文研ブログ

2023年3月22日

放送ヒストリー 2023年03月22日 (水)

#465 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~

計画 久保なおみ

 Eテレで放送中の『いないいないばあっ!』は、0~2歳の乳幼児を対象にした番組で、今年の4月に放送開始から28年目を迎えます。私は1995年の番組立ち上げ時にディレクターとして関わりましたので、今回は『いないいないばあっ!』が生まれた経緯について、書いてみたいと思います。
 この番組を提案した時は、『いないいないばあっ!』という番組名も、主要なキャラクターの「ワンワン」という名前も、編成から工夫がないと言われ、なかなか決まりませんでした。けれども、0~2歳児に身近で、自然と覚えられる言葉を使いたいという思いは強く、提案に書いた番組名とキャラクター名を最終的に残したまま、制作に入りました。

いないいないばあっ!

 『いないいないばあっ!』という番組が誕生したきっかけとなったのは、1989年に発行された「テレビがある時代の赤ちゃん」という研究報告でした。この研究報告は、テレビと赤ちゃんとのかかわりについて書かれたもので、国立小児病院長だった小林登氏が代表を務め、産婦人科医や小児科医、大学の研究者、NHKのプロデューサー、放送技術研究所・放送文化研究所の研究員などが共同研究を行い、その成果を報告していました。

テレビがある時代の赤ちゃん

 この報告書の存在を教えてくれたのは、当時私が所属していた『天才てれびくん』班の中村哲志プロデューサーでした。子ども番組が作りたくて NHK に入局して4年目。200人いたディレクターの中で、ただ一人子ども番組の制作を希望した私は、念願の幼児班に配属されたものの、体調を崩して『天才てれびくん』班に移されていました。そんな私に「世界初の赤ちゃん向け番組を作ってみないか」と、この報告書を渡してくださったのです。

 報告は、以下のような内容で構成されていました。

  • 映像、音の胎児の行動に及ぼす影響について
  • 映像と音声の母児に対する影響に関する研究
  • 胎児の音声発達
  • 映像と音声に対する乳児の反応行動の発達に関する研究
  • P300 (事象関連電位) を用いての乳児の認知の評価(注1)
  • 乳児の視覚機能の発達に対するテレビの影響
  • テレビと聴覚障害
  • テレビをめぐる赤ちゃんと家族の育ちあい ―生活記録事例を通して
  • 0~2歳児の対テレビ行動
  • テレビがある時代の赤ちゃん -集団調査
  • 低年齢乳幼児のテレビ視聴行動 ―行動観察
  • 乳幼児テレビ視聴行動観察のためのプレイルーム音響条件
  • 視覚・聴覚障害児のテレビ視聴行動の研究

 私たち制作者が注目したのは、0~2歳児がいる部屋のおよそ7割にテレビが置いてあり、かなり早い時期から日常的にテレビと接している、という事実でした。NHKの幼児向け番組の先駆けで、2~4歳児を対象にした『おかあさんといっしょ』では、1979年に「2歳児テレビ番組研究会」を発足させ、2歳児を対象としたコーナーの開発を行っていましたが、2歳未満では、月齢によって発達や認知の度合いが大きく異なります。当時、テレビが乳幼児に与える悪影響についても論じられはじめていたので、月齢ごとの発達段階を研究した上で、乳幼児に特化した良質な番組を作ることが急務であると思われました。

 イギリスの公共放送BBCにも『テレタビーズ』という乳幼児向け番組がありますが、放送開始は1997年ですので、『いないいないばあっ!』提案時には、まだ世界に0~2歳児を対象にした番組はありませんでした。そこで私たち制作者は、小児科医など専門家への取材や、保育の現場取材などを重ねつつ、大学の研究者・絵本作家・造形作家・人形製作者・CG制作者・作家・アニメーター・デザイナー・シンガーソングライター・商品化担当者などで構成される「番組開発プロジェクト」を立ち上げました。多方面で活躍される方々を一堂に集めてディスカッションすることにより、今までにない全く新しい番組を開発することを目指したのです。

 番組を試作するにあたって大切にしたのは、以下のような点でした。

  • 子どもの感情、心、感性を揺り動かす。
  • 参加感を得られるよう、テレビの前の子どもに直接はたらきかける。
  • 伝えたい言葉にBGMは重ねず、本物の楽器の生の音を大切にする。
  • 親子のコミュニケーションのきっかけとなることを目指す。
  • 大人のバラエティーの子ども化ではなく、子どもの世界の原点に面白さをみつける。
  • 何かを学ばせるのではなく、「こんなこともできるよ!」という視点を大切に。
  • 生活習慣が自然と身につくよう、専門的な知識に裏付けされたコーナーを作る。
  • カメラも子どもと同じ目の高さで。子どものいい表情を撮ることに命を懸ける。
  • どこまでもシンプルに。
  • 子どもは常に変化していくので、リサーチを繰り返す。

 また、0~2歳児は年齢が近い子どもに関心があるという報告もありましたので、スタジオには1歳半の子どもたちを出したいと考えました。しかしながら『おかあさんといっしょ』に出演している一般公募の3歳児でも、一定数は親から離れられずに泣いてしまいます。1歳半の子どもたちを一般公募した場合、せっかく抽選に当たっても、多くの子どもたちがカメラの前に出て来られない状況になることが予想されました。そのためスタジオの子どもたちは一般公募ではなく、オーディションで選ぶことにしました。こうして選ばれた初代のレギュラー出演者の中には、その後『ひとりでできるもん!』で3代目まいちゃんとなった伊倉愛美さんもいました。

 進行役も、ターゲットの子どもたちにより年齢が近い、小学生にしたいと考えました。コントロールのきかない1歳半の子どもたちと共演するのは、かなり至難の業だと思われましたので、当時の『天才てれびくん』のレギュラー出演者で、柔軟な対応力をみせていた「かなちゃん」こと田原加奈子さんに、出演を依頼しました。『天才てれびくん』からの卒業が決まっていた「かなちゃん」は、「できるかわからないけど、やってみる!」と、快く引き受けてくれました。

試作時の田原加奈子さんとワンワン (試作版の 田原加奈子さんとワンワン)

 スタジオで子どもたちと遊ぶ犬のキャラクター「ワンワン」も、予測不可能な動きをする1歳半の子どもたちに、臨機応変に対応しなければなりません。当時日本では、操演と声は別々の人が担当することが一般的でしたが、『セサミ・ストリート』のドキュメンタリーを観て、キャラクターの中に俳優さんが入って演じるスタイルを知りました。そこで、キャラクターの中で声も演じられる人を探していたところ、小学3年生向けの社会科番組『たんけんぼくのまち』に出演していたチョー(当時は長島雄一)さんを紹介されました。チョーさんにお会いした時、「え!?僕が(着ぐるみの)中に入るんですか?」と、とても驚かれましたが、二つ返事で承諾してくださいました。当時既にベテランだったチョーさんが、以来28年という長きにわたってワンワンを演じてくださっていることに、とても感謝しています。チョーさんは、操演のプロではないことに悩んだ時期もあったそうですが、人間くさくていいと割り切ったことで楽になり、「ワンワン」独自のスタイルにつながったと、後に話してくださいました。

本放送版のかなちゃんとワンワン (本放送版の かなちゃんとワンワン)

 星の子の「ペンタ」も、『いないいないばあっ!』初代キャラクターのひとりです。赤ちゃんは「ぱぴぷぺぽ」の破裂音が好きだという調査結果を受けて、名付けました。試作では古典芸能の文楽のように、操演者が顔を出して人形を操作する方法も試してみましたが、人形を動かしている人から声が出ているという状況が、幼い子どもたちには難解であることが分かり、本放送時には、キャラクターだけが見えるスタイルに落ち着きました。2代目がふわふわの雲の子「くぅ」(途中から「ダーダ」も)で、3代目が現在の「うーたん」です。「うーたん」は4月からステージショー『ワンワンわんだーらんど』への出演となり、『いないいないばあっ!』には新キャラクター「ぽぅぽ」が仲間入りします。

(ペンタ 試作版) (試作版の ペンタ)

 もし1995年に体調を崩していなかったら、『天才てれびくん』の班にはおらず、「テレビがある時代の赤ちゃん」という研究報告を読むこともなかったかもしれません。かなちゃんやチョーさんとの出会いを含め、ほんとうに幸運な偶然であったように思います。
 『いないいないばあっ!』は2本の試作番組を経て、1996年4月にBS2での放送を開始しました。放送開始から28年。当時番組を観ていた子どもたちが親となり、自分の子どもと一緒に観てくれている人もいます。こんなに長く楽しんでいただけるなんて、最初に作った時は思ってもみませんでした。これからもずっと愛される番組であることを願っています。

【参考記事】
子どもとテレビ研究・50年の軌跡と考察|NHK放送文化研究所

注1:P300 (事象関連電位)とは、知覚や認知処理に関連して発生する脳波のこと。