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文研フォーラム 2016年02月23日 (火)

#11 文研フォーラム紹介⑥ 「放送100年」についてワークショップを開くわけ 

メディア研究部(メディア史研究) 宮田 章

いきなり偉い人の格言ですみませんが、「歴史は現在と過去との対話である」という言葉があります(イギリスの歴史家E・H・カー)。
過去の出来事を語るという営みは、必ず、それが語られる時代(=現在)の影響を受けるという意味です。
たとえば、結婚に至った恋愛を、家族がうまくいっている時に回想する場合と、
そうでないときに振り返る場合とでは回想の内容とその意味づけに違いが出てくるでしょう。
そもそも過去を振り返ろうとする意欲そのものが、現在の状況に影響を受けるといってよいかもしれません。
3月2日の午前10時から予定されている文研フォーラムのプログラム
まだ先?既に準備期間?「放送100年史」を構想する は、
2025年に来たるべき「放送100年」の節目に、私たちは放送の過去とどういう対話をするのだろうか、
そのことを少し早いかもしれないけれど放送91年目の今から考えていこうというワークショップです。
NHKは、これまで放送40年、50年、また20世紀から21世紀への変わり目のタイミングで、
それぞれ放送史を振り返る大部の書籍を発行しています。
各書の序文ではその当時のNHK会長が放送を取り囲んでいたそれぞれの「現在」について言及しています。
このブログは案外めったにない機会かもしれないので、
ここに歴代三人の会長が踏まえた三つの「現在」を並べてみることにしましょう。

「わが国における放送が開始されてから、四十年の歳月を迎えようとしている。今日に至るまでの放送の歩みをふりかえると、その間、放送事業は多くの起伏曲折の移りかわりをとげているが、今や放送史上でも空前の隆盛発展をみるに至ったのである。」
(『日本放送史』序 前田義徳会長 1965年)


「五十年の歩みを顧みると、放送はラジオからテレビ、FM、カラーテレビへと、メディアとしての進歩を遂げながら、報道に、教育・教養に、娯楽に、広く国民生活とかかわりあい、社会事象に関連しつつ発展し、今や、衛星中継時代から放送衛星の開発、あるいは新技術による可能性の追求が進められている。」
(『放送五十年史』序 坂本朝一会長 1977年)

「「デジタル新世紀」とも言われる21世紀は「デジタル放送」の本格化で幕を開けました。衛星放送に続いて地上波テレビもデジタルに切り替わります。テレビは高画質・高音響のハイビジョン、多チャンネル、双方向という画期的な特性を発揮することになります。・・(中略)・・パソコンと携帯電話の急速な普及やブロードバンドの導入によって、テレビ受信機以外にも多様な端末でテレビ番組が見られるようになり、視聴者の皆さんからの発信も可能になります。」
(『20世紀放送史』序 海老沢勝二会長 2001年)

『日本放送史』『放送五十年史』『20世紀放送史』の各史書は、
それぞれ上記のようなその時の「現在」とそれに至る「過去」との対話でした。
『日本放送史』ではまだ現れず、『放送50年史』で初めて前景化する技術革新とそれに伴うメディア環境の変化への言及が、
『20世紀放送史』ではほぼ全面化しているのが私には印象的です。

2025年に現れる「現在」とはどんな状況なのでしょう。
9年後の未来を現時点でつぶさに予測することは困難です。
ただ今年の文研フォーラムの他のプログラムからもうかがえるように、技術革新とそれに伴うメディア環境の変化は今まで以上に急速かつ激烈です。
もしかすると、2025年における「現在と過去との対話」の中では、
これまで91年積み重ねてきた放送の「過去」の意味が根本的に変わる可能性さえあるかもしれません。

「放送100年史」を構想する3月2日のワークショップは、そんな急速な変化の時代だからこそ「過去との対話」を大事にしようという意思表示です。
べつに始終とは言いませんが、たまには「過去」と対話して自分を意味づけないと「現在」はやせてしまいます。
やせたからだで、激烈な変化の波にもまれた時、私たちは自分を見失ってしまうかもしれません。
実際私など、既にずいぶん長い間「失われた○年」を過ごしている気がします。
(まあ私事はともかく)100年という時期的な節目は、放送の現在と過去とを結び直す良い機会であることは間違いありません。
9年後の「現在と過去との対話」を少しでも実のあるものにするために、
今から準備するのも悪くないと考えてこのワークショップを開こうと考えました。
ここでは何だか内面的な話になってしまいましたが、ワークショップそのものはもう少し具体的、実務的な話になる予定です。
諸々ご了解の上、ご興味を持っていただければ幸いです。

(文研フォーラムの
このワークショップは定員に達し受付終了しました)