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2022年3月 7日

メディアの動き 2022年03月07日 (月)

#374 マス排&放送対象地域の見直しは何のため? ~総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」第5回から~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


はじめに
 総務省では現在、放送メディアの今後について議論する「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」が開催されています。会議を傍聴し、取材を続けている私は、これまで3回、本ブログで傍聴記を書いてきました 1)。3月も2回の会合が行われることになっており、地上放送におけるマスメディア集中排除原則(マス排)と放送対象地域の見直しが集中的に議論されることになっています。その議論に先立ち、2月16日の第5回会合では、総務省から見直しの具体的な方向性の案が示され、構成員達が議論しました。今回のブログでは、この案の内容と主な意見を整理 2)すると共に、私が抱いている議論への違和感と今後への期待について述べたいと思います。

1.年度末までに議論を急ぐ背景
 本検討会では放送メディアの今後を考える上で必要な多岐にわたる論点が議論されていますが、総務省は、特に上記の論点については、年度末までに一定の方向性を出さなければならないとしています。
 なぜ議論を急がなければならないのでしょうか。その理由は去年6月に公表された最新の「規制改革実施計画(実施計画) 3)」にあります。実施計画を取りまとめる規制改革推進会議は、「デジタル時代に向けた規制・制度の見直しを進め、経済成長、国民の生産性・効率性の向上、個のエンパワーの実現」を目的に議論を行う内閣総理大臣の諮問機関です。1年間の議論を経て毎年6-7月に実施計画をまとめ、各省庁に対し、所管する業界の規制や制度の見直し、時代の変化に対応した新たな施策の検討・導入を期限付きで求めています。
 現在、総務省が実施を求められている放送関連の施策の中で、期限が迫っている1つが「ローカル局の経営基盤強化」です(図1)。このうち「b」のNHKとローカル局、もしくはローカル局同士で放送設備やネット配信設備の共用化を進めていくことについては、放送法改正案として今年2月に閣議決定されています 4)。本検討会で議論の対象となっているのは「a」の方です。実施計画によると、総務省は令和3年度中、つまり今月中に、「ローカル局の経営自由度を向上させるための議論を進め(中略)中長期的な放送政策の全体像を踏まえた施策を検討」し、結論を出さなければならないとされているのです。

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2.総務省の「見直しの方向性」⑴マスメディア集中排除原則
 第5回会合では、総務省からマス排と放送対象地域に関する「見直しの方向性(案)」が示されました。この内容は、前回(第4回会合)のヒアリングで、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)とテレビ朝日ホールディングス(テレ朝HD)が要望した内容 5)を下敷きにする形でまとめられていました。
 まず、マス排の見直しの方向性の内容(図2)と、主な議論を3つの論点にわけてみておきます。

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認定放送持株会社が傘下に入れる局の地域制限(12地域)の緩和を認めるべきか?
 FMHが要望したこの論点については、概ね緩和に賛成の意見が述べられ、異を唱える構成員はいませんでした。その上で、子会社化の事例が極めて少ない(※全てのキー局持株会社の中で、ローカル局を子会社化しているのはFMHの仙台放送のみ)ことから、より使いやすい制度の検討が必要ではないかという発言や、緩和するとしてもその上限の数を根拠と共に示すことができないなら撤廃となるのではないか、との発言がありました。
 また、大谷和子構成員からは、緩和には賛成するとした上で、ローカル局が地域の情報空間の形成を確保するのに必要な役割を担い続けるためにも、ローカル局を単なる出先機関にしてはいけない、取材や番組編集の能力を維持することが重要、との発言がありました。

(持株制度以外で)隣接の有無に関わらず複数地域の兼営・支配を認めるべきか?
 前回のブログでも触れましたが、現行制度においても、持株制度を活用しなくても一事業者が複数の放送対象地域にある放送局を兼営したり、また複数局が経営統合したりすることが可能な経営の選択肢が用意されています。現行制度で何ができて何ができないのか、議論を整理する前提として改めて確認しておきます。
 まず、隣接している県同士の局であれば合併まで可能な「特定隣接地域特例」という制度があります(広域局は対象外)。また、隣接していない県であっても、“地域的関連性が密接であるもの”として、東北全県、九州全県、九州全県+沖縄県については同様の制度の活用が認められています(図3)。つまり、現時点においても、放送局がいわゆる“広域ブロック”で一体的に経営を行うということは制度上認められているのです。

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 逆に、隣接していない地域の局同士(除:東北、九州)の合併等の資本関係の強化(持株制度活用においては可)は認められていません。また、同一放送対象地域における複数の局の支配(兼営)もできません。ただしラジオについては、地域が隣接していなくても、また同じ地域であっても、4局まで兼営・支配が可能な「ラジオ4局特例」という制度が存在しています。
 構成員からは、隣接という条件はつけなくていいのではないかという発言や、「ラジオ4局特例」をテレビも参考にしたらどうかといった、緩和に向けた前向きな発言が続きました。林秀弥構成員は、異なる地域でのマス排緩和は事業者の経営の選択肢を増やす効果がある、緩和によって放送の地域性が一直線に損なわれるという議論があるが腑に落ちない、地域性の確保(それぞれの県の情報をそれなりに放送する配慮)は必要だが資本規制とは別に考えるべきだ、と主張しました。

同一放送対象地域に関する支配関係の基準は現状維持とすべきか?
 この論点については、構成員の意見は2つに割れました。
 先に述べたように、ラジオについては同一放送対象地域で一つの事業者が複数の局を兼営することが可能となっています。実際、関西広域を放送エリアとする株式会社FM802がFM COCOROの免許を継承し、1局2波の形で運営を行っています。しかし、この特例をテレビに拡大することについては、具体的なニーズが限定的なことから慎重であるべきという発言が複数の構成員からありました。
 一方で、3人の構成員からは、ニーズの有無に関わらず同一地域における横の連携を促進させるべき、という発言がありました。1人は視聴者目線の観点から、2人は設備投資の経済合理性の観点からです。伊東晋構成員は、系列を超えて資本関係を強化することでインフラ設備などの効率化を図るという戦略を選択肢に加える事が可能になるため、同一地域内でもマス排の一定の緩和を実施してもいいのでは、と主張しました。また飯塚留美構成員からは、ハード面では伊東構成員同様に横の連携が必要としたうえで、ソフト面では番組の独自性や視聴者利益という観点から規制の枠組みの維持がどうあるべきか考える必要がある、との意見が出されました。

3.総務省の見直しの方向性②放送対象地域
 次に、放送対象地域の見直し(図4)についてもみておきます。

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放送対象地域の拡大を認めるべきか?
 先に触れたように、現行制度においても「特定隣接地域特例」を活用すれば、一事業者が異なる複数地域の局を兼営したり、経営統合したりすることは可能です。しかし、事業者の一存で、複数地域のそれぞれの免許を統合して放送対象地域を広域化することはできません。もしも放送対象地域そのものを拡大する場合には、地域ごとに放送局数の目標を定めている「基幹放送普及計画」を変更する等の制度改正が必要になってきます。
 今回の議論を聞く限り、この放送対象地域の拡大については、県域放送が実施されている地域の視聴者やローカルスポンサーの意向や影響を懸念する観点等から、消極的な発言が大勢と感じました。奥律哉構成員からは、費用圧縮を全面に出した政策だと思うが、マーケティング収入がどうなるのかはわからず、うまくいかなかった場合も立ち戻ることができるような柔軟な制度であるべき、との意見が出されました。

放送対象地域は変更せず、複数地域における放送番組の同一化を認めるべきか?
 放送対象地域はそのままにした上で、複数地域の局において番組を同一化できるような制度を設けることについては、複数の構成員から前向きな発言がみられました。ただし、その発言には、取材拠点は維持すべきとか、各地域における地域情報を確保する仕組みが必要、といった条件が付け加えられていました。

同一放送番組の放送対象となる地域で地域情報確保のための仕組みを作るべきか?
 今回の議論では、確保のための具体的な仕組みに関する意見は出ませんでしたが、瀧俊雄構成員からは、持株制度においては子会社に対して地域向け自社制作番組の確保に関する努力義務があるが、こういったものを参照すべきでは、との発言がありました。また、森川博之構成員からは、自社番組制作比率という数字のみで判断することは慎重にすべきであり、かつて行っていた「通信・放送産業動態調査」のような調査をミクロに行うことで、地域住民にどうローカル局の番組が消費されているのかを把握すべきだ、といった発言がありました。

4.現時点で感じている違和感と今後の議論への期待
 以上の論点については、3月末までの2回の会合において集中的に議論するということですので、その議論を注視していきたいと思いますが、現時点で私が感じている違和感について述べておきたいと思います。

*どのような放送メディアの未来を描くのか?
 まず、総務省から提示された見直しの方向性を見て感じたのは、規制改革実施計画に応えるために、制度改正ありきで進めようとしているのではないか、ということです。もちろん、閣議決定された実施計画をおざなりにできないことも、その期限が迫っていることも十分に理解できます。しかし、論点が制度の細部に入り込み過ぎるあまり、そもそも何のために制度改正するのか、そして、その改正によってどのような放送メディアの未来を描こうとしているのか、そうしたことが見えなくなってしまうことを懸念しています。
 例えば、「特定隣接地域特例」は2004年の改正放送法施行で導入されましたが、当時は道州制の議論が盛んにおこなわれていた時期でした。その議論は下火となって久しく、それが理由かどうかはともかくとして、この特例はこれまで使われてきませんでした。しかし、加速する人口減少によって、都道府県という行政単位のあり方や、圏域化、広域化といった地方自治を巡る議論は今後、再燃することになるでしょう。また、地方自治のこうした流れと、実際に地域社会に暮らす住民の情報やコンテンツに対するニーズは、一致する部分も異なる部分もあると思います。これらの状況を想定しつつ、放送メディアを、少なくとも今しばらくは地域の民主主義や文化の基盤を支える存在として機能させ続けるとするならば、現在の基幹放送普及計画をどのような姿に見直していくことが望ましいのでしょうか。
 また、ハード部分については地域の横連携により経済合理性があるという状況があります。本検討会ではユニバーサルサービスのブロードバンド代替の議論が今後本格化する予定です。ではその先に、ハード・ソフト分離のようなモデルを想定するのでしょうか、しないのでしょうか。この議論は、周波数問題など非常に難しい問題を惹起する可能性があることは想像できますが、だからといっていつまでも避け続けることはできないと思います。なぜなら、この判断によって、ローカル局の将来のシナリオは大きく変わってくると思うからです。
 こうした未来を想定した“バックキャスティング思考”の議論は、本検討会単独で出来るとは思っていません。しかし、本検討会が目先の結論を急ぐあまり、多岐にわたるはずの議論が十分に尽くされずに、事業者からの要望を追認していくような段取りが中心になるとするならば、やはりいささかの違和感を覚えざるをえません。

*制度改正の目的は何か?
 また、規制改革実施計画には、「マスメディア集中排除原則が目指す多様性、多元性、地域性に留意しつつ、ローカル局の経営自由化を向上させる」と書かれていますが、総務省から出された「見直しの方向性」は、キー局持株会社の要望が下敷きとなっており、ローカル局の要望を受けた形ではありません。ローカル局の経営基盤強化のための制度改正が本当にローカル局の経営自由化を向上させることにつながるのか、実質的にキー局持株会社の維持強化のためになってしまわないか、こうした視点をより意識した議論も深めていく必要があると思います。系列ネットワークという強固な枠組みの中で、また地域の新聞社等の複雑な資本関係がある中で、ローカル局個社の経営者が声を上げにくい実情も想像に難くありませんが、顕在化しにくい声をすくい上げ、複雑な実情への想像力を持ちながら、丁寧に制度を設計していく視点も忘れずにいて欲しいと思います。
 更に言えば、規制改革の目的そのものが事業者目線に陥っていないか、ということにも注意を払う必要があると思います。この点については、今回の議論で山本龍彦構成員からも、地域住民の声を議論に反映させないと事業者目線だけの改革になってしまうという発言がありました。今問われるべきは、キー局持株会社の生き残りでもローカル局の生き残りでもなく、地域社会の中において信頼できるメディア機能をいかに生き残らせるか、そのための国の政策はどうあるべきなのか、ということなのではないかと思います。

*地域性確保の議論に向けた期待
 第5回会合では、上記の議論に入る前に、「マルチスクリーン型放送研究会(マル研)」という、地域や系列を超えて64の放送局を含む97社が参加する任意団体の有志が提出した意見が紹介されました。具体的な内容は資料 6)が総務省のWEBサイトに公開されているためここで改めて紹介はしませんが、番組制作だけではない多面的なローカル局の存在意義や、地方再生に向けて住民から寄せられる期待など、ローカル局で働く一人一人の思いが詰まった問題提起だという印象を受けました。前回(第4回)の議論においては、ローカル局の地域性を測る尺度として自社番組制作比率にフォーカスする構成員が多かったのですが、この意見が紹介されたことで、ローカル局が地域で果たしている多様な側面についての理解が深まったのではないかと思います。
 また、今回の会合では構成員の求めに応じ、民放連から放送局の自社番組制作比率が提示されました。その資料は構成員のみに示され、一般に公開されませんでした。このことは少し残念に思いました。改めて言うまでもなく、放送事業は貴重な国の財産である公共の電波を使う免許事業です。ローカル局がキー局等の番組を各放送対象地域に確実に届けていくという役割だけでなく、地域メディアとしての役割を果たしているということを訴えていくには、どれだけ“放送波を通じて”その役割が果たせているのかが問われる、逆に“放送波がなければ”その役割が果たせないのかを証明していかなければならないのは当然のことです。それが、タイムテーブルの中の何パーセントを自社で作っているかという単純な尺度では測れないとするならば、仮に自社制作比率が1割程度であったとしても、放送波というリーチを太い幹として、そのリーチを生かし、どれだけ多くの機能を太い枝として抱え、太い根として這わせているのか、こうしたローカル局のメディア機能の全体像を、社会に納得できるデータで示していくことが求められているのだと思います。
 マス排の緩和や放送対象地域の拡大もしくは複数地域における同一番組化といった議論と平行して進むであろう地域性の確保という論点を、単なる地域情報の確保という観点にとどまらない議論にしていくことは、ローカル局にとってだけでなく、地域社会の今後を考えていく上でも重要なことなのではないかと思います。今後の議論に大いに期待したいと思います。


1) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 
  
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/
2) 執筆時に議事録が公開されていなかったため、筆者のメモを元に整理
3) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/keikaku/210618/keikaku.pdf
   (放送関連は17-18P)
4) 去年の国会に提出したが審議せず廃案となり、改めて今回、外資規制の見直しを加えた内容を閣議決定した
5) https://www.soumu.go.jp/main_content/000789270.pdf FMH資料
     https://www.soumu.go.jp/main_content/000789271.pdf テレ朝HD資料
6) https://www.soumu.go.jp/main_content/000793873.pdf