文研ブログ

放送博物館 2017年04月07日 (金)

#73 3.11 その時キャスターは ~命を守ることば~

メディア研究部(メディア動向) 入江さやか

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放送博物館で講演する横尾泰輔アナウンサー(3月12日

「一刻も早く高い所に逃げてください」―。
2011年3月11日の東日本大震災。沿岸部の街が津波に襲われる映像とともに流れたNHKのアナウンサーの声。アメリカの国際放送局、ボイス・オブ・アメリカのスティーブ・ハーマン記者はワシントン・ポスト紙の取材に対してこう答えています。「NHKのアナウンサーのこれほど感情的な声を聞いたことがなかった。“クロンカイトが眼鏡を外して涙をこらえた”瞬間のようだった」と。当時の放送は、アメリカの伝説的なニュースアンカー、ウォルター・クロンカイトがケネディ大統領暗殺のニュースを伝えた時に匹敵するような強い印象を与えたのです。

その時、アナウンサーはどのような思いで緊急報道にあたっていたのか。3月12日、NHK放送博物館(東京都・港区)で、東日本大震災発生時に東京のスタジオからニュースを伝えていた横尾泰輔アナウンサー(現・大阪放送局)の講演会が開かれました。震災から5年目にあたる昨年の春から、横尾アナウンサーは「あの日の放送にしっかり向き合わなければ」と、京都大学の矢守克也教授(災害心理学)のもとで調査・研究に取り組みました。大津波警報が発表された午後2時50分から各地に津波が到達した午後3時20分までの30分間の自らの心理を分析するとともに、その放送を被災地の住民がどのように受け止めていたのか聞き取り調査も行いました。

大津波警報が発表されてから24分間は、NHKが各地に設置したロボットカメラの映像では海の様子に特別な変化はみられず、各地で観測される津波も50センチ以下だったことなどから「空振りにならないだろうか」と、横尾アナウンサー自身も気持ちに揺らぎがあったといいます。住民の聞き取りでも「予想より低い観測値で安心した」という声が聞かれたそうです。

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岩手県釜石港に押し寄せる津波の映像(午後3時14分ごろ)

ところが午後3時14分ごろ、岩手県釜石港に大津波が押し寄せる映像が入ってきた段階から、状況が一変しました。予想される津波の高さが大幅に引き上げられたうえ、マグニチュード7.6の最大余震も発生し、東京のスタジオも大きく揺れました。横尾アナウンサー自身も「スタジオの照明器具が落ちてきてケガをしても仕方ない」と覚悟したといいます。そんな恐怖と、緊急報道を担う重圧に耐えながら、懸命に津波や地震の実況を伝え、避難を強く呼びかけ続けました。
しかし、想定を超える巨大な津波で多くの人が命を失いました。

「いのちを守ることば」はどうあるべきか――東日本大震災の経験と分析を踏まえて横尾アナウンサーは講演の中で、津波に対する危機感を伝えるためのさまざまな表現のあり方を提案しました。「直ちに逃げること!」「津波は内陸にも押し寄せます!」といった「命令調」「断定調」の表現を用いる「3メートルは人の背丈のおよそ2倍」など高さを示す数字のイメージが持てるような伝え方をする過去の教訓や事例を盛り込んだ呼びかけをする、などです。

このうち、「命令調」「断定調」などは、震災発生後の2011年11月からNHKの災害報道に導入されています。また過去の教訓や事例を用いた呼びかけの例としては「東日本大震災を思い出してください!」といった表現も使われています。私も報道局でこれらの呼びかけ方の検討に携わりました。しかし東日本大震災についての人々の記憶が風化してしまっては、これらの「ことば」が十分な力を持つことができません。現在、放送博物館では特別展「東日本大震災 伝え続けるために」を開催しています。当時のニュース映像などを通じて、改めて「いのちを守ることば」について考えていただければと思います。


NHK放送博物館

休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前9時30分~午後4時30分
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1  
TEL  : 03-5400-6900

特別展「東日本大震災 伝え続けるために」は9月10日(日)まで開催
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