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調査あれこれ 2023年05月23日 (火)

1991年 雲仙普賢岳大火砕流から考える取材の安全【研究員の視点】#481

メディア研究部(メディア動向)中丸憲一

unzen_kasairyu.jpg雲仙普賢岳の火砕流

 1991年6月3日。長崎県の雲仙普賢岳で発生した大火砕流によって、報道関係者を含め43人が犠牲になりました。この大火砕流からまもなく32年になります。今回は、この災害をきっかけにメディアに厳しく問われることになった取材の安全管理について考えます。

【雲仙普賢岳大火砕流とは】
 まず、雲仙普賢岳の活動の推移を振り返ります。(※1)長崎県の雲仙普賢岳は1990年11月に、約200年前の江戸時代以来となる噴火が発生し、火山活動が活発化。山頂付近に溶岩がたまって溶岩ドームが形成され、これが崩落し斜面を高温・高速で流れ下る火砕流が次第に起きるようになりました。
 最初の火砕流が起きたのは、1991年5月24日で、火口から約1km流れ下りました。その2日後の26日に起きた火砕流は約2.5km下まで流れ、その先端は集落の近くにまで達しました。さらに、この日の火砕流では初めてけが人が出て、麓の一部地域に避難勧告が出る事態となりました。この避難勧告エリアには、山頂から4kmほどのところにあった「定点」と呼ばれる報道関係者の撮影ポイントも含まれていました。その約1週間後の6月3日午後4時8分、大火砕流が発生。定点にまで到達し、報道関係者16人と随行していたタクシー運転手4人に加え、消防団員12人、一般人6人、外国人の火山研究者3人、警察官2人が犠牲になりました。報道関係者が多数犠牲になったことに加え、その取材活動に巻き込まれる形で消防団員やタクシー運転手などが命を落としたことから、災害報道のあり方が社会的に厳しく問われることになりました。(※2)

【大惨事の原因は】
 この大惨事は、なぜ起きたのでしょうか。さまざまな文献や特集記事(※3)などからは、原因とみられるポイントが複数、指摘されています。以下に列挙します。

    • ① 火砕流の知識・危機感が不足していたこと。
    • ② 火砕流より土石流への警戒感の方が強かったこと。
    • ③ “迫力ある”火砕流の映像を撮るために各社が競争意識を持っていたこと。
    • ④ 外国人の火山学者が火砕流を撮影するために避難勧告地域に入っていたこと(=専門家がいることによる安心感) 

 このうち①の火砕流については、当時と現在では危険性の認識が全く異なります。現在、気象庁のホームページには火砕流について「時速百km以上、温度は数百℃に達することもある」などと記されていますが、これが知られるようになったのは、まさに雲仙普賢岳の大火砕流が起きたからです。当時は、その危険性はほとんど知られていませんでした。
 さらに筆者は、②と④という事情も加わり、「火砕流はそれほど危険ではないのではないか」という「正常化バイアス」が働いたと想像しています。そこに「隣に人がいる、ほかにも大勢の人がいるから大丈夫」という「同調性バイアス」(※4)も加わって、③の“迫力ある”映像を撮るための競争から「引くに引けない」状況に陥ったのではないかと考えています。

【生かされなかった教訓】
 今回、さまざまな文献を調べる中で、これと状況が似ている事案が大火砕流の前に起きていたことを、別の火山の文献を読んでいて気づきました。北海道の有珠山のホームドクターと呼ばれた北海道大学名誉教授、岡田弘の著作『有珠山 火の山とともに』(以下、同書)です。


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 有珠山では周期的に噴火が起きており、直近の噴火活動は2000年3月下旬から翌2001年9月にかけて続きました。今回注目したのは、その1回前の1977年8月から始まった噴火活動で、ある報道機関がとった行動でした。同書によると、この一連の活動では、規模の大きな噴火が複数回起きています。このうち8月8日午後3時半頃に起きた2回目の噴火(Big2ビッグツー)では、噴煙が1万メートルまで上昇。ふもとの洞爺湖温泉に軽石が降りました。その後、午後11時40分頃に起きた3回目の噴火(Big3ビッグスリー)で、温泉街は噴石の直撃を受け、当時、宿にいた岡田氏は「自分を含め多くの人がこの噴火で死んでしまっていたかもしれなかった」とその恐ろしさについて書いています。実はこの時、新聞社の取材班が洞爺湖温泉のホテルに滞在していました。取材班のキャップは、「Big2」の後、取材班の安全を第一に考えて洞爺湖温泉から一時撤退し、別の場所にある旅館に取材本部を移しました。この結果、その夜に起きる「Big3」に巻き込まれずに済みました。ところが、この行動に対する周囲の受け止めは違っていました。同書には以下のように書かれています。

 この行動が「模範的な先手の防災行動」とたたえられたかといえば、それほど単純な話ではありませんでした。それどころか、「避難命令も出ていないのに逃げ出した記者」として、悪しきバッシングの対象となってしまいます。「長年の間、仲間たちからさえ《敵前逃亡》と言われつづけた」

 しかし、14年後に雲仙普賢岳の大火砕流が起きると、有珠山での一時撤退の評価は一変します。

 それまでは「しっぽ巻いて逃げた」と同僚たちから言われつづけてきたというのに、雲仙岳の災害が起こった途端、手のひらを返したように、「あれはすごい英断だった。ああいう行動がなかったから雲仙岳ではこんなにもたくさんの報道関係者が犠牲になったのだ。ああいうことになるのだ、という想像力が雲仙岳では欠けていたのだ」というふうに変わったそうです。結局、「先手の防災行動」が正しく評価しなおされるためには、雲仙岳の災害を待つ必要があったのでした。

 雲仙普賢岳の大惨事の前に、火砕流でなかったとはいえ、同じ火山災害で安全を最優先に行動していた報道関係者がいたこと。そして、それが長年、正当に評価されず、雲仙普賢岳で生かされなかったという事実は、長く語り継いでいくべきだと考えます。なお、この有珠山の取材班がとった、安全を最優先にする行動は、現在なら、多くの防災研究者が推奨する「率先避難」にあたり、住民の迅速な避難を促す上でも、メディアに求められる姿勢ではないかと筆者は考えています。

【自分自身の苦い経験】
 取材の安全管理をめぐっては、筆者自身にも苦い経験があります。2011年3月の東日本大震災です。当時、私は社会部の災害担当記者で、それ以前に岩手、宮城の放送局での勤務を経験しており、三陸の津波に関して取材を重ねていました。その「原点」ともいえる場所を巨大な津波が襲いました。急いで現地入りした後は、それまでの経験を生かし、被災した人たちや今後の防災に役立つニュースを出したいと、連日、取材を続けていました。
 震災の発生から数日後、宮城県女川町に調査に入った研究者が見せてくれた写真に衝撃を受けました。海に近い中心部のほとんどの建物が破壊され、特にコンクリート製のビルが横倒しになっていました。自分の目を疑いました。当時、コンクリート製のビルは津波に強いとされ、「津波避難ビル」と呼ばれる新たな避難場所として各地で導入されてきました。この写真が示すのは、「津波避難ビル」という考え方そのものを根本的に覆すことではないのか。研究者は翌日も現場に入ると言います。一緒に現地入りすれば、その事実を誰よりも早く伝えられるのではないか。急いで取材前線に戻り、デスクに取材に行かせて欲しいと伝えました。しかし、デスクは首を縦に振らず、現地に入ることを強く希望した私は、デスクと口論になってしまいました。そして次のことばをデスクは投げかけてきました。
 「もしも津波が来たらどこに避難して安全を確保できるのか、今、ここで説明してみろ。安全に取材できて無事に生きて帰って来られることを証明してみろ。それができない限り、絶対に行かせない。」現地は、多くの建物が被害を受け、以前とは変わり果てていて、どこが安全なのかわかりません。しかも通信状況すら不安定だったのです。最終的に取材は断念するしかありませんでした。ただ、今思い返してみても、大きな余震が相次ぎ、津波が再び押し寄せてくるおそれがあった中で、当時のデスクの判断は的確だったと言わざるを得ません。

【変わったこと、変わらないこと】
 雲仙普賢岳の大火砕流や東日本大震災などの大災害を教訓に、メディアの安全管理についての考え方や取材の手法も大きく変わりました。ロボットカメラなどを活用し危険な場所への取材クルーの立ち入りを極力少なくしました。中継などは、高台や頑丈な建物の室内など安全が確保できる場所から行い、その状況も含めてコメントで伝えるようになりました。また、安全管理を専門に見る管理職「安全管理者」が現場で指揮を執るようになっています。さらに、技術革新によって通信機器や撮影機材が進化し、放送局にいながら現地で取材しているクルーの場所や安全性を確認し、次の取材に向かわせることもできるようになってきました。
 ただ、それでも変わらないことがあります。「正常化バイアス」と「同調性バイアス」をどう取り除くかです。いざ現場に立ち会うと、視聴者に訴える力がある情報や映像を伝えたくなります。東日本大震災の取材現場にいた筆者が、まさに感じたことです。あのとき「自分だけは大丈夫」「ほかの社も入っているみたいだから大丈夫」という「正常化バイアス」と「同調性バイアス」から、逃れられていなかったのは間違いありません。
 1冊の本が、そうした人間の弱さや危うさに警鐘を鳴らし続けています。雲仙普賢岳の大火砕流で死亡したNHKカメラマン、矢内万喜男さんの妻、真由美さんが書いた『なぜ、雲仙で死んだの。』そのあとがきに、こう記されています。

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 世の視聴者の「もっと迫力のある映像が見たい、もっと面白いニュースが見たい」という欲求は止まるところを知らない。そんな茶の間の欲求の犠牲になって、ひとりの人間の尊い人生がプツンと打ち切られてしまったとしたら……。私には、近い将来、必ずや同じような惨事が繰り返されるような気がしてならない。見る者の興味がより膨らみ、送り手もその欲求に応えることだけを至上のものと考えるならば、私たちと同じような悲しみを味わう人が、いやもっと酷い仕打ちに遭う人が出るにちがいない。夫たちの死が、現在の過激な報道競争に歯止めをかけ、より具体的な安全対策を講ずるための一助になることを心から願っている。

 32年前に書かれたこの一節に触れるたびに、「安全対策に終わりはない」という思いを強くします。


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 【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

★筆者が書いた、こちらの記事もあわせてお読みください
#473「災害復興法学」が教えてくれたこと
#460 東日本大震災12年「何が変わり、何が変わらないのか」~現地より~
#456「関東大震災100年」 震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

調査あれこれ 2023年05月17日 (水)

中高生もYES! 5月17日は何の日?~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~【研究員の視点】#479

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子

 皆さんは、5月17日が何の日だかご存じですか?

 5月17日は、「多様な性にYESの日」※1。国際的な記念日として、世界各国で性的マイノリティーへの理解を呼びかけるキャンペーンが展開されています。日本でも、各地で啓発イベントや展示会が開催されたり、多様性を象徴するレインボーカラーに建造物をライトアップしたりする取り組みが行われています。

 多様性への関心が高まるなか、学校教育の場でも、教科書でジェンダーをめぐる問題が取り上げられるようになったり、制服のジェンダーレス化が進んだりしています。当の子どもたちは、多様性についてどのような考えを持っているのでしょうか?

 文研が昨夏、全国の中高生を対象に実施した世論調査※2の結果を確認してみましょう。仲のよい友だちから、「『からだの性』と『こころの性』が一致しない」と打ち明けられたとしたら、『理解できる(とても+まあ)』と答えたのは、中学生が69%、高校生が80%にのぼります。「よくわからない」という人も中学生で19%、高校生で12%いましたが、多くの中高生がLGBTQについて理解できると答えています。中高生も多様な性に「YES」が多いというわけです。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、理解できるか(中高別)

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 男女中高別にみると、『理解できる』は、中高ともに男子よりも女子のほうが多く、女子中学生で77%、女子高校生では88%を占めています。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、理解できるか(男女中高別)

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 父母に対しては、子どもと、同性愛や性同一性障害などの性的マイノリティー(LGBTQ)について、話をすることがあるかどうかを聞いています。父親では『ない(まったく+あまり)』は86%※3にのぼり、『ある(よく+ときどき)』の12%を大きく上回っています。母親でも、『ない』が65%で、『ある』の34%を上回っています。父母ともに子どもとLGBTQについて話をする人は多くはありません。家庭の中で性的マイノリティーについて話すことにためらいを感じる親が多い様子がうかがえます。

父母 子どもとLGBTQについて話をすることがあるか

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親が子どもとLGBTQについて話をするかどうかで、子どもの多様性への寛容度に差はあるのでしょうか。子どもが性的マイノリティーを『理解できる』と回答した割合をみると、子どもとLGBTQについて話をすることが『ある』親子のほうが、『ない』親子よりも、子どもが『理解できる』と回答した割合が高くなっています。家庭内でLGBTQについて話をすることで、性的マイノリティーへの理解が高まる可能性がありそうですね。もちろん逆に、理解のある家庭だからこそ、話をする機会があるのかもしれませんけど。

友人から、からだの性とこころの性が一致しないと打ち明けられたら、『理解できる』と答えた中高生の割合
(LGBTQについて親子で話すことがあるかないか別)

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 父母には、学校の授業でLGBTQについて教えることの賛否も尋ねてみました。『賛成(どちらかといえばを含む)』という人は、父親が83%、母親が92%と圧倒的多数を占めています。家庭の中では、性的マイノリティーについて話さないぶん、学校の授業で学んでほしい、という親の気持ちが表れているのかもしれません。

父母 学校でLGBTQについて教えることの賛否

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「放送研究と調査」6月号では、中高生と親のジェンダーをめぐる意識について、世論調査の結果から読み解きます。進学意向の男女差はあるのか、家庭内での教育方針に子どもの性別による差はあるのかなど、気になる調査結果が盛りだくさん!発行は6月1日です。ぜひご一読ください!
中学生・高校生の生活と意識調査2022の結果は、こちらから!↓↓↓
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20221216_1.html


※1 LGBTQ嫌悪に反対する国際デーIDAHO(International Day Against Homophobia, Transphobia, and Biphobia)

※2 第6回「中学生・高校生の生活と意識調査2022」

※3 複数の選択肢をまとめる場合は、実数を足し上げて%を計算しているため、単純に%を足し上げた数字と一致しないことがある(以下同)。

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【村田 ひろ子】
2010年からNHK放送文化研究所で社会調査の企画や分析に従事。
これまで、「中学生・高校生の生活と意識」「生命倫理」「食生活」に関する世論調査やISSP国際比較調査などを担当。

筆者が執筆したこちらの記事もあわせてお読みください!
文研ブログ「中高生の学校生活、どんな感じ? ~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~」

調査あれこれ 2023年05月16日 (火)

G7広島でフリーハンドは得られるか?~岸田総理の内外政を考える~【研究員の視点】#478

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 岸田総理大臣は3月にインドからのウクライナ電撃訪問を果たし、4月の統一地方選挙と衆参統一補欠選挙を挟んでアフリカ4か国などを歴訪。そして帰国から中1日置いてソウルを訪れて日韓首脳会談を行い、韓国との関係改善を一歩前進させました。

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 この間の行動日程はハードなものでした。統一補欠選挙では自民党候補者の応援に駆け回り、和歌山市では爆発物を投げつけられる事件にも遭遇しましたが難を逃れました。補欠選は自民党が競り合いも制して4勝1敗。

 国会開会中で選挙もありましたが、やはり目立ったのは外交です。安倍内閣時代に5年近くにわたって外務大臣を務め、当時は首脳外交に力を注ぐ安倍総理の脇役に甘んじているようにも見えましたが、着実に勘所を身につけてきたようです。

 外務省幹部は「岸田さんは相手国首脳との想定問答をレクチャーすると、わずかな時間で中身の優先順位を的確に判断してくれる」と口をそろえます。外務省にとっては実にありがたい総理大臣だということでしょう。

 岸田総理が春先以降、特に外交日程に重きを置いてきたのは、5月19日から3日間のG7広島サミットを歴史に残るものにするための地ならしの意味もありました。広島は長崎と共に核兵器被爆地であり、議長を務める自分の選挙区でもあり、ぜひともここから力強い平和へのメッセージを世界に発したいという政治家としての思いが伝わってきます。

summitvenue_edited.jpg  G7サミット会場の宇品島(広島市)

 ロシアによるウクライナ侵攻によって、かつての東西冷戦の構図が改めて浮上し、第3次世界大戦の引き金になりかねないと危惧されているのが現在の国際情勢です。ロシアのプーチン大統領は、欧米がウクライナに武器供与などを続けるならば、核兵器の使用も辞さない構えをちらつかせてきました。

 そういう現実の下で行われるG7広島サミットを前に、5月のNHK月例電話世論調査は12日(金)から14日(日)にかけて行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか

 支持する  46%(対前月+4ポイント)
 支持しない  31%(対前月-4ポイント)

 「支持する」は今年1月に岸田内閣発足後最も低い33%まで落ちましたが、そこから4か月連続で上向いています。発足後最も高かった去年7月の59%には届いていないものの、一時期岸田離れを示していた自民党支持者が「支持する」に戻る傾向が支えになっています。

 春先以降の岸田総理の精力的な動きが支持率のアップにつながっている形ですが、とりわけ今回の調査では日韓関係の前進への期待感が目立ちました。

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☆岸田総理と韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は、3月に続いて今月も首脳会談を行い、関係改善を進めていく姿勢を示しました。あなたは、今後、日韓関係が改善に向かうと思いますか。それともそうは思いませんか

 改善に向かうと思う  53%
 改善に向かうとは思わない  32%

 5月7日にソウルで行われた日韓首脳会談で、ユン大統領が「過去の歴史問題が全て整理されない限り、未来の協力に一歩も踏み出せないという認識から脱却しなければならない」と発言。岸田総理は共同記者会見で「私自身、当時厳しい環境の下で多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と応じました。

 ユン大統領の未来志向の発言は、最近の歴代韓国大統領が語ったことのないもので、北東アジアの安定のためには韓国側が譲歩してでも日本との協力関係を再構築したいという強い意志の表れです。

 もちろん韓国国内には「屈辱外交だ」といった批判も渦巻いているので、この先、順調に両国の関係改善が進むかは不透明です。ただ、ある日本政府高官は「先行きを楽観してはいないけれども、ユン大統領の決断を受けてやれる時にやるしかない」と関係改善の加速に力を込めていました。

 そこで改めてG7広島サミットです。ウクライナ情勢と核兵器の問題が柱になると見られますが、今回の世論調査で悲観的な数字が出ているのが気になりました。

☆あなたはロシアの侵攻を止めさせるための実効性がある議論が期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%

☆あなたはサミットでの議論を通じ、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際的な機運が高まることを期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%


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 偶然ですが2つの質問に対する回答の数字が同じで、広島サミットにかける岸田総理の熱い思いとは裏腹に、国民は厳しい見方を示しています。それだけ世界が抱える現在進行形の課題が困難なものだとも言えます。

 一気に難問の解決が進展することはないでしょうが、問題は3日間のG7広島サミットの議論と成果が世界でどういう評価を得るかです。G7の結束を図ることにとどまり、ロシアや中国などとの緊張感が増すだけではマイナス評価でしょう。

 G7サミットの期間中、広島にはG20の議長国インドをはじめ、韓国、インドネシア、ブラジル、オーストラリアなどの首脳も集まります。こうした国々はグローバルサウスと呼ばれる南半球を中心とした多数の発展途上国に影響力を持っています。

 世界が混迷を深めている時期だけに、地球規模のメッセージ、普遍的な平和と繁栄のメッセージを発信できるかが評価を左右します。

 自民党の一部には「G7広島サミットで内閣支持率はさらに上向くだろうから、6月後半の通常国会最終盤には衆議院の解散・総選挙に打って出るべきだ」という声があります。ただ、先ほど見たように国民のサミットの成果に対する期待感は決して大きくありませんので楽観はできないでしょう。

 また、衆議院議員の4年間の任期の折り返しは今年10月なので、その前は早すぎるという見方もあります。

 いずれにしても内閣支持率が上向いてきたことで、岸田総理が衆議院の解散・総選挙の時期を判断しやすい状況、つまりフリーハンドを手にしつつあることは確かです。

 広島サミットの評価が岸田総理の「最新の民意を問う」ための決断に直結するのか、それとも一呼吸置く状況になるのか。当面の注目点です。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年05月09日 (火)

新型コロナ「2類相当」から「5類」へ  賛否を分けたポイントの1つは「重症化率」の捉え方【研究員の視点】#477

世論調査部(社会調査)小林利行

政府は5月8日、新型コロナウイルスの感染法上の位置づけを、結核と同じように感染者への入院を勧告でき、外出自粛の要請などもできる「2類相当」から、季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げました。

ワクチン接種の広がりや病原性の低い株の出現などによって重症度が下がる中で、「ウィズコロナ」の流れを進めるためにも扱いを変えるようです。

ただし、この決定には賛否両論あります。
文研が2022年11月に実施した世論調査によると、引き下げに『賛成(どちらかといえばを含む)』は59%、『反対(どちらかといえばを含む)』は40%でした(図①)。
『賛成』が『反対』を上回っているものの、『反対』も決して少ないわけではありませんでした。

図①  法的位置づけを下げることの賛否

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『賛成』『反対』を、男女年層別にみたのが図②です。
男女で多少の違いはありますが、全体的にみると、男女ともに『賛成』は18歳~30代の若年層で多く、『反対』は60代以上の高年層でほかの年代より多くなっています。

図②  法的位置づけを下げることの賛否(男女年層別)

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この調査では、『賛成』『反対』それぞれに、そう答えた理由も尋ねています。
図③は、『賛成』と答えた人の理由です。
「感染しても重症化しづらくなっているから」が30%、「医療機関の負担が軽くなって必要な時に治療が受けやすくなるから」が29%で同率1位となっています。

図③  法的位置づけを下げることに『賛成』の理由

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一方図④は、『反対』と答えた人の理由で、「規制が緩くなることで感染しやすくなるから」が34%、「重症化率や致死率が季節性インフルエンザより高いとみられるから」が32%で同率1位となりました。

図④  法的位置づけを下げることに『反対』の理由

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さて、『賛成』『反対』双方で多い理由をよくみると、共通している単語があります。

重症化」です。

『賛成』は「重症化しづらくなっている」、『反対』は「季節性インフルエンザよりは重症化率が高いとみられる」といった具合に、重症化率をどう捉えるかが、賛否を分けるポイントの1つになっていることが読み取れます。

これは、図②の男女年層別のグラフを見返してもうなずけます。
重症化率の低い若年層では『賛成』が多く、高い高年層では『反対』が多いという結果になっています。

もう少し細かいことを付け加えると、デルタ株流行時より今回の調査時期のオミクロン株流行時のほうが、全年層で重症化率が下がっていますが、その下がり方が若年層では大きかった一方、高年層ではそれほど大きくありませんでした。
つまり、全体的な重症化率は下がっていたものの、若年層と高年層の差は以前より開いていたのです。

図②・図③・図④を考え合わせると、その人の状況によって「重症化率も下がったのだからもういいだろう」と思うか、「まだまだ心配だ」と思うかが、賛否が分かれる一因になったと推察できます。

新型コロナは、性別や業種別など社会のさまざまな分野で分断を促したとも言われていますが、これもそのひとつなのかもしれません。
この調査は半年前の結果ではありますが、「5類」への引き下げに不安を抱く人が少なからず存在する事実は、心にとめておくべきでしょう。

このほか、「放送研究と調査 2023年5月号」では、過去の調査結果との比較も含めて、新型コロナに関する世論調査の結果をさまざまな角度から分析しています。
前年より人出が増えたことで、コロナ禍で影響を受けた自営業者などに回復傾向はみられたのでしょうか?
以前より外出しやすくなったことで、男性より強かった女性たちのストレスに変化はあったのでしょうか?

ぜひご覧ください。

調査あれこれ 2023年04月26日 (水)

世論調査のデータをもっと身近に!研究員が解説する「メディア利用の生活時間調査」#474

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

文研では、さまざまな世論調査を行っています。
世論調査の結果は、文研が発刊している月刊誌「放送研究と調査」でも公表しているのですが、「メディア利用の生活時間調査」では、世論調査をもっと身近に感じてもらえるように、調査の特設サイトを作っています。

サイトでは、調査結果をオープンデータとして公表しており、誰でもデータを使えるようになっています。しかし、そのデータの量は膨大。データを公表するだけでは、世論調査を身近に感じてもらうには難しい・・・そこで、データを読み解くためのヒントや注目ポイントを、調査に携わる研究員が「データにまつわる話」としてわかりやすくお伝えしています。

この調査は、【テレビ画面】【スマホ・携帯】【PC・タブレット】の3つの機器(デバイス)が、生活の中でどのように使われているかを「時刻別」に捉えるという調査で、「どのような人が」「いつ」「どのデバイスを」「どのように」使っているかなど、バラエティーに富んだ分析ができるのが最大の特徴です。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト データにまつわる話】


どのデータに着目して分析していくかは、研究員によって実にさまざま。
今回は、ことし4月に公開された3本のコラムを紹介します。

まずは、20代の「朝の時間」に着目したコラムです。
朝の時間というと、ニュースや朝ドラなど、テレビを見ながら過ごす人もいるかと思いますが、テレビをあまり見ない20代にとっては、どうやら朝の「定番」はテレビではないようです。彼らは、どんなことをして朝の時間を過ごしているのか、もはや若者の生活とは切り離すことのできない「スマホ」との関係に迫りました。
【コラム】20代 朝は何をして過ごしている?(築比地研究員)

2つ目のコラムでは、「夜の時間」のテレビ視聴やスマホ利用に注目し、20代を中心に分析しています。
20代は、夜の時間でもスマホ利用がテレビ視聴を上回り、就寝直前までスマホを見ている人も多いようです。就寝前の時間にスマホでどのようなものを見ているのかが分かります。
【コラム】あなたは寝る前に、テレビを見る?スマホを使う? (舟越研究員)

最後は、1日5時間以上スマホを使う「ヘビーユーザー」の実態に注目したコラムです。
スマホのヘビーユーザーというと、どのような人物像を思い描きますか?私は、若年層に違いないと思っていましたが、決してそうではないことが分かりました。
ヘビーユーザーは、スマホでどのようなことをしているのかにも注目です。
【コラム】スマホのヘビーユーザーは何をしている?(伊藤研究員)

今回は3人の研究員のコラムを紹介しましたが、コラムは今後も順次更新していく予定です。
はじめは膨大なデータの集まりのように感じたものも、コラムを通じてひとつひとつ読み解いていくと、自分の身近なことだと感じていただけるかもしれません。

また、特設サイトでは、データ可視化にも力を入れています。

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【「メディア利用の生活時間調査」特設サイト グラフページ】

サイトにはこのような棒グラフがあり、上部の「年層」「性別」「曜日」のタブや、下部の「時刻」のスライダーで条件を設定すると、3つのデバイスを使っている人の割合や、行動の内訳を色分けして示した棒グラフが瞬時に形成されます。2つの棒グラフ同士を見比べることもできるので、自分のメディア利用行動と比較してみるのも楽しいですね。ぜひ、サイトを訪ねて世論調査のデータに触れてみてくださいね。
メディア利用の生活時間調査|NHK放送文化研究所

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【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

調査あれこれ 2023年04月13日 (木)

「災害復興法学」が教えてくれたこと【研究員の気づき】 #473

メディア研究部 (メディア動向)中丸憲一

みなさんは「災害復興法学」をご存じだろうか。東日本大震災から約1年間に、被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談がきっかけとなり生まれた。今回は、避難により命を守った後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度に関する知識を与えてくれる、この新しい防災の考え方について取り上げたい。

【災害復興法学とは何か】
 3月13日。東日本大震災から12年が経過して間もないタイミングで、都内で講演会が行われた。講演したのは岡本正弁護士。東日本大震災から約1年間に被災地で弁護士が実施した4万件以上の無料法律相談の内容を分析し、その結果をもとに「災害復興法学」を創設した。

okamoto_1_W_edited.jpg講演する岡本弁護士

 「災害復興法学」とはどんなものなのか。岡本弁護士は以下の4つに分類している。
① 法律相談の事例から被災者のニーズを集め、傾向や課題を分析すること。
② 既存の制度や法律の課題を見つけ、法改正などの政策提言をすること。
③ 将来の災害に備えて、新たな制度が生まれる過程を記録し、政策の手法を伝承すること。
④ 災害時に備えて、「生活再建制度の知識」を習得するための防災教育を行うこと。

これを見て、私は「災害復興法学」を、「的確・迅速な避難により命を守る」という段階を無事に乗り越えた後、「さらに生き抜くため」に必要な法律や制度、知識を与えてくれるものだと理解した。

kouenkai1_2_W_edited.jpg講演会の様子

【大事なのは「生き残った後に必要な制度」を知ること】
 講演会で岡本弁護士は、まず、「被災した後の住まいや生活の再建に必要な知識」から話し始めた。▼生活再建の第一歩は「罹災(りさい)証明書」。▼通帳やカードなしでも預貯金は引き出せる。▼家の権利証がなくなっても権利はなくならない。▼保険証をなくしても保険診療を受けられる、など。ほかにも「被災後のローンについての知識」や「被災者生活再建支援金」、「災害弔慰金」の受給など、ポイントは多数あった。私は特に、「通帳やカード、権利証、保険証がなくてもなんとかなる」という部分が重要だと感じた。過去の津波災害では、いったん避難した後、貴重品を取りに戻ったり、自宅から持ち出すのに時間がかかったりして津波に巻き込まれ、命を落とすケースが相次いだ。こうした知識を知っておくだけで、「素早い避難」につながり命を守ることができる。その上で、必要な制度や知識を知っておくことで、被災後を生き抜くことができる。この内容は、岡本弁護士の著書「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」に詳しい。

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【目を見張った“あるデータ”】
 次に、講演では、東日本大震災の被災地で弁護士が実施した無料法律相談の話に移った。紹介されたのは、岩手県陸前高田市と宮城県石巻市、それに仙台市青葉区のいずれも震災から約1年分のデータだ。

kouenkai2_4_W_edited.jpg講演会の様子

このうち津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市と宮城県石巻市については、マスコミも報道を続け、私自身も災害担当記者時代、何度も現地入りした。しかし、私が目を見張ったのは、仙台市青葉区で行われた無料法律相談のデータだ。仙台市のうち沿岸部は津波で大きな被害を受けたが、青葉区は最大震度6弱と地震の揺れは強かったものの、海に面していないため津波の被害は受けていない。だが、約1100人が弁護士に自分たちが直面する切実な問題を相談していた。

shiryou_5.jpg仙台市青葉区の相談内容 提供:岡本正弁護士

データを詳しく見ていく。それによると、▼借家をめぐるトラブルの「不動産賃貸借(借家)」が最も多く33.5%、次いで▼瓦や石垣、ブロック塀などの落下、倒壊による損害賠償をめぐるトラブルである「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」が15.6%などとなっている。

【被災後に直面した予想外のトラブルとは】
こうしたトラブルは、例えばどんな内容だったのか。岡本弁護士の著書「災害復興法学」から引用する。
まず、「不動産賃貸借(借家)」の事例である。
(一部中略)
「住んでいる築30年の一戸建ては、幸い、建物自体の損壊は、見た目上はほとんどなく、電気、水道、ガスといったインフラは思いのほか早く復旧した。ただ、風呂が壊れ今も使えない。4月半ばになって、大家から連絡がきた。『一戸建てはもう古く、地震や度重なる余震で修繕しなければいけない箇所が多い。もし完全に修繕するとなれば、200万円程度かかる。とても費用は出せない。1か月くらいのうちに出て行ってもらえないだろうか。』もし正式に退去請求があったら、どうしたらよいだろうか」
次に、「工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」の事例である。
(一部中略)
「新築したばかりの2階建て一軒家の目立った被害が、瓦屋根の一部破損で済んだことは幸運だったのかもしれない。4月7日、そろそろ眠りにつこうかと思ったその瞬間。凄まじい揺れが襲ってきた。あの時と同じか、いや、それ以上か。大地震が再び宮城を襲った。その後も各地で余震が続く。4月11日の午後5時過ぎ。再び強い地震が襲った。庭先でドゴッという音。瓦が落ちた。2階の瓦屋根が、隣家のトタンでできたガレージの屋根に降りかかり、大穴を開けた。そして、白いセダン乗用車のフロントガラスを破損してしまったのだ。しばらくして隣人からガレージの修理見積書ができあがったので、全額を弁償してほしいとの連絡が入った。請求金額は80万円だった」

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岡本弁護士は、著書「災害復興法学」で、こうした事例について、▼当事者の言い分にはいずれも一定の理があり「100か0か」という一刀両断の解決が難しいこと、▼「被災者どうし」「ご近所どうし」の悩み事であることなどを特徴としてあげている。その上で、当事者間での「話し合い」で解決することが望まれる事案で、被災者どうしの紛争が頻発することは地域全体の復興を妨げかねないなどと指摘している。

【「災害復興法学」が教えてくれたこと】
 震災当時を思い返してみた。あの時、私は災害担当記者として、連日、被災地の取材に駆け回っていたが、目は常に沿岸部を向いていた。仙台市青葉区については、震災直後、東北最大の歓楽街、国分町が停電で真っ暗になっていたのに驚いたが、このほかは、沿岸部の被害が凄まじすぎて、内陸部に目を向ける余裕は正直言ってなかった。また、史上最悪レベルの原発事故や首都圏の計画停電、富士山直下を震源とする大地震など、経験したことのない異常事態が次々に起きる中で、内陸部に目を向け、すべてを伝えるのはかなり難しかったと思う。しかし、弁護士たちは、それに向き合い、話を聞き、一緒に悩んでいた。そこから見えてきたのは、借家だが長年住んできた家を失う人や、自宅に被害を受け、絶え間ない余震という自然現象による不可抗力で、思いもよらない新たな負債を抱えた人たちの苦悩だった。
 今、メディアが防災を取り上げるときに合言葉のように出てくるのが「自分ごととして考える」。これは、避難など命を守る行動を素早く起こすためのインセンティブとして使われることが多い。しかしこれに加え、災害を生きのびた後には生活をどう再建するかという課題に直面し、被害が比較的軽微で済んだとしても生活を脅かす予想外の事態が起きうる。この言葉は、そうした事態に備える上でも用いることができると感じた。 これらはすべて、「災害復興法学」が教えてくれたことである。

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 【中丸憲一】
1998年NHK入局。
盛岡局、仙台局、高知局、報道局社会部、災害・気象センターで主に災害や環境の取材・デスク業務を担当。
2022年から放送文化研究所で主任研究員として災害や環境をテーマに研究。

★筆者が書いた、こちらの記事もあわせてお読みください
#460 東日本大震災12年「何が変わり、何が変わらないのか」~現地より~
#456「関東大震災100年」 震災の「警鐘」をいかに受け止めるか

調査あれこれ 2023年04月11日 (火)

統一地方選挙で見えてきたもの~自公政権の経年劣化か?~ 【研究員の視点】#472

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 3月21日に訪問先のインドからのウクライナ電撃訪問を果たし、ゼレンスキー大統領との対面会談を果たした岸田総理大臣。その1週間後の28日には令和5年度予算も成立し、胸を張って統一地方選挙の前半戦に臨んだはずでした。

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 しかし、41道府県議会議員選挙や9道府県知事選挙などの結果を見ると、目立ったのは自民党の底力よりも日本維新の会の勢いでした。報道各社の受け止めには「維新、全国政党化に弾み」「全国へ足がかり」といったものが目立ちました。

 確かに41道府県議選の結果集計を政党ごとの獲得議席で見ると、日本維新の会(大阪維新の会を含む)は前回4年前の2倍近くに増えました。これに対し自民党、公明党は前回と比べてほぼ横ばい、立憲民主党は増えましたが、共産党は減りました。

 ここから浮かび上がるものをどう見るかです。私は日本維新の会が近畿圏一円に勢力を拡大しているのは確かだが、全国政党への道のりはまだまだ険しいと見ています。大阪府知事、大阪市長、奈良県知事を押さえ、大阪府議会と大阪市議会で共に過半数を制しました。そして首都圏などでも議席を増やしていますが、全国を俯瞰して老舗の他党と比較すれば地域限定的です。

0411_2_W_edited.jpg 横山英幸 大阪市長   吉村洋文 大阪府知事

では、維新の会の勢いを見せつけた背景には何があるのでしょうか。他の国政野党が躍進できなかったのは確かですが、国政与党の自民・公明も地力の強さを感じさせるものがありませんでした。自民党と公明党が衆参両院で安定した勢力を維持するために連立を組んでから20年以上になります。その間に民主党政権の時期がありましたが、安倍長期政権を支えたのも自公の協力でした。

 こうして見てきた時、今回の選挙結果で私が最も注目したのは、大阪市議会で維新の会が初めて過半数を制したことです。これまで公明党は維新の会の市長が進める大阪市政の運営に協力する立場をとり、それによって衆議院選挙の際に大阪府と兵庫県の6つの小選挙区で維新の会との競合を避けて議席を確保してきました。

 地方選挙の結果を受けて、この関係が崩れると国政で何が起きるかです。自民党幹部の一人は「公明党が近畿で小選挙区議席の確保が難しくなると、他の地域で自民党に小選挙区議席を譲ってくれと迫ってくるかもしれない」と警戒感を口にします。

 公明党幹部に取材すると「国政の安定のために、我々が候補者を立てない多数の小選挙区で自民党の候補者を応援しているのだから、もう少しこちらに小選挙区議席を回してくれてもいいはずだ」といった本音が漏れてきます。

 一票の格差是正のため、去年の暮れに公職選挙法が改正され、衆議院の小選挙区の線引きを変更した10増10減の新しい区割りが次の総選挙から導入されます。これに備える中で、公明党は都市部での議席確保のために自民党との調整が整わなくても独自の候補を新たに擁立する動きを進めています。

 今回、日本維新の会が示した勢いの背景には、こうした自民党と公明党の連立与党内でのきしみ、言いかえれば「自公政権の経年劣化現象」が垣間見え始めたことがあるのかもしれません。

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 日本維新の会の馬場代表は、9日夜の記者会見で「公明党との関係はリセットする」と述べ、独力での党勢拡大を目指す考えを表明しました。今後の政治の動きの中で、台風の目になりそうなことは確かです。

 そこで岸田内閣です。統一地方選挙前半戦の終盤4月7日(金)から投開票日9日(日)にかけてNHK月例電話世論調査が行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか
  支持する   42%(対前月+1ポイント)
  支持しない  35%(対前月-5ポイント)

先月と比べて支持しないが5ポイント減ったのが目立ちますが、支持するは横ばいに近い変化で一気に上向く勢いはありません。41道府県議選の獲得議席で、与党の自民党と公明党がほぼ横ばいだったのと似ています。

 岸田総理は4月23日に行われる統一地方選挙後半戦と5つの衆参補欠選挙を乗り越えて5月19日~21日のG7広島サミットに臨み、6月の国会会期末の頃には先々を見据えた政局判断の時期を迎える腹積もりだという見方があります。

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 ただ、岸田総理の足元で一気に上向く勢いが出ていないという点には注意が必要になるでしょう。5つの衆参補欠選挙の結果にもよりますが、年明け以降、盛んに強調している「異次元の少子化対策」も財源の裏付けが不透明なため、国民の多くが喝采をもって迎え入れるという状況にはなっていません。

 特に若い世代には「先にいろいろな手当ての給付を受けても、結局、後で政府に回収されるだけではないのか」という素朴な疑問や懸念があるようです。岸田総理は令和6年度の予算編成に向けて6月に示す骨太の方針で「少子化対策の大枠を示す」と繰り返していますが、その大枠で国民が納得するのかどうかは不透明です。

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 岸田総理大臣の自民党総裁任期は来年9月までですので、先々のことを考える時間は十分にあります。とはいえ衆議院の10増10減の新しい区割りが国会で決まった後、「新しい民意の下で政治を行うべきだ」という声は政党関係者の間で次第に強まっています。

 岸田総理が自らを支える与党内の様子、そして野党各党の動きを見ながら、衆議院の解散・総選挙のタイミングを、いつ、どう判断するのか。これが次第に具体的な政治テーマになってきたようです。

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NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2023年04月06日 (木)

調査からみたコネクテッドテレビの利用実態 ~テレビ画面で何を、どのように見ている?~【研究員の視点】#470

世論調査部(視聴者調査)平田明裕


地上波や衛星放送などの番組が楽しめるこれまでのテレビに、インターネットを接続することでより多くの動画コンテンツを視聴することが可能となりました。今後、インターネットに接続されたテレビ(コネクテッドテレビ)が普及し、テレビ画面でネット動画を視聴する人が広がると、テレビ画面の利用は変わるのでしょうか?今回は、「メディア利用の生活時間調査」の結果からテレビ画面で動画を視聴する人(以下「テレビ動画視聴者」。全体の6%)に焦点をあて、テレビ画面の利用実態や視聴状況を分析しました。

 テレビ動画視聴者 時刻別のテレビ画面利用(30分ごとの平均行為者率の積み上げ・月曜)
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 このグラフは、テレビ動画視聴者が1日の中でテレビ画面をどのように利用しているかを表したものです。0時から24時までの時刻別の行為者率(利用している人の割合)を積み上げたグラフになります。朝の時間帯にテレビ画面で見ているのは「リアルタイム」が圧倒的に多く、7時台は16%に達している一方で、「動画」は1%とほとんど見ていません。その後、午後の時間から夜間にかけて「動画」が増加して21時~22時には23%に達し、「リアルタイム」と同じくらいネット動画を見ていることがわかります。このように、朝の時間帯は「リアルタイム」が中心で、夕方から夜間にかけても「リアルタイム」が増加する一方で、夜間の遅い時間帯は「動画」の視聴が増えていくなど、テレビ動画視聴者は、時間帯によってテレビ画面で何を視聴するか、選択している様子がうかがえます。

 では、テレビ動画視聴者は具体的にどのような状況で、テレビ画面で動画を見ているのでしょうか?ほかのことをしながらテレビを見る「ながら」視聴と、テレビを見る行動だけの「専念」視聴に分けて時間量をみたのが、次のグラフです。「ながら」(51分)と「専念」(57分)は同じくらい、つまり、ほぼ5対5でした。「リアルタイム」の割合(「ながら」「専念」は6対4の割合)ほどではないですが、自分で選んで視聴する「動画」でも、「ながら」視聴が半数近くになる様子がみえてきました。

 テレビ動画視聴者 動画(テレビ)の時間量 ながら・専念(全員平均時間の積み上げ・月曜)
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 では、テレビ画面で動画を見ながら、どのような行動をしているのでしょうか?次のグラフはテレビ動画視聴者が動画視聴と同時に行っている行動をみたものです。最も多いのは、「食事」(21%)で、「SNS(スマホ)」(17%)、「身のまわりの用事」「家事」「会話おしゃべり」(いずれも14%)が続きます。スマホよりも大きい画面で離れて見ることも可能となり、食事、身のまわりの用事、家事をしながら動画を見たり、スマホ携帯でのSNS利用や会話・おしゃべりなどコミュニケーションしながら動画を見たりするなど、家の中でのさまざまな生活シーンで動画を視聴していることがうかがえます。

テレビ動画視聴者 動画(テレビ)との重複行動 行為者率(1日)(上位5項目・月曜)

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 ここまでみてきましたように、テレビ画面で動画を視聴する人は、朝の時間帯はリアルタイムのテレビを見る一方で、夜の遅い時間帯はYouTubeやAmazonプライム・ビデオなどの動画コンテンツを見るなど、時間帯によってリアルタイム視聴とネット動画視聴を使い分けています。また、スマホよりも大きい画面で離れて見ることも可能となり、食事中やスマホでSNSをしながらなど、家の中でのさまざまな生活シーンで動画を視聴している様子がみえてきました。テレビにインターネットを接続したコネクテッドテレビという新しいメディア環境により、人々は、自分の嗜好(しこう)や生活シーンに合わせて、好きなコンテンツを好きなように見ることができるようになりつつあるのかもしれません。今回のテレビ動画視聴者は全体の6%とまだ少数派ですが、今後、コネクテッドテレビが普及しテレビ動画視聴者が増加すると、こうした視聴スタイルが広がっていくのではないかと考えられます。

放送研究と調査2023年3月号」では、そのほかに、テレビ動画視聴者はスマホ携帯やPCタブレットで動画をどのくらい見ているかについても分析しています。ぜひご覧ください!

調査あれこれ 2023年04月05日 (水)

#469 中高生の学校生活、どんな感じ? ~第6回「中学生・高校生の生活と意識調査」から~

世論調査部(社会調査) 村田ひろ子

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 いよいよ新年度がスタート!新たな友だちや先生との出会いに、期待と不安の入り交じった気持ちでいる中高生の皆さんも多いのではないでしょうか。新しい教科書やノートで心機一転、「勉強頑張るぞ~」と張り切っている人もいるかもしれませんね。
 ところで、いまどきの中高生は、学校や先生、勉強についてどんなふうに感じているのでしょうか。
 文研が昨夏、全国の中高生を対象に実施した世論調査1)の結果をみると、学校が『楽しい(とても+まあ)』と答えたのは、中学生、高校生ともにおよそ9割を占めています。楽しい理由として、「友だちと話したり一緒に何かしたりすること」を挙げた中高生は7割台に上ります。

学校は楽しいか
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 学校といえば、部活動を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。「部活動に入っている」と答えたのは、中学生が8割、高校生が7割。このうち、部活動に『満足している(とても+まあ)』という人は、中高ともに9割近くでした。
 それでは先生に対しては、どう思っているのでしょうか?担任の先生が、自分のことを『わかってくれていると思う(よく+まあ)』と答えたのは、中高ともにおよそ8割。身近な担任の先生が自分を理解してくれていたら、安心して学校生活がおくれそうですね。

担任の先生は、自分のことをわかってくれているか
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 さて、勉強についてですが、「一生懸命勉強すれば、将来よい暮らしができるようになると思う」中高生は7割台に上ります。多くの子どもたちが、勉強を頑張れば、豊かな将来が期待できると考えているようです。また、自分の将来に『期待している(とても+ある程度)』という中高生は6割台で、明るい将来展望を思い描いている様子がうかがえます。

「一生懸命勉強すれば、将来よい暮らしができるようになる」と思うか
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 ただ、進学意向についてみると、子どもたちが考える将来像は、親の状況によって少し異なっているようです。 進学の最終目標について尋ねたところ、親の学歴や生活程度2)が高いほど「大学・大学院まで」進学したいという中高生が多くなっています。

進学の最終目標(父親の学歴別)
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進学の最終目標(父親の生活程度別)
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 日本は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均と比べて教育費に占める家計負担の割合が高く、特に高校生・大学生のいる家庭の家計に教育費が重くのしかかっています。学費の負担ができずに大学進学をあきらめる子どもたちが相当数いることも指摘されています。子どもたちの将来が、親の学歴や経済状況によって左右されることがないように、格差の是正や教育費用の負担についての議論を高めていくことも必要ではないでしょうか。

中学生・高校生の生活と意識調査2022の結果は、こちらから!↓↓↓
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20221216_1.html


1) 第6回「中学生・高校生の生活と意識調査2022」

2) 生活程度については、父母を対象にした調査で、「上」から「下」まで5段階で尋ねているが、このうち「上」と「中の上」を「上」、「中の中」を「中」、「下」と「中の下」を「下」としてまとめ、分析を行った。

調査あれこれ 2023年03月16日 (木)

#462 マスク着用 「個人の判断」に 顔を隠したくて着ける人ってどのくらいいるの?~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から~

世論調査部(社会調査) 小林利行

新型コロナウイルスの感染が、国内で初めて確認されてから3年あまり。

この間、マスクは多くの人の必須アイテムとなっていますが、政府は3月13日からマスク着用の方針を大きく変えました。

医療機関を受診するときや混んだ電車やバスに乗るときなどは着用を推奨するものの、それ以外の場所での着用は個人の判断に委ねるとしたのです。

皆さんはどうしているでしょうか?

文研では2022年11月に新型コロナウイルスに関する世論調査を実施しました。

その中には今回のような状況を想定した質問もあります。

図①は、感染拡大が収束して、屋内や人混みでマスクの着用が求められなくなったとしたらどうするかと尋ねた結果です。

図①  着用が求められなくなったときマスクをどうするか?

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1番多いのは「感染拡大前よりは着ける機会を多くする」で47%、2番目は「できるだけ着けたままにする」で27%でした。

一方、「以前のように外す」は23%にとどまっています。

調査時点と今の感染状況や、この質問の前提と政府のマスク推奨の基準は少し異なりますが、結果をみる限り、すぐさま多くの人が以前のようにマスクを外すことにはならないようです。

考えてみれば、3月12日以前も、会話がなければ基本的に屋外でマスクを着ける必要はないとされていましたが、外でも着けていた人のほうが多かった印象があります。

この調査では、「感染拡大前よりは着ける機会を多くする」と「できるだけ着けたままにする」と答えた人に対して、その理由も尋ねています(図②)。

図②  求められなくなってもマスクを着け続けるのはなぜか 〈回答者1,671人〉

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ご覧のように、圧倒的多数の人が「感染症対策など衛生上の理由から」と回答しています。

ただ、「素顔をさらしたくないなど見た目の理由から」という人も7%います。

男女年層別に分けてみました(図③)。

図③  求められなくなってもマスクを着け続けるのはなぜか
(男女年層別)
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いずれの年層も「衛生上の理由から」が多数を占めていますが、18歳~39歳の男女では、「素顔をさらしたくないから」と回答している人も16%います。

この人たちを、18歳~39歳全体に占める割合でみても、男性11%、女性13%となります。

若い男女の10人に1人強が、顔を隠すなどの目的でマスクを着け続けたいという意向を示していることがわかります。

今回の調査は、コロナ禍をきっかけにマスクの意外な着用目的を明らかにしたようです。

調査の他の結果についても「コロナ禍3年 社会にもたらした影響-NHK」で公開していますので、ぜひご覧になってみてください。

また、「放送研究と調査 2023年5月号」では、3年にわたるコロナ禍によって、人々の意識や暮らしがどう変わったかなどについて詳しく紹介しますので、ご期待ください。