文研ブログ

放送ヒストリー 2020年08月07日 (金)

#263 『おかあさんといっしょ』の60年③ ~"子どもの歌"の"おかあさん" 作曲家・福田和禾子~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎


 『おかあさんといっしょ』は、毎月1曲程度、既存曲やオリジナル曲を番組内で紹介しており、これらの一連の曲は1986年から「月の歌」の名称がつけられ親しまれるようになっています。(1961~1966年の間は『うたのえほん』という別番組の企画でしたが、1966年以降『おかあさんといっしょ』に統合されました。詳しくは「NHK放送文化研究所年報2020」掲載、「NHK幼児向けテレビ番組の変遷」参照)
 一時期途絶しているものの、番組班では1961年から「月の歌」(1986年にその名がつくまではこれらの一連の曲には固有の名前がありませんでしたが、この稿では名称がついていなかった時期も含めて「月の歌」とします。)の曲の記録を残しており、400曲以上に上る楽曲リストを見ると、作曲者名から、時代の傾向を伺うことができます。

 1960年代には、中田喜直さん、林光さん、富田勲さん、團伊玖磨さん、服部公一さんなど、クラシック音楽をバックグラウンドに持つ作曲家が並びます。1970年代の記録はありませんので、1980年代に目を移すと、五輪真弓さん、小椋佳さん、村下孝蔵さん、深町純さんなど、フォーク、ニューミュージックやフュージョン系のミュージシャンの名前が見られるようになり、2000年代に入ると、奥居(岸谷)香さん、中西圭三さん、平沢進さんなど、ロック、ポップス系のアーティストの名前が連なるようになります。性別で見ると、男性が圧倒的に多く、昔ほどその傾向が強いようです。

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福田和禾子さん

 その中で最も多くの曲(25曲)を「月の歌」に提供したのが、福田和禾子さんです。福田さんは1941年、流行歌手の松平晃さんの一人娘として生まれました。父の影響で幼少期から音楽を始め、高校から作曲を専攻し、東京芸術大学作曲科へと進学。そして卒業後すぐ、藤山一郎さんのピアノ伴奏などを務めながら、童謡作曲家として活動を始めました。

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「ぼうずのうた」譜面

 福田さんが手がけた「月の歌」の中で最も古い曲として、1969年1月の「ぼうずのうた」が記録に残っています。同番組で発表した代表的な曲として、「そうだったらいいのにな」「北風小僧の寒太郎」(のちに『みんなのうた』でも放送)「銀ちゃんのラブレター」などがあります。他にも『みんなのうた』で、「赤鬼と青鬼のタンゴ」や「ありがとう・さようなら」などを、NHKの教育番組『おーい!はに丸』や『たんけんぼくのまち』などの主題歌も数多く担当しています。また作曲だけでなく、1972年には『おかあさんといっしょ』にスタジオピアニストとして出演しているほか、出演者の歌唱指導も担当するなど、『おかあさんといっしょ』やNHK教育番組に多大な貢献をしました。


 2008年10月、福田さんは『おかあさんといっしょ』ファミリーコンサートの録音作業の休憩中に倒れ、66歳で急逝されました。生涯一貫して子どもの歌を作り続け、1000曲を超える作品を残した福田さん。まだ女性の作曲家が少なかった時代に、自らその道を切り拓いたパイオニアでした。
 福田さんには息子さんが一人います。長男・匠さんは現在眼科医をされていて、2017年に医師会の機関紙に「私の母・福田和禾子」という文章を書いています。そこには、小さいころ録音スタジオに付いて行き、仕事をする母親の姿を見て「子供ながらに、かっこいい人」と思ったこと、また福田さんが仕事に関して大変厳しい考え方を持っていて、「『仕事は、人生を掛けて、死ぬ気で取り組まないとならないし、死ぬまで勤め上げないとならない。』と何度も叱咤激励された」ことが書かれています。
 福田さんが作曲した曲の中に「あのねママ」という歌があります。文章では音をお聞かせできないので、歌詞(作詞:田中大輔・井出隆夫)の一部を以下に引用します。

ママのたいせつな たからもの
それはね あなたのことば

あのねママ ボクどうして
うまれてきたのか しってる?
ボクね ママにあいたくて
うまれてきたんだよ

ほしぞらの どこかで
あたらしいいのちが
きらりん きらりん
うまれる そのときを
そっと まってたの
それが あなた

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「あのねママ」(1998年12月)

「あのねママ」は、あらゆる子どもが母親から生まれるという必然の不思議さと、その出会いの幸せを、母子が互いに話しかけるという形で描いた作品です。1児の母親である福田さんもさまざまな思いを込めて、この曲のメロディを紡いだにちがいありません。


NHK放送博物館では、7月4日~9月27日にかけ企画展『~パパもママもみていた!~おかあさんといっしょ』を開催しています。


放送ヒストリー 2020年07月31日 (金)

#262 『おかあさんといっしょ』の60年② ~日本の人形アニメーション夜明け前~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎



 
『おかあさんといっしょ』を始めとするNHKの幼児向け番組は、初期のころから優れた外部のクリエーターを登用することで発展してきました。(詳しくは「NHK放送文化研究所年報2020」掲載、「NHK幼児向けテレビ番組の変遷」参照)今回は、着ぐるみ人形劇「ブーフーウー」を生み出した作家の飯沢匡さんと人形美術家の川本喜八郎さんの関係に焦点を当て、お二人が手がけた人形アニメーションをご紹介します。

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『おかあさんといっしょ』オープニング・タイトル
「魔法の箱」(1961)

 これは、1961年から『おかあさんといっしょ』で放送されたオープニング・タイトル「魔法の箱」の映像です。小さな箱からクマやウサギなどのぬいぐるみが次々に現れる様子を、1分の人形アニメーションでユーモラスに描いています。
 制作したのは、連続人形劇『三国志』『平家物語』などの人形美術家として知られる川本喜八郎さんです。川本さんは世界的な人形アニメーション作家としても知られていますが、この作品は、川本さんが作家としてオリジナル作品を発表する以前のものです。
 川本さんが人形アニメーションを志すきっかけを作ったのが飯沢匡さんでした。戦後まもなく、飯沢さんは東宝で美術の仕事をしていた川本さんの才能に目を付け、自身の舞台の人形製作を依頼するようになります。1951年には、デザイナーの土方重巳さん、写真家の隅田雄二郎さんたちとともに「人形芸術プロダクション」を結成。翌年、人形絵本を手がけ、文部大臣激励賞を受賞するなどの評価を得ます。
 しかし川本さんは、人形作りが自分の一生の仕事なのか悩んでいたといいます。当時の価値観は今と大きく異なっており、人形は女性や子どものためのもので、多くの人たちには成人男性が生計を立てる仕事とは思われていなかったようです。
 そんな時、飯沢さんから、チェコスロバキアの人形アニメーションの試写に誘われ、そこでイジィ・トルンカの長編映画『皇帝の鶯』と出会います。衝撃を受けた川本さんは、人形アニメーションを志すようになります。

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川本喜八郎、(左)、持永只仁(右)、隅田雄二郎(中央手前)
(画像提供 © 有限会社 川本プロダクション)

 とは言え、どのようにして人形を動かし撮影したらいいのか?飯沢さんは、1953年、中国の映画撮影所で人形アニメーションを自力で開発し、帰国したばかりの持永只仁さんをスタジオに招くことにしました。川本さんは人形アニメーションの技法を持永さんから実地で学んでいきますが、当時人形アニメーションの製作を依頼されることが多かったのは、始まったばかりのテレビCMの仕事でした。
 そこで、1958年、飯沢さんと川本さんは、テレビCM制作会社シバ・プロダクションを設立し、ミツワ石鹸、ソニー、武田製薬など、数々のテレビCMを手がけて多忙を極めました。しかし、このままではいつまでも自分の作品を作れないと、川本さんはチェコのトルンカの元で人形アニメーションを学ぶことを思い立ちます。
 シバ・プロダクションを退社した川本さんは、1963年、トルンカを訪ねて、チェコスロバキアに自費で留学を果たします。1年後帰国した川本さんは、引き続きNHKなどの人形美術の仕事をしながら、人間の業を鋭く描いた『鬼』『道成寺』『火宅』など、きわめて独自性の高い人形アニメーションをコンスタントに発表します。
 2003年にはロシアのユーリ・ノルシュテインをはじめとするさまざまなアニメーション作家が参加した『連歌アニメーション「冬の日」』を発表し、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で大賞を受賞。さらに2006年には折口信夫・原作の『死者の書』を発表、キネマ旬報ベストテン文化映画部門で第3位になったほか、数々の国際アニメーションコンクールで受賞しました。他の追随を許さない独自の人形アニメーション世界を作り上げ、世界から評価される中、川本さんは2010年に亡くなりました。
 冒頭の「魔法の箱」は留学の2年前に制作された作品です。小さな箱からは、最後に思いがけず大きなゾウが飛び出します。力強い足踏みで画面を揺らすゾウの姿は、あたかも、長年の師である飯沢さんの元を離れても、自分の人形アニメーションを作りたいんだという、川本さんの秘められた情熱の発露のように見えます。
 初期の『おかあさんといっしょ』で親しまれた「魔法の箱」には、日本の人形アニメーション黎明期の歴史が刻まれていたのです。

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飯沢匡(左)、川本喜八郎(右)、イジィ・トルンカ像(中央)
(画像提供 © 有限会社 川本プロダクション)



NHK放送博物館では、7月4日~9月27日にかけ企画展『~パパもママもみていた!~おかあさんといっしょ』を開催しています。

参考資料
おかだえみこ「人形アニメーションの魅力」河出書房新社(2003)
川本喜八郎「チェコ手紙&チェコ日記」作品社(2015)
別冊太陽「川本喜八郎 人形 この命あるもの」(2007)


 

放送ヒストリー 2020年07月24日 (金)

#261 『おかあさんといっしょ』の60年① ~"婦人課"の女性職員たち~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎


 昨年、『おかあさんといっしょ』が放送開始60年を迎えました。NHK放送博物館ではこれを期に、7月4日~9月27日にかけ企画展『~パパもママもみていた!~おかあさんといっしょ』を開催しています。また「NHK放送文化研究所年報2020」では、幼児と保護者から根強い支持を得続けている同番組の歴史をまとめた論考「NHK幼児向けテレビ番組の変遷」を掲載しています。
 文研ブログでは、『おかあさんといっしょ』に関わるテーマについて、3回にわたって紹介したいと思います。1回目は、『おかあさんといっしょ』を開発した女性職員たちについてです。

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ラジオ番組『若い女性』

 これは、ラジオ番組『若い女性』のスタジオの様子を撮影した写真です。『NHK年鑑1950』によると、『若い女性』は、1950年から週1回日曜日に放送された、「いわゆるティーンエイジャーと呼ばれる年齢層」に向けた教養番組で、「情操を養うもの、思考力を養うもの、実際生活に役立つもの」など、世の中のさまざまな話題をマガジン形式で紹介していくという内容でした。

 番組開始時の出演者は、編集長役が「小川やよい(写真左)」、助手役が「真木陽子(写真右)」。どちらも番組用の架空の名前で、「小川」は放送劇団の尾崎勝子さんが、「真木」は当時高校2年生だった小森美巳さんが演じていました。小森さんは後にNHKに入局し『おかあさんといっしょ』の立ち上げに関わられた方で、今回お話を伺いました。
 『若い女性』は、ディレクターが作成した台本を元に進行しますが、視聴者と同世代のリアルな声を番組に反映させるために、わざわざ一般の高校生から出演者を募ったようです。小森さんが出演することになった経緯は、所属していた高校の演劇部にオーディションの話があり、誰も受ける者がいないので、しょうがなく足を運ぶことになったのだといいます。

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小森
美巳さん

小森 きれいなお姉さんばっかり、新劇の研究生だったんじゃないですか、
ずらっといらして。私はほこりくさいセーラー服に運動靴で、こんな髪の毛ぎゅーって縛って、そんな人一人もいなかったですよ。何か読んだと思うんだけど、全然覚えていなくて、それで帰ってきちゃったんですね。そしたら、学校から「あなたになったそうよ」と小谷さんのところに行くように言われて、聞いてみたら「一番元気がよかったからね」とおっしゃったんで、もうびっくりしたんですけど。

 “小谷さん”というのは、『若い女性』を担当していた“婦人課”のプロデューサー小谷節子さんのことです。小森さんはその後、1955年に入局、ディレクターとして“婦人課”で小谷プロデューサーと再会します。そして1959年『おかあさんといっしょ』を共に立ち上げることになったのです。(番組立ち上げ当時の部署名は“婦人少年部”。)

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小谷節子さん(故人)

 最初の写真ですが、スタジオの壁に書かれた「CI&E(連合軍民間情報教育局、以下CIE)」の文字から、まだ占領下の放送であったことが伺えます。連合軍総司令部(GHQ)が発した日本民主化の五大指令のうち、最初に掲げられた項目が「婦人の解放」です。初期のCIEの中には、進歩的な考えを持つ人材が多数いて、“理想的な民主主義国家”を日本に作ろうとしたと言われていますが、その実現に「婦人の解放」は欠かすことができない要件だったのです。
 女性を差別する風潮が色濃く残る日本で、放送を通じて、民主化を担う女性を教育するという役割を負ったのが“婦人課”でした。婦人課が誕生したのは1948年。初代課長・江上フジはNHK初の女性管理職で、協会内の女性の地位向上に尽力。翌年には、課の9割を女性が占めるようになり、女性自身の手によって『婦人の時間』『主婦日記』『勤労婦人の時間』など数多くの女性向け番組が作られました。
 『おかあさんといっしょ』も「婦人の解放」実現に取り組んだ、“婦人課”の女性職員たちの手によって生まれた番組の一つなのです。


参考資料
飯森彬彦「『婦人の時間』の復活」『放送研究と調査』(1990.11)
飯森彬彦「『婦人課』の誕生」『放送研究と調査』(1990.12)
武井照子『あの日を刻むラジオ』(2019)集英社
広谷鏡子「「放送ウーマン」が見てきた戦中・戦後」(2015.7)

メディアの動き 2020年07月22日 (水)

#260 これからの"放送"はどこに向かうのか? 民放ローカル局

メディア研究部(メディア動向) 村上 圭子


*総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」のとりまとめ
 総務省では2015年から、放送の将来について考える「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」が開かれています。総務省にはこの他にも様々な検討会がありますが、5年に及ぶ期間の長さや、11という分科会やワーキンググループの数の多さは群を抜いています。つまりそれだけ、放送という事業や制度には、将来に向かって改革しなければならないテーマが多いということだと思います。
 このうち、「放送事業の基盤強化に関する検討分科会」と「公共放送の在り方に関する検討分科会」が、6月末に議論の取りまとめを公表しました1)。これまでも本ブログでは、諸課題検での議論の内容について、その概要をお伝えすると共に私なりのコメントを記してきました。今回は、基盤強化分科会の議論のメインであった民放ローカル局(以下、ローカル局)の経営基盤をどう維持・強化していくかというテーマについて、思うところをまとめておきたいと思います。

*コロナ禍で存在感が増したローカル局
 分科会の取りまとめに言及する前に、ここ最近のローカル局を巡る動向について触れておきたいと思います。コロナ禍以前、私は全国各地のローカル局に直接足を運んで取材することが多かったのですが、今はなかなか難しい状況です。そのため、こうした時期だからこそと思い、ローカルテレビ局122社全てのウェブサイトを閲覧し、各局がコロナ禍に対しどんな取り組みを行っているのかを調べてみました。

 分科会の議論では、テレビではコロナ禍に関する情報は東京キー局発のものばかりで、ローカル局では地域に特化した情報はあまり伝えられなかったのでは、という指摘がありました。しかし、ネットでの取り組みも含めると、ローカル局は地域メディアとして多様な取り組みを積極的に行っているとの印象を私は強く持ちました。知事会見のネット中継、感染情報をはじめとした行政発情報の伝達、感染拡大防止に対する啓発、在宅中の暮らしを充実させるためのコンテンツ制作等々……。ウェブサイト上でこれらをまとめた特設ページを設けている局も6割程度ありました。地元の飲食店を応援するテイクアウトや宅配の情報については、積極的に番組内で紹介すると共に、同じ情報をウェブにも掲載。局自身がこうした情報のまとめサイトを立ち上げ運営している事例も、確認できた範囲では15局ありました。また、独立局が中心ではありましたが、14地域、21局では地元の教育委員会と連携し、サブチャンネル等も活用して小・中学校のオンライン授業を放送する取り組みが行われていました。報道やドキュメンタリーでは、本ブログ2)も以前紹介しましたが、感染者や医療従事者に対する差別や誹謗中傷について真正面から取り上げた意欲作がいくつもありました。
 図1は「withコロナ時代に求められるローカル局の役割」について私なりにまとめたものです。青の部分は感染拡大直後から各局が取り組んできたこと、赤の部分は今後取り組みを伸ばしていくと思われる方向性です。コロナ禍を契機に、ローカル局は今後一層、放送だけでなく、多様なコンテンツの制作や展開を行う“地域メディア”として、地域の人々や組織、地域と全国・海外をつなぐハブ機能を担う“地域プロデューサー”として、地域社会から大きな役割が期待されることになるだろうと感じています。

(図1)
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 次に、ローカル局に特化したものではありませんが、コロナ禍における人々のメディア接触に関するデータにも少しだけ触れておきます。ビデオリサーチが7月6日に発表した「VRデータでみるコロナ禍とメディア動向 vol.1 3)」によると、今年4月・5月の全国11地区別のテレビの総世帯視聴率は、全地区で去年の同月を約10~15%ほど上回っていたそうです。また、総務省が実施した「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査4)」とNHKが実施した「新型コロナウイルス対応に関するネット調査5)」のいずれにおいても、コロナ禍に関する主要な情報源として1位だったのは民放テレビでした。2位はNHKテレビで、3位以下のネットメディア、新聞等を、地上波テレビが大きく引き離す結果となりました。コロナ禍によって、テレビのメディアとしての価値が、多くの人々に再認識されたといえるのではないでしょうか。

*無料広告型ビジネスモデルの課題が浮き彫りに
 しかし、7月に「民放経営四季報 夏2020年6月(No.128)」で公表された地上波民放、特にローカル局の営業収入予測の数値は極めて厳しいものでした。四季報を発行している民放連研究所では、会員社にアンケートをとり、その結果から予測を行っています。それによると、
2020年度上期のテレビ局の営業収入予測は、全体で前年同期比マイナス約23%、うち東阪名を除いたローカル局はマイナス約26%になるとしています。また、下期も含めた通年の予測はマイナス約19%。コロナ禍の収束が見えない中、今後、より厳しい数値になる可能性もあります。
 メディアとして地域に向き合い、視聴者の期待にも応える努力を続け、視聴率も上がっていたにもかかわらず、なぜ局の営業収入は減り続けているのでしょうか。それは、地上波民放が、視聴者と広告主の二面市場によって成り立つビジネスモデル、言い換えれば、広告つきで視聴者に無料でサービスを提供する「無料広告型」であることに起因しています。日本経済の景気の不透明感が増し、広告を出稿する多くの企業が“ない袖は振れない”となって、局の努力や成果が営業収入になかなか反映されないのです。逆にこのビジネスモデル、景気が良かった時には、仮に局が努力を怠っても、視聴率が高くなくても、局の営業収入が担保される仕組みになっていたとも言えるでしょう。つまり、地上波民放のビジネスモデルは、日本経済や企業が成長し続け、人々の消費も拡大し続けることを前提に設計・運営されてきたと言っても過言ではないのです。


 幸い、テレビ局の企業としての自己資本比率は、いまのところ他の業種に比べても高い水準にあります。多くの局は、地域で公共的な情報機関としての役割を担っているという自負心を持っているので、営業収入が上がらない中でも、当面は地域メディアとして努力し続けると思います。ただこのコロナ禍で、経営が本格的に苦しくなってきている局も出ていると聞きます。先が見えない努力をどこまで続けていけるのか……。コロナ禍の長期化は、民放のビジネスモデルの屋台骨を揺さぶり、経営が苦しくなる局は今後ますます増えてくるのではないかと懸念しています。
 更なる懸念材料もあります。コロナ禍以前から指摘されていたのは、企業のインターネットへの広告のシフトです。3月に電通が発行した「2019年 日本の広告費6)」で、インターネット広告がテレビメディア広告費(地上波+衛星)を抜いたと報じられたことは記憶に新しいところです。これまでは、たくさんの視聴者を集めるテレビに広告を出せば多数の購買につながるとしてきたけれど、これからはユーザーの数は少なくてもその属性や行動を把握してターゲットを絞り訴求できるネットに広告を出す方が、費用対効果が高い、少なくともデータで把握できる点を大事にする企業が増えてきています。
 もちろんテレビ局でも、広告の指標の変更や視聴データの整備など、広告主のニーズに応えられるよう努力が続けられています。しかし、コロナ禍ではテレビ視聴も伸びましたが、それ以上に、テレワークやオンライン授業など、日常生活の中で人々がネットを活用する時間が増えています。こうした中、企業の広告戦略は今後どうなっていくのか……。私は、よりネットシフトが進んでいくのではないかと考えています。

*「経営基盤強化分科会」取りまとめに対するコメント
 前置きが長くなりました。ここからは総務省の取りまとめに対する私の受け止めを記しておきます。基盤強化分科会では、ラジオの今後とローカル民放の経営基盤強化という大きく2つのテーマが議論されてきましたが、本ブログでは後者にフォーカスします。
 率直に言って、この取りまとめについては3つの違和感を覚えました。

 1点目は、
コロナ禍の影響について記載されなかったということです。取りまとめ案が作成されたのが4月、その後パブリックコメントが募集され、それをもとに修正の議論が行われて7月1日に公表されました。そのため取りまとめの「はじめに」では、「新型コロナウイルス感染症が経済全般にわたって及ぼしている甚大な影響の詳細やこれに対応する放送事業の基盤強化の在り方については、本取りまとめに反映されていないことに留意が必要である」と書かれています。
 行政の手続きからするとやむを得ないのかもしれません。しかし、コロナ禍は社会全体を大きく変革させてしまうほどのビッグイシューです。コロナ禍前と後では、先に述べた通り、民放の営業収入は大幅に下降し、それは一過性では済まされないという状況が見えてきています。こうした中、今後のローカル局の経営を考える前提やスケジュール感は大きく変わる可能性が出ています。何より、分科会のテーマは他ならぬ経営基盤強化です。パブリックコメントの時期をずらしてでも、分科会での議論をもう少し深め、せめてコロナ禍が局の経営にもたらしている影響の実態や、そうした状況を踏まえた分科会の問題意識くらいは取りまとめに加えることはできなかったのでしょうか。パブリックコメントに寄せられたローカル局の意見の中には、コロナ禍における経営の窮状を切々と訴える内容や、「『ローカル局の今後の経営見通し』を記載していますが、新型コロナウイルス感染症によってパブコメ募集当時とは環境が激変しています。この取りまとめを陳腐化させないためにも、(中略)分科会を継続するなどして、継続検討すべきと考えます」といった内容が寄せられており、私も大いに共感しながら読ませてもらいました。

 2点目は、
ローカル局の経営基盤強化を考えていくには、取りまとめにあげられた要素では不十分ではないか、ということです。まず最も大きな違和感は、経営基盤強化策として挙げられている内容の大半が「放送外収入」の取り組みであったことです。
 現在、キー局は5局とも認定放送持株会社を設立し、不動産業や通販など、放送以外の多様な事業を展開して収入増の道を切り拓いています。ローカル局でも認定持株会社を設立している局は5局あります。ただ、いまだに収入のうち9割程度を放送による営業収入を占めているローカル局が大半で、過度な営業収入依存からの脱却が急務だということはかねてから指摘されてきました。すでに数年前から、各局で放送外収入の道が積極的に模索されるようになっており、そのことには大いに意味があると私も考えています。しかし、多くの局では、取り組みは進めてみているものの、なかなか収入増という成果には結びついておらず、本当に今取り組んでいる新たな事業を第二の収入の柱にしていけるのか、今後どうしたら効果的、効率的に取り組んでいけるのかなど、悩みを抱えているのが実情です。
 取りまとめでは、どんな取り組みの方向性が新たな収入の柱を作ることにつながるのか、その部分の分析や考察が乏しく、取り組みの類型化に留まってしまっていたのが残念でした。期待すべき点としては、取りまとめで「環境整備のために取り組むべき事項」として掲げられた4項目のうち「インターネット等の活用の推進について」です。特に、ここ数年懸案とされてきた同時配信に関する著作権法改正については機が熟してきたとみられていますので、実現に向けて総務省のイニシアチブが求められています。ただ、同時配信をどうマネタイズにつなげていくかは、今後の局や業界の取り組み次第。道のりはまだまだでしょう。

 では、現状で9割を占める営業収入の今後に関しては、議論はどのくらい深められたのでしょうか。残念ながら分科会では、無料広告型のビジネスモデルが抱える課題に関する深堀りや、時代の変化にあわせてどのような対応策をとっていくべきかについては、大きな論点にはなりませんでした。これは、このテーマが地上波民放全体のビジネスモデルや、系列ネットワークの内部の取り決めにも深く関わるものであるため、分科会で触れるのは難しいという判断だったのかもしれません。しかし、経営基盤強化というテーマを扱うからには、この問題にこそ真正面から向き合い、構造変化のあり様と今後について分析すべきだと思いました。その中で、ローカル局でも可能な取り組みは何なのかなど、何等かの示唆が与えられるような議論を深めるべきだったと思います。

 以上あげた2つ、放送外収入と営業収入については、既存の局の姿を維持しながらどう経営基盤強化を考えるか、という視点です。しかし、長期を見据えると、企業や業界としての更なる大改革が避けられないのは自明の理になってきています。その際の改革としては例えば、ハード・ソフト分離という抜本的な業態の変更や、資本の移動を伴うもの、具体的にはキー局の認定放送持株会社下での子会社化や、地元企業等との合併、局同士の統合や再編等々です。そこには制度的に現行法下で可能なものもあれば、「マスメディア集中排除原則(放送法第93条)」の緩和や「特定地上基幹放送普及計画(同第91条)」と「基幹放送用周波数使用計画(電波法第7条)」の見直しを行わなければできないものもあります。分科会では構成員から、「都道府県ごとに人口等が違っていることから、放送事業者が経営基盤を都道府県に依拠することは、小さな県では、難しい部分があるので、この点については議論したほうがよいのではないか」「現行の県域免許制度や系列局によるネット報道といった仕組みは、やや古くなっている気がするので、少し考える必要があるのではないか」といった制度改正を視野に入れた意見が提起されました。しかし、会議を傍聴していた私の印象では、こうした議論は今回、意識的に見送られたのではないかと感じています。それは、総務省がこの分科会に臨むスタンスとして、事業者の要望がない限り、制度改正に関わる政策議論を行うことはしないと表明していたからです7)。ちなみに分科会では今回、事業者からこうした提起は一切ありませんでした。
 私は、かつては放送政策主導で、将来のローカル局の姿を大胆に議論すべきではないかと考えていました。しかしこの議論は、ローカル局が自らの局の経営基盤を強化したいと主体的に考えること以上に、キー局がネットワークを維持するための戦略の一環として考えることの方が多いと推察されるため、単純に地域情報の確保や地域メディア機能の維持という観点からこの問題を扱えないところに難しさがあります。そのため、政策目的をローカル局の経営基盤強化にのみ置いて、キー局主導で、もしくはアメリカのような放送以外の大資本の参入を想定したような規制緩和の議論が行われることは、ローカル局にとって、それ以上に地域社会にとって、必ずしもプラスにならないのではないかと思っています。もしも議論するとすれば、政策目的を地域情報の確保や地域メディア機能の維持ときちんと定めるべきだと思います。しかしそうなると、再編や統合に伴う何等かのルール、例えば一定の地域情報の番組制作や地域における編成権の担保を義務付けるといった規制の議論も避けられないと思います。それを行政サイドから提起するのは、これまでの業界と総務省との関係を考えるとかなりハードルが高いのではないかというのが現時点での私の認識です。もちろん、可能であればこうした"行為規制"ではなく、事業者が主体的に地域情報の確保を行う姿が望ましいと私は考えていますが、そうしたことの是非も含めて、真正面からこの議論を行う覚悟はあるでしょうか。今の総務省には、そして事業者にも、その準備はまだないのではないかと感じています。
 とはいえ、経営基盤強化を扱う分科会の議論や取りまとめにこの種の要素がほとんど言及されていないというのは、かなりの違和感を覚えました。既に現行法下でもハード部門の共有化や地域メディア同士の連携、資本の移動(キー局の子会社化)などが行われている実態はあるので、それらをレビューすることくらいはできたのではないかと思います。また経営基盤強化に関わる制度についても、現行法では何が出来、何は法改正しなければ出来ないのか、という現時点における制度の整理について、確認の意味も含めて詳細に提示しておくことくらいはできたのではないでしょうか。そうすれば、問題意識を持つローカル局の人々にとっても、この取りまとめはより有用なものになったのではないかと感じました。 

 3点目は、
地域情報の確保について、長期的な視点で踏み込んだ議論がなされなかったことです。人口減少が急速に進み、自治体の姿も大きく変わるであろう将来に向け、地域における情報流通、もう一歩踏み込んでいえば、地域メディア機能に格差や空白地が生じないようにしていくための鳥瞰的な視点をどこかが持たなければならない、と常に私は考えてきました。その場合、地域の情報の担い手は当然のことながらローカル局だけではありません。地上波では、NHKの地域局もあります。二元体制の下で、地域においてどのような協力・協業・すみ分けを探っていくのか……。この他、地域にはケーブルテレビ、コミュニティ放送局、放送以外では地方紙やタウン誌、ネットメディアなどもあります。これらをどこまで包含しながら、地域社会や地域の人々の目線で考えていけるか。人口減少時代の地域メディア機能・地域情報流通の下支えを、今後国の施策として実施していく方法があるのかないのか。そこにNHKの受信料を活用していく方策があるのかないのか。本来はこうした視点も備えた上で、ローカル局の将来の在り方を考えていく必要があると思っています。そうしなければ、パブコメで寄せられていたような、人口が少ないエリアの局への特別な施策の要望や、ローカル局の基盤強化に受信料を活用するといった問題提起はなかなか議論しにくいのではないかと思います。
 こうした議論は一分科会で担えるようなものではないことは十分に承知していますが、地域メディアの施策を担う総務省には是非持っておいて欲しい視点です。私自身も、研究所に身を置く者として何ができるか、今後も考えていきたいと思っています。

*おわりに
 ローカル局の多くがキー局のネットワークに所属するという仕組みである限り、ローカル局の経営基盤強化の問題はキー局の戦略とは切っても切り離せない関係にあるのが現実です。また地元では、新聞社を始めとする株主との複雑な関係もあるでしょう。しかし、こうした中でも私は、ローカル局が少しでも主体的に自らの将来について思い描き、そこに向かっていく道筋を作っていけないかと考えています。なぜなら、日々、地域に向き合い、人々と接し、地域の将来を考えているのは地域に基盤を置く局の人達だからです。民放連では今、「ローカルテレビ経営プロジェクト」でローカル局自身による議論が行われていると聞いています。それ以外にも様々な場で、ローカル局の人達が系列を超え、立場を超えて、自らの将来について議論を続けています。こうした議論がきちんと今後の改革につながっていくよう、これからもこのテーマについて考え続けていきたいと思っています。



1) 公共放送分科会とりまとめ
   https://www.soumu.go.jp/main_content/000694819.pdf
   基盤強化分科会取りまとめ
   https://www.soumu.go.jp/main_content/000698602.pdf
2) 「文研ブログ」6月26日 感染者や医療従事者等が追いつめられない社会を~放送は何をこころがけるべきか~
   https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/431561.html
3) https://www.videor.co.jp/digestplus/tv/2020/07/39417.html
4) https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
5) https://www.soumu.go.jp/main_content/000688992.pdf P5・6
6) https://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2020014-0311.pdf
7)「文研ブログ」3月11日 吉田眞人前情報流通行政局長インタビュー
   https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2020/03/11/

 

調査あれこれ 2020年07月15日 (水)

#259 「なるほど!NHK世論調査」はじめました

世論調査部(研究開発) 原美和子


文研が実施した世論調査の結果は通常、このHPや「放送研究と調査」などで公開しています。単純集計、年層別の結果のグラフ、さらに過去の調査との時系列比較など、見ているだけで面白くて、もういくらでも時間が過ぎてしまいます。
知りたい母集団(たとえば有権者など、ですね)の意識や実態の分布がここから推測できるのは、世論調査ならではの醍醐味ですよね!ね!ね!

なんて熱くつぶやいても、「いいね!」してくださる方
は、残念ながらそう多くはないでしょうね。
事実、文研が2018年9月に実施した世論調査によりますと、テレビやインターネットなどで世論調査の結果を見聞きする頻度が「(よく+ときどき)ある」という人は60%、結果について、家族や友人と話題にすることが「(よく+ときどき)ある」という人は29%程度です。

これは残念、いやいや、あまりにもったいない。
     伝える工夫がまだまだ足りないんじゃないだろうか・・・・・

ということで、世論調査部でも、遅まきながら調査結果のデジタルコンテンツによる発信をぽつぽつと始めています。

今回新たにご紹介するのは、文研で1973年から実施している「日本人の意識」調査から、「男女・家庭の役割」です。

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たとえば、「結婚した女性が職業を持ち続けるべきかどうか」について。
「結婚して子どもが生まれても、できるだけ職業をもち続けたほうがよい(両立)」と考えている、としましょう。この場合、この意見を持つ人は、えー、最新の2018年調査では60%、多数派ですね。じゃあ調査を始めたころはどのくらい?と知りたくなったらこちらをスライド・・・

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1973年は20%とかなり少数派だったらしい・・・。
調査結果が次第に変化したのか、あるいは、変化しなかったのか、時系列変化の様子が、このスライドを使って視覚的に確認できます。

2018年調査の年層別結果もご紹介。少しだけ解説も付けました。

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最後の画面の仕掛けは、ぜひ実際に確かめてくださいね!

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さわってなるほど!NHK世論調査
冒頭の熱い思いを共有していただけるかどうかはさておき、まずはこのコンテンツ、ちょっと試してみませんか?

 

調査あれこれ 2020年07月10日 (金)

#258 中学校の授業で広がるメディア利用、でもスマートフォンは?

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 新型コロナ感染拡大防止に伴う休校期間中、子どもたちは各家庭で学習を進めざるをえなくなり、デジタルメディアを活用したオンライン学習のニーズが高まりをみせ、さまざまなデジタルコンテンツの配信が進められました。
 文部科学省では、「子供の学び応援サイト~臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト~」1)を立ち上げ、経済産業省は「新型コロナ感染症による学校休業対策『#学びを止めない未来の教室』」2)で、教育(Education)にテクノロジー(Technology)を活用しようとしているEdTech事業者の期間限定・無料公開のコンテンツなどを紹介しています。
 また、小学校や中学校では「1人1台の学習者用PC」と「高速ネットワーク環境整備」を進めるGIGAスクール構想3)が前倒しで実施されることとなり、学校現場のメディア環境の整備はイラストに示すような方向に着実に進み始めています。

0710-1.jpg こうした学校のメディア環境の変化をとらえるために、放送文化研究所では継続して定期的な調査を行っています。昨年10月から12月にかけては、「NHK中学校教師のメディア利用と意識に関する調査」を実施しました。調査をお願いした全国の中学校の先生(理科、社会、国語、外国語)の6割以上の方からご回答いただきました。本当にありがとうございます。

 調査時期はコロナ禍の前になりますが、調査結果からは、テレビやパソコンなどのメディア機器を教師が利用できる一定の環境が整い、特にタブレット端末を利用できる環境にある教師が4教科とも6割を超え、生徒は1人1台での利用が多いことが明らかになりました。その一方で教室のインターネット環境は無線接続が6割を超えたものの、まだ動画を問題なく再生できるまでには至っていないこともわかりました。
 また、こうした機器で提示するメディア教材の利用は4教科とも8割を超え、授業でNHKの学校放送番組やウェブサイトNHK for Schoolを利用している教師は理科で63%、社会で56%に達しました。

 その一方で、生徒の学習へのスマートフォン利用については、授業での利用についても、家庭での学習においても否定的な意見が多いという結果も出てきました。主な否定的な意見には次のようなものがありました。
 「生徒の発達段階を考えても上手に学習にのみ利用することはかなりむずかしいのではないかと思う。」
 「視力の低下(画面の明るさによる)、姿勢の悪化(机やイスを使用せず長時間利用すると)などを考えると、あまり良くない。」
 「経済的に難しい生徒がいる以上、統一してやるには抵抗がある。」
学習効果や健康面への懸念、自己管理の難しさや経済的な負担について心配する先生方の声が寄せられました。

 ただし、少数ではありましたが、肯定的な意見もありました。
 「オンライン授業が多くなっており、生徒自身わからなくなった時にすぐ視聴できるのでいいと思う。」
 「これからの社会で生きていく上では、スマートフォン等を上手く活用する力が求められるため、中学生のうちからモラル、スキルを身に付けるべきだ。」

 調査後の2020年6月24日には文部科学省「「学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議」審議のまとめ(素案)」4)で、「中学校における、学校への生徒の携帯電話の持込みについては、持込みを原則禁止としつつも、一定の条件のもと、持込みを認めることが妥当と考えられる。」とされ、持ち込み禁止を解除する方向性が示されました。中学校の先生の意識は今後変わっていくかもしれません。

「放送研究と調査」6月号『1人1台端末時代に向けて広がるメディア利用とその課題~2019年度「NHK中学校教師のメディア利用と意識に関する調査」から~』は、コロナ禍前の中学校のメディア環境や先生方の意識をまとめたものですが、これから先の中学校でのメディア利用について考える基礎的なデータを紹介しています。教育や子どもに関わる方以外にも、これからの社会を考えるためにぜひ読んでいただければと思います。


1) 子供の学び応援サイト~臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト~https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/index_00001.htm
2) 新型コロナ感染症による学校休業対策『#学びを止めない未来の教室』
https://www.learning-innovation.go.jp/covid_19/
3) GIGAスクール構想の実現について
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
4) 「学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議」審議のまとめ(素案)
https://www.mext.go.jp/content/20200624-mxt_jidou01-000007981_1.pdf


メディアの動き 2020年06月26日 (金)

#257 感染者や医療従事者等が追いつめられない社会を~放送は何を心がけるべきか~⑵「速報性に寄らない報じ方を模索する」

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


*6月19日を過ぎても……

 6月19日は、新型コロナ対策にとって節目の日となりました。1つは、緊急事態宣言の終了を受けて、県をまたぐ移動の自粛が解除されたこと。週末にはにぎわいが戻ってきた全国の観光地の様子がメディアで報じられました。もう1つは、感染拡大を防止する「新型コロナウイルス接触確認アプリ」が厚生労働省からリリースされたこと。このアプリは、「スマートフォンの近接通信機能(ブルートゥース)を利用して、お互いに分からないようプライバシーを確保して、新型コロナウイルス感染症の陽性者と接触した可能性について、通知を受けることができる」というものです。ただし、都市封鎖などの対策を行わずに第2波を抑えるためには、全人口の約56%がアプリを利用する必要があるとの報告(英オックスフォード大学の研究)もあります。
 週末は、私が住んでいる東京はお天気がとてもよかったので、久しぶりにゆっくりと外出を楽しみました。ただ、県境を越えて観光に出かける気分になれるのはもう少し先かな、と思っています。接触確認アプリについては、自分や自分の大切な人たちのため、そして社会を守るためにも重要であると思い、早速インストールしました。スマホにアプリが入りこれで一安心と思ったのですが、陽性者と濃厚接触した通知が来たらどうしようと却って不安になってきてしまいました。新型コロナウイルスと共存する社会とはどのようなものなのか、その中で自分らしい生き方をどう見つけていけばいいのか。“新しい生活様式”と言われても、どこかまだしっくりきておらず、揺れ動いている自分がいます。皆さんはいかがでしょうか。

*厳しい現実を直視する

 さて、先日のブログで私は、“withコロナ時代”は「誰もが安心して感染できる社会」でなければならない、と書きました。感染した人が差別を受けたり、いわれなき噂に翻弄されたりする社会であってはならない、という意味です。そうした社会にしていくために放送局は何を心がけるべきか、最近視聴したローカル民放制作の2つの番組から学ばせてもらうことが色々とあったので、このブログで皆さんとも共有したいと思いました。
 前回は、放送局で感染者が出た場合にどのような対応をとるべきか、実際に2人の感染が確認されたOBS大分放送の検証ドキュメンタリー番組を取り上げました。OBSを取材する前には、私は、放送局は組織として感染した社員を守る姿勢を貫き、その姿勢を視聴者に示すことこそが、全ての感染者を好奇の目や差別・偏見に晒されない社会を作ることにつながるのではないかと考えていました。多くの視聴者を持ち影響力の大きなマスメディアだからこそ、毅然としてその役割を果たさなければならないとも思っていました。この考えは今も基本的には変わりません。しかし、取材を通じて認識したのは、そのことを許さない、新型コロナウイルスの感染者や感染者を出した組織に対する「社会のまなざし」の厳しさです。放送局は情報を提供する報道機関であり、公益性の高い企業であることから、詳細な情報を提供することは使命であり、その行為こそ公益性にかなうものであるのではないかという、強いプレッシャーを受けていました。これは私が想像していた以上に厳しいものでした。

 今回取り上げるのは、そうした「社会のまなざし」を真正面から取り上げたラジオドキュメンタリーです。タイトルは『『感染』―正義とは何か』。制作したのは愛媛県のRNB南海放送です。番組を告知するTwitterには、「正直、「不快」な番組です」と書かれていたので、一体どんな番組なんだろうとリアルタイムで聞いてみました。なるほど確かに、偏見や差別、いわれのない噂が生まれてくる、その現場にマイクが深く入り込んでいて、番組で紹介される心無い一言一言には、いいようのない哀しさを覚えました。でも同時に、一人の人間として、また一人のメディア人として、この番組は最後まで聞かないといけない、決して他人事として済ますことはできない、そんな義務感のようなものも感じました。自分の心の中にも存在するだろう醜悪な部分がえぐり出されて目の前に突き付けられ、息苦しく身動きすらできない45分間……。こんな感覚は久しぶりでした。
 早速、どんな思いでこの番組を制作したのかを知りたくて、制作に携わったRNBの植田竜一ディレクターと連絡を取りました。残念ながら、番組はradikoのタイムフリーの期間を過ぎてしまっているため皆さんにお聞きいただく事はできないのですが、今回はRNBの許可を得て、音源も一部交えながら番組を紹介し、植田ディレクターのインタビューと共に、この番組が社会に訴えたかった意味について考えたいと思います。なおご紹介する音源は、植田ディレクターと相談の上で、当事者取材の部分については控えることとしました。また、番組では実名で取り上げていた当事者の名前も伏せています。

0626001.png


*<ディレクターインタビュー>番組を制作したきっかけ

Q(村上)まず、この番組を制作しようと思ったきっかけを教えてくださいますか。

A(植田)
0626002-1.jpg 県内で初の感染者が出た際、ネットや口コミで広まっていた「感染者は自殺した」という噂を私も信じていました。しかし、のちに実際は全くのデマであったことが分かります。情報を鵜呑みにしていたことを自省するとともに、「もしかしたら、本当に怖いのは、本当に蔓延しているのは、ウイルスではなくもっと別のものなのではないか」と思い取材をはじめました。
 一方で、連日ニュースなどで報道されるのが新規感染者数をはじめとする統計的なものばかりで「人の心」について取り上げられていなかったこと、また、徐々に感染者数が減少していき、様々な人権侵害について総括されることもなく、新型コロナが過去の出来事のように扱われはじめる危機感があったことから、番組の方向性を定めていきました。

 

*<番組紹介①>デマと偏見が飛び交う町

 番組は2つのパートで構成されています。前半は今回の新型コロナウイルスを巡る現場の取材、後半は愛媛県におけるハンセン病患者やエイズ患者の歴史の教訓に学ぶパートです。前半の新型コロナウイルスに関しては4つの現場を取材しています。

0626003-2.png 1つ目の現場は、愛媛県最南端、高知県に隣接する人口2万人ほどの漁業の町、愛南町。先ほど植田ディレクターが言っていた県内最初の感染者が出た町です。感染者の女性はクラスターとなった大阪のライブハウスに行っており、ネット上では「松山市に引っ越しを余儀なくされたらしい」「迫害されて自殺したんだって」というデマが2か月にわたり飛び交いました。

 番組では、この町で2人目に確認された感染者とその周辺の住民への直接取材を行っています。県からはこの2人目の情報は「60代女性自営業」とだけ発表されていましたが、発表から半日たたないうちに多くの住民がどこの誰なのかを特定していました。番組では住民達の生々しいインタビューが肉声で紹介されます。


「感染した人の情報ってのは、もうその日に出ますね。(中略)その日のうちに連絡網みたいな感じで、あれ、どこどこの誰誰よって感じで」
「狭い町やけん。噂が立つのも早いし」
「悪気があって言うんじゃないけどな」

  2つ目の現場は県内では3番目に人口の多い新居浜市。市内の小学校でした。その小学校では、トラックドライバーの父親を持つ子供3人に対し、登校を自粛してほしいとの要請が行われていました。学校は、その父親が感染拡大地域を行き来していたため、その家族も含めて感染リスクが高いと判断したとのことでした。3人の子供のうち1人は新一年生。結局その子供は入学式に参加できませんでした。番組では教育長に直撃しています。

「感染拡大地域に行かれて戻ったという事象のみで気持ちがいって、子どもが新型コロナウイルスにならないことを一番に考えておりましたので、そうした配慮が足りなかったということです」

父親が勤務する運送会社の社長は、父親の憤りを代弁すると共に、自身も無念さとやるせなさを吐露しました。

「実際は感染していないんですけども、突然そういうことを言われると、職業差別にあたると思いますし、子供達の学習権を奪うという行為じゃないかと疑問を感じました」
「ウイルスのおかげで人の心が分断された。それが一番怖い」

県内ではこの他、南部の2校でも同様の事例が起きていたといいます。

 

*<ディレクターインタビュー>「正義」について

Q(村上)番組内では「子供を守るという「学校の正義」が、結果的に子どもから“学ぶ権利”をはく奪したのです」とコメントされていました。自身の信じる正義のために人を傷つけてしまう言動をとった人々に直接向き合って取材し、どのようなことを感じましたか?

A(植田)この番組を企画したきっかけ(噂を鵜呑みにしていたこと)を考えると、私はだれも責める資格はないですし、1人1人の信じる正義や感情は理解できます。そして、街中の通行人を含めて今回取材した方の全員が、悪意をまったく持っていませんでした。1人1人の「正義」が悪意を揉み消している装置なのだとしたら、やはり厄介で深い問題なのであると再認識させられました。「誰も悪くはないけれど、誰もが責任を負う」と感じています。

Q かなり踏み込んで取材をしていると感じました。当事者を取材することについての苦労や葛藤などはありませんでしたか?

A 取材を受けていただいた方以外にも、「番組にされるとまた誹謗中傷を受けるから…」と何件もの当事者に断られました。私たちが番組にすることで、被害者の方が二次、三次…とまた誹謗中傷が連鎖するのではないかという葛藤は常につきまといました。それでも、「1か月後でも1か月前でもなく、“今”こそ負の事実を伝えないといけない」という熱意一本で取材対象者を説得し、インタビューを重ねて放送に踏み切りました。
 しかし、正直なところ、まだメディアが誹謗中傷を悪化させるのではないかという葛藤は払拭できていません。いずれにせよ、改めて、差別や誹謗中傷の前にメディアの使命というのはあくまでも自己都合・自己満足に過ぎないということについて自覚的になるべきだと痛感しています。

 

*<番組紹介②>励ましが一転、誹謗中傷に

 3つ目の現場は、松山市で8人の感染が確認された高齢者向け介護施設。ここでは、県知事及び市長の会見を契機に、施設に向けられる「社会のまなざし」が180度変化しました。番組のこのパートを抜き出して再編集した音源がこちらです。

  感染者が出ていたにも関わらず、濃厚接触した職員に自宅待機をさせず、そのことによって感染が広がってしまったこの施設の対応に対し、県知事は「由々しき事態である」と施設側の対応を厳しく批判。市長も同様の姿勢で批判しました。

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この日までは、施設には支援の声や励ましが寄せられていましたが、それが一転して誹謗中傷に変わっていきます。ただし、取材をしていくと、施設側はすぐに職員を自宅待機させることはできない、と市役所に訴えていたこともわかってきました。しかし今も施設側と市側の見解は相違したままです。

*<ディレクターインタビュー>報じるメディアの課題

Q 新型コロナウイルスに関しては、放送局では連日、知事や首長の会見を中継しています。ニュースや情報番組でもトップで扱われることが多く、知事や首長が番組に出演する機会も増えています。そのため、どこまでが行政の“広報”で、どこからが局が取材した認識に基づいた“報道”なのか、その境目が曖昧になっていることがメディアとしての大きな課題だと私は感じています。今回の松山市の高齢者向け介護施設の事例は、その課題が実際に現場で被害を生んでしまったケースだと思います。植田ディレクターは、かつて報道セクションに所属しており、そして現在は異なる部署でこの番組を制作しましたが、このあたりのことはどう捉えていますか。

A 私たちメディアが様々な出来事に対して善悪の価値観を決めつけて報道している限り、差別を助長・誘発してしまうことを痛感しました。実際に今回取り上げた、自治体のトップの発言がきっかけで高齢者施設に批判が集中した事案では、マスコミも一斉に「施設の不行き届き」として報道しました。こちらで一方的に価値を判断してニュースにしましたが、取材を進めるとそうとも言えない一面が見えてきたのです。事実が明らかになっていくにつれて、メディアの報道姿勢はしれっと変えることができますが、一度傷ついた人の心は元には戻りません。取材の中でも、私を含めてメディアへの批判は数えきれないほど受けました。

Q 知事会見後にわかってきた、高齢者向け介護施設側と市役所とのやりとりについて番組では紹介していましたが、御社のニュースもしくは情報番組の中では伝えたのでしょうか。

A 知事会見については民放4局とも報じましたが、このやりとりについて後日詳しく報じたのは、確認できる限りでは1局のみでした。弊社も継続的に報道していません。自分も報道セクションに身を置いていたので実感していますが、やはりニュースや情報番組は「タイムリーさがポイント」で、過ぎ去ったニュースの後追いを報じることは難しい、その体質はなかなか変わらないのではないかと思っています。

Q 番組制作を通じて学んだことや、得た教訓などがあれば教えてください。

A 感染が拡大している際に報道において最も重きを置くべきことは、「この情報を伝えることで少しでも人の命を守ることに役立つか」どうかではないかと教えてくれました。そうすると、どこの誰が感染者かをより詳細に報道することが、果たして上記の「人の命を守る」ことにつながるか疑問を感じます。感染拡大を防ぐためにも感染者本人を深く掘り下げるのではなく、もっと他の方法があったのではないかと思います。
 人の口に戸はたてられません。でも、SNSのボタンを押す前に、また、お隣の人に「ねえねえ知っとる?」という前に、ちょっとだけ思いとどまってもらえるか、メディアにできることはそのくらいしかないかもしれませんが、でもそれができればとても大きい。そういう番組制作をこれからも目指していきたいと思います。

Q ローカル局でこうした骨太のドキュメンタリー番組を制作する意義についてはどう考えていますか?

A どの番組でも地方局の人間として普遍性と特殊性は常に意識しています。
 愛媛や地方だからこそ持つ魅力や愛媛や地方だからこその見えてくる課題をまずは徹底的に掘り下げる。そのうえで、「これは首都圏や全国の人たちには関係のないことなのか」「後世の人たちには関係ないことなのか」を考える。今回に関しては、県内の個別事例を掘り下げると見えてきたのが「人として」の問題だったので、明らかに普遍性があると思い、全国の方が聞いていただいても意味のある内容にしようと心掛けました。
 一方で、人口減少が進む中、わたしたち地域のメディアが向き合っている課題は、将来の日本全体が向き合うことになる課題であると感じています。狭い町だから感染者を特定した事案や、県民・市民に人気のある自治体のトップの発言は大本営発表のように疑わざる事実としてとらえてしまう事案など…。地域のメディアこそ声を上げないといけない。そこに意義があると思います。

*<番組紹介③>歴史から学ぶことの重要性

 番組の後半は、愛媛県にちなんだ2つの歴史から、コロナ禍の社会が抱える課題をどう考えていけばいいのかを探っています。1つは、四国八十八か所のお寺を巡るお遍路の歴史から、もう1つは日本で初めて実名を公表し薬害エイズ訴訟を闘った、愛媛県在住だった赤瀬範保さんの言葉から。ここでは、赤瀬さんのパートの音源を紹介しておきます。

 

 最後に、番組のエンディングのコメントをそのまま紹介します。

「いつか来る新型コロナを乗り越えた後の世界、
“未来の教科書”にはこの感染症はいったいどのように描かれるのでしょうか。
忘れてはいけないはずです。
私たちの「正義」は、根も葉もない噂を作り出すこと。
私たちの「正義」は、簡単に偏見を生み出すこと。
私たちの「正義」は、感染した人を特定しようとすること。
私たちの「正義」は、一生消えない傷を負わせること。
私たちの「正義」は、“感染する”ということを…。」

*取材を終えて

 植田ディレクターは、入社5年目。3年間、報道のセクションを経験し、ラジオの制作に携わって2年目です。SNSの持つ危うさも、人間関係の濃密な地域社会の厄介さも、報道機関の持つ速報性重視という課題も、それぞれを自身の問題として体感しながら、それらを相対化して普遍的な問題に挑もうとする姿勢に、同じメディア人として多くのことを学ばせていただきました。快く取材に応じていただいたこと、また音源まで提供してくれたRNBに改めて感謝します。
 今回改めて、全国各地の放送局には学ぶべき番組が数多くあるということを実感しました。こうした番組がアーカイブ化され、全国の多くの人達に見たり聞いたりしてもらえる機会が増えることを願いますが、このブログでも時々こうして、皆さんに共有していければと思っています。


調査あれこれ 2020年06月24日 (水)

#256 減少する中流意識と変わる日本人の社会観

世論調査部(社会調査) 小林利行

みなさんは、下の図が何だがわかりますか。

06261.PNG

左の「A」は、底辺が分厚くて、中間が細く、天辺もやや分厚くなっています。
その隣の「B」は、底辺が分厚いのは同じですが、上に向かう程、細くなるピラミッド型です。
反対に、いちばん右の「E」は、逆ピラミッド型で、下が細く、上が分厚くなっています。

実は、これらの図は、下から上に行くほど豊かになる階層社会をイメージした図なんです。
底辺の「下流層」が最も多く、次に「上流層」が多くて、「中流層」が少ない「A」は、
格差が大きな社会を表しています。「B」⇒「C」⇒「D」と右に行くほど格差が小さくなり、
「下流層」が少なくて「上流層」が多い「E」は、格差が小さな社会というわけです。

NHK放送文化研究所では、1993年からISSPという国際比較調査グループに参加して、
10年ごとに、同じテーマで調査を行っています。
去年(2019年)のテーマは、さまざまな格差についての意識を探る「社会的不平等」で、
上の図を示して、どの図が理想の社会で、どの図が現実の社会だと思うか選んでもらいました。

日本の調査結果を示したのが下のグラフです。
20年前(1999年)と10年前(2009年)と比較しています。

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06262-2.PNGのサムネイル画像0626-2-3.PNG

「理想」の社会では、20年前も、今も、「D」が最も多くなっています。
「中流層」が分厚く、「上流層」と「下流層」が少ない社会を「理想」と考える人が多いのです。

ところが、「現実」の社会は違います。今回、最も多かったのは「B」のピラミッド型でした。
2番目に「C」が多く、「D」は3番目になっています。
「現実」の「D」の20年間の変化をみると、1999年は32%だったのが、2019年は20%と、12ポイントも減っています。

これは、日本が「中流層」よりも「下流層」が多い社会になっていると思う人が、20年間で増えたことを示しています。

「中流意識の減少」という変化がみられる一方、日本人の社会観にも注目すべき変化が現れています。


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現在の日本の社会が、「学歴がものをいう社会」だと思うかどうか尋ねたところ、
『そう思う』という人は、20年前の86%から、今回は73%と10ポイント以上減りました。

その一方で、「自然や環境を大切にしている社会」だと思う人は、20年前は21%だったのが、
今回は37%と15ポイント以上増えています。

「出身大学がものをいう社会」「お金があればたいていのことがかなう社会」なども減り、
代わって「人との結びつきを大事にする社会」「人と違う生き方を選びやすい社会」などが増え、
若い年代を中心に、社会に対する見方が変わってきていることが、調査から見えてきました。

この論文は、「放送研究と調査」5月号に掲載しています。是非、ご一読ください!


ことばのはなし 2020年06月17日 (水)

#255 シャリだけ握ってくれないか? ~「読みことば」の秘密に迫る新連載『新・放送文章論』

メディア研究部(放送用語・表現) 井上裕之

 

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 ニュースは 握りずし である。
 どちらも扱う“ネタ”は、「新鮮」で、なるべく素材を加工せず「そのまま」、そして「種類が豊富」なほうがいいから。

  …もちろんこれは例え話です。が、テレビ番組を料理に例えると、ドラマやドキュメンタリーは、作品一つ一つが味わい深い、さながら手の込んだフランス料理や中国料理。その点ニュースは、手早く食べられる握りずしの魅力を持っています。

 ふだんはみんな、「トロがうまい」「きょうのウニは新鮮」と、ネタのよしあしに注目し、それらをのせるシャリを話題にしません。でも、かの料理界の巨匠、ジョエル・ロブションは、日本で銀座のすし屋に連れて行かれたとき、最初に白身、次にイカ、と注文した後、3番目にはなんと、シャリだけを握ってほしいと頼んだそうです。そして、それを口にするや、「この味は自分にはできない」と、老舗の編み出した酢飯の味わい深さに脱帽したとか…。

 このシャリにあたるのが、ニュースでは文章です。どんなできごとでも、短い時間で視聴者の前に出してしまうその文章スタイルは、ネタのおいしさをそのまま伝えることを最優先にし、自己主張をしません。だから、ふだんは誰も気に留めませんが、料理界の巨匠が感嘆したシャリだと思えば、その秘密にも興味がわいてきませんか?

 ニュースの文章は、読み上げられる前提で書かれた文章を実際に声に出して読んで伝える点で、「話しことば」とも「書きことば」とも違う、「読みことば」とされています。文研では、それをしばしば「放送文章」と呼んできました(連載のタイトルはここから来ています)。ニュースの放送文章は、100年近い日本の放送の歴史の中で生み出されたことは確かです。ただ、その特徴は、ネット時代を迎えた今もまだよくつかめていません。

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「放送文章」ということばが使われているNHK放送用語委員会の報告(『放送研究と調査』1993年6⽉号)

 本連載は、文研が毎月発行している『放送研究と調査』のことし5月号から隔月でスタートしました。第1回は、「NHKニュースの文はなぜ長い」。読みことばには「改行一字下げ」という段落の目印がないこと(放送文章は“声”だから当然なのですが…)と、ニュースの1文が長いこととの関係についてお伝えしました。第2回(7月号)は、映像と放送文章の浅からぬ関係についてお伝えします。ふだん気が付かない視点から、読みことばの特徴に迫りたいと考えていますので、みなさんにも“シャリだけ”のおすしの奥深さをお楽しみいただければ幸いです。

  

 

メディアの動き 2020年06月12日 (金)

#254 感染者や医療従事者等が追いつめられない社会を~放送は何を心がけるべきか~ ⑴「放送局が当事者になった時」

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 

 ここ数か月の間に、手洗い・マスク・ソーシャルディスタンスの3点セットは社会生活におけるエチケットとなりました。ステイホームをいかに快適に過ごすかが人々の関心事となり、クラスター化しやすい場所に行くことはリスクある行為だという認識も広がってきました。“自分を守ろう・社会を守ろう”というメッセージを日々放送し続けるテレビやラジオは、こうした個人や企業のリスク管理の浸透に少なからず寄与していると思います。接触追跡アプリの実用化、検査体制の整備などの動きもあり、迫りくる感染の第二波に備える準備は進んでいるように見えます。

 しかし、感染者に対する「社会のまなざし」についてはどうでしょうか。新型コロナに感染した人はこれまで、地域社会では噂を広められ、ネットでは実名がさらされ、リアルでもバーチャルでも追いつめられてきました。ひとたび感染が確認されると、その人は確認前の2週間の行動に問題がなかったかを徹底的に問われ、少しでも問題があったら責められ、かりに問題がなかったとしても、社会や家族に迷惑をかけてしまったと自分自身を責め、謝らなければならない状態に追い込まれてしまっています。“自分を守ろう・社会を守ろう”と声高に繰り返すことは、反転すると、感染者や感染者を出した組織、クラスターを生んだ医療機関等を、自分を守れない・社会を守れない、と責めたてる社会を作ってしまっているのではないかそう思うこともあります。

 新型コロナと共存しながら社会活動を行う“withコロナ時代”は、究極的に言えば「誰もが安心して感染できる社会」でなければなりません。もちろん、リスク管理は必要です。しかし管理することが目的化してしまうことの怖さも同時にわきまえておかなければ、テレビやラジオは安易に同調圧力に加担し、感染者を更に傷つけてしまうことにもつながりかねません。

 5月21日、日本新聞協会と民放連は「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明」を発表しました。「センセーショナルな報道にならないよう節度を持った取材と報道」に努め、「プライバシーを侵害しない範囲で提供するという観点」で議論を続けていくとしています。では、具体的には何をすべきなのか。感染者や感染者が所属する組織、医療従事者等が追いつめられない社会にするために、影響力が大きく、そして公共的な役割を果たすことを法的に定められた放送メディアは何を心がけておくべきなのか。本ブログでは、最近ローカル民放で制作された新型コロナウイルスに関する2本のドキュメント番組を手がかりに、2回に分けて考えてみたいと思います。いずれもローカルエリア向けの放送ですが、視聴した上で制作者に取材をしています。

 

 1回目のテーマは「放送局が当事者になった時」です。ここでは、4月半ばに男性社員1人、役員1人の感染が確認されたOBS大分放送が制作し、5月30日深夜に大分エリアで放送された60分のテレビドキュメント番組『コロナ禍の地方局 感染確認から1か月の記録』を取り上げます。また、6月4日には、OBSと同様に放送局が当事者となった、テレビ朝日の『報道ステーション』で、キャスターが番組内で陳謝すると共に、経緯及び反省点が示されました。この内容についても、OBSとの番組との相違点という面から最後に少し触れたいと思います。

 

*番組制作の経緯

  OBSでは2人の感染が確認された後、社内の44人が接触者として検査を受けることになりました。結果は全員陰性で、幸いなことに感染拡大はありませんでしたが、大型連休までは3つの自社制作番組を休止し、ニュースを扱う夕方のローカルワイド番組も縮小するという判断を行いました。OBSで働く人達は180人あまり。やむを得ない決断だったといいます。

 ドキュメント番組を制作するためにカメラを回し始めたのは2人目の感染が確認された翌日、4月17日からでしたが、その以前の様子も報道部等に据え付けられた情報カメラに映像が記録されています。番組は、こうした映像も交えながら構成されました。

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 当初、番組の企画は、社内の様子だけでなく、他にも県内で感染した人達の生の声を聴くという条件で制作に入ったといいます。しかし現場では予想以上に取材拒否が相次ぎ、番組の撮影はおろか、通常のニュース取材ですら困難な状況に陥りました。そのため、放送を見送るという意見もあったそうですが、地方局で感染者が確認された状況を記録するのも必要だろうとの判断で、取材は社内に関するものに限定して続行されました。

 番組では、ニュース取材に行き詰まる様子も紹介しています。たとえば、学校再開のニュースを取材したいと申し込んだところ、学校からは「テレビ局は全て断っていると言われて取材はNGに。しかし当日のニュースを見ると、OBS以外の各局は学校にカメラを入れて撮影していました。

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*感染した2人のインタビュー

 番組では感染した男性社員と役員にもインタビューしています。
 男性社員の方は、一度38度まで発熱した後、すぐに微熱に下がり、その後、症状らしいものはなかったといいます。インタビューでは、「発熱したのがもし土曜日だったら日曜日に回復して、状況が変わらなければ出社していたと思います」と答えていました。

 役員の方は入院して2週間人工呼吸器をつけるなど重い症状だったといいます。インタビューは機器が外れた当日に行われました。アビガンの投与後に体調が回復したこと、看護師との病室でのやりとりの様子などが紹介された上で、「会社にも迷惑をかける、家族にも迷惑をかける、すべてに友だちにも知り合いにも迷惑をかけて、恥じ入るばかりです」と答えていました。

*広がる社外の人との距離

 社員の家族や、OBSに出入りしている外部の人達にも様々な影響が出てきました。例えば、子供が通う学校の保護者から、自分の子供を通わせられないという連絡を受けたという社員は「自分が働いているから世間からそういう目が向けられて、自分は世間の一番厳しい目よりも厳しい行動をとらないといけないことは納得できるけれど、子どもがそういう思いをするのはきついですね」と話します。テレビ制作部では2人の男性が、2人とも妻が仕事をなくし、番組でお願いしているヘアメイクさんも仕事がなくなったという「二次被害が明らかに起きている」と話します。番組では当時の状況について、「コロナで生じた社外の人との距離を誰もが感じていた」とコメントしています。

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*対応の課題

 番組では、OBS自身の対応のまずさについても取り上げています。取り上げた課題は大きく2点。1つは初動における情報開示の失敗、もう1つは、もともとBCP(事業継続計画)はあったものの、そこに詳細な対応策が示されていなかったというものです。特に前者については、視聴者から大きな不信感を抱かれることになります。

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 最初の男性社員の感染がOBSで確認されたのは4月15日の昼過ぎでしたが、保健所が発表する前に報じて両者の情報に齟齬があると県民が不安に思うとして、当日はわずか35秒の短い原稿で伝えるのに留まりました。翌日のニュースで詳細な情報を伝えようとしていたところ、2人目の役員の感染が確認、ニュース枠を縮小せざるをえなかったことに加えて、緊急事態宣言が全国に拡大されたというニュースも重なり、詳細は伝えられないままになってしまったといいます。視聴者からは、「情報が少ない。経緯と言えるほどの説明も少ない」「社員の名前を公表するべき」等の声が寄せられました。そして、自社制作番組が再開されることになった5月初旬になっても、「まだまだ自粛してる市民、県民は沢山居る!OBS社員も講釈垂れずに自粛していろ!」「発症が家族からだとすれば4週間さかのぼって説明しないと、説明責任を果たしたことにはなっていませんよ」などの厳しい声が寄せられ続けたといいます。

 

*今後に向けて

 番組の最後は、再開した自社制作番組の現場の様子や、新たに社内マニュアルを作成する取り組みなどについて紹介し、「社内が混乱し、番組の休止を余儀なくされたOBS。この教訓をもとに、新型コロナウイルスとの共存をもがき続ける」とのコメントで締めくくられました。

 

 *報道制作局長のコメント

 番組を視聴した私は、新型コロナを巡る対応について、様々な角度からかなり踏み込んで取り上げていると感じ、OBSと連絡を取り、兼子憲司報道制作局長にメール及び電話でインタビューしました。

Q 自社の対応のまずさについてかなりさらけ出されている気がしますが、どこまで提示するかなど議論はありましたか?

 特にためらいはありませんでした。会社の都合の悪いことを番組に出すかどうかといった問題よりも、新型コロナという目に見えないウイルスにより生じたOBSと視聴者との間の溝を埋めることの方が大切だったという認識です。最近の視聴者はテレビ局の世界をよく理解しているため、私たちが何かを隠そうとしてもすぐに気が付くでしょうし、小手先のことでは、納得してもらえないのではないかと考えています。それだけに、“さらけ出す”といったシーンも必要だったと考えています。 

Q 視聴者や地域社会によるOBSに対する厳しい眼差し、時に社員や関係者への差別や風評被害ともいえるような状況も描いています。取り上げることに逡巡はありませんでしたか?

 新型コロナに対する人々の不安は当然であり、自分や家族等を守るための言動を差別と見ていいのか については、とても難しいところだと思います。それが、この感染症の最も難しい問題だと痛切に感じました。そのため、感染が発覚した会社では何が起きるのかをとにかく記録し、それを、あまり手を加えずにそのまま出そうという判断で放送しました。

Q 感染した社員・役員とはどう向き合ったのでしょうか。メディアとして、情報の公表と感染者への配慮をどう両立させるかは難しい問題だと思います。会社としての姿勢は?

 大分県が感染者について公式発表する際には、不特定多数との接触がないケースにおいては通常、会社名は伏せています。しかし、OBSの場合はマスコミということもあり公式発表に先立って、社名を公表するという判断をとりました。ただこれにより、感染者本人や家族が一部特定される事態となり、様々な被害があったということを聞いています。本人からは、「感染判明後、企業として感染者に対するケアが足りなかったし、報道するにあたってもその視点が抜け落ちていた。」との意見ももらっています。
 ただ、感染が確認された後、視聴者から寄せられた批判や苦情の多くは、どういうルートで感染したのか、その経路が知りたいというものでした。そのために、検証番組を制作するにあたっては、感染者本人達の取材は欠かせないと思いました。視聴者からは顔も名前も公開しろ、という声もありました。しかし、放送することで本人や家族等への更なる差別が起きることは絶対に避けなければならないと、匿名でのインタビューとしました。しかし、それでも、2人の感染が確認されていなければ、番組の休止などは起きなかったし、県民の不安もなかったという事実を鑑みれば、2人が悪いという印象を持つ人が視聴者の中に全くいないとは言い切れないと思います。大変難しい問題です。

 Q 報道機関として、何を謝罪し何を謝罪すべきではないか、その線引きは難しいと思います。どういう判断をされましたか?

 番組を休止し、ニュースも短縮する等、地域メディアとしての業務を縮小せざるをえなかったことについては視聴者に謝罪しています。しかし、感染は誰でも起こりうることというスタンスなので、感染したことそのものについての謝罪は会社としてもしていませんし、感染した2人にもさせていません。今回は2人とも感染経路がはっきりしないままでしたが、経路がわかるわからない、また、リスク管理をしているしていないで感染者を選別し、社会を分断させることは報道機関としては避けなければならないという心構えで今後も臨んでいきたいと思っています。

Q 今回の経験でローカル局であるOBSが学んだことは何でしょうか?

 ローカル局はやはり、地元の情報をできるだけ正確に素早く、視聴者に届けることでその存在を必要とされているのだと思います。そのためには、地元の方々が取材に協力していただかなければなりません。今回の一連のコロナ騒動ともいえる事態を経験したことで、地方局と視聴者との距離を、今まで以上に感じさせられました。情報の在り方によって、視聴者は離れていくし、今OBSで起きていることなどをできるだけ正直に伝えることで、視聴者の中には、“また応援をしてやろう”と思う人も出てくる。結局、地道に取材活動をして、一つひとつ信頼を得ていくしかないと考えています。

 

*取材を終えて

 OBS兼子局長には、私が新型コロナウイルスとメディアについて考える上で答えが見いだせないでいる問いをぶつけさせていただいた格好になってしまいましたが、とても丁寧にお答えいただきました。
 番組もインタビューも、決して歯切れのいいものとは言えませんでしたが、この問いについては、歯切れよく答えることはできないし、今後も簡単に答えてはいけないものなのだと思います。ただ大切なことは、感染を経験した人の声を十分に組織が受け止め、今後の取材活動に生かしていくこと、そして、OBSのような組織の経験を社会が共有し、個々の企業のBCP対策などに生かしていくことなんだろうと思います。
 最後に、冒頭に少し触れたように、同じく放送局が新型コロナウイルス感染の当事者となったテレビ朝日制作の『報道ステーション』についても少しコメントしておきたいと思います。
 6月4日、感染後休養をとっていた富川悠太キャスターが約2か月ぶりに番組に復帰しました。番組後段では15分かけて、①キャスターが発症前後から陽性反応に至るまでの経緯、②番組内で5人に感染が広がったことについて、感染拡大防止に何が足りなかったかの検証と現在の対応策、③番組プロデューサーが経緯について振り返り猛省するとのコメントの紹介、④キャスターが入院中に自身を撮影した映像の紹介と関わった医療関係者への謝意、⑤番組が今回の感染から学んだ点について視聴者に教訓として提示、という内容を放送し、私もリアルタイムで視聴しました。

 感染拡大防止を日々呼び掛けていたニュース番組としての責任、そしてキャスターと番組プロデューサーの初動の対応のまずさが感染拡大を引き起こしたという点で、番組での謝罪が必要だという判断に至ったことについては納得できました。しかし、キャスターであるとはいえ、感染前のプライベートな行動まで含んだ経緯を詳細に本人に語らせる必要があったのかという点については、視聴していて違和感を抱きました。また、SNS上などのキャスターへの批判の中には、批判に留まらない本人を傷つけるような言葉も多く見受けられており、こうした行為については、謝罪とは切り離して、毅然とした態度を示すことも必要だったのではないかと思います。それは、富川キャスターのためだけではなく、多くの心無いネット上の言葉に傷ついてきた感染者、そして今後も傷つく可能性のある感染者のためでもあると思います。

 OBSとは置かれた条件も大きく異なりますので比較をするつもりはありませんが、最大の違いは、局と視聴者との距離ではないかと思います。テレビ朝日のように全国に多くの視聴者がいるキー局が、距離が近いとはいえない視聴者とどう向き合っていくのか、私には解はありません。今少し熟考した上で、取材を続けていきたいと思っています。

 最後に、OBSの番組放送後に寄せられた視聴者の意見を1つ紹介します。「特番はする必要はないと思います。他にも感染した会社がありますが、番組にできるのは大分放送だけ。他の会社は説明もできません。」この意見は非常に重たいと私は感じました。OBSもテレビ朝日も、今回の番組はコロナ感染によって社会に広がったネガティブな企業イメージを、説明責任という形で自社の放送によって払拭しようとしていると言えなくもありません。今後メディアとして心がけるべきは、感染が確認された時に報じるだけでなく、感染が収まった時にこそ、感染が確認された企業や医療機関等をできるだけ応援し盛り上げていくためにメディアとして何ができるかを考えていくこと、このことがコロナを経験した放送局の1つの大きな役割なのではないかと思っています。

 

 2回目は、5月30日に放送されたRNB南海放送のラジオ報道特別番組、『「感染」―正義とは何か―』を取り上げます。