文研ブログ

2022年4月 7日

調査あれこれ 2022年04月07日 (木)

#390 地域の声を受けとめてドラマを制作~NHK京都「ストレス・リレー」~

メディア研究部 (番組研究) 宮下牧恵

 視聴者の疑問や悩みをもとに取材・制作を進め、ともに解決を探っていく。その過程で地域とのつながりを深める「課題解決型」の番組やニュース企画が、全国の地域放送局で増えています。その実例を、これまで2回のブログでお伝えしてきました。今回は、「課題解決型」のニュース企画に加え、地域の人々の声を反映させたドラマ作りに乗り出した事例をご紹介します。

 NHK京都放送局は、今年2022年に開局から90年の節目を迎えます。昨年夏から、開局90年プロジェクトを立ち上げ、地域のために何ができるのか、若手職員が集まって議論を始めました。そして「京都府民のもっと身近に、役に立てる放送局になりたい」といった思いを込めて、「#使い方イロイロ」というキャッチコピーを作り、それに沿って企画を考えました。

 まずは府民の生の声を集めようと、局内の全ての部署から若手職員13人が参加して「お悩み聞き隊」という名のチームを結成。約3週間かけて、府民100人に街頭インタビューを行いました。

 そして、それらの悩みの声を出発点に取材を進め、課題解決をめざす企画「こえきく!」を、「ニュース630京いちにち」(月~金、18時30分から)の中でスタートしました。

 「ハザードマップの疑問」(2021年10月6日放送)の回では、「水害時に避難するように指定された避難所が、ハザードマップを見ると浸水想定地域になっている」という市民の疑問からリサーチを開始し、なぜそのような状態なのかを行政に取材するとともに、実際の水害の際にどう備えればよいか、専門家のアドバイスも紹介しました。また、「これでOK?店の感染対策」(2021年10月18日放送)では、飲食店の関係者から「コロナ禍で、どんなに感染対策をしても、人々から厳しい声が寄せられる」という悩みが複数寄せられたことから、実際に困っている飲食店に取材し、感染対策の現状や困りごとを撮影。その映像を専門家に見てもらい、具体的な感染対策の方法をともに考えました。

 一方で、課題も見えてきました。街頭インタビューでは、「コロナで仕事がうまくいかない」「学校での活動が思うようにできない」「自粛で家にこもる時間が増えて家族と話していてもいらだつことが増えた」など、コロナ禍で感じるストレスや、そのストレスを誰かと共有することにも疲れているという声が多く聞かれました。こうした個人的なストレスやモヤモヤした気持ちは、リポートでは解決が難しいものでした。
 地域の人たちがコロナ禍で感じているストレスやモヤモヤした気持ちを、「分かち合ったり」「笑いに変えたり」「発散させたり」できる企画はできないか。また、課題解決の取り組みでは、調査報道や、情報番組のスタイルが多い中、それ以外の方法で地域や視聴者を巻き込むことはできないか。そうした議論が局内で行われるようになりました。

 そんなとき、「こえきく!」の担当者の一人、入局5年目(当時)の岩根佳奈子ディレクター(現・クリエイターセンター<第2制作センター>)は、ある小説に出会いました。芥川賞作家で学生時代を京都で過ごした平野啓一郎さんが昨年8月に発表した短編小説「ストレス・リレー」です。
 作品では、アメリカから帰国したサラリーマンが発した棘のある言葉がストレスとして人々に伝播し、東京から京都へと持ち込まれ増殖していく様が描かれています。

 岩根ディレクターは、「ストレス・リレー」を読み、「こえきく!」でインタビューをしている中で耳にしてきた人々の声と、小説の中でストレスがリレーされていく様子が重なったそうです。そこで、この小説を元に、ドラマを作ることはできないかと、小山諒カメラマン(当時・入局2年目)や木村竣一カメラマン(同・入局3年目)とともに企画を提案しました。

 こうしてドラマ「京都スペシャル ストレス・リレー」(2021年11月26日午後7時30分~7時57分、総合テレビで京都府向けに放送)が制作されました。出演は俳優の川島海荷さん、近藤芳正さんのほか、京都ゆかりの俳優や、実際に「こえきく!」のインタビューで出会った市民のみなさんにも参加してもらいました。オーディションの際には、実生活の中でどのようなストレスを感じているかについてインタビューも行い、そうした映像もドラマの中で使用されました。

miyashita1.jpgのサムネイル画像 ドラマの中では、登場人物が、イライラを人にぶつけることで、ストレスをリレーさせていきます。例えば、アメリカから帰国したサラリーマンによってストレスをぶつけられるコミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイトの店員。そのアルバイトの店員からストレスをぶつけられる母親。その母親からさらに誰かへと、ストレスがリレーされ、増殖していきます。ごくふつうの人々がストレスの連鎖を作り出す怖さと、その連鎖を止める「こころの換気」について考えるドラマです。

miyashita2.pngのサムネイル画像 最初にストレスをリレーされた、コミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイト店員役を演じた女性は、実際に、演じた役柄と似たようなストレスを抱えてきた体験があったそうです。そうした体験から、どうやってストレスをリレーさせないようにするのか、撮影の合間に母親役を演じた出演者と話し合っていました。また、ほかの出演者の間でも、自分の職場でのストレス体験や、それぞれのストレス解消法、対処法などを語り合う姿が見られました。

miyashita3.pngのサムネイル画像 また、京都放送局では、ドラマの放送日に合わせて「アフタートークイベント」を企画しました。原作者の平野啓一郎さん、ドラマの出演者、声を寄せてくれた市民のみなさんが参加しました。

miyashita4.jpgのサムネイル画像
 イベントでは、自分がストレスの連鎖を止めた方法や、ストレス解消法についてどのようなことを行っているかなど、番組の作り手と市民が一緒になって、日常のストレスをどうやってリレーさせないようするか、語り合いました。参加者からは「ストレスは人から人へ渡ることもあるが、逆に温かい言葉をかけられるとホッとする。そのホッとした瞬間がストレスを軽減できるのではないか。」といった声が上がりました。平野さんからは、「優しさのリレーみたいなことが社会では本当には起きていると思う。」「人と人との繋がりがストレスを軽減するようになってほしい。」といったコメントがありました。

iwane.png 担当した岩根ディレクターによると、「初めてのドラマ制作は大変だったが、東京のドラマ部のベテラン職員の指導や、地域の皆さんの協力で成し遂げられた。テレビはマスに向けて番組制作を行っていて、ふだんはなかなか視聴者の反応をみることができないが、アフタートークイベントでは顔が見えなかった視聴者の方と対面できて、小さくても手ごたえを感じた」そうです。また、「今回作り上げた市民との繋がりをこの先どうやって繋げ続ければよいのかということが課題だと感じている。」とのことでした。
 また、ドラマに参加した市民からは、「制作サイドの人と接したことで、以前よりNHKを身近に感じることができた」 「他の市民の方と知り合うのが面白い」という声が聞かれたとのことです。

 京都放送局の伊藤雄介副部長は、「今後は、視聴者の方々にNHKをより身近に感じてもらうため、企画段階から一緒に制作することや、番組を放送するだけではなく、ゴールを対面でのイベントに置いて、地域の課題について考えた経験をみんなで分かち合うことができればよいと考えている。そうした場をいかに楽しくワクワクできる企画で生み出せるかが重要だと感じており、今回は、ドラマというスタイルだったが、歌番組やお笑いのようなジャンルでも挑戦できたらと思っている。」と言います。

 次回も、地域放送局の新たな取り組みについてお伝えします。