子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485
計画管理部 久保なおみ
NHKの幼稚園・保育所向け番組『できるかな』で「ノッポさん」として長く親しまれた俳優の高見のっぽさんが、昨年亡くなられました。相棒のキャラクター「ゴンタくん」との掛け合いも絶妙で、ひと言もしゃべらずにパントマイムでダイナミックな工作を造り出す姿が人気でした。
NHKではテレビ放送を開始して4年目の1956年から「幼稚園・保育所向け」の番組を制作しており、中でも子どもたちの表現意欲や創造力を高める“造形”がテーマの『できるかな』と『つくってあそぼ』は20年以上にわたって放送され、多くの子どもたちに親しまれました。私は『つくってあそぼ』『なかよくあそぼ』『うたってあそぼ』『かずとあそぼ』『お話でてこい』などの番組を担当していましたので、今回は幼稚園・保育所向けとして始まった造形番組が変遷していった背景を、みていきたいと思います。
『できるかな』の前身である『なにしてあそぼう』は、1966年に“絵画制作番組”として新設されました。『NHK年鑑』1) には「幼稚園・保育所の時間」枠のひとつとして掲載されており、1970年『できるかな』に改定された際、以下のようにそのねらいが記されています。
―4年間継続した絵画制作関連番組『なにしてあそぼう』に終止符を打ち、新たに同じく絵画制作番組『できるかな』をスタートさせた。意図するところは前番組『なにしてあそぼう』が、あそびを通して創作意欲を育てることに主眼をおいたのに対し、制作過程そのものの興味に重点をおこうとしたものである。(『NHK年鑑』1971)
『できるかな』は最初、5人の男の子・女の子が「けんかしたり、失敗したりしているうちに、自然に絵画制作に必要なことをこどもの心の中にしみこませるように構成」(『NHK年鑑』1971)していました。しかしながら『なにしてあそぼう』に出演していたノッポさんの再登場を求める声が多かったため、翌年に出演者の改定を行います。
―番組のねらいは、こどもたちの絵画製作活動によい刺激になるよう構成。「ノッポさん」と呼ばれる工作のお兄さんと、こどもたちが共同製作で作り上げたロボットとも怪じゅうともつかない人形が、いろいろなものを作ったり、絵を描いたりする番組。(『NHK年鑑』1972)
最初のゴンタくんは、箱の中にいて動かない“ロボットとも怪じゅうともつかない人形”で、おなじみの“動く”ゴンタくんがデビューしたのは1973年のことでした。パントマイムのノッポさんが作り役と遊び役を兼ねていて、子どもの代表ともいうべきゴンタくんが邪魔をしたり、失敗したりしながら絡んでくる名コンビで、1990年3月まで放送されました。
『できるかな』が長く愛された要因を、当時ディレクターだった武井博さんは次のように分析しています。2)
- ①「ハウ・ツー」の部分と、モティベーションの誘発部分とを両立させた
作る過程も、作ったもので遊ぶ楽しさをも“ショー”として見せることに成功した - ②アイディアの変わらぬ新鮮さ
造形教育研究科・枝常弘さんが現場のニーズに耳を傾けつつ、新鮮なアイディアを出し続けた - ③高見映さんという優れたエンターテナーを得た
ノッポさんとゴンタくんの間に“愛情”があり、キャラクターがその“世界”の中で“生きて”いる - ④工作用具の進歩
セロハンテープやフェルトペンの登場で、省略やテンポアップが可能となった - ⑤簡単に動かせる軽い素材を選んだ
段ボールとプラスチック容器で、大きな切り出しが可能となり、作るのも遊ぶのも容易になった
『できるかな』 ゴンタくんとノッポさん
武井さんと一緒に『できるかな』や『つくってあそぼ』を制作していた田村洋さんは、テレビ創成期のディレクターで、入局したばかりの私に番組づくりのいろはを教えてくださいました。私は田村さんの退職記念パーティーで初めて高見のっぽさんにお会いして、とても軽快に話されるお姿に驚いたことを覚えています。田村さんは「のっぽさんは動きがダイナミックで繊細でとてもすばらしいんだけれども、おしゃべりだから、逆に何も話さないでパントマイムにした方が面白いと思ったんだ」と、いたずらっぽく笑っていらっしゃいました。
1990年、「幼稚園教育要領」と「保育所保育指針」の改訂に伴い、幼稚園・保育所向けの番組は大規模な改編を行いました。新しい指針では「幼児の発達に必要な体験を得るよう適切な教育環境」を創り出すことの重要性が指摘され、幼児教育の領域も6領域から5領域に変更されました。そこで、それまで領域ごとに別々に制作していた幼稚園・保育所向けの番組を『ともだちいっぱい』というシリーズに統合し、共通の舞台で、トータルに以下の5領域を演出することにしたのです。
- ①表現~造形『つくってあそぼ』
- ②人間関係 『なかよくあそぼ』
- ③環境~自然『しぜんとあそぼ』
- ④表現・音楽『うたってあそぼ』
- ⑤ことば・数量の認識『かずとあそぼ』(1991年に新設)
各領域の番組が『ともだちいっぱい』シリーズへと移行される中で、『できるかな』も『つくってあそぼ』へと改定されました。この改定の背景のひとつに、大量消費からリサイクルへと向かった社会的な事情もあると、田村さんに教わりました。1980年代後半は、清掃工場で焼却しきれなくなったごみが大きな問題となり、市民活動が盛んになり始めた時期でした。3)
そのため『つくってあそぼ』のねらいでは「身近にある素材を利用」することが強調され、実際の工作もリサイクル素材を多用するようになりました。当時はNHKの制作グループ内でも牛乳パックやトイレットペーパーの芯などを集めており、リハーサルや収録で使用していました。
―子どもたちの表現意欲や創造力を高める造形番組。牛乳パックやダンボール,紙コップなど, 子どもたちの身近にある素材を利用して, その素材の意外な特徴や性質を発見しながら造形活動をする。そして, 物を作る喜びや表現する楽しさを味わう。特に, 工作上手のお兄さんのワクワクさんと, 熊の人形のゴロリが, 「何ができるんだろう」「何だろう」と考えさせながら工作に挑戦する「間」を大切にする。テーマは, 「季節の風物」や「行事」「遊び」など, 子どもたちの生活の中に見つける。(『NHK年鑑』1991)
『つくってあそぼ』 ゴロリとワクワクさん
『つくってあそぼ』も全国で「つくってあそぼショー」を展開するなど広く親しまれ、2013年3月まで、23年間放送されました。『できるかな』と同様、ワクワクさんとゴロリの間に“愛情”があり、キャラクターとして生き生きと存在する“世界”が確立していたからこそ、長く続いたのだと思います。
しかしながら1990年の「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」で幼児の直接体験の重要性が強調されたことや、2004年に日本小児科医会と日本小児科学会が「2歳までの子どものテレビ・ビデオ長時間視聴を控えること」を基調とした提言を出したことなどによって、幼稚園・保育所でのテレビ利用は漸減傾向が続きました。4) 番組の内容も、次第に家庭視聴向けとの境がなくなってきたことから、2011年には「幼稚園・保育所向け」という放送枠がなくなり、「幼児・子どもゾーン」に統合されました。
そして2013年4月に『ノージーのひらめき工房』が始まりました。そのねらいは、以下のように記されています。
―4,5歳児から小学校低学年の子どもたちに向けた新しい工作番組。『つくってあそぼ』の後継番組として4月にスタートした。ひらめきの天才「ノージー」と仲間の妖精たちが遊びの国で工作に詳しいクラフトおじさんのアドバイスを受けながら, それぞれ独自の作品を作っていく。マニュアルに沿っていかに上手に作るかではなく, 自分自身の発想やひらめきを大切にしながら, 個性豊かな自分なりの工作を生み出すプロセスを大切にした番組。(『NHK年鑑』2014)
開発を担当した大谷聡プロデューサー(当時)は、「『つくってあそぼ』が料理番組のように完成品を見せてその作り方を教える番組なら、次は素材や材料を好きに選んで自分だけの作品を作る“正解”のない番組」にしたいと考えたそうです。
「幼稚園教育要領」における「表現」領域でも、それまで「表現する意欲を養い、創造性を豊かにする」とされていたねらいが、1998年に「自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い」と改訂されたように、他の多くの子ども番組も、個性の尊重や自己表現を認める方向に向かっていきました。
『ノージーのひらめき工房』 シナプーとノージー
結果ではなく発想のプロセスを大事にして、作品の出来不出来、失敗という概念がない『ノージーのひらめき工房』の方針は、自己肯定感につながると、保育の現場からも好評を得ました。
このように「幼稚園教育要領」や時代背景に合わせて、NHKの子ども向け造形番組は変遷してきました。
けれども、子どもたちに作ることの楽しさを伝えたいという根底は、変わりません。
『できるかな』と『つくってあそぼ』では、子どもたちが「自分でも作れそう、作りたい!」と思えるよう、子どもが作ったかのような純粋さで、大人の造形スタッフが絵や工作を製作していました。「ほんとうの子どものような絵を描ける人は、そう多くはない。子どもの絵が描けるスタッフを、大切にね」と、田村さんは教えてくださいました。
『できるかな』と『つくってあそぼ』の造形アイディアを担当されていたヒダオサムさんは、「どんなものにも形だけでなく、いのちをみつけるこころが育ってほしい」とおっしゃっていました。ちぎっただけの紙でも、そこに目や手足を描くと、今にも動きだしそうに感じます。ヒダさんは、ものにいのちを吹き込んで遊ぶ体験が、人への思いやりや、ものを大切にする心、いのちを慈しむ心へとつながっていくと考え、常にそのことを念頭に置いてアイディアを出してくださっていました。
ノッポさんは、子どもたちに敬意をこめて「小さい人」と呼んでいらしたそうです。番組を制作する私たちも「小さい人」に敬意をこめて、その可能性を広げるお手伝いをしていきたいと思っています。
1)『NHK年鑑』は、NHKを中心に放送界の1年間の動きを記録したもの。1931年創刊。 NHKで放送している膨大な番組の解説を放送系統別に掲載している。NHK年鑑2022-NHK
2)「放送教育50年」第1章 番組制作の展開(1)幼稚園・保育所向け番組
A造形番組「できるかな」武井博(日本放送教育協会)1986年
3)「ごみとリサイクル」寄本勝美(岩波新書)1990年
4) 幼稚園・保育所におけるメディア利用の現況と今後の展望 | 調査・研究結果 - 番組研究 | NHK放送文化研究所
![]() |
【久保なおみ】 |