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2023年6月 7日

メディアの動き 2023年06月07日 (水)

NHKを巡る政策議論の最新動向③NHKのネット活用業務の必須業務化に向けた説明に質問相次ぐ【研究員の視点】#488

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 5月26日、NHKは総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の公共放送ワーキンググループ(以下、WG)第8回会合において、現在は任意業務として行っているインターネット活用業務(以下、ネット活用業務)について、今後は必須業務化を前提に考えたいという意思を表明しました1)。そして、必須業務の範囲については、「『放送と同様の効用』をもたらす範囲に限って実施することが適切2)」との説明を行いました。 
NHKの説明の詳細については後ほど詳しく触れますが、説明の後に行われた約80分間の議論では、NHKに対して構成員たちから数多くの厳しい質問が投げかけられました。「質疑がかみ合っていない、(NHKは)かならずしも答えていないところが多々見受けられる3) 」との指摘もあり、WGでは構成員の質問を整理した上で、再度NHKに回答を求めることになりました。

 WGの3日後の同月29日には自民党の情報通信戦略調査会が開かれ、NHKは同じテーマでヒアリングを受けました。調査会は非公開で行われましたが、NHKはWGの質疑で述べた内容よりも踏み込んだ見解を述べたことが新聞などで報じられました4)。そして、6月7日午後に開催される在り方検の親会では、再びNHKによる報告が行われます。また同日午前にはWGも開かれ、NHKのネット活用業務の必須業務化に対して懸念を述べてきた新聞協会と民放連が主張を述べることになっています。

 以上のように、NHKを巡る政策議論は急ピッチで進んでいますが、こうした最中に発覚したのが、現在は業務として認められていないBSの同時配信の開発に向けた設備整備費用として、2023年度の予算として9億円を計上することを決定し、その後、調達や契約の手続きを進めていたという問題です。5月29日、NHKは予算・事業計画との明確な関係性について内外に十分な説明が行われてないまま手続きが進められていたことは適切でなかったとして、必要な是正措置をとったことを総務省に報告しました5)。総務省は「NHKにおける契約手続きその他の意思決定のプロセスについて、ガバナンスの面で再確認」を期待するとのコメントを発表。NHKは今後、会長直下に弁護士等からなる検討会を設置し、改革を行っていくとしています。ネット活用業務の必須業務化に向けた議論が大きく注目され、また、それを審査・評価するためのNHK内部のガバナンスの強化が問われている中でなぜこのような事態が起きてしまったのか。NHKは言葉を尽くして説明していく必要があります。

 いずれにせよ、NHKのネット活用業務の必須業務化というテーマは、視聴者・国民の負担、今後の日本社会におけるNHKや放送メディアの姿、デジタル情報空間における課題解決のあり方など、非常に多くの重要な論点が複雑に絡み合ったものであることは言うまでもありません。本ブログでは政策議論にできるだけ並走しながら論点を整理し、今後の議論を読み解くための視座を示していきたいと考えています。第3回の今回は、在り方検におけるNHKの説明とその後の構成員の意見・質問の内容を論点別に私なりに整理します。なお、NHKが回答した内容については、前述したように、再度NHKに回答する機会が与えられることになりましたので、その際にきちんとまとめたいと思います。

1. NHKの説明の概要

 NHKが第8回会合で示した資料は、NHK自身が「すでに報告をしている内容も多く含まれている」と前置きで語ったように、去年11月の第3回で報告した資料をベースに作成されたものでした6) 。その資料をもとに、NHKはまず、「視聴者国民の皆様のメディアへの期待を踏まえてNHKの進むべき道を考えるのが適切である」という認識を改めて示しました。そして、ネット活用業務の必須業務化については、視聴者国民からの期待が高い「情報空間の参照点」となるような信頼できる基本的な情報の提供と、新聞や民放などの「信頼できる多元性確保」への貢献を基本的な考え方としていることを述べました。その上で、今回は①業務範囲、②ガバナンスのあり方、③負担のあり方、④(情報空間全体の)多元性確保への貢献、の4点について説明しました。以下、それぞれについて、NHKの説明とそれに対する構成員の主な意見もしくは質問を対照させて見ていきます。なお、本ブログの執筆時点では総務省のウェブサイトに議事録が公開されていないため、構成員の発言は筆者のメモからの意訳であることをあらかじめお断りしておきます。

2.必須業務の範囲と規律のあり方

*NHKの説明
 図1は、NHKが今回初めて示した必須業務の範囲に関する考え方です(図17))。ネット活用における必須業務の範囲は、『放送と同様の効用』をもたらすものに限って実施していくことが適切であるとし、放送の同時・見逃し配信ならびに放送と同一の情報内容を多元提供する報道サイトを基本とする、との考えを示しました。理由としては、視聴者・国民の間には、新聞や民放などの伝統メディア全体への期待が高いということを踏まえたとしています。 

(図1)

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 また、『放送と同様の効用で異なる態様のもの』についても一部必須業務にすることが考えられるとしました。『異なる態様のもの』、つまり、放送と同一の内容ではないけれど同様の効用をもたらすものとは何を指すのでしょうか。NHKは4つの例を示しながら説明を行いました。図2はその4例について、NHKの資料と説明をもとに、問題意識と具体的な内容に分けて私なりに簡略化して示したものです。詳細はNHKの報告資料8)を参照ください。

(図2)

table_murakami.png※OTT9)

 また、NHKはプラットフォーム等を通じた提供も含めて、サービスの横幅が広がることがある一方で、縦幅が縮まることも示唆しており(図1の下段の点線で囲った部分)、今後一層、NHKとして経営資源の選択と集中を行っていくことを強調しました。

 NHKは必須業務化した際の規律のあり方についても触れています。ネット活用業務が必須業務となった際には、「全体として公平性確保、多角的論点提示等の規律が必要」であり、「『放送』同様の自律型モデルが望ましいと考える」と述べました。

*構成員の意見・質問
 NHKが必須業務の範囲は、『放送と同様の効用』をもたらすものに限るとしたことについて、構成員からの意見が相次ぎました。まず、宍戸常寿構成員からは、「放送と同様の効用が一体何なのかについて、個別案件を説明し、NHKの独りよがりではなくファクトデータに基づく裏付けがあるということは非常に重要。ただ、ネット活用業務を必須業務化することで、全体像として何を目指していこうとしているのかを発信してほしい。どこかのタイミングで示してもらいたい」とのコメントがありました。大谷和子構成員からも、「NHKは放送と同様の効用という言葉を使っているが、国民・視聴者にとってどんな効用があるのか、必須業務とすることの意義について、NHK自身の言葉で聞きたい」と、同趣旨のコメントがありました。落合孝文構成員からは、「ネット活用業務においても放送と同様の効用という提起だったが、電波で情報発信していた時代の放送に社会的に求められるものと、ネット社会で情報が氾濫する中で求められる役割については、実態が変わっている部分もあるのでは」という問題提起がありました。
 放送と同様の効用で『異なる態様のもの』に関する意見や質問も複数ありました。その多くが、NHKが任意業務として、受信契約の有無にかかわらず広くネット上で展開してきた、番組の周知・広報、ニュースを深掘りするテキスト記事などの「理解増進情報」についてでした。「これまで理解増進情報については、なしくずし的な拡大ということを民放連や新聞協会が懸念してきたが、『放送と同様の効用』と理解増進情報とはどういう関係にあるのか?」(落合構成員)。「理解増進情報は廃止になって、『放送と同様の効用で異なる態様のもの』に衣替えしていくのではないか。その際に、これまで言われていた「歯止めがない」という問題と同じ問題が発生するのでは?」(曽我部真裕構成員)。このほか、「これまでの理解増進情報の中で、公共放送に関する理解を深めてもらうものやサービスへの誘導についてはどう考えているのか」(瀧俊雄構成員)、といった質問や、「現在の任意業務における費用は190億円強で行っており、多くは放送との共通費であると理解しているが、純粋にネット業務にかかっている費用はどのくらいか?また、この先、どのくらいの額を想定しているのか?」(内山隆構成員)といった質問もありました。また曽我部構成員からは、「成長性は低いが公共性が高いアーカイブの提供についてはより積極的に必須業務に位置づけていくことが求められるのではないか?」といった意見もありました。

 また、ネット活用業務が必須業務化された場合、放送と同様の規律はネット業務においてどうなるのか、という点についての質問も相次ぎました。まず具体的な内容としては、「NHKプラスは現状では全ての番組が流されているわけではないが、必須業務化した際には全部流す方向で考えられているのか?またBSについてはどう考えているのか?」(長田三紀構成員)、「ネット必須業務化に関して、あまねく受信義務についてはどう制度として整理していくのか?」(内山構成員)、「番組編集準則やあまねく受信義務、放送番組審議会、重大事故報告などの放送法の規律がネット活用業務にかかることを考えた場合、NHKが業務を行う上で支障はあるか?」(山本隆司構成員)という質問がありました。林秀弥構成員からは質問ではなく、「ネット上の規律を法的に措置するということには慎重であるべき。協会内部の自主自律にとどめることが妥当」という意見が述べられました。

3.ガバナンスのあり方

 NHKのネット活用業務が必須業務になったとして、民間事業者との公正競争を確保するという観点から、どのような内容のサービスをどのくらいの費用をかけて行うのか、事前の審査や事後の評価の仕組みはどうあるべきか、そして国はどこまでその仕組みに関わるべきなのか。このテーマについては、これまで約半年行われてきたWGの議論でも多くの時間が割かれてきました。中でも、構成員たちの関心が高かったのが、経営委員会を軸とした組織のガバナンス強化にNHKがどう取り組むかという点でした。NHKの取り組みの中身によって、審査や評価に関する国の関与の度合いが異なってくるためです。議論では、国の関与を強めるよりも、できる限りNHKの自発的な取り組みに期待したい、という声が多かったように思います。では、NHKはどのような説明を行ったのでしょうか。

*NHKの説明
 NHKはネット活用業務が必須業務となった場合、放送各波と同様に、毎年度の予算・事業計画で規模、内容を示すことになるのではないかと述べ、現在の放送同様のガバナンスを想定していると発言しました。また、一定の規模の新規サービスを始めるにあたっては、経営委員会の監督のもと、サービスの公共性が市場影響を上回るかどうかを審査する、BBCで実施中の「公共価値テスト」のようなものを事前に実施した上で業務範囲に追加していくことも検討したいということを述べました。「公共価値テスト」は、サービスの公共性が市場影響を上回るかどうかを審査するテストで、イギリスの公共放送BBCが実施しています。加えて、BBCが全体状況の変化に合わせ、民間企業との公正競争が確保されているかどうかを数年に一度チェックする競争レビューのようなものを行うこともあり得るのではないかとしました。

*構成員の意見・質問
 林構成員からは、「BBCがこうだから日本も横にならえ、ということにはならない。総務省内に市場検証会議のようなものを立ち上げて、定点観測的にレビューを行うべき。今回の説明で書かれている程度のことでもし競争ルールをすますというのであれば、懸念を払拭するのは難しいし賛同しがたい」と厳しいコメントがありました。また、林構成員は、事前のチェックに関しては「メディアを巡る市場構造の激変の可能性をはらむ制度改正が行われようとしているときに、チェックやガバナンスを当事者による強化だけに委ねていいのか。必須業務化するのであれば、執行部をチェックする経営委員会による監督と機能強化はマストだがそれでは足りない。少なくとも最初の数年間は費用の上限も含め、現在の実施基準を作成して総務省のチェックにかけるべき」とも発言。そして「総務省といっても電波監理審議会の諮問と議決というプロセスを踏むので、いわゆる政治色が入ることはないだろう」と付け加えました。
 宍戸構成員からも、「従来のガバナンスで本当に十分なのか、どういう工夫をするつもりなのかがはっきりしないと、外からの強い枠組みを考えていかざるを得ない。電波監理審議会もしっかりした組織だが、政府の監督が及ぶことはやはり慎重な配慮が必要。自律的な判断をNHKが行い、それを外から評価する形でないとうまく回らない。だからこそ経営委員会制度があるのだが、WGの議論の温度感が経営委員会にきっちり伝わっているのか気になっている」という厳しいコメントがありました。曽我部構成員からも、「一般的なNHKのガバナンスで処理していくということになると、個別のネットのコンテンツに対する批判があることを考えると、経営委員会でそれをチェックするというのは難しいのではないか。特別なガバナンスが求められてくるのではないか」との指摘がありました。

4.負担のあり方

 この論点についても、WGではこれまで多様な角度から議論が行われてきました。その結果、テレビを所有しておらずNHKと受信契約を締結していない人についても、アプリをインストールし、個人情報の入力など、何らかの強い利用の意思を示した場合には受信契約の対象になり得るのではないか、という一定の方向性がみられていたと思われます10)

*NHKの説明
 NHKが示した考え方も、WGでの一定の方向性と近しいものといっていいと思います。NHKは、「多機能端末であるスマートフォンを所有しただけで、現在のテレビ受信機のように扱うことは選択肢には入らない」とした上で、「公平性、公平負担の観点から、同様の効用が得られているのであれば、同様の負担を頂くのが適当ではないか」と述べました。そして制度的には、「“受益感”が無い“所有即契約”ではなく、“受益感”が公平性を上回る有料契約=“サブスク”でもない形」であるとし、詳細は詰めていく必要があるとしました11)

*構成員の意見・質問
 この論点については、WGの一定の方向性と近しいものだったこともあり、ほとんど意見はありませんでしたが、山本構成員からNHKに対し、法制度を今後WGで議論していく上で、実務上留意してほしい要望や積極的な考えはないか、との問いかけがありました。

5.(情報空間全体の)多元性確保への貢献

*NHKの説明
 NHKからは、具体的な内容として大きく2つの方向性が示されました。1つは、新たに取り組みが始まっている、伝統メディアによる情報空間全体の多元性確保に向けた動きへの貢献(図312))、もう1つが放送分野における貢献です。こちらは、民放があまねく受信努力義務などを遂行するにあたり、NHKは必要な協力をするよう務めなければならないという改正放送法の内容を意識したものであると思われます。具体的には放送ネットワークの効率的な維持・管理、日本のコンテンツ産業の後押しや放送ソフトウエア開発等を挙げていました。

(図3)

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*構成員の意見・質問
 内山構成員からは、「民放ローカル局の番組の配信としてNHKプラスへの参加を考えた場合に NHK側は協力可能か?どういった形の供給が可能か?視聴者に見える表舞台ではなかなか難しいという感じもするが、例えば(ユーザーにコンテンツをスムーズに届けるためのキャッシュサーバーのネットワークである)CDN のようなバックヤードの部分で協力するということはありえるのか?」「国際展開において、日本のコンテンツホルダーやIP(知的財産)ホルダーとの協力への展望はあるか?」といった具体的な質問がありました。さらに「2040年におけるNHKの競争相手は誰だと考えているのか?」という問いかけもありました。曽我部構成員からは、「多元性確保について必須業務として取り組むのであれば、案件があってそれに個別ベースで取り組むというのではなく、NHKが計画性をもって戦略的に施策を考えるというのがあるべき姿ではないか」との指摘がありました。

おわりに

 今回のブログは、NHKの説明とそれに対する構成員の意見や質問を整理してまとめ、できるだけWGの議論の雰囲気を伝えられればと思いましたが、いかがでしたでしょうか。80分の議論の最後には三友仁志主査から、「NHKには情報空間の健全性やメディアの多元性多様性を維持するために、ネット活用に向けた日本のリーダーとしての矜持(きょうじ)を伺いたかった」「NHKに関する様々な懸念が示されているところ。ぜひNHKにはそれらを自らが払拭する一層の努力を期待している」との重い言葉が投げかけられました。
WGや在り方検の親会の議論は、今夏のとりまとめに向けたラストスパートに向かっています。今後も引き続き議論に並走しながら、論点を整理し、議論における課題があれば、その都度指摘していきたいと考えています。


1)   在り方検・公共放送WG第8回 NHK説明資料 https://www.soumu.go.jp/main_content/000882687.pdf

2)   NHK井上樹彦副会長の発言

3)   三友仁志座長の発言。その他、落合孝文構成員からも同様の発言があった

4) 複数の新聞報道によると、ヒアリングにおいてNHKは、必須業務化後は、ネット活用業務は「映像と音声が伴うものに純化したい」とし、テキスト情報のみの報道については、今後見直す可能性についても触れたとのこと

5)   https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20230530_1.pdf

6)   第3回のNHKの報告内容については下記で詳細を記載している
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/478763.html

7)   1)参照 P11

8)   1)参照 P13~16

9)   オーバーザトップの略。ネット回線を通じてコンテンツを配信するストリーミングサービスのこと

10)   議論の詳細については https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/18/

11)   1)参照 P20~23

12)   1)参照    P25

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。