文研ブログ

2021年8月 6日

メディアの動き 2021年08月06日 (金)

#337 「世界で増えるジャーナリストへの暴力」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


世界各地でジャーナリストへの暴力や嫌がらせが後を絶ちません。
7月6日、オランダのアムステルダムの路上で、数々の調査報道を行ってきたジャーナリストのペーター・デフリース氏(64歳)が頭などを至近距離から撃たれ、9日後に亡くなりました。デフリース氏は未解決事件を追い続けた著名な記者で、麻薬王の一味による密売事件で検察側の証人となった男性を支援していたため、脅迫を受けていたといいます。

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デフリース氏が出演していたオランダRTLによる同氏の死去を伝える広報資料 HPより

懸念されるのは、最近は、デフリース氏のように「社会の闇」に迫るケースや紛争地での取材に従事している人だけなく、どの国でも日常的に行われている取材の中で暴力が顕著になっていることです。ジョージアで は、7月5日、性的少数者のパレードを取材していたカメラマンが、LGBT反対派に石や棒で殴られ、病院で手当を受けましたが、のちに自宅で死亡しているのが見つかりました 。また新型コロナウイルス関連の取材中に暴力や嫌がらせを受けるケースも急増していて、BBCの看板報道番組「Newsnight」の記者、ニコラス・ワット氏は、首相官邸から出たところ、「ロックダウン」に 抗議する人々から、「裏切者」などと罵声を浴び追い回されました。BBCの職員に対する嫌がらせは以前からも問題となっていましたが、最近は反ワクチン活動家などが極右勢力とつながり、殺害予告をしたり自宅住所を暴いたりするなど、手口が過激化しています。ワット記者に暴言を浴びせかける様子を収めたビデオを見た現地のジャーナリストからは、「映像から窺えるのは“批判”ではなく“憎悪”だ」との懸念や、「近くには警察官が多数いながら傍観し介入しなかった」など不満の声も出ました。

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左:ジョージアの事件への懸念を示すEuropean Federation of Journalistのリリース HPより
右:反ロックダウン集会でのワット記者への暴言を伝える英ガーディアン紙 HPより

欧州評議会が、コロナ関連の取材でのジャーナリストへの嫌がらせや暴力の実態を調査したところ、2020年9月から12月の間だけで、ドイツ、イタリア、オーストリア、ポルトガルなどで少なくとも58件報告されたとしています1)。スウェーデンの公共放送局STVは、毎日平均で35件の問題事案があり、警護のためなどの経費が過去5年で4倍になっています2)。ジャーナリストが委縮して、自己検閲したりする事態になれば、市民の「知る権利」にも影響が及びかねません。

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UNESCOが出した報告書

 女性記者に対する暴力や嫌がらせも深刻です。特にコロナ禍でオンラインに頼るようになってからはネット上での嫌がらせも増えていて、UNESCO・国連教育科学文化機関が、世界125か国の 901人の女性ジャーナリストに行った調査では、73%が 「オンライン上で嫌がらせ・暴力を経験した」と回答し、25%が「殺害予告や性的暴力などの脅しを受けた」と答えています3)。さらに、20%が、「実際に暴力を振るわれたり、嫌がらせを受けたりした」としています。報告書は、偽情報の流布や、ネット上で広がる陰謀論、それに愛国主義やポピュリズム、極右団体など政治の分断がからみあい、事態を悪化させていると指摘しています 。さらに危惧される点として、37%のケースで攻撃を仕掛けたのは、政治家や政治団体、政府職員だとしていて、記者の口封じを試みていることが浮き彫りになっています。

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NHK NEWS WEBより


今年1月、ワシントンで起きた議会議事堂の襲撃事件は、オンラインの世界での怒りが、リアルな世界に飛び火しかねないこと、そしてその結果、どのような事態に陥るのかを世界に示しました。
ただ、こう書いていて私が思い浮かべるのは、自らに批判的な報道機関を「フェイクニュース」と決めつけたトランプ前大統領の姿ではありません。むしろ、ジャーナリズムの果たすべき役割に理解を示した隣国カナダのトルドー首相と記者とのやりとりです。2015年、政策変更を質す記者にブーイングをした支持者を制し、「カナダは記者をリスペクト(尊重)する国です。彼らは厳しい質問をしますが、そうあるべきなのです」と述べました。2020年の市民との対話集会では、質問に割って入り自分の主張を繰り返した活動家に対し「二度と私に投票しなくても構わないが、ほかの人が意見を述べることだけはリスペクトしてもらいたい」と語気を強め、会場から退出させました。
 パフォーマンスだという声があるかもしれませんが、それでも私が感心するのは、誰もが、声の大きさや圧力にかき消されることなく考えを述べ、その違いが尊重される環境を守ろうという姿勢です。「報道の自由」も「表現の自由」も、意見を交わし、話し合いで物事を決めていく社会を守るためにあると思うのです。

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ジャーナリストの安全を求めるUNESCOの文書 HPより

対応を急ぐ国や国際機関も増えています。EUでは、「欧州民主主義行動計画」に沿って、「ジャーナリストの安全確保の勧告」の採択に向けて協議を進めています。オランダは、警察などがジャーナリストからの訴えを受けた際のガイドラインを作成し、訓練を実施しています。イギリスやスウェーデンも近く、対策を打ち出すとしています。
もちろん、報道機関も受け身で良いわけはありません 。視聴者・読者に対し、なぜこの取材をするのか、どうしてこの結論に至ったのか説明する。間違いがあったときには、潔く認めて検証する。フランスのFTVが始めた情報収集のプロセスの一部公開の取り組みも一考に値すると思います。報道機関が視聴者や読者から再び信頼してもらうために、できることはまだあるはずです。



1) Council of Europe, 30th April 2021, Journalists covering public assemblies need to be protected, https://www.coe.int/en/web/commissioner/-/journalists-covering-public-assemblies-need-to-be-protected?inheritRedirect=true

2) Noel Curran, 16th Jun 2021, Journalism under threat-how can it survive the crossfire, https://www.ebu.ch/news/2021/06/noel-curran-ebu-director-general-at-prix-italia-threats-to-professional-journalism---how-can-it-survive-the-crossfire

3) UNESCO, 30 April 2021, Global trends in online violence against women journalists, https://en.unesco.org/publications/thechilling