文研ブログ

文研フォーラム 2016年06月17日 (金)

#31 OTTシンポジウムの"採録"はOTT?

メディア研究部(海外メディア研究) 柴田 厚


_MG_9466.JPG文研では、研究員が論文や報告を書くほかに、学会やシンポジウムに参加したり発表したりすることも重要な仕事です。今年3月に開いた「NHK文研フォーラム」では、いまが旬のテーマ、“OTT(over-the-top)サービス”を取り上げ、海外のゲストなどを招いて、シンポジウム『OTTはメディア産業をどう変えるか』を行いました。

OTTとは、視聴者・ユーザーがテレビ番組や映画など好きなコンテンツを、好きな時に、好きな場所で、好きなデバイスで、インターネット経由で視聴できるものです。つまり、テレビや映画の最大の弱点だった“再現性”を担保した新しいサービスです。日本では去年、Netflixがサービスを開始して話題になりました。

シンポジウムは、とりあえず無事終了しました。私は、もろもろの事前準備、当日の司会などで疲れましたが、次はそれを文章化する“採録”です。当日、会場にお越しいただけなかった方にも、議論の中身や情報、知見を共有していただくためです。私は当初、「シンポの内容を“書き起こし”して、それを再構成すればいいだろう」くらいにタカをくくっていました。

しかし、実際に作業を始めてみると、それでは全く立ち行かないことがわかりました。パネルディスカッションは常に論理的に進むわけではありません。質問に対する答えが思わぬ方向に行ったり、発言が尻切れトンボになったり、議論が予想外のところで盛り上がったり沈滞したりと、ハプニングの連続です。書き起こし文をそのまま原稿化しても意味が通らないことが、遅ればせながらわかりました。おまけに、パネリスト3人のうち2人が英語圏の人という言葉の問題もありました。

作業中は「シンポの実施だけで充分なのに。採録原稿なんて余計だ…」と思っていました。しかし、難渋の末に出来上がった原稿を読んでみて、「やっぱり採録をやって良かった」と思いました。それは、“ライブ”のシンポジウムの場では理解できなかったり、落ちてしまったりしていた大切な情報や論点を拾い集め、整理し、文字に残すことができたからです。会場に来られなかった人に共有してもらうことはもちろん重要ですが、一番得をしたのは、私自身かもしれません。シンポジウムだけだったら、このテーマをこれほど深く考えることはなかったでしょう。

そして、これって、一種のOTTじゃん…」と思い至りました。つまり、生のシンポジウムに来られなかった人にも追体験してもらえる点、そして時間をおくと新しい発見もあるという点において、です。

いまテレビ局が躍起になっているのは、感動する番組や重要な報道を、一過性で終わらせず、より多くの人に共有してもらうための仕組み作りです。生(ライブ)で体験することが理想ですが、それができなかった人にも何とか届けることが、作る側と見る側の両方のメリットになるからです。

我々、文研の研究員が日々行っている「原稿を書く、文字に残す」という仕事も、いつでも立ち戻って見直すことができ、時の経過が新たな視点を生み出す(かもしれない)という意味で、実は“OTT”と同じだということを、今回の採録作業で改めて認識した次第です。いまさらながらで、お恥ずかしい話ですが…。

「そんなに言うなら、どんな原稿か読んでみるか」と思っていただければ、このブログは成功です。「なんだ、この程度のデキか?」というご批判は覚悟の上で、興味がおありの方はぜひ
『放送研究と調査6月号』をご覧ください。
(ウェブ上では、7月に文研ホームページで全文を公開します。)