文研ブログ

文研フォーラム 2021年02月03日 (水)

#301 「アリバイ(不在証明)」と「自撮り」と「地域放送局」

メディア研究部(放送用語・表現) 井上裕之


 まずは、次の2つの絵をご覧ください。どちらも戦争を描いた絵です。

絵-A
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絵-B
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 Aの絵は、1942年に中村研一という画家が発表した『コタ・バル』という作品です。ぐるぐると張り巡らされた鉄条網を、果敢に突破しようとしている兵士の姿。太平洋戦争の開戦と同時に、日本軍がイギリス領マレー半島に上陸したときの様子を描いています。
 一方、Bの絵に描かれているのは、雨中、赤ちゃんを背負い、子どもを連れて歩く女性の姿。ここには、沖縄戦で沖縄本島の南部に逃げる家族の姿が描かれています。描いたのは、この女性自身。NHK沖縄放送局が2004~2006年に実施した「体験者が描く沖縄戦の絵」というプロジェクトに寄せられた1枚です。
 どちらも、戦争をテーマにした“戦争画”と呼べるでしょう。しかし、両者には大きな違いがあります。「戦闘場面を描いているかどうか」「戦意高揚が目的かどうか」「プロの作品かどうか」…などの違いがあると言えるかもしれません。

 加えてもう1つ、両者には決定的な違いがあります。それは、「描き手がその場に立ち会っていたかどうか」です。
 Aを描いた中村氏は、作戦実行時、その場にはいませんでした。現地を訪れたのは半年後。浜辺の様子を見たり、軍の関係者に聞き取りをしたりして作品を完成させました。戦意高揚を目的に当時描かれた「作戦記録画」と呼ばれる絵の多くは、描き手がその場に立ち会っていないものでした。これについて、ある人が、描き手が戦地での“アリバイ”を恐れなくなっていたと指摘しました。アリバイとは、推理小説でおなじみの「現場不在証明」。作戦記録画は、その多くにアリバイがある(=現場にいなかった)ということになります。
 一方、絵-Bは、「私はその場にいた」ことを伝えている絵です。描かれているのは、戦闘場面ではなく、本人以外おそらく誰も知らない個人的な記憶の1シーン。今で言えば、私たちがスマホで撮る写真に近いでしょうか。特に、自身を描いているこの絵は「自撮り」に似ています。しかし、撮影するということは、何か撮りたい理由があるもので、この絵にも描かれた理由があるはずですが…。

 スマホがまだなかった戦時中に「私は立ち会っていた/見た/体験した」ことを、戦後、思い出して描いてもらったのが「戦争体験画」です。NHKの地域放送局はこうした絵を、1970年代から各地で断続的に集めてきました。その数、約5,000枚。どのように集められたのか、なぜ地域局だったのか。募集の呼びかけは地域に何をもたらしたのか。そうしたことを、文研フォーラム2021で取り上げてみたいと思っています。報告者は、上記した戦争体験画プロジェクトの元担当者。ここでお伝えしたBの絵を描いた女性のストーリーも、実際に取材をした者が詳しく報告します。

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