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2023年5月29日

メディアの動き 2023年05月29日 (月)

ヨーロッパ公共放送の文化支援 "放送オーケストラ&合唱団"をめぐって【研究員の視点】#484

メディア研究部 (海外メディア研究) 小笠原晶子

 “放送オーケストラ”や“放送合唱団”についてご存じでしょうか?ラジオ放送が開始された1920年代から組織された放送局専属の楽団で、放送に向けた演奏や音楽文化の普及の役割を担ってきました。現在も、ヨーロッパには、規模やレベルはさまざまですが、ドイツのMDRライプチヒ放送交響楽団(1924年創立)やバイエルン放送交響楽団(1949年創立)、イギリスのBBC交響楽団(1930年創立)など世界的に知られた楽団が多数存在します。日本にも、定期演奏会や大河ドラマのテーマ音楽の演奏などでおなじみのNHK交響楽団は1926年設立で、まもなく100周年を迎えます。

 ヨーロッパでは近年、こうした放送オーケストラや放送合唱団の存続が議論になっています1)。 経営合理化や経費削減により、縮小や廃止の方針が打ち出されるなどしています。 その一方で、そうした方針には、音楽家や市民などから強い反対の声が上がり、 楽団の廃止やリストラ計画が保留となるケースも相次ぎました。 最近の動きは放送文化研究所の月報「放送研究と調査」2023年4月号2)、5月号3)の「メディアフォーカス」で報告しています。

 今回のブログでは、音楽家や市民が、放送オーケストラの存続を求めた声に注目します。民間オーケストラが多数存在するなか、公共放送のオーケストラや合唱団の存続がなぜ求められたのか、人々の声から、公共放送の音楽文化支援、ひいては公共放送のサービスに求められているものは何かを考えたいと思います。

オーストリア公共放送ORF 放送オーケストラ廃止案に音楽界から反発
 まず、オーストリアのケースです。2023年2月、音楽の国オーストリアの公共放送ORF会長が、1969年に誕生した放送オーケストラ、ウィーン放送交響楽団(RSO)の廃止案を発表しました。ORFはインターネットによる番組配信サービスなどに対応する新しい財源制度検討の条件として、政府から経費削減を求められ、ORF会長は2026年までに約3億ユーロ(約450億円)を削減する策を示しました。その中にRSOの廃止が含まれていました。

 RSOはミッションの柱の1つに、「現代音楽の保護・育成」を掲げています。特に現代音楽4)については、新曲の委嘱や初演に力を入れ、これまでも、新たな作曲家の作品を世に送り出してきたことをホームページで紹介しています5)

rso_1_W_edited.pngRSOのミッションステートメント「われわれの時代の音楽をわれわれの時代の人々に」を紹介するホームページ

 今回のRSOの廃止案に対しては、こうした活動実績を踏まえ、RSOはもとより、音楽関係者や市民の間でも存続を求める声が強く上がりました。以下、新聞やニュースを通じて報じられた声です

★ウィーンフィルハーモニー管弦楽団6)(RSO ホームページ記事より 抜粋)
「RSOはかけがえのない重要な文化財だ。創設以来、世界の音楽界に大きな影響を与えてきた。その独自性は、何よりも現代音楽への姿勢だ。オーストリアのオーケストラでこれほど多くの現代音楽を演奏しているところはない。」

★ウィーン交響楽団 芸術監督 ヤン・ナスト氏7)(ORF  ニュース記事より 抜粋)
「RSOは現代音楽の保護・育成によって、ウィーンの音楽文化の中にしっかり根づいている。組織やコンサートホールの収益性を度外視できないウィーンフィルやウィーン交響楽団に比べ、RSOは音楽市場でより大胆に活動できる。」

 また、上記ウィーン交響楽団のホームページには、他の国内オーケストラと連名で、RSOの現代音楽の振興に向けた貢献を評価し、存続を求める声明が掲げられています8)

wien_2_W_edited.png※ウィーン交響楽団ホームページに掲載された、ウィーン交響楽団と国内7楽団の連名によるRSO廃止反対を訴える声明

★現代音楽作曲家 オルガ ノイヴィルト氏(Derstandard紙 記事より抜粋9)
「コロナやロックダウンで、現代音楽の活動の回復には時間がかかっている。現代音楽を支援するどころか、もはや必要とされていないように見える。RSOの廃止は取り返しのつかない結果を招くであろう。音楽の革新に対する政治家や社会の軽視を示す。MDW(ウィーン国立音楽大学)の教授である私にとって特に悲しいのが、若い世代に芸術表現の機会が奪われてしまうことだ。」

★現代音楽作曲家 ゲオルグ フリードリッヒ ハース氏(Derstandard紙 記事より抜粋10)
「RSOが廃止され、現代音楽のラジオ放送もなくなれば、遅かれ早かれ、商業放送はORFと不当な競争を強いられると訴えるだろう。私を含む多くの芸術家が、ORFが文化的使命を全うせず、大衆迎合のプログラムで、民間より競争で有利に勝つために受信料を使っていると証言するだろう。」

 そしてRSOの廃止案発表からまもなく、「SOS RSO」という楽団の廃止撤回を求めるオンラインの署名活動も立ち上がりました11)。これは8万人分の署名を集めましたが、オーストリアの人口の1%近くに相当する数字です。その中には、世界的にも著名なドイツの放送オーケストラ、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者サイモン・ラトル氏らの署名もありました。同楽団ではホームページでも、RSOの特筆すべき現代音楽への貢献を挙げ、反対の声明を発表しています。

bayern_3_W_edited.png※バイエルン放送交響楽団のホームページに掲載されたRSOの存続を求める声明

 こうした音楽家や市民からの反対の声や、政府内にもRSOの廃止に反対する声も上がるなか、政府は3月23日、廃止案を見送り、存続に向けた財源を検討するとしました12)。RSOは翌24日、ツイッターで、次のように支援者への感謝を伝えています。

rsotw_4_W_edited.png※RSOツイッターより:3月24日、RSO廃止案撤回の発表を受け、支援者に感謝を伝えるメッセージ13)
「われわれは喜びでいっぱいである。発表されたように、オーストリア政府はRSOを将来にわたって継続的に守ると表明した。われわれは全ての支援者に感謝したい。そしてみなさんのために音楽を続けることができてとても嬉しい。」

 クラシック音楽は、およそ500年という歴史を持ち、さまざまな音楽形式や演奏スタイルが時代と共に生まれてきました。そうしたクラシック音楽文化の継承と発展には、新しい作品の創造への投資が不可欠ですが、一方、まだ評価の定まっていない新しい現代音楽のプログラムは集客リスクを伴います。RSOは公共放送のオーケストラとして、そうしたリスクある投資も担い、クラシック音楽を今日まで継承させてきたと支持され、存続を求める声につながりました。

BBC放送合唱団廃止と放送オーケストラ人員削減案  市民などもから強い反発
 オーストリアに続き、イギリスでは3月、放送局傘下の楽団の縮小や廃止に向けた動きがありました。BBCは財源不足に対応しながらデジタル化や経営合理化を進めるなか、3月7日に新しいクラシック音楽の戦略を発表しました。戦略には、イングランドの3つの放送オーケストラ(BBC交響楽団、BBCコンサート管弦楽団、BBCフィルハーモニック)の人員20%削減、そして100年の歴史がある合唱団BBC Singersの廃止が含まれていました。その目的は、オーケストラはより多くの音楽家と柔軟に、全国各地で演奏する、そして合唱は、全国各地の合唱団と活動し、より幅広くイギリスの合唱界全体に投資するため、などとしています。

 この案には、BBC傘下のオーケストラ指揮者をはじめ、音楽家や市民から強い反対の声が上がりました。中でも廃止案が出されたBBC Singersについては、ヨーロッパの各国の放送合唱団や、広く民間の合唱団からも強く存続を求める声が上がりました。BBC Singersの団員は20名で、長年、現代音楽の初演や幅広いレパートリーの演奏のほか、各地域で音楽普及活動にも取り組んできました。民間の合唱団のメンバーは、なぜBBC Singersを支持しているのか、ホームページやSNSに上がった主な声を紹介します。

☆国内外の多数の合唱団から「Don't Scrap BBC Singers!」

bbc_5_W_edited.png※BBC Singers廃止撤回を求める「Don’t Scrap The BBC Singers!」YouTube投稿動画より14)

 上記YouTube動画は、イギリス国内のさまざまな合唱団の人々によって、BBC Singers廃止反対を広く訴えるため投稿されたものです。イギリスはじめ海外も含む100近い民間合唱団が、それぞれ「Don’t Scrap BBC Singers!」などと訴えています。参加している合唱団は、子どもや若者から高齢者まで、また活動場所と思われる撮影場所も教会やコミュニティーハウスのような施設などさまざまです。参加者はメッセージを歌にしたり、こぶしを振り上げたり、それぞれ工夫をこらして廃止撤回を訴えています。そして動画には次のようなメッセージが添えられています。
「イギリスでは毎週、200万人が合唱団で歌っています。BBC Singersは、100年にわたってイギリスの音楽生活に不可欠な存在で、世界的にも名声を博しています。アマチュアもプロも、音楽家はいたるところ、BBC Singers解散の決定を覆すよう、BBCに求めます。イギリス中の受信許可料支払者は要求します。“BBC SINGERS を守れ!”」

☆アマチュア合唱団200団体 BBCへ反対の公開書簡
 国中のアマチュア合唱団が連携し、BBC会長宛にBBC Singersの廃止撤回を求める公開書簡を送るという動きもありました。3日間で、229の合唱団メンバー18,290人が,この呼びかけに賛同したとしています。

wimbledon_6_W_edited.png合唱団 Wimbledon Choralのツイッターに投稿されたBBC Singers存続を求める公開文書15)
(1頁に続き、2~4頁に合唱団の名前が記載されている。)

手紙によると、合唱団は、廃止撤回を求める思いについて、次のように書いています。一部を紹介します。
「合唱団の長いリストを見てください。都市部から地方まで、全国各地の団員18,000人です。高齢者から若者まで、コミュニティーも仕事もさまざまです。(大半はもちろん、受信許可料支払者です)。伝統的な合唱団や室内合唱団ほか、コミュニティーや職場、若者の合唱団、男声合唱団、LGBT+やホスピス、また教会やカレッジの合唱団です。小さなグループから何百人規模のグループまであります。美しい合唱を愛する人々にエリート意識はありません。」
「BBC Singersはイギリスの合唱界で、とても重要な位置を占めています。アマチュアが憧れるトップレベルの素晴らしさだけではありません。たくさんの親密なつながりがあるからです。BBC Singersはかつてのわれわれのメンバーであり、BBC Singersの現役メンバーや元メンバーが、数多くわれわれ合唱団の指揮をつとめています。ソリストとして定期的にアマチュア合唱団と演奏しています。われわれの地域に来て演奏し、定期的に素晴らしい音楽を届けています。個人的に、われわれ合唱団の家族なのです。イギリストップのプロ合唱団をつぶすことは、われわれをないがしろにするということになるでしょう。」

☆オンライン署名活動で BBC Singers存続を求める15万人分の署名
 BBCがBBC Singers廃止の発表した3月7日に、廃止撤回を求めるオンライン署名もスタートしました。

singers_7_W_edited.png※BBC Singersの存続を求めるデジタル署名サイト16)

このサイトは、最終的に15万人を超える署名を集めました。なぜ廃止に反対か、署名に添えられた支援者の声には、将来的に音楽を目指す若者が職を得られなくなる、芸術は必要でぜいたく品ではない、 BBCは世界の放送局が羨望する文化振興の模範であるべきだ、などといったコメントが投稿されていました。

 今回のBBC Singers廃止やBBCのオーケストラの人員削減案については、BBC傘下のオーケストラの指揮者や音楽家はもとより、音楽界の重鎮や政治家からも反対の声が上がっていました。3月24日、BBCは複数の団体から代替財源に関する提案があったとして合唱団の廃止案は保留し、オーケストラについても、強制的な人員削減は避けると発表しました。4月13日には、BBCは経費削減は必要としながら、オーケストラの人員削減について代替案を検討すると発表しました。

 2023年に入って続いたオーストリアやイギリスの動きですが、ヨーロッパで多くの主要公共放送が、経費削減や経営合理化で厳しい経営を迫られています。財源が限られるなか、何をサービスとして維持するのか、判断を迫られています。文化的支援についても、その成果を何をもって評価するか、客観的な指標が求められますが、今回のオーストリアやイギリスの動きを見ると、数字的な評価や短期的な視点では計れない、人々や社会の豊かな営みを支える役割や価値があるように思いました。今回は音楽に注目しましたが、歴史ある文化を広く継承し発展させるため、公共放送が担う役割とは何か、今後も欧州の動きを追いながら考えていきたいと思います。


1)例として、フランスの公共ラジオRadio France傘下の合唱団Chœur de Radio Franceのメンバーが2020年に約30%カット、アイルランドの公共放送RTÉ のオーケストラと合唱団National Symphony Orchestra and Choirs が2022年1月、National Concert Hallの運営に移管された。

2)https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230401_6.html

3)https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230501_6.html
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230501_8.html

4)音楽の友社 「新音楽事典(1997版)」によると、「もっとも広い意味をもつ<現代音楽>は,<20世紀音楽>のほぼ同義語と考えられる。」

5)https://rso.orf.at/en/node/4617

6)https://rso.orf.at/en/node/4668

7)https://orf.at/stories/3305907/

8)https://www.wienersymphoniker.at/de/news/2023/2/stellungnahme-zur-geplanten-einsparung-des-rso-wien

9)https://www.derstandard.at/story/2000143781592/ueberlebenskampf-des-rso-wer-traegt-die-verantwortung

10)https://www.derstandard.at/story/2000143781592/ueberlebenskampf-des-rso-wer-traegt-die-verantwortung

11)https://mein.aufstehn.at/petitions/sos-rso-rettet-das-radiosymphonieorchester-wien

12)その後4月24日、政府は2026年まで連邦政府の補助金で運営し、それまでにそれ以降の財源形態について検討することを表明した。

13)https://twitter.com/rsowien/status/1638948339965374464?cxt=HHwWgMDRjZ21274tAAAA

14)https://www.youtube.com/watch?v=T4ft6ghF6y8

15)https://twitter.com/WimbledonChoral/status/1638103785024225280

16)https://www.change.org/p/stop-the-planned-closure-of-the-bbc-singers

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小笠原晶子
報道局、国際放送局を経て、2019年6月から放送文化研究所研究員。
フランスやヨーロッパのメディア動向、メディアの多様性に関する調査など担当。