文研ブログ

2022年12月 9日

調査あれこれ 2022年12月09日 (金)

#434 BBC 放送開始 100年

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子

 "2LO Marconi House London calling"(こちらは2LOロンドンマルコリーニ会館です)
 1922年11月14日午後6時。ロンドン中心部のストランドにある送信機のコールサインで、無線機メーカーの企業連合による共同の放送会社British Broadcasting Company によるラジオ放送が始まった。 それから100年。5年後に公共放送に改組し、"Inform、Educate、Entertain"(情報、教育、娯楽)を掲げながら、BBCはイギリス国内だけでなく世界でも広く利用されるいわば「公共放送の母船」(mothership of public broadcaster)として発展してきた。
 100年の節目の年を迎え、イギリスでは記念事業が目白押しである。お宝のアンティークの修理を通じて人間模様を描く"The Repair Shop"にチャールズ国王を引っ張り出したかと思えば、一般視聴者をエキストラとして数々の長寿番組などに出演させたり、アーカイブに眠っていた629時間分の職員オーラルヒストリーを「100人の物語」として公開したりするなどユニークな試みも行われている。イギリス各地の博物館では記念展示も行われ、ことし9月、エリザベス女王が死去した直後にロンドン科学博物館を訪問した時には、BBCが中継した女王の戴冠式の映像を感慨深く眺める市民が集まっていた。インタビューを行った記念事業を統括するジェームス・スターリング氏が、「BBCの歴史は、イギリスの過去100年の歴史だ」と胸を張る理由なのだろう。

写真 初代の伝送のための機器 初代の伝送のための機器

科学博物館ではBBCの展示会が開かれた科学博物館ではBBCの展示会が開かれた

 記念事業の中でも充実していたのはBBCの王道ドキュメンタリー番組の数々だ。特に、政治討論番組の司会を長年務めたジャーナリストのデビット・ディンブルビー氏が制作した3部作"Days that shook the BBC"は記憶に残る。BBC嫌いのサッチャー首相との確執や、会長が辞任に追い込まれたイラク戦争の大量破壊兵器をめぐる報道、ウソをついて入手したダイアナ元皇太子妃のインタビュー、フォークランド紛争、人種や極右政党の報道などBBCを揺るがせたスキャンダルについて、当事者へのインタビューを通じて検証している。
 度重なる危機に見舞われ、それを乗り越えてきたのがBBCの歴史とも言われる。しかしネット 社会の到来で、事実よりも自分の考えや価値観にあう情報を聞きたいと願う人が増え、社会の分断が広がる今、BBCがミスを犯せば「何らかの意図をもってやった」「誰かの思惑が働いた」との批判が沸き上がる。こうした信頼の揺らぎは、現在、進められている将来の受信料制度の在り方の議論にも影を落とす。
 番組の冒頭、ディンブルビー氏は「数々のスキャンダルがBBCにとって最も大切な人々、つまり視聴者との関係にどう影響したのか」と問い、そして過去の関係者を問いただすだけでなく、自らがかかわった人種問題の番組について黒人プロデューサーから検証を受ける。最後にディンブルビー氏は「分断の広がりをよしとし、自分にとっての"真実"が重要だと考える人が増える社会で、『互いの主張に耳を傾けよう』と呼びかけるBBCの役割・意義は残っているはずだ。BBCは失敗を犯してきた。欠点もある。しかし、国の足を引っ張ったことよりは、豊かにしたことのほうが多いはずで、不要だというのは、破壊的で悲しいことだ」と述べ番組を終えた。

デビット・ティンブルビー氏(ドキュメンタリーの広報 BBCホームページより)デビット・ティンブルビー氏(ドキュメンタリーの広報 BBCホームページより)

 過去を振り返るだけでなく、次の100年を見据えた活動もある。
 一連の記念事業を統括したスターリング氏は、「BBCは、100年前にもまして社会にとって有意義なものだということを示したい」と話す。スターリング氏が特に力を注いでいるのが、全国の700の中学校に、BBCのプレゼンターやジャーナリストなど200 人を派遣し、40万人の生徒と交流をはかる"Tell your story"の活動だ。欧米では、TED Talkなどに代表されるように、伝えたい思いやコンセプトを、それを想起させる物語と結び付けて話すストーリーテリング(Storytelling)が大切にされる。BBCの取り組みは、このストーリーテリングのスキルを中学生に伝授するというもので、例えば、ロックダウン中にメンタルヘルスについて発信し人気を得たインフルエンサーが、両親の心の病から学んだことなどを語ったりする。生徒も自分の物語を共有し、このうちの100のエピソードがラジオ番組などで放送される。

Share your storyの活動を伝える記事(BBCホームページより)Share your storyの活動を伝える記事(BBCホームページより)

 若者のアクセスを伸ばしたいBBCが中学生にアプローチするのは当然なことだろう。同時にこうした試みは多様性の実践にも関連しているように見える。「ロンドン中心のエリート」というイメージを払拭するため、BBCは2027年までに、職員の25%を貧しい家庭の出身者にするという多様性の目標を掲げている。スターリング氏は、「自分のことを、自信をもって語れるようになれば誰にでも道は開ける。地元のプロダクションなどとも連携しながらクリエイティブ産業をもりたてたい」と隠れた才能の発掘に意欲を燃やす。
 様々な課題と試練の中で迎えた100年だが、スターリング氏は「創設の理念を忘れず、視聴者にとってBBCならではのサービスはなにか?と追求し続けていけば、未来は決して暗くないはずだ。記念の年は、次の100年の章を書くためのものにしたい」と力を込めてインタビューを締めくくった。