてきました。権利獲得の闘いを始めたとき、アイスランドの女性たちはまず雑誌を創刊するところから始めました。それは、自分たちの考えを社会で共有するためには女性のためのメディアが必要だったからです。女性が投票権を得たのは1915年ですが、女性の国会議員の数はすぐには増えませんでした。女性に与えられたポジションは少なく、その結果、女性同士の激しい競争につながりました。大きな転換点は1980年代です。世界初の女性大統領が選出されたのです。彼女の在任期間は16年間と長期だったこともあり、当時の子どもたちは、男性は大統領になれないと思っていたほどです。男女の賃金格差についても私の祖父の時代から議論が始まり、法制化を進める動きもありましたが、遅々として進みませんでした。それでも議論を前に進めようとする人たちの努力があって、最近では男女同一賃金を実現するための法律ができました。育児休業制度は、父親と母親が最大で6か月ずつの取得が可能で、両方が取得すればさらに6週間を互いに分け合うことのできる仕組みになっていて、ジェンダー平等を進めていくうえで不可欠のものとなっています」

そのうえで、メディアの果たすべき役割は非常に大きいと語ります。

「メディアは単に社会を反映するだけではなく、私たちが何をニュースとして取り上げるのか、誰に取材するのか、どんな視点で伝えるのかによって社会をかたちづくりさえします。私が国営放送で働いてきた25年の中でも、多くのことが変化しました。当時では考えられないことですが、現在では男女の比率を50:50にすることを常に意識しています。多様性はリーダー層だけでなく、マネジメント層にも必要です。白人の中年の男性ばかりでは、同質性が高い人たちによる意思決定が行われてしまうからです。ニュースの制作陣が多様化しても、上の立場の人たちの同質性が高いままでは多様な報道にはつながらないのです。ボトムアップとトップダウンの両輪でジェンダー平等を進めていくことが必要です」

アヌ・ウバウドさんはジェンダー平等を推進する議論を、メディアが積極的に取り上げることの必要性を説きました。

ヘルシンギン・サノマット 元編集長 アヌ・ウバウドさん
panel3_1.jpg 「メディアが重要であることは言うまでもありません。育児休業や子育てに関連する社会的支援はジェンダー平等を達成するうえで重要な施策です。こうしたトピックをメディアで頻繁に取り上げることが、社会の共通課題であるとの意識を共有していくうえで不可欠です。そのためには、メディアはどのように世界を描くのかを考えなければなりません。その意味でもメディアの役割は重要なのです」

 一方でジェンダー平等が大きく遅れる日本のメディアの現状について、NHKの山本恵子解説委員は自身の経験を踏まえながら、女性記者が仕事を続けることの難しさについて語りました。

NHK解説委員 山本恵子さん
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「報道記者は、事件、事故、災害が起きれば、すぐに駆けつけなければなりません。大災害の場合は24時間態勢で報道センターに詰めて、最新ニュースを視聴者に届ける必要があります。緊急時の突発の対応が求められるので、子育て中の母親が報道の現場で働き続けることは容易ではありません。育児休業からの復職後、母親たちは24時間態勢の報道の現場に戻るのか、さもなければ別の部署に移るのかという選択を迫られることになります」

 一児の母である山本さんは、何度も壁にぶつかりながら報道の仕事を続けてきたと言います。北欧メディアで働く子育て中の女性たちには同じ悩みはないのでしょうか?仕事と育児を両立するなかで、ワークライフバランスはどのように保たれているのでしょうか。panel5_1.jpg(ソーラ・アルノルスドッティルさん)
「仕事か家庭かの選択を迫られるのだとしたら、それは仕組みとして機能していないことを意味します。子どもがいると働きにくい慣習が職場にあるならば、変える必要があります。男性は仕事、女性は家事・育児、という性別役割分担の意識が根強いのであれば、その意識も変えなくてはなりません。報道に関わるのは、家庭のことを妻に任せられる男性だけというのも変えるべき風景です。そのような同質性の高い人たちによって制作されるニュースは、さまざまな価値観をもつ人々が暮らす社会に受け入れられなくなりつつあります。つまり、報道の現場も社会と同様に多様であるべきですし、人々にとって何がニュースなのかを再定義する必要があるのです。ニュースの制作現場のダイバーシティーを実現するためには、多様な人が働きたいと思えるような魅力的な職場にすることが求められています」

(アヌ・ウバウドさん)
「北欧の国々では長時間労働は評価されません。残業時間が長いということは、効率的な仕事ができていないことを意味します。フィンランドでは、ジャーナリストであれ会社員であれ、そして管理職であれ、夕方には退社します。5時前には保育園に子どもを迎えに行って自宅に戻ります。もちろん残業しなくてはならない場合もあるので、自宅に持ち帰って夜間の時間帯で仕事をすることもあります。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)以降は、より包括的に幸福とは何かという議論を深めてきました。なぜかと言うと、想像力豊かで効率的に働く人は、私たちの文化では仕事以外の生活も充実している人だと考えるからです。働き方の議論は、ジャーナリズムやメディアにかぎった問題ではなく、文化にまつわる問題なのだと思います」

 北欧はワークライフバランスが整っているイメージはありましたが、緊急報道などの対応もあるメディアは例外なのではないかと想像していました。しかし、フィンランドでは子育て中かどうかを問わず、官公庁も企業も報道機関も学校も、夕方4時を過ぎると退勤するのが一般的だといいます。医師も例外ではなくシフト勤務が徹底しているとのことで、どんな職種でもよほどの理由がないかぎり、残業はしないそうです。
 “他社よりも早く”、そして“特ダネ”を高く評価する日本のメディアでは、“夜討ち朝駆け”という言葉に象徴されるように長時間労働の慣習が長く続いてきました。そうしたなかで仕事と育児を両立する女性記者がキャリアをどのように形成していけばよいのか。悩ましい課題を克服することは容易ではありません。ソーラ・アルノルスドッティルさんが語っていた、“人々にとって何がニュースなのかを再定義する”ことはメディアの価値を問い直す上で、一つの手がかりとなるような気がしました。
 議論では、ソーラ・アルノルスドッティルさんは6人の子どもを、アヌ・ウバウドさんは4人の子どもを育てていることにも触れました。アヌ・ウバウドさんは編集長をしているときに第4子の出産、育休、復職を経験しましたが、上司や同僚たちは、小さな子どもを育てる女性が編集長の仕事を続けることで周囲の意識も変わるとポジティブに捉えて、サポートを惜しまなかったそうです。
 パネルディスカッションの後半では、若い世代へのメッセージがありました。

(山本恵子さん)
「私は3年前に管理職になって、夕方のローカルニュースの編集責任者を交代制で務めています。どのニュースをトップで扱うのかを自分で決めるので、私は女性に関わる問題や子育てにまつわるニュースをトップ項目で放送します。ニュースを見る人たちは、これは重要なテーマなんだと認識するかもしれない。そうすることで少しずつ社会の意識を変えていけると思います。職場の若い世代の女性たちには『大変だけど記者を辞めないで』と言い続けています。報道の現場に女性がもっと増えれば、より多様な報道を発信できるからです。辞めてしまえば女性の数は減ってしまい、何も変わらないことを意味します。仕事を続けていけば職場のルールを変える立場に昇進して、働きづらい要因となっている職場の慣習も自分たちで変えていくこともできるのです」

(アヌ・ウバウドさん)
「北欧ではジェンダー平等を達成するのに150年の年月がかかりましたが、日本でも同じだけの時間がかかるとは思っていません。今は変化を加速できる時代です。メディアの発信力が強化され、さまざまな意見を表明する場が与えられているのですから」

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 このブログでは詳述しませんが、今回の議論では、フィンランドでは雑誌メディアには女性が多くいる一方で、ニュースメディアの男女の比率を見ると女性の数がまだ少ないなど、課題があることも紹介されていました。質疑応答でも大学生を中心に活発な意見が次々と出て、ジェンダー平等への関心の高さがうかがわれました。パネルディスカッションの詳しい内容は、ブログの最後にご紹介するURLからご覧ください。
 司会を務めた古田大輔さんは、今回の議論が日本のメディアの多様性を加速することに役立ってほしいと話していました。

panel7_1.jpg(古田大輔さん)
「日本のジェンダーギャップについてはメディアの現場にも課題があるということはわかっていても、どれぐらい課題が大きいのかを気づくのは難しいことです。今回、北欧メディアの第一線で働く2人の声を直接聞けたことで、メディアが多様性を映し出していくことの重要性と、日本のメディアが抱える課題を確認することができたと思います。報道する側にダイバーシティーがある方が、よりパワフルで魅力的なメディアを作れるんだということに、まずは気づくことですよね。日本の新聞やテレビなど主流メディアの皆さんへの重要なメッセージになるのではないでしょうか」

 北欧のジェンダー平等は長い歴史をかけて一歩ずつ前進した結果、実現したものでした。誰かがお膳立てして用意したものではなく、変化を必要とする人たちがそれぞれの持ち場で変革を担ってきたからこそ、今の姿があるのだと感じました。
 パネリストとして来日した北欧の2人のジャーナリストは、ジェンダー平等の遅れる日本のメディアについて何を感じたのでしょうか。そして北欧メディアの取り組みを知り、日本のメディアで働く人たちは何を思うのでしょうか。このブログでは取り上げきれなかったエピソードについても、今後の調査研究を交えて連載を続けていく予定です。 


↓パネルディスカッションの詳しい内容はこちら↓

▽Nordic Talks Japan「ジェンダー平等とメディア~報道と編集室における女性~」
    https://note.com/nordicinnovation/n/n55dee5e1a3b2
参考資料)
▽世界経済フォーラム「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」(2022年版)
 Global Gender Gap Report 2022 | World Economic Forum (weforum.org)

2024年2月8日追記)
パネルディスカッションの日本語吹き替え版
https://youtu.be/BN9AEJu2Zow?si=rMbwoStKh379GYtV

 

調査あれこれ 2023年02月24日 (金)

#456「関東大震災100年」 震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

メディア研究部(メディア動向)中丸憲一

  1923年(大正12年)9月1日に発生し、10万人以上が犠牲になった関東大震災から、今年(2023年)で100年になる。この震災では、放送にも大きく関わる「情報伝達」が大きな課題になった。また、私はNHKで長年、災害担当記者をしてきたが、今回、関東大震災の記録を改めて探ったところ、初めて知ることも多かった。この関東大震災から学びとるべき「警鐘」について詳しく見ていきたい。

【ラジオ放送誕生を早めた関東大震災の“怪物”】
 まず目を向けたいのが、関東大震災の時の「情報の途絶」だ。まだテレビやラジオ、当然ながらSNSはなかった時代。電信・電話といったほぼすべての通信網が途絶し、新聞社も社屋が焼失するなどして新聞の発行がままならなくなった。生き残った人たちは、被災時に最も必要なものの一つ「情報」が入手できなくなることによって混乱を極めてゆく。 

yoshimurabook300.png  その様子を、吉村昭は「関東大震災」で次のように書いている。(一部中略・原文ママ)

「知る手がかりを失ったかれら(被災者※筆者追記)の間に無気味な混乱が起り始めた。かれらは、正確なことを知りたがったが、それは他人の口にする話のみにかぎられた。根本的に、そうした情報は不確かな性格をもつものであるが、死への恐怖と激しい飢餓におびえた人々にとってはなんの抵抗もなく素直に受け入れられがちであった。そして、人の口から口に伝わる間に、臆測が確実なものであるかのように変形して、しかも突風にあおられた野火のような素早い速さでひろがっていった。流言はどこからともなく果てしなく湧いて、それはまたたく間に巨大な怪物に化し、複雑に重なり合い入り乱れ人々に激しい恐怖を巻き起こさせていった」

  この流言飛語にはさまざまなものがあった。「上野に大津波が襲来した」「富士山が爆発した」「秩父連山が噴火した」などという偽情報がまことしやかに流れ、地方紙に掲載された。さらに混乱に拍車をかけたのが、朝鮮人に関するデマである。再び吉村昭の「関東大震災」から引用する。(一部中略・原文ママ)

「大地震の起った日の夜七時頃、横浜市本牧町附近で、『朝鮮人放火す』という声がいずこからともなく起った。その夜流布された範囲も同地域にかぎられていたが、翌二日の夜明け頃から急激に無気味なものに変形していった。『朝鮮人強盗す』『朝鮮人強姦す』という内容のものとなり、さらには殺人をおかし、井戸その他の飲水に劇薬を投じているという流言にまで発展した。殺伐とした内容を帯びた流言は、人々を恐れさせ、その恐怖が一層流言の拡大をうながした」

  この流言の発生と急速な拡散が、朝鮮人虐殺という悲惨な事件まで引き起こしたことを考えると、まさに「怪物」以外のなにものでもないと思う。そしてこの「怪物に2度と遭遇したくない=迅速で正確な情報が欲しい」という人々の強い願いが、ラジオ放送の誕生を早めるきっかけとなった。
  ラジオ放送は、1920年(大正9年)に正式の免許をうけた初の放送局がピッツバーグで放送開始後、アメリカ全土に急速に広がった。これに刺激されて日本でもラジオ放送開始への機運が高まり、政府は放送を民営で行うとする方針に沿って関係法令の整備など準備を進めた。そのさなかに関東大震災が発生し、作業は中断。しかし、震災直後、横浜港に停泊中の船が船舶無線で被災状況や救援要請をいち早く伝えるなど無線による情報伝達が一部で機能したことなどから、無線の一種であるラジオ放送への要望が急速に高まった。政府も緊急・非常時に備えるために一日も早くラジオ放送を実現すべきだとして関係法令の整備作業を再開。2年後の1925年(大正14年)3月22日の東京・芝浦での放送開始につながった。

housousi400.png20世紀放送史より(放送文化研究所編さん)

  こうして産声を上げた日本のラジオ放送は、その後、テレビやSNSなどのメディアにつながっていく。しかしその原点には、「怪物に遭遇したくない=災害時に迅速で正確な情報が欲しい」という100年前の震災を経験した人々の痛切な思いがあることを忘れてはならない。

【関東大震災から学びとる「今後起きうる災害」への警鐘】
  100年前に首都を襲った大地震。とはいえ今とは状況がかなり違う中で起きた地震だけに、どれだけの教訓があるのか。気象庁が今年1月4日に立ち上げた特設サイトを通じて各防災機関の資料を調べてみた。関東大震災というと有名なのはやはり「火災」。発生時刻が正午前と昼食時間帯だったこともあって次々に出火し延焼。火災による死者は震災の死者の約9割にものぼる。特に4万人余りが犠牲になった東京の陸軍被服廠跡地で起きた「火災旋風」は、非常にまれな現象であることもあり、メディアも頻繁に取り上げる。私自身、社会部の災害担当記者時代に火災旋風を作り出す実験を専門家に行ってもらうなどして火災旋風のおそろしさを伝える番組を作ったことがある。しかし、今回、資料を読み込むことで、関東大震災では火災以外にも多くの災害が起き、それはいずれも「今後起きうる災害」につながっていることを知った。

daisinsai400.png関東大震災の被災地 気象庁ホームページより 

  震災で火災のほかに起きた災害としては、まず津波があげられる。早いところでは地震発生から5分程度で襲来。相模湾沿岸や伊豆半島東岸で大きな被害が出て、死者は200人から300人にものぼるとされた。特に神奈川県小田原市根府川では河口付近で遊泳中の子ども約20人が犠牲になったという。津波で子どもが犠牲になる被害は、1983年の日本海中部地震や2011年の東日本大震災などでも起きている。これを教訓に、今、各地の学校などで子どもたちを津波から守る防災教育が進められているが、関東大震災のこの悲惨な被害も忘れてはならないと思う。
  また、土砂災害も多発。山沿いを中心に、地震発生の前日にかなりの量の雨が降ったことが原因の一つとされている。この「地震前の雨」が要因となったとされる土砂災害も、平成30年(2018年)の「北海道胆振東部地震」などで起きている。
  さらに「海上火災」も起きていた。神奈川県横須賀市では、当時、海軍の基地があり、8万トンの重油を貯蔵する重油タンクがあったが、これが破損。
流出した油が海面を覆って引火し、火の海となった。海上に流れ出した重油に火がつく大火災は、東日本大震災の際、宮城県気仙沼市などでも起きている。私自身、社会部の災害担当記者時代に、東日本大震災関連の番組用に、海上を漂う重油に火がつき燃え広がるメカニズムを取材したことがあるが、それとほぼ同じ現象が100年前に起きていたことを今回初めて知った。さらに思い起こせば、東日本大震災が起きる7年ほど前、仙台放送局の記者時代に、取材で気仙沼市を訪れた際、同行した津波防災の専門家が「もし大津波が来たら、気仙沼湾にある重油タンクが危険だ」と指摘していた。これはその後、東日本大震災で現実のものとなる(震災直後に気仙沼市の被災地を取材した際、津波に流され破損して陸に打ち上げられた巨大なタンクを見て、悔しくて仕方がなかったのを覚えている)のだが、当時はそれほどの危機感を持って原稿を書くことができなかった。このとき、この関東大震災の横須賀市の事例を知っていればもっと違った伝え方ができたのでは、と悔やまれてならない。
  東日本大震災以降、国などは、南海トラフや千島海溝・日本海溝沿いの巨大地震、そして首都直下地震などの新たな被害想定を次々に発表している。100年前に起きた現象・被害が再び起きるおそれのあることを是非知るべきだと自戒を込めて強く思う。
  関東大震災の史実から学びとる「今後起きうる災害」への警鐘をいかに対策に生かすことができるか。そして、ラジオ放送開始のきっかけとなった「迅速で正確な情報が欲しい」と願った人たちの思いを放送に携わる私たちは、しっかりと受け止め災害報道に生かさなければならない。
  関東大震災から100年を迎える今年は、防災対策と災害報道のあり方を問い直す、節目の年となりそうだ。

文研フォーラム 2023年02月16日 (木)

#455 未来を担う中高生の「いま」を探ります! コロナ禍のネット時代を生きる中高生 ~第6回中学生・高校生の生活と意識調査より~

世論調査部(社会調査)村田ひろ子

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  スマホ操作が苦手な私をよそに、中学生の娘は、学校の提出物の確認、遊びの日程調整、“盛れる”プリクラ機の情報収集など、実にスマートにSNSを使いこなしています。その一方で、「体育の授業で倒立ができない!」「流行の“シースルー前髪”が決まらない!」「TikTokのダンスが踊れなくて友だちの輪に入れない!」など、ないないづくしの自信喪失の毎日・・・。大人からみれば、「なんでそんなことを気にするの?」と疑問に感じることも、彼女にとっては一大事のようです。
  こんなイマドキの中高生の生活ぶりや価値観は、文研が昨夏実施した「中学生・高校生の生活と意識調査2022」の結果からかいま見ることができます。調査は、学校生活、SNSの利用、友だちや親との関係、心理状態、世界観などの幅広い領域について、中高生とその父母の双方の視点からみられるユニークな設計になっています。10年ぶりの調査からみえてきたのは、SNSを通じて友だち関係を拡大させ、明るい未来を思い描く一方で、自己肯定感が低かったり、「社会」よりも「自分」を優先させたりする姿です。

  文研フォーラム・プログラムA「コロナ禍のネット時代を生きる中高生」(3/1(水)10:40~)では、調査結果をふまえて、いまどきの中高生の生活や価値観、について考えます。

  パネリストは、
・公立中学校の校長として校則や定期テストの廃止といった学校改革に取り組まれた工藤勇一さん

Aguest1.png工藤勇一さん
(横浜創英中学・高等学校校長)

・文化社会学、ジェンダー論、家族社会学がご専門の水無田気流さん

Aguset2.png水無田気流さん
(國學院大学 経済学部教授)

・情報番組の司会や女性誌のモデルなど幅広く活躍中、2児のママでもあるタレントの優木まおみさんです。

Aguest3.png優木まおみさん
(タレント/モデル)

  進行は世論調査部のリードオフマン・中山準之助研究員、報告は村田ひろ子です。
  令和の時代の中高生たちが何を考え、どのような課題を抱えているのか。コロナ禍のストレスや悩み、ジェンダー意識などにも注目しながら、将来の日本社会を担う彼らの「いま」を知るための手がかりを探ります。多くの皆様のご参加をお待ちしています!

 

【申し込みはNHK放送文化研究所ホームページから】

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文研フォーラム 2023年02月15日 (水)

#454デジタル情報空間とメディア ~"信頼"のフレームワークをどう構築するか~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

 私は放送やメディアを巡る最新動向をウオッチし、俯瞰して分析したり、提言したりすることを主な業務としています。そのため、毎年3月に実施する「文研フォーラム」では、できるだけこの1年の動向を象徴するような、そして簡単には答えが見つからないようなテーマを設定して、建設的な議論の場を作ろうと試みています。ただ、年を追うごとに変化が激しくなり、政策の議論は複雑になり、関係する事業者も増えている気がします。毎年テーマ選びと登壇者選びにはとても苦戦していて、今回も悩みに悩んで、他のプログラムよりも遅れてシンポジウムの登壇者をようやく公表しました。遅くなって申し訳ありません!

Gprogram.png文研フォーラム プログラムGの詳細はこちら

テーマは「デジタル情報空間とメディア ~“信頼”のフレームワークをどう構築するか~」。なぜこのテーマを選んだのか、共有しておきたいと思います。

 本ブログでも繰り返し取り上げていますが、2021年秋から総務省では、「デジタル時代の放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」が続けられています。 私は地デジ化が終了した頃から、総務省で開催される放送やNHKの未来像に関する様々な検討会を傍聴、取材していますが、在り方検はこれまでの検討会と比べ、議論の組み立て方が大きく異なっていると感じています。
 在り方検以前の検討会では、前提とする問題意識は、通信と放送が融合していく時代に、放送がこれまでのような役割を果たしていくにはどのように通信を活用していけばいいのか、そのための制度改正をどのように進めていくか、でした。もちろん今回の在り方検でもそれは踏襲されていますが、議論を傍聴しているとそれにとどまらないものを感じます。議論では常に、ネット上で信頼できる情報を循環させる枠組みをどのように整備していくか、そしてその情報を確実に届けていく方法をどのように提供していけるかが問題意識の前提にあり、未来像の“主語”は放送ではなくデジタル情報空間そのものであるという印象を受けています。つまり、在り方検の議論の組み立て方は、増え続けるデジタル情報空間の課題に対して、放送は今後どのような役割を果たしていくべきか、それを推進していくためにどのような制度改正を行うべきか、であるといえると思います。
 ただ難しいのは、取材と編集機能を備えた信頼できる情報を提供する主体は放送だけではないということです。伝統メディアとしては新聞や雑誌、そしてネットメディアの中にも数多く存在し、日々取り組みを進めています。また、ネット上で情報を届けていくには、多くのユーザーが集うプラットフォームの存在を抜きには考えられません。プラットフォームの役割やメディアとの関係性については、グローバルなテーマとなっています。とはいえ、在り方検は国内の放送の未来像や放送制度改革を議論する場、つまり放送を“主語”とする議論にならざるを得ません。そのためしばしば議論は暗礁に乗り上げているようにもみえますが、それは、挑戦的で今日的な問題意識で既存の放送政策議論を超えようとしているが故のことなのだと私は受け止めています。今後も期待して傍聴、取材を続けたいと思います。

 さて、肝心の文研フォーラムの内容に戻ります。文研はNHKの組織であり放送文化に寄与することを目的としていますが、総務省の在り方検ほど議論に制約があるわけではありません。ですので、今回はあえて放送を主語には据えず、デジタル情報空間を主語に、放送、新聞、ネットメディア、プラットフォームという“事業者横断”で、“信頼”のフレームワークの構築について考えてみたいと思います。在り方検の問題意識も意識しつつ、それを越える議論もできればと思っています。
 そして、登壇者についてですが、今回は全て、現場で格闘し続けている方々にお願いしました。このテーマは研究者や啓発活動等の様々な取り組みを行う実務家も多い領域なのですが、どのような枠組みを検討したとしても、事業者の主体的な意思がなければそれが実装されることはないと思い、あえて“現場縛り”にしています。様々な事情や制約の中で抱いている課題意識や取り組みを、業界を越えて共有し議論していくことで、事業者自身によるリアルな競争や協創のあり方を探っていきたいと思います。
3月3日15時半から120分。真剣勝負の徹底議論を行う予定です。皆様のご意見もどんどん議論に反映させていきたいと思っています。ぜひ奮ってお申し込みください。お待ちしています!

【申し込みはNHK放送文化研究所ホームページから】
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調査あれこれ 2023年02月14日 (火)

#453 「低位安定」の岸田内閣 ~支える自民党支持者の動向は~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 1月23日に通常国会が召集され、6月21日までの150日間にわたる与野党論戦に入りました。ただ、ことしは4月に統一地方選挙があるため、4月中の会期を十分に活用できるとは限りません。それだけに濃密な議論と時間の使い方が政府にも与野党双方にも求められます。

 初日の施政方針演説で、岸田総理大臣は12の章立てをして、自らの内閣の向こう1年の基本方針を国民に訴えました。防衛力の整備強化、新しい資本主義の進展、子ども・子育て政策の推進などを並べましたが、具体策は後で示すというものが目立ちました。

 例えば、新しい資本主義の部分では、年功序列型賃金を見直し、構造的な賃上げを実現するために日本企業に合った「職務給」導入のモデルを6月までに示す。また、子ども・子育ての部分では、今の社会で必要とされる政策を取りまとめ、6月の骨太方針までに予算倍増に向けた大枠を提示する。

1月23日施政方針演説 1月23日施政方針演説

 一見すると締め切りの時期を示した誠実な姿勢に見えますが、裏を返せば結論の先送りです。見方を変えれば、5月のG7広島サミットまでは外交に専念し、内政課題については霞が関官僚の年間スケジュールに合わせて時間稼ぎをしているとも言えます。スピード感に欠けています。

 施政方針演説をもとに衆参両院での代表質問、そして衆議院予算委員会での質疑へと進んでいますが、答弁で具体的な政策内容が浮上している気配はありません。

 こうした中で、2月のNHK電話世論調査は10日(金)から12日(日)にかけて行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する  36%(対前月+3ポイント)
 支持しない  41%(対前月-4ポイント)
 わからない、無回答  23%(対前月±0ポイント)

NHK世論調査での岸田内閣の支持率は、去年7月に発足以来最も高い59%を記録した後、下降局面に入りました。去年12月と今月は、前の月より若干支持率がアップしましたが30%台のままです。「低位安定」が継続していると見ることができます。

 この「低位安定」を支えているものはと言えば、やはり自民党支持者です。2月調査でも自民党支持者のうち61%が岸田内閣を支持すると答えていて、支持するが17%の野党支持者、18%の無党派とは大きな差があります。

 ただ、自民党支持者の中にもテーマによってさまざまな考え方が存在し、岸田総理にとってもとらえどころに苦慮する面がありそうです。今月の調査から2つの項目を見てみます。

☆政府は増額する防衛費の財源の一部を確保するため、増税を実施する方針です。あなたはこれに賛成ですか。反対ですか。

 賛成 23% < 反対 64%

これを詳しく見ると次のようになります。

 自民党支持者 賛成 33% < 反対 58%
 野党支持者 賛成 17% < 反対 76%
 無党派 賛成 18% < 反対 71%

野党支持者、無党派ほどではありませんが、防衛費増額のための増税に対しては、自民党支持者でも否定的な考えが多いことが分かります。

 いつの時代でも国民は増税に警戒感を持ちます。それが何に使われ、どれだけ自分の暮らしの安定に役立つのかが明確にならなければ、簡単には賛成しません。

 岸田総理は、日本を取り巻く安全保障環境の悪化に対応する防衛費増額なので、今を生きる我々が負担すべきものとして、国債発行で将来につけを回す方法はとらないと明言しています。財政健全化を目指す観点から妥当な判断と言えます。

 しかしながら、この基本的な方針を最後まで貫くことができず、議論を続ける中で国債発行で賄うという結論に至ったならば腰砕けのそしりを免れません。まず、足元の自民党支持者に理解を得るための努力、とりわけ反撃能力を保有することが国民の命と日本の社会システムを守るうえでなぜ必要か、どこまで有効かの説明を尽くす必要がありそうです。

☆あなたは、男性どうし、女性どうしの結婚を法律で認めることに賛成ですか。反対ですか。

 賛成 54% > 反対 29%

こちらも詳しく見ると次のようになります。

 自民党支持者 賛成 51% > 反対 38%
 野党支持者 賛成 57% > 反対 33%
 無党派 賛成 62% > 反対 20%

この数字を見て、私は少々驚きました。自民党の国会議員などと話していると伝統的な家制度を継承すべきという主張が多いのですが、自民党支持者の数字からは野党支持者、無党派層と大きな傾向の違いを感じません。より多角的に調査してみる必要があるとは思いますが、自民党支持者の中にも時代の変化に身を添わせるべきという考え方が広がっているように感じます。

 今回の調査の1週間前に、総理秘書官が記者団に内閣の基本姿勢を解説する中で「同性婚は嫌だ」と発言して更迭される出来事がありました。本人が何を守ろうとしてこうした発言をしたのかは定かではありません。ただ、岸田内閣を支える自民党支持者に寄り添おうと考えて発言したとしたならば、これは少々現状を見誤っていたということなのかもしれません。

 「低位安定」の岸田内閣について見てきました。こういう状況の下で行われる4月の統一地方選挙。とりわけ41の道府県議会議員選挙が注目点になりますが、与野党の勢力図にどういう変化が現れるのかは流動的です。

 国会論戦の中で、岸田総理が先頭に立って具体的な中身に踏み込んだ発信を積み重ねることができるかが、政権を担う自民党にとって欠かせない要素になりそうです。

文研フォーラム 2023年02月13日 (月)

#452 Z世代と「テレビ」?

世論調査部(視聴者調査)保髙隆之

「ワールドカップ(W杯)の日本戦ですか? テレビ画面で見ていましたよ。…ABEMAの中継で」

大学生が当然のように答えたとき、私は軽いショックを受けました。

もちろん、ABEMAのサッカーW杯中継が多くの方に見られたことは報道で知っていました(実際の規模感については諸説ありますが)。しかしながら勝手にスマホでの視聴だと思い込んでいたのです。かつてのワンセグによる日韓共催のW杯中継のように。

この違いは非常に大きいです。つまり、放送も同時に行われていたのに、あえて「テレビ」という箱の中で動画サービスによる中継が選択されたのです。ときどき、「テレビ離れ」は「コンテンツ離れ」ではないから大丈夫、という放送業界の方がいらっしゃいますが、これは放送局にとっては言い訳ができない、まさに存在意義を問われるような事態です。
この大学生にとっては、「テレビ」という「機器」は既に「放送」を前提にしたものではありません。

では、彼や彼女たちにとっての「テレビ」とは何なのでしょう?

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今年のNHK文研フォーラムのプログラムB「Z世代とテレビ」(3月1日(水)午後2時~)では、デジタルネイティブの先駆けであるZ世代の大学生たちと、いまのテレビとのリアルな距離感、そしてこれからのテレビに期待することを語り合います。ゲストはメディア研究の第一人者である渡邊久哲さん(上智大学教授)とZ世代と未来を考えるプロジェクトを進める小々馬敦さん(産業能率大学教授)。文研からは「メディア利用の生活時間調査」など視聴者行動の分析が専門の舟越雅研究員が最新の調査結果を報告、保髙が進行を担当します。

pb_01.jpgのサムネイル画像上智大学文学部 渡邊教授

 

pb_02.jpgのサムネイル画像産業能率大学 小々馬教授

現在は本番に向けて大学生たちに鋭意取材中。その繊細な感性や合理的な考え方に驚かされたり、教えられたりする毎日です。ぜひ、当日の議論の行方をお楽しみに!

放送ヒストリー 2023年02月09日 (木)

#451長寿番組「名曲アルバム」制作の舞台裏

メディア研究部(番組研究) 河口眞朱美

モーツァルト「交響曲第38番

 今月、テレビは放送開始70年を迎えた。その中で、長い歴史を刻んでいる番組の一つが「名曲アルバム」である。放送開始は1976年、3年後には50周年を迎えるNHKの長寿番組である。5分という短い時間に、クラシックを中心とする音楽のエッセンスが詰め込まれ、作品に縁のある映像と曲にまつわるエピソードを紹介、通算およそ1300作品が放送されてきた。筆者も、当番組の制作に携わる機会を得、1999年秋にヨーロッパでロケを行い、他の業務と並行しながら6年かけて14曲完成させた経験がある。この番組の映像が資料映像と思われる向きもあるが、毎回、音楽の名所を訪ねている。筆者は、ハイビジョン放送開始の折にまとめられた「名曲100選」シリーズを中心に、サン・サーンスの「白鳥」やクライスラーの「愛の悲しみ」、バッハの「G線上のアリア」など、クラシックの名曲中の名曲を選曲、5か国でロケした。

エイク『笛の楽園』から「涙のパヴァーヌ」エイク『笛の楽園』から「涙のパヴァーヌ」

チャイコフスキー『四季』から「炉辺にて」「トロイカ」チャイコフスキー『四季』から「炉辺にて」「トロイカ」

 5分という時間が、聞き手にとって聞きやすいのか、この番組コンテンツは、CDブックでの売り上げも細く長く続く隠れたベストセラーである。放送も、フィルムからデジタル、ハイビジョン、そして4K・8Kとメディアが変わるたびに撮り方にもひと工夫加えながら、長年にわたって視聴者に届けられてきている。
 「名曲って何でも5分なんですか?」と真顔で尋ねられたこともあるが、むろん、選ばれた名曲は、1分にも満たない旋律から、優に1時間を超える交響曲なども対象になっている。ディレクターと編曲者とで知恵を出し合いながら、番組オリジナルになる方向性を決め、最終的には指揮者や演奏者との録音の場で、まとめられる。

シューベルト「未完成交響曲」

 例えば、1分に満たないものは、楽器編成を魅力的なものに変えて変奏曲にしたり、場合によっては、関連のある別作品と合わせ技でメドレーにするなど、工夫を凝らしている。大曲であれば、どの部分を引用するかによって、まるで違う作品になり得るわけだが、ベートーベンの第5交響曲「運命」であれば、冒頭の"ジャジャジャジャーン"であり、第9交響曲であれば、最終楽章の合唱付き部分と、より多くの人が聞いたことがあるであろう部分を取り上げることになる。そのエッセンスを中心にしつつ、他の要素も5分に織り込んで楽しめる作品に仕上げている。

ヨハン・シュトラウス「皇帝円舞曲」ヨハン・シュトラウス「皇帝円舞曲」

グリーグ『ペール・ギュント』から「ハリング舞曲」グリーグ『ペール・ギュント』から「ハリング舞曲」

 5分に仕上げる苦労といえば、録音の際の演奏者の苦労は半端ではない。音の放送尺としては、冒頭と最後の余韻を計算すると4分48~53秒くらいが適当な尺になるため、せっかく良い演奏をしても、この目安より長すぎたり短すぎたり、というだけでボツになってしまう。ふだんは時間など気にしない指揮者でも、ストップウォッチ片手にオーケストラに指示を出す。1曲1時間程度の収録時間だが、再生して確認する時間もあるため、結構、時間がかかる。一発でうまく収まれば、拍手喝さいで気持ちよく終わることができるのだが、なかなかそうはいかないのが収録の現場だ。

アリ・バローゾ「ブラジルの水彩画」アリ・バローゾ「ブラジルの水彩画」

 THE名曲を取り上げている「名曲アルバム」だが、むろん、隠れた名曲を紹介することもこの番組の目的の一つなので、CMソングなど、時代の空気を反映して耳にすることが増えた名曲は、その時々で紹介してきており、こんな例もある。1954年に亡くなったメキシコの作曲家バルセラータの「エル・カスカベル」は、このタイトルだけではピンとこないが、作品を聴くと多くの人が思い出すドラマがある。民放のドラマ「踊る大捜査線」、このドラマのテーマ曲冒頭が、エル・カスカベルを思い起こさせるのだ。作曲・編曲家の仕事は、デザインのパタンナーによく似ている、とある作曲家から聞いたことがあるが、記憶の集積が創造の源でもある音楽の世界では、こうしたことは決して少なくない。珍しい例ではあるが、日本では無名だったメキシコの作曲家バルセラータの名が知られるきっかけとなった。名曲アルバムならではのエピソードでもある。

文研フォーラム 2023年02月08日 (水)

#450 3月2日(木)14:30 放送アーカイブの『公共利用』を一緒に考えよう!

メディア研究部(メディア動向) 大髙崇

先月のブログでもお伝えしたように、文研の調査によって、地域の博物館や図書館では、過去の放送番組(放送アーカイブ)を利活用したいというニーズが高いことがわかりました。

放送局は、自局のアーカイブを活用して新たなコンテンツ制作は盛んに行っていますが、地域の公共施設などの求めに応じて放送局がアーカイブを提供し、施設などが主体的に利活用するケースは極めて少ないのが現状です。地域の人々から、このような「公共利用」を促すための放送局の取り組みへの期待が示されたのです。

アーカイブを、ただジーッと放送局の倉庫(は、昔の話で今はサーバー)に眠らせているよりは、そりゃあみなさんがいつでも見られるように公開していたり、申し込めばすぐ視聴できたりした方が良いでしょう、とはいうものの・・・

「著作権や肖像権は問題ないのか?」
「どうやって使いたい番組を探せばいいの?」
「料金は幾らくらいが妥当?」

などなど、考えるべき課題はたくさんあります。
現在、他局の番組やCMでの利用に対する有償販売など、主に「商用」を想定したアーカイブ提供のための一定のルールはありますが、営利を目的としない、公共性の高い利用への放送アーカイブ提供のルールはほとんど手つかずの状態です。

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そこで、文研フォーラムのプログラムD 放送アーカイブの『公共利用』では、調査結果の報告とともに、放送アーカイブが公共空間で利活用される意義、それを困難にしている課題と、その解決策を討論します。

ゲストパネラーは以下の3名です!

●福井健策さん(弁護士・デジタルアーカイブ学会法制度部会長)

福井健策さん

文化審議会の委員を歴任する福井さんは、デジタルネットワーク化が急速に進む中、著作物の利活用促進と権利者保護とのバランスが取れた新たなルール作りと、デジタルアーカイブ社会実現に向けた取り組みを精力的に行っています。

●岡室美奈子さん(早稲田大学教授/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 館長)

岡室美奈子さん

フジテレビの番組審議会副委員長で、NHK・民放の過去番組を保存・活用する放送番組センターの理事でもある岡室さんは、放送アーカイブの公共利用が進むことに、放送の新たな社会的役割が見いだせる、といいます。

●坂下雅子さん(学芸員/石川県小松市立博物館参事)

坂下雅子さん

今回、放送アーカイブの公共利用に関する調査に回答いただいたお一人である坂下さんは、長年キュレーターとして地域の人々に文化を紹介してきた現場担当者の視点から、放送アーカイブの利活用によって、博物館と地域の新たなつながりを感じています。

放送開始100年(2025年)も間近。放送局の新たな社会的使命を探る熱い討論となるはずです。お申し込みとご参加、そしてご意見をお待ちしております!

『放送研究と調査』2022年12月号に「放送アーカイブ×地域」と題して、地域公共文化施設等での放送アーカイブニーズ調査の結果を論文にまとめて掲載しています。併せてご覧ください。