文研ブログ

2022年8月 4日

調査あれこれ 2022年08月04日 (木)

#410 放送アーカイブをもっと授業で見てほしい!

メディア研究部  (メディア動向)  大髙

  高校時代、美術の授業で絵を描いたりした記憶はほとんどありません。
無精ひげがトレードマークの美術教師は、絵筆を持たせる代わりに、お気に入りのテレビ番組の鑑賞会をよく開催していました。怠け者だったかもしれませんが(笑)
しかし、私たち生徒には刺激的な時間で、好評でした。

 そこで、私はおそらく人生で初めて、NHKのドキュメンタリー番組を真剣に視聴しました。
忘れ難いのは、1987年放送のNHK特集 「命もえつきる時~作家 檀一雄の最期~」 です。
末期がんで病床に伏す作家・檀一雄(1912~1976)は、遺作にして自伝的な色合いも強い小説「火宅の人」を完成させるため、口述筆記を行いました。番組は、その録音テープと、彼が亡くなった病室などの映像で構成されています。

ootaka2.jpg 小説の最終章。壮絶な不倫の末に、孤独となった主人公。檀一雄が、がんの痛みに耐えながら言葉を絞り出す肉声は、いまも耳に残っています。

「ざまを見ろ。これからが私の人生だ。」

 それから約半年後、檀は、63年の生涯を閉じました。視聴後、私はしばらく震えていたと思います。そして、人生と孤独、死について、初めて真面目に考え込みました。
この体験は、私の中に「テレビ・ドキュメンタリーは面白い」という感情を芽生えさせたのです。NHKに就職したのも、あの美術教師のおかげかもしれません。

 個人的な思い出話が長くなり、失礼しました。何が言いたいかと申しますと・・・
「若者のテレビ離れ」が進む昨今ですが、学校の授業で良質な放送番組の視聴がもたらす教育的効果はきっと少なくないはずだと、私は経験上、感じているというわけです。
教科書に沿った学校教育番組に限らず、「大人向け」のドキュメンタリーなどは、10代の若い感性に様々な刺激を与え得る、その時は「よくわからない」と感じたとしても、その後の人生の糧になる可能性に期待しているのです。

 教育のICT活用が進み、Z世代は映像によって知識を得る傾向が強まる中、授業での放送番組利用のニーズも増えていくと予想されています。
NHKや民放などでも授業向けに放送アーカイブを提供するサービスを行ってはいますが、提供する番組数はまだまだ少ない、というのが現状です。その大きな理由として、著作権処理が困難であることが挙げられます。

 せめて教育利用だけでも、できるだけ多くの放送アーカイブを権利処理の心配なく提供する仕組みができないか、とあれこれ考え、著作権法改正の私案を述べた論文を、「放送研究と調査」6月号に掲載しました。

 現状のままでは、過去に放送された番組の大半は、いつまでも保存されているだけの、「死蔵」とやゆされても仕方ありません。
死蔵状態の放送アーカイブが再び視聴され、未来を担う世代の学びのために役立つ機会が増えることを、放送開始から100年の節目が刻々と近づく今、改めて強く願っています。