文研ブログ

2022年2月25日

メディアの動き 2022年02月25日 (金)

#373 市民の声から地域の課題を解決する ~地域放送局の新たな取り組み~

メディア研究部(番組研究) 宮下牧恵


 人口減少、産業の衰退、長引くコロナ禍による影響など、いま全国の多くの地域が様々な課題を抱えています。地域に根差した情報を発信している放送局や新聞社などの地元メディアにとっても、いかに地域の役に立ち、地域の人たちの信頼を得て、存在価値を認めてもらえるかが、ますます重要になっています。

 全国にあるNHKの地域放送局でも、近年、地域の「課題解決型」のコンテンツ制作が多数行われるようになっています。主に、若いディレクターや記者が中心となり、地域の人々の悩みや困りごとを聞き、専門家や市民と連携して、行政を動かしたり、解決のためのアイデアを出し合ったりしながら、困りごとを解決していく取り組みです。
 NHKの「まとめブログ」 1)によると、現在全国の地域放送局などで、20以上もの「課題解決型」のニュース企画や番組制作の取り組みが行われています。

 こうした動きは既に海外でも盛んになっています。
 アメリカでは、誰もが情報を発信・受信できるデジタル時代、様々な情報があふれる中で、これまでの一方通行的な報道のあり方が問われるなど、メディアに対する人々の信頼や支持が揺らいでいます。こうした中、危機感を持った地方紙やラジオ局などにより、10年ほど前から、市民が必要とするものに応え、身近な情報源になるために、エンゲージメントに重点を置く「エンゲージド・ジャーナリズム」や、問題提起で終わらず、課題解決につながる情報も伝える「課題解決型ジャーナリズム」が行われています。
 日本でも、西日本新聞社が、2018年から始めた「あなたの特命取材班」など、市民から寄せられた疑問や困りごとを出発点に記者が取材を行う「ジャーナリズム・オン・デマンド(JOD)」と呼ばれる取り組みが知られており、今では全国の地方紙などにネットワークが広がっています 2)

 今回は、NHKの地域放送局の取り組みの中から、福岡放送局の「ロクいち!福岡」(月~金、18時10分から)で2021年4月から毎週金曜に放送しているコーナー「追跡!バリサーチ」についてご紹介します。

 「バリサーチ」とは聞きなれない言葉ですが、福岡局のホームページでは、次のように説明されています。

220225-1.png


 「追跡!バリサーチ」は、ホームページ上で生活上の悩みや社会的な課題になっていることについての意見、アイデアを募集しています。これまでに「追跡!バリサーチ」に寄せられた声は約700件に上ります。取材・制作スタッフは、視聴者の疑問に答えるだけではなく、対話の「循環」を通して役立つニュースを目指しているそうです。視聴者や市民が意見を言いたくなるように工夫しながら、制作をおこなっています。

220225-222.png
 最近、多くの反響が寄せられているのが、エスカレーターのマナーについての企画です。きっかけは、2021年12月に「ロクいち!福岡」で放送した記者リポートでした。7年前に脳内出血で倒れ、左半身に麻痺がある女性が、エスカレーターの右側にしか立つことが出来ず、2列乗りにしてほしいと訴える内容です。担当した福原健記者は、入局4年目で、普段は県政取材を担当しています。福原記者自身も福岡県に初めて来た際に、エスカレーターに2列で乗ることを訴えているポスターを見て、他の地域では見たことがなかったことから関心を持っていたそうです。そこで、以前からエスカレーターの右側に立つことしかできず、「邪魔だ」「急いでいるからどいてくれ」などと言われて恐怖を感じている当事者の声を取材しました。

220225-3333.png
 デジタル発信にも力を入れている福岡放送局がこのリポートの動画をTwitterに投稿したところ、インフルエンサーや作業療法士など問題意識を持った人々から反響があり、「実は困っていた」「家族が当事者で困っている」「こうした問題があることを知らなかった」という声が寄せられました。一方で、「右側を歩く自由もある」など、2列乗りに反対する声も一定程度あったそうです。
 こうした反響をふまえ、追加の取材を行い、2022年1月21日に「追跡!バリサーチ」として放送しました。Twitterに反応した人たちにインタビューするとともに、どうすればエスカレーターの2列乗りが定着するのかアイデアを募集しました。
 そして2月4日には、第2弾を放送。視聴者からホームページなどで寄せられた30件ほどのアイデアを8つにまとめ、福原記者が福岡市交通局に持ち込み、プレゼンテーションを行いました。中でも、1年半前に脳卒中で倒れ、半身に麻痺を抱えて青森県で生活している人から寄せられた、エスカレーターのステップに「止まれ」というシールを貼るアイデアや、足型のシールを貼るのが良いという意見は好評で、交通局では、実際に取り入れられないか、検討することになったそうです。市民の声と放送との循環が、社会を動かす一歩になるかもしれません。

220225-4444.png
こうした取り組みの詳細については、福岡放送局のブログを御覧下さい。

 「追跡!バリサーチ」では、福岡市交通局で実際にアイデアが採用されるのか、今後も経過を取材するとともに、社会実験を行うなど、続編を制作していきたいとのことです。
220225-55.JPG


 福原記者は、「葉書1枚にびっしりとアイデアを書いて下さった方がいました。交通局の皆さんもお客様の声だということで大事に受け止めてくれ、視聴者の声は強いと思いました。ここからが本番だと思っています。」と語り、取り組みの手ごたえを感じているようでした。



 「追跡!バリサーチ」では、さらに来年度は「ロクいち!福岡」のキャスターが自ら困りごとの現場に出かける「出張バリサーチ」などの企画を検討中で、視聴者とのタッチポイントを増やすようなチャンネルを作っていきたいとのことです。

 地域放送局の新しい動きについて、今後もこのブログで紹介していきたいと思います。

 


1) 各局の取り組みの詳細については、【まとめブログ】で閲覧が可能
2) メディア研究部 青木紀美子「Engaged Journalism ~耳を傾けることから始める「信頼とつながり」を育むジャーナリズム~」『放送研究と調査』(2020年3月号)P2-P21